竜神姫 ~白髪赤眼のモノノフ~

スサノオ

第五章 竜と人の歴史



 思わず我が耳を疑った。
 魔術を既に体得している?まだこの世界に来て間もない私が?

「リヴァイア、何を言っているんだ?確かに私は、あの両斧槍を使って水竜巻や暴風を起こした。だがあれは、私ではなく両斧槍の力だろう?それに私が持っている怪物の力は、そんな難しい説明を強いられるような代物でもなければ、以前の世界でも難なく使えていたものだ。使うにしても、あの言葉の羅列や弓の代わりとなる模様が必要な訳でもない。リヴァイアが言った魔術の発動条件とはまるで異なるぞ」

 そう。千火が放ったあの超常攻撃の数々には、一切の想像もなければ魔法陣や詠唱すら使っていない。化け物の力も同様だ。使ったところで別に模様が浮かび上がる訳でもなければ言葉が必要な訳でもない。
 なのに何故、既に体得していると言い切れるのだろうか。

「確かに千火様の今までの戦い方を見る限り、詠唱や魔法陣は見受けられません。ですが、千火様の今まで放ってきた暴風や水竜巻、そして千火様ご自身の身すらも蝕む身体能力異常強化は、全て魔術の一種に御座います」

 どういう事だ、と尋ねるよりも早くリヴァイアは言葉を続けた。

「突然の事で戸惑われるお気持ちはお察し致しますが、順を追って説明致します。先ほども申し上げた通り、魔術の発動は想像を鮮明にしたうえで魔素の練り込み、魔法陣による照準指定が必須条件で御座います。ですが千火様の場合、ただ少しだけ意識を集中させるだけで魔素が練りこまれ、手にされる武器や肉体そのものを魔法陣の代わりとすることで魔術を発動させているのです。しかも千火様は、既にわたくしの魔素を遥かに凌駕する魔素を持っておいでになられますので、たとえ下位に相当する魔術であってもその魔素のせいで先程のような超常現象にまで引き上げられてしまうのです」
「…………つまり、両斧槍が放った天変地異のごとき所業も、化け物の力も、全て私が持つ膨大すぎる魔素と、少しでも意識を集中させるだけで魔素が練れるがゆえに起きてしまった、と言いたいのか?」

 にわかかには信じがたいが、だとすれば確かに説明はつく。
 とはいえ、いくつか疑問点が残る。百歩譲って魔術が本来のそれよりも遥かに威力が増大するにしても、まず千火はなにも想像をしていない。
 化け物の力については、確かに動きたいとか動かしたいといった欲求が出るし、それが想像となってると考えればまだ分かる。だが、両斧槍を持って以降化け物の力を使っても反動が来なくなった点には、首を傾げざるを得ない。
 それに、あの水竜巻にしても鎌鼬かまいたちにしても、最初に出たときはこれっぽちも想像していなかった。だというのに発動し、しかもうち一回は千火の想像とは異なる魔術が発動したのだ。それに、最初に振るった時やあの水竜を斬りつけた時には魔術が発動しなかった。その辺がいまいち理解できない。
 とはいえ、まずは、質問に対する答えを聞くことが先決だ。

「左様に御座います」
「ならば何故、魔素が存在しない筈の前々世において私はそれを使えたのだ?前々世では武器を振るったところで、こうした超常現象は一切起きなかったのだが。それに、なんとなく察しはついているだろうが、私は確かにこの両斧槍に意識を集中させてはいたが、想像など少しもしていない。だというのに何故、魔術が発動したのだ?それに、化け物の力を使った時は反動が来たのだが、この両斧槍を手にしてからは全くそれが来ないのはなぜだ?」

 それはこのトライデントに理由が御座います、と千火が投げ飛ばしてしまった両斧槍を爪先で摘まみあげながらリヴァイアは言う。やはり巨体のせいか、千火にとって取り回しの良い壮麗なそれも、銀色のつまようじのようにしか見えない。

「先ほども申し上げました通り、千火様はわたくしをも凌駕する魔素持っておいででしたので、千火様はまったく魔素の存在しない前世におきましても、魔術を発動させる事が可能だったのです。しかしながら、千火様が以前生活なされていた世界に存在する武器には、魔素という存在そのものを受け入れられる代物が御座いませんでした。ですので、千火様が普段通り武器を振るわれても、魔術が発動しなかったのです。……ですが、魔術が常識となっているこの世界には、そうした器となる物が多量に存在致します。トライデントも例外ではありませんが、他の武器が所有者の魔素を受け取って魔術を放つのに対して、千火様には劣りますが膨大な量の魔素を既に有しております。魔素の扱い方を知っているこの世界の住人であれば、想像をするという条件こそ付きますが、ただトライデントを媒介にして振るうだけでも魔術を発動させる事が可能なのです。……勿論、そんな至高の武器を易々と振るうことが出来るはずがありません。振るうためには、二つの満たさなければならない条件が御座います。トライデントの魔素を全て吸収して己が物に出来るか、もしくは身体の一部と殆ど同じになるーーつまりトライデントの魔素と同調する必要が御座います。千火様も体感なされた通り、トライデントの魔素は膨大な上に暴力的です。取り込もうとするだけで劇痛が走り、耐えきれずに狂死してしまう者が殆どなのです。同調につきましても、トライデントに魔素を流し込み、自身の魔素と同一化させなければならないのですが、これとてトライデントと同等の量の魔素を持っていなければ成し得ません。どちらか片方だけでも成し遂げられれば扱う分には問題は御座いません。しかしながら、両方の条件を満たした者でなければ、トライデントの真価を発揮させる事も、魔術の媒介とする事も出来ないのです。ですが、千火様はその双方の条件を満たし、トライデントの真価を発揮させる事が可能になりました。しかしながら、千火様がまだ魔術や魔素を扱い慣れてないせいも御座いますが、さらに取り込まれた魔素が許容限界を突破してダダ漏れ状態となり、どうしてかは分かりかねますが、魔素が持つ”魔素を帯びるか取り込んだ物質や事象を異常強化させる”性質が常に活性化している状態になられたのです。それが、千火様がただトライデントを振るった際に生じた風や水が魔素を帯びたことで、千火様の意識とは無関係に魔術が発動してしまわれているのです。しかし同時に、その性質が千火様の身体を強固なものにしたおかげで、今まで苛まれていた反動が来なくなったのです」
「待て、さっき私はーー」
「暴風や水竜巻が発生していなかったあの時も、魔術は発動しておられたのですよ。しかしながら、トライデントの切れ味や威力を増幅させるだけの非常に単純なものに御座いましたので、魔素を感じ取れない千火様が気づけなかったのは、至極当然といえましょう」
「…………そういう事ならば納得できるな。だが、そうなると、私自身が魔素の扱いに慣れる必要があるな。どうすれば魔素を感じ取り、扱うことが出来るようになるのだ?魔術を発動させないようにするためとはいえ、意識力を常に散漫させなながら戦うなど私には到底出来ん。……そもそも本来魔素を受け取る器の武器でありながら、何故トライデントだけ魔素を持っているのだ?……あと、先の言葉の中で一つ訂正させて貰おう。私は既にここに来るまでに二回殺されている。前々世と言う方が妥当だぞ」

 リヴァイアから両斧槍改めトライデントを受け取りながらーー勿論トライデントの名前をしっかりと覚えるまで発音練習したのは言うまでもないーー言葉を投げかける。……そもそも、千火が住んでいた世界についてどうして詳しいのか気になったが、またややこしくなると困るので黙っておく事にする。

「一つ目の質問に関しましては、千火様が持たれる魔素はあまりに膨大な上にかなり癖の強い魔素ですので時間は掛かりますが、わたくしが後ほど魔術の発動方法も兼ねてご説明致しますので、暫しお待ちくださいませ。二つ目の質問ですが、トライデントはそもそもわたくしの力を武器の形として具現化させたものに御座います。わたくし自身、この世界における水の管理者を仰せつかまっておりますが、所詮は生き物です。お腹も空きますし、運動だってしたくなりますので、いつまでもここに籠って管理に明け暮れるわけでは御座いません。ですので、わたくしの半身としてトライデントをここに置き、わたくしが不在の時は代行していただいているのです。訂正の義ですが、わたくしがあの飛竜を追い払った後、千火様に治癒魔術を掛けたので一命を取り留めております。ですので、千火様は一度しか落命なされておりませんので、前世で正しいので御座います」

 三つの答えをよく咀嚼そしゃくし、飲み込もうとする。だが、そう易々と飲み込めたものではない。
 才能についてと、リヴァイアに助けられた事で、まだ飛竜に殺されずに済んだ事。これは飲み込める。才能はともかくとして、確かに千火は気絶する直前、水面が爆発したような轟音を耳にしている。リヴァイアの体格等を考えると、自身が助けたとは到底思えない。が、リヴァイアサは水竜という規格外の存在であり、魔術の扱いにも長けているのだ。あんな狭い場所に現れるにしても、幾らでも方法があるのだろう。……それでも、服まで戻っていた事実には首を傾げざるを得ない。
 問題はトライデントだ。耳を打った言葉が正しければ、リヴァイアはこの世界における水の管理者、否、水神そのものだという事になる。そして、今手に持っている白銀色で水色の刃を備え付けた壮麗な両斧槍は、その水神の力を武器化させたもの、つまり現状、千火はこの水神の力に、否、この水神リヴァイアに使い手として相応しい者として選ばれたという事になる。

「……何故、私を選んだのだ?あまり自覚はないが、リヴァイアを凌駕する魔素を持っているからか?それとも、現状暴走しているものの、私に普通ではあり得ない魔術の才能があるからか?そもそも何故私を助けた?あの翼竜ーーではなかったな、飛竜と同族なのだから、私を殺すのが筋ではないか?」

 理由はどうであれ、あの飛竜が人間を憎んでいたのは間違いない。同じ竜という種族であれば、リヴァイアも人間に少なからず嫌悪感を抱いているのではーーとも思ったが、リヴァイアの瞳にはそれらしい感情は見受けられない。だとしても、同族の敵であれば討たんとする皮に力を貸すのが自然だろう。
 加えて、千火自身はリヴァイアの指摘する才能に気付く事はおろか、生かし方や制御の方法すらも分からずただ暴走させているのだ。そんな危険な存在に、この世界に限らず全て生命の源と言える水の力を託すのも理解出来ない。このまま自らの意識で才能や魔素を制する事が出来なければ、この世界を破滅させうる大災害を起こしてしまう可能性すらある。だというのに、この水神リヴァイアは託したのだ。
 少し長くなりますがご了承下さい、と前置きしてから、千火に水の力を振るうことを許した神は言う。

「それは、千火様に竜神姫ーーこの世界の頂点に立つと同時に、世界の調和の役割を任されたわたくし達竜族に力を示し、人と共に竜族を率いて魔族を滅ぼす事で泰平の世を築き上げた、伝説の女傑としての素質を見いだしたが故に御座います」
「……リヴァイア、気は確かか?私は泰平の世を築けるような器の広い人間ではないぞ。そもそも竜神姫とは何者だ?魔族とはなんだ?何故そのような存在が生まれざるを得なかったのだ?誰がお前たち竜族を頂点と決め、世界の調和を任せたのだ?」

 次々と湧き上がってきた疑問を全て吐き出し終えたところで、千火は一度大きく空気を吐いた。
 リヴァイアの言葉が正しければ、水神とも呼べる存在すらも産みだした絶対的な存在、言うなればイザナギとイザナミのような存在がこの世界に実在している事を意味している。上には上がいるとはよく言うが、ここまで来ると感覚が麻痺してくる。
 新たなる単語、魔族。言葉の響きから、人類や竜族に止まらず、世界にすら悪影響をもたらすであろう事は容易に察せられた。が、何故そのような存在が生まれてしまったのか。世界を調和させるという任を得ていながら、何故それを竜族が許したのか。
 それらの思いも込めて、千火は問い掛けた。

「そうですね。まずは、魔族とわたくし達竜族との関係についてご説明致します」

 そう言って、リヴァイアは語り出した。

「単刀直入に申しますと、竜族と魔族はそもそも同じ括りに結び付けられる存在に御座いました」
「……同一の存在だっただと?」
「左様に御座います。魔族は人魔種、獣魔種、キメラ種の大まかに三種類に分けられるのですが、わたくし達竜族はこのうち最後者に当たります。人魔種と獣魔種はすぐにお察し頂けるので割愛致しますが、キメラ、これはぬえなどの複数の生き物が混じり合った者達の事を指します。……話を戻しますが、わたくし達は当初人々と敵対関係に御座いました。魔族やわたくし達は本来、物言わぬ動物や植物、それらを育みし自然の、憎悪や怒りなどと言った負の感情を帯びた魔素が固形物、簡単に言ってしまえば生き物の亡骸や岩や氷などに多量に染み込む事によって誕生する生き物です。その性質上、自然の多くを汚してしまい、怒りを特に買いやすい人々に対して強い敵意を持つ上に、感情の籠もり具合や魔素の量によって強さが異なります。そして何より、その大部分はわたくしのように人々を遥かに超えた力と身体を持っておりますので、当然人々が容易く屠る事は叶いません。魔術を用いたとしても、もとより強い魔素が染み込んで産まれた生き物ですから、弱点でも突かない限りは到底勝てた物ではありません。ですが、いかに人間に対して強い敵意を抱いていたとしても、所詮は生き物です。何かを食し、水を飲まなければわたくし達とて生きる事は出来ませんし、いかに強くとも人々の知性と数の暴力の前では匹夫の勇にしか御座いません。故に、それらを束ねる長が必要になります。それらの欲求は必然的に、生きるために異種族と争い、誰が長に相応しいか決める為に同族同士での戦いが繰り広げられる事になりました。その過程で産まれたのが魔族の最上位種の一角を担う存在でもあった、竜族なのです」
「…………人間の私が言うのもおかしいな話だが、竜族が何故人間と組したのだ?この世界に来たばかりの私には推し量る事は出来ない。だが、それらに頼らなければマトモに戦う事が出来ないと言う点で言えば、前の世界の人間同様貧弱な存在である事に変わりはない。加えて言えば、もとは私達を殺し尽くさんとして産まれた存在なのだろう?憎悪を押し殺せるだけの何かが、この世界の人間が持ち合わせていたのか?」

 憎悪を、それも自らが意図して何か行動を起こせる訳でもない自然のそれを押し殺すのは、並大抵の事ではない。少なくとも、自身の見た目と怪力を恐れた者達に対し激情を抱き、駆られるがままに数千の軍を三分と掛からず屠ってみせた千火には、絶対に出来ない事だ。あれだけの理性を失わせる恐ろしい感情を、私的な感情だと客観的に判断出来るだけの何かが無ければ、千火には絶対に出来ない。
 だが、憎悪より産まれし、かつて魔族と呼ばれていた神は、意外な回答を示した。

「それも御座いますが、最大の原因は竜族の力を他の魔族が恐れ、また竜族自身もそれを恐れたが故に御座います」
「何かきっかけでもあったのか?」

 自らの力の強大さに気付くには、何かしらのきっかけが必要だ。それが力の所有者にとって最高の結果を招いたとしても。……最悪の結果を招いたとしても。
 リヴァイアの口調や表情ーー元がゴツく禍々しい顔つきをしているため分かりにくいがーーから察するに、後者の可能性が濃厚だ。色々な予測を浮かべながらも、千火は話を促す。

「丁度、わたくしが水龍王となったばかりの話で御座います。生き物としての定めに捕らわれたわたくし達とは異なり、世界が存在する限り決して死ぬことのない竜族最古参の一柱、ヨルムンガンド様のご子息様をとある魔族が手に掛けたのです。ヨルムンガンド様は死ぬことがないと思われていたご子息様が殺された事実に驚愕すると同時に、激しくいきどられ、すぐさまその魔族を討ちました。……ですが、その際に生じた膨大な魔素と溢れ出る激情を抑えきれなかったヨルムンガンド様は、その勢いに任せて天変地異を巻き起こしてしまわれたのです。前水龍王から位と力を授けられていたわたくしは、水竜達を守る為にヨルムンガンド様の封印に赴きました。……しかしながら、相手は水に唯一液体という形で保つことを許した大地の憎悪より産まれし魔族にして、不死身の身体を持つ原始の龍王です。圧倒的な力の前に、新参の龍王でしかないわたくしが戦える相手では御座いませんでした。個の力では駄目だとすぐに悟ったわたくしは、当時ヨルムンガンド様よりも遥かに格上の、事実上の魔族の頂点に立っていた新飛龍王ファーブニル様に共闘を申し込みました。当然これは許可され、さらに他の魔族達とも手を組み封印に当たりました。それでもヨルムンガンド様に手傷を負わせるのが精一杯で、到底封印出来る段階にまでたどり着けたものでは御座いませんでした。それでも、何百何千という魔族を絶滅させてでも戦い続けていたある日、わたくし達の前にそのお方は現れたのです」
「それが竜神姫、という存在か?」
「いえ、そうでは御座いません。人々につきましても、度重なる天変地異による飢饉や大災害などによって殆が亡くなられました。食料もなければ水すら落ち着いて飲む事の出来ない状況で、到底戦えたものではありませんでした。……話を戻します。その現れたお方こそ、この世界を造り上げた神、神龍王バハムート様だったのです。バハムート様は心火に全身を焦がすヨルムンガンド様の攻撃を全て無に帰し、神の名に相応しい圧倒的な力で無力化致しました。そこでようやく、二十年間に及ぶ戦いに終止符が打たれたのです。ヨルムンガンド様は自らの感情を抑えきれなかったその罰として、バハムート様に更なる力を与えさせられました。そして、ヨルムンガンド様の暴走を止められずに世界を荒れ果てさせてしまったわたくし達竜族、特に王の座に座っていたわたくしとファーブニル様は特に強大な力を分け与えられ、更にはわたくし達三柱の龍王に、この世界を支配せよ、との命令を下されました」
「…………」
「わたくしとしても、咎められた事について異論は御座いません。むしろ、そんな事で良いのですかとさえ思いもしましたが、それでも疑問に思った事が御座いました。何故罰と称して力を渡されたのか、についてです。勿論わたくしは尋ねまししたが、真意を語られる事の無いままバハムート様はどこかに去られてしまいました。……それからしばらくして、その真意を知ることが出来ました。配下の者達はそこまででも御座いませんでしたが、世界を制するよう命じられたわたくし達の力は、少し振るうだけでもこの世界に深刻な影響を及ぼしてしまうのです。そしてその力は、バハムート様より力を授けられなかった魔族達の反感を買い、同時に恐れられたのです。やがてその力を存分に振るうことすら許されぬまま、魔族達は竜族から力を奪い取らんと戦を仕掛けてきました。しかも、洗脳、あるいはそそのかしてまで、今まで敵対していた人間までも戦場に送り込んだのです。王となったわたくし達はすぐさま戦いに臨みましたが、当然わたくし達自身が戦える筈が御座いません。配下頼みで戦いを続けていたその時、わたくしの前に突然そのお方は現れました。そのお方こそが初代竜神姫にして当時人類最強と謳われていた人、エリザベス様に御座います」
「そしてその初代竜神姫によって絶大過ぎる力による孤立より助けられ、名実ともに魔族の敵となると同時に人間と共闘するようになった、と言うわけか。……だがそれならば、何故飛竜族は私を襲ったのだ?」

 いかに強大な力を持っていても、それを恐れ振るうことを躊躇い、挙げ句種族としての孤立を受ければいかんともしようが無い。羨望から来る嫉妬の眼差しこそ分からないものの、同族から恐怖のそれを浴びせられるその辛さを身を以て体験している千火にとって、神龍王の下した罰がどれだけの苦痛を竜族にもたらしたかはすぐに察する事が出来た。
 だが、飛竜族の行動は明らかにその苦しみに満ちた生活に竜族を引き戻さんとしているように見える。そもそも、その孤立の苦痛から救い出した人間に憎悪を抱いている。先の恩を忘れて、人殺しに走るような何かがあったというのだ。

「……第百十三代目竜神騎、ローラン様がファーブニル様を殺したが故に御座います」
「…………なんだと?」
「先ほども申し上げました通り、わたくし達竜族は竜神姫エリザベス様に種族の孤立より救われました。その感謝の念を込めて、わたくし達は魔族から人々を守る義務と、エリザベス様にわたくし達三柱の龍王の力を授与させて頂きたいと申し出ました。この申し出はすぐに受け入れられ、以来エリザベス様のご子息様が王となれる儀式として定着致しました。勿論これにも訳が御座います。わたくし達のあまりに強大過ぎる力では、魔族はおろか守るべき人々にまでその余波による影響が出てしまいます。そこで竜神姫、もしくは竜神姫の男性版にあたる竜神騎に力を授与し、わたくし達が戦いに赴いても存分に振るえるようにしたのです。……ですが、わたくし達竜族は通常種でも長くて五千年、龍王ともなれば万年単位で生きる生き物です。それに比べてしまうと、どうしても人間という種族は短命なのです。また、人間同士の国家間のいざこざから発生した戦争や、魔族の大規模襲来、果ては膨大過ぎる魔素に肉体が耐えきれずに暴走するなど様々な理由で亡くなられました。その結果、エリザベス様の血筋は九十七代まで続く事になりましたが、そこで最上位魔族による強襲により命を落とされた事で終焉を迎えてしまわれたのです。これによって力を振るえなくなってしまったわたくし達は、人々を守れるようにするべく様々な王族や名のある豪傑にわたくし達の力の塊である武器を手にとって頂いきました。しかしながら、なかなか適合者が見つかりません。そればかりか儀式に失敗して、帰らぬ人となってしまった者達も多数現れたのです。このまま適合者が現れなければ、人々を守れぬばかりか逆に人々に反感を買い、再び種族として孤立してしまう。そんな不安がわたくし達の胸にはびこり出したその頃に、当時より疑問視されていた異世界より転生なされた者の一人が適合致したのです。それ以降、強い魔素を身に宿した転成者を竜神騎や竜神姫に選ぶようになったのです。ローラン様もその一人に御座いましたが、彼は他の者達とは異なり少し慈愛に欠けるところが御座いました。ですが、本当に差違でしか御座いませんでしたので、わたくし達は儀式を執り行い彼を竜神騎に致しました。……しかし、それがわたくし達龍王の最大の過ちに御座いました。すぐさま殺されてしまったので理由の程は定かでは御座いませんが、突然ファーブニル様を殺してしまわれたのです。偶然その場に居合わせていたご子息のデュポン様がすぐさまローラン様を討ったのですが、それがきっかけでそのまま即位なされたデュポン様のみならず、飛竜族全てが人を酷く憎まれるようになったのです。以降、従来の関係が崩れ去り、飛竜族を筆頭とした竜族、人、魔族の三種族による戦争状態になってしまったのです」
「…………ろーらんとやらが殺した理由が分からないのが気に食わないが、あの者達が私を襲った理由については分かった。だがそれならば、何故リヴァイアは人間を憎まず未だに人間と親交を取ろうとしている?そもそも、それまで信頼していた者に裏切られたのだ、他の竜族も憎まなかったのか?」

 信用を裏切られた挙げ句王を殺されたとなれば、あれだけの憎悪を瞳に宿していたのも頷ける。たが、だからこそ今のリヴァイアの態度が分からない。普通なら、人間に対する信用を無くして一気呵成に攻め立て滅ぼすところだろうに。少なくとも、千火ならばそうする自信がある。
 なのに何故、その憎悪を押し殺してこうして人の身である私と会話しているのか。不思議でならなかった。

「当然わたくしの配下も含めた他の竜族からも人間撃滅の声が挙がりました。ですが、ひとえに人々の所為にしてはならないのです。全ては、わたくし達がローラン様の謀反心に気付く事無く、竜神騎にしてしまったのが原因に御座います。今までが上手く事が運びすぎたのです。人の性格は十人十色、その基本を忘れたわたくし達龍王にも責が御座います。ゆえに、次代の竜神姫、あるいは竜神騎を見定める際には、その人格を見据える試練を設ける事に致しました」

 勿論、人に対して完全に心を閉じられてしまいましたデュポン様はその限りでは御座いません、と付け加える。
 なるほど、確かにその点については落ち度がある。
 だが、人格を見据える試練、と言っていたものの、千火には首を傾げざるを得ない。あの戦いの中でどこにその要素があると言うのだろうか。

「人格を見据える試練だと?」

 思わず問い掛けたその言葉に、リヴァイアは頷いた。

「千火様は、わたくしの魔術を受ける前に八頭の水竜と戦われましたね?」
「いかにもそうだが」

 何故そこでその話が出てくるのだろうか、と当然の疑問を抱きつつも千火は肯定する。

「あれらは、わたくしが産み出した分身体に御座います」
「…………待て。仮に分身体だとして、何故リヴァイアの姿とまるで異なるのだ?」
「あの姿は、わたくしが産まれた当初の姿に御座います。水竜族はもともと、名前の通り水を主な生息場所としてーー」
「すまない、何故あの戦いに人格を見定められるのか教えてくれないか?」

 また要らぬ話で時間を取られては困ると、千火は先手を取る。
 その言葉でハッとした説明好きな水龍王は、申し訳御座いません、と一言謝罪した後に話を戻した。

「竜神騎あるいは竜神姫となる者達は、ローラン様を除いてでは御座いますが、あらゆる命に対して強い敬意を持っておられたのです。それを確かめるのに最も効率の良い方法が、敵たる者を殺した際の表情を観察する事に御座います。竜神姫として、竜神騎としての素質があるか否かを確かめつつ、少しでも謝罪や手厚く葬ろうとする意志を感じ取る事が出来ますので」
「なるほど、理解はした。だが、竜と人とが対立した現状において、竜神姫は必要なのか?」

 関係が崩壊した今、竜族が魔族から人を守る道理などない。むしろ、互いが憎み合っている状況下なのだから、竜神姫という絶大な力を持つ、それでいて戦いにおいて枷になる厄介な存在を産み出そうとしない方が自然なのではないか。進んで自らにとっての強敵を作り上げるなど、正気の沙汰ではない。

「このような状況だからこそ、です」

 しかしリヴァイアは答える。

「先ほども申し上げました通り、魔族は憎悪を帯びた魔素が浸透する事で誕生致します。つまり、魔族のみならず竜族まで人々と争い始めた所為で、これまでよりも多くの憎悪を帯びた魔素が排出される事になります。さらにたちの悪い事に、竜族が持つ膨大かつ強大な魔素に憎悪を帯びてしまうことで、より強力な魔族が誕生しやすくなっているのです。そうなれば、いずれ近い将来にわたくし達すらも凌駕する魔族が誕生する事も考えられます。そうなってしまっては、もうわたくし達としても打つ手が無くなり、竜族と人々は滅ぼされてしまいます。そのような最悪の未来を防ぐには、以前のように竜族と人とが手を取り合う世を再建させなければなりません。ですが、既に人々と竜族が争っている現状でそれを成すには、竜族を束ねる龍王に認められその力を行使する事を許され、しかし人々に希望と救済をもたらす、絶対的な力を持つ架け橋が必要なのです」

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