大和戦争 - Die was War -
『絶望と決意』
ツキヨミに言われた通り、雪太達は午後、また広間に集まった。皆、また落ち着かないのか、私語が少ない。座る場所は、第一線から第六線で分かれており、雪太達は一番後ろに座った。
部屋に入って数分が経過した頃、またツキヨミが家来達を引き連れ、中に入ってきた。そして舞台に上がり、クラスメイト達を見渡した。その目には、雪太達への敬意は微塵も感じられず、見極めているようにも見えた。
そして、ツキヨミは話を開始する。
主に、この国を統治している種族についてだ。
内容をまとめると、まず、この国はナギという人物によって建国され、そのナギの家来だったのが、ヤミとカイという男だったのだという。ナギはそれぞれ国を三地方に分割し、一つはヤミに、一つはカイに治めさせ、最後の一つは自らが治めることにした。二人は、ナギから最も信頼されていたため、二人に任せることによって、この国の安泰を図ろうとしたのだという話だった。
ナギの治める地方は、「タカマ」と呼ばれるようになり、一番の発展都市となった。そこに住まう種族は、コージ族と名付けられた。一方、ヤミが治めることになった地方は、「ヤヨイ」となり、そこの種族はヨヤヨイ族と呼ばれるようになった。そして、カイの地方はウナバラと呼ばれ、種族名はウカイ族となったのだという。
そこから様々な発展を遂げ、今日に至るというわけだ。三つの種族は、互いに交友関係を持ち、平和に暮らしていた。しかし例の一件により、ヤマタイ族が襲ってくるようになったのだ。
因みに、ヤマタイという種族は、タカマを追い出された者達の総称だ。
一通り、大和帝國の歴史について聞かされたところで、ツキヨミは次のように言った。
「では、今日はここまでとする。明日は、訓練について話をしようと思う。心しておいてくれ」
そしてツキヨミはまた、家来達とともに部屋を出ていってしまった。それを、生徒達は亜然として見送る。
「……え? 能力についての話はナシ?」
「ちょっと期待したのに〜」
「もしかして、俺達って別に能力とか与えられてないんじゃ……」
「いやいや、それはないでしょ」
生徒達は、互いに囁き合っている。雪太も、実を言えば少し期待していた。このような展開になると、自分には特別な能力が備わっていると思う者も少なくない。雪太もまた、そんな淡い期待を抱いていたのだ。雪太達がこの世界に来た直後、ツキヨミは「それなりの能力は与える」と言っていた。あの言葉は、一体何を意味していたのだろうかと、雪太は疑問に思った。
その後、雪太は春也と一緒に部屋に戻ることにした。廊下を歩きながら、雪太の隣では春也がこんなことを言っている。
「いやぁ〜、それにしてもあの人、ナイスバディだよね。もう少し愛想よくなれば、完璧なんだけどね」
「あの人って、ツキヨミさんのことか?」
「そうそう、あの確乎不抜とした佇まいは、俺だって惚れ惚れとしちゃうよ」
ノー天気に話す春也に、雪太は尋ねた。少し、気になることがあった。
「なぁ、お前ってどう思ってるんだ? 本気で、戦うのか?」
「戦う? 冗談じゃないね。僕はそんなこと、真っ平御免だよ。能力もなければ、特別な力を宿しているわけでもない。おまけに、回復力もないからね。攻撃を受けたら即終了。しかも、俺みたいに運動神経が悪いと、みんなの足を引っ張るだけだよ。今日のうちにでも、逃げ出すつもりさ。よかったら、雪太も一緒に行かない?」
それは、春也なりに考えた出した結果なのだろう。その気持ちは、雪太にも理解できる。一般人に、いきなり戦争をしろと言われても、できるはずがない。平和ボケしすぎた現代人なのだから、尚更無理だろう。特別な能力でもあるのなら、まだ話は別だが。それすらもないと言われたら、逃げ出すかしか方法はない。
「ほんとに、戦争は嫌な存在だね。本気で殺し合いをするんだから。少なくとも、俺には向かないよ。何を思って、あの人達はこの世界に俺達を呼んだんだろうね。不思議で仕方がないよ」
そのように話しながら、春也は雪太の前を歩いている。確かに、能力もなしに戦えという方がおかしい。もしかすると、敢えて能力の話をしなかったのではないだろうか。それなら、何故言わなかったのか。どちらにしろ、ツキヨミ達は自分達に何かを隠している、それだけは明白だ。
「雪太、どうしたの?」
いつの間にか足が止まっていた雪太に、春也が心配そうに声をかける。
「ごめん、春也。先に戻っててくれ」
そう告げると、雪太は引き返した。ツキヨミに、確かめたいことがある。その思いが、何よりも強かった。そして、広間の近くまで戻ると、ツキヨミを探した。そうしていると、向こうから何やら声が聞こえてくる。聞いたことあるような声だ。おそらく、まだ外ではクラスメイト達が騒いでているのだと、雪太は予想した。
声がする方に行ってみると、そこには生徒が数人集まり、その中央には蹴鞠をしている一人の男子が見える。それは雪太のクラスメイト、一条学という男子生徒だ。その周りでは、吹部の三人が声援を送っている。何故蹴鞠をしているのかと、雪太はしばらく、その様子を眺めていた。すると、一条が雪太の存在に気づく。
経緯を聞くと、部屋に戻る途中、建物の管理人が蹴鞠をしているのを見かけ、声をかけたら勝負を申し込まれたのだという。一条はサッカー部に所属しているため、楽勝で勝利し、その蹴鞠を譲ってもらったらしい。
一条が所属する部隊は、第二線だ。故に、雪太に対して上から話しかけてくる。
「やぁ、まさか君がこんなところにいるなんて思わなかったよ」
言い方からして、完全に見下されている。一条は、確かに頭はよいが、見た目がチャラチャラしている。それでも、女子からは絶対的な支持を博しており、口も春也並みに達者なのだ。
「よかったら、君、僕と勝負してみない?」
「あ、いや、でも……」
「ルールは簡単だよ。サッカーのリフティングとほとんど同じだから。この鞠を蹴り上げて、どちらが長く蹴り続けていられるかを競うんだ」
一条は微笑しながら誘ってくるが、雪太は気が進まなかった。
「いや、ごめん。今は、ちょっと気が乗らなくて……」
雪太は再び、背を向けて中に戻ろうとした。そうしたら、一条から呼び止められた。
「逃げるのかい?」
「逃げる?」
雪太は、足を止めた。後ろから、一条が煽ってくる。
「僕に負けるのが怖いから、やらないんだろ?」
別に、そういうわけではない。雪太は、挑発になど乗ってやるものかと、振り返らずに足を進めた。すると今度は、女子達の陰口のような声が聞こえてくる。好きに言えばいい、雪太はそんな気持ちだった。
雪太自身、運動神経もそれなりにあるため、大概のスポーツはできる。やったことがないようなことでも、見ただけで人並みにはできる。ただ、目立ちたいからなどという理由で、人前に出るようなことはしない。目立たないに越したことはない。その思考は、雪太の中で今も昔も変わらなかった。
建物から少し離れると、山を降りた麓に村のようものが見える。あの建物は、山の頂上にあったのだ。それをこの時、雪太は初めて知った。雪太は、一度戻ろうと引き返した。その途中、屋敷のような家を発見した。
庭を覗くと、中はしんと静まり返っており、誰の気配も感じない。ここは、どのような人が住んでいるのだろうかと、不思議と興味が湧いた。そして、庭に踏み入れる。
屋敷は縁側で囲まれている。雪太は靴を脱ぎ、縁側に上がり込む。まず、ここに住んでいる人を見つけ、詳しいことを聞き出さなくてはならない。といっても、広すぎてどちらに行けばよいか、次第に分からなくなってくる。
仕方ないので、雪太は適当に足を進めることにした。ある部屋まで来ると、行き止まりになっている。結局、誰とも会うことはなかった。帰ろうとした時、どこからか啜り泣きのような声が聞こえた。横には幾つも部屋が並んでおり、襖はすべて閉まっている。その中から、確かに人の泣き声が聞こえてくるのだ。若い女性の声だ。雪太は意を決し、襖に手をかける。そして、開けようと右手に力を入れると……。
開かない。思いっきり引っ張っても、びくともしなかった。それでも、中に誰がいるのか気になった。その時……。
「誰だ、お前!」
不意に、怒鳴り声が聞こえた。雪太は急いで振り返ると、そこには刀を手にした少女が立っている。見たところ、雪太の世界で言うと、小学校に上がるかどうかといった歳だ。首には、緑色をした勾玉の飾りをつけている。その少女は、驚いて尻餅をついている雪太の喉に、持っている刀を突きつけた。さらに、すごい剣幕で雪太を睨んでくる。
「お前、どこからこの家に入った!」
「あ、いや……、普通に入りましたけど……」
「もしや、盗賊の一味か! おのれ、このスノー様が成敗してくれる!」
自分のことをスノーと言ったその少女は、そう言って刀を振り上げる。雪太は、咄嗟に逃げることもできず、目を瞑った。その時、別の声が聞こえた。
「やめろ、スノー」
雪太が、恐る恐る目を開けてみると、ツキヨミが歩いてくるのが見えた。スノーはそれを見て、先程とは打って変わり、おとなしくなった。
「あ、ツキヨミの姉御。怪しい者がいます! 姉上の部屋を、開けようとしていたのです!」
スノーが言うので、ツキヨミは雪太を見た。雪太は気まずくなり、笑って誤魔化した。ツキヨミは、雪太の顔をじっと見つめると、スノーに言った。
「この者は、怪しい者ではない」
「え、でも……」
「お前は、向こうに行っていろ。あとは、私で何とかする」
ツキヨミの話を聞いて、スノーは少々不満気味だったが、刀を仕舞い、その場から走り去っていった。雪太は助かったと、ホッと胸を撫で下ろした。しかし、まだ自体が収束したわけではない。
雪太は何と説明しようか悩んでいると、なんとツキヨミが雪太の隣に座ってきたのだ。それを見て、雪太はドキッとした。近くで見ると、春也の言っていた通り、確かにナイスバディだと思った。
「妹が迷惑をかけてすまない。あいつも、悪気があってやったわけではないのだ」
ツキヨミは、雪太に詫びた。その後、詳しい話を聞いた。
スノーは三姉妹の末っ子であり、二人の姉に当たるのが、アマテルという人物らしい。しかし、そのアマテルは今、部屋に閉じこもったきり、出てこなくなってしまったのだという。その原因は、どうやらスノーにあるようだ。それを、ツキヨミはこう話した。
「私達は、ナギの子孫に当たる。そして父上も、その血を受け継ぐ者として、このタカマの政治を行っておられた。その父上のもとに生まれたのが、我ら三姉妹だ」
しかし、母が病弱であったため、スノーが生まれて間もなくこの世を去った。それ故、スノーは一度も母の顔を見たことがない。そんなスノーを一番世話していたのが、長女のアマテルだった。
アマテルは優しく、スノーがどのような我儘を言っても、怒ることなく、聞いていたのだという。しかしそれが原因となり、スノーは乱暴者に育ってしまった。村人が育てた稲を荒らしたり、穀物を盗んだりと騒ぎを起こし続けた。それも、段々とエスカレートしていき、終いには山火事を引き起こす原因をも作ってしまった。
それに責任を感じたのか、とうとう我慢できなくなり、アマテルは自分の部屋に閉じ籠もってしまった。それをスノーは、自分のせいだと気づいておらず、姉の部屋を用心棒として守っているのだという。
また、アマテルは神から授かった力を宿しており、それによってしばらくはヤマタイ族が襲ってきても、大和帝國を守れていたのだという。しかし、アマテルが欠けてしまった今の戦力では、どうにも太刀打ちできない。そこで、父のイーザという男が、神に祈りを捧げ、人間界から雪太達を招いたのだ。ツキヨミは、さらに雪太に言った。
「お前達が乗り気でないのは、十分に理解している。ただ今の状態では、この大和帝國が滅びるのは時間の問題だろう。帰りたいのならば、私から父に願い出てもいい。私なりに、説得するつもりだ」
その言葉を聞き、雪太は考えた。もし、自分達が戦いを放棄した場合、この国の人々はどうなるのだろう。そして、明日香の言った言葉を思い出した。「困っている人を見殺しにできない」、あの言葉は、明日香の本心だったのだろう。その気持ちは、あの時の雪太にはなかった。それでも、ツキヨミの話を聞くに、事態は思ったより重大のようだ。このまま、帰れるわけがない。
「俺……、今までずっと考えてたんですよ。自分に、何ができるんだろうって。けど今の話を聞いて、決心しました。俺、戦います。特に能力があるわけじゃないけど、運動神経には自信があるんで。俺も、困ってる人を助けないのは、性に合わないっていうか……。だから、安心してください」
これが、雪太から出た精一杯の言葉だった。そうすると、ツキヨミの表情が急に柔らかくなった。
「ありがとう、君のような子がいるなど正直、思っていなかった。だから、すごく嬉しい」
ツキヨミが言った。まるで、態度を改めたかのような口調だ。ツキヨミは、スッと雪太に手を差し伸べた。雪太も、それを握る。
「これから、よろしく頼む。雪太君」
「雪太でいいですよ、ツキヨミさん」
そして、ツキヨミはフッと笑った。その時、雪太は気持ちが吹っ切れたような、清々しい気分を味わった。ずっと自分の中にあった痞えがなくなり、大空に解き放たれたような解放感に浸った。ツキヨミは、
「困ったことがあったら、何でも言ってくれ。私なりに、配慮はするつもりでいる」
とだけ言うと、その場から去っていった。その後、雪太はまた心の中で誓いを立てる。現時点では、自分に何ができるのか分からないが、それでも、やれるだけやってみよう。それが、自分を変えるチャンスなのだからと。
部屋に入って数分が経過した頃、またツキヨミが家来達を引き連れ、中に入ってきた。そして舞台に上がり、クラスメイト達を見渡した。その目には、雪太達への敬意は微塵も感じられず、見極めているようにも見えた。
そして、ツキヨミは話を開始する。
主に、この国を統治している種族についてだ。
内容をまとめると、まず、この国はナギという人物によって建国され、そのナギの家来だったのが、ヤミとカイという男だったのだという。ナギはそれぞれ国を三地方に分割し、一つはヤミに、一つはカイに治めさせ、最後の一つは自らが治めることにした。二人は、ナギから最も信頼されていたため、二人に任せることによって、この国の安泰を図ろうとしたのだという話だった。
ナギの治める地方は、「タカマ」と呼ばれるようになり、一番の発展都市となった。そこに住まう種族は、コージ族と名付けられた。一方、ヤミが治めることになった地方は、「ヤヨイ」となり、そこの種族はヨヤヨイ族と呼ばれるようになった。そして、カイの地方はウナバラと呼ばれ、種族名はウカイ族となったのだという。
そこから様々な発展を遂げ、今日に至るというわけだ。三つの種族は、互いに交友関係を持ち、平和に暮らしていた。しかし例の一件により、ヤマタイ族が襲ってくるようになったのだ。
因みに、ヤマタイという種族は、タカマを追い出された者達の総称だ。
一通り、大和帝國の歴史について聞かされたところで、ツキヨミは次のように言った。
「では、今日はここまでとする。明日は、訓練について話をしようと思う。心しておいてくれ」
そしてツキヨミはまた、家来達とともに部屋を出ていってしまった。それを、生徒達は亜然として見送る。
「……え? 能力についての話はナシ?」
「ちょっと期待したのに〜」
「もしかして、俺達って別に能力とか与えられてないんじゃ……」
「いやいや、それはないでしょ」
生徒達は、互いに囁き合っている。雪太も、実を言えば少し期待していた。このような展開になると、自分には特別な能力が備わっていると思う者も少なくない。雪太もまた、そんな淡い期待を抱いていたのだ。雪太達がこの世界に来た直後、ツキヨミは「それなりの能力は与える」と言っていた。あの言葉は、一体何を意味していたのだろうかと、雪太は疑問に思った。
その後、雪太は春也と一緒に部屋に戻ることにした。廊下を歩きながら、雪太の隣では春也がこんなことを言っている。
「いやぁ〜、それにしてもあの人、ナイスバディだよね。もう少し愛想よくなれば、完璧なんだけどね」
「あの人って、ツキヨミさんのことか?」
「そうそう、あの確乎不抜とした佇まいは、俺だって惚れ惚れとしちゃうよ」
ノー天気に話す春也に、雪太は尋ねた。少し、気になることがあった。
「なぁ、お前ってどう思ってるんだ? 本気で、戦うのか?」
「戦う? 冗談じゃないね。僕はそんなこと、真っ平御免だよ。能力もなければ、特別な力を宿しているわけでもない。おまけに、回復力もないからね。攻撃を受けたら即終了。しかも、俺みたいに運動神経が悪いと、みんなの足を引っ張るだけだよ。今日のうちにでも、逃げ出すつもりさ。よかったら、雪太も一緒に行かない?」
それは、春也なりに考えた出した結果なのだろう。その気持ちは、雪太にも理解できる。一般人に、いきなり戦争をしろと言われても、できるはずがない。平和ボケしすぎた現代人なのだから、尚更無理だろう。特別な能力でもあるのなら、まだ話は別だが。それすらもないと言われたら、逃げ出すかしか方法はない。
「ほんとに、戦争は嫌な存在だね。本気で殺し合いをするんだから。少なくとも、俺には向かないよ。何を思って、あの人達はこの世界に俺達を呼んだんだろうね。不思議で仕方がないよ」
そのように話しながら、春也は雪太の前を歩いている。確かに、能力もなしに戦えという方がおかしい。もしかすると、敢えて能力の話をしなかったのではないだろうか。それなら、何故言わなかったのか。どちらにしろ、ツキヨミ達は自分達に何かを隠している、それだけは明白だ。
「雪太、どうしたの?」
いつの間にか足が止まっていた雪太に、春也が心配そうに声をかける。
「ごめん、春也。先に戻っててくれ」
そう告げると、雪太は引き返した。ツキヨミに、確かめたいことがある。その思いが、何よりも強かった。そして、広間の近くまで戻ると、ツキヨミを探した。そうしていると、向こうから何やら声が聞こえてくる。聞いたことあるような声だ。おそらく、まだ外ではクラスメイト達が騒いでているのだと、雪太は予想した。
声がする方に行ってみると、そこには生徒が数人集まり、その中央には蹴鞠をしている一人の男子が見える。それは雪太のクラスメイト、一条学という男子生徒だ。その周りでは、吹部の三人が声援を送っている。何故蹴鞠をしているのかと、雪太はしばらく、その様子を眺めていた。すると、一条が雪太の存在に気づく。
経緯を聞くと、部屋に戻る途中、建物の管理人が蹴鞠をしているのを見かけ、声をかけたら勝負を申し込まれたのだという。一条はサッカー部に所属しているため、楽勝で勝利し、その蹴鞠を譲ってもらったらしい。
一条が所属する部隊は、第二線だ。故に、雪太に対して上から話しかけてくる。
「やぁ、まさか君がこんなところにいるなんて思わなかったよ」
言い方からして、完全に見下されている。一条は、確かに頭はよいが、見た目がチャラチャラしている。それでも、女子からは絶対的な支持を博しており、口も春也並みに達者なのだ。
「よかったら、君、僕と勝負してみない?」
「あ、いや、でも……」
「ルールは簡単だよ。サッカーのリフティングとほとんど同じだから。この鞠を蹴り上げて、どちらが長く蹴り続けていられるかを競うんだ」
一条は微笑しながら誘ってくるが、雪太は気が進まなかった。
「いや、ごめん。今は、ちょっと気が乗らなくて……」
雪太は再び、背を向けて中に戻ろうとした。そうしたら、一条から呼び止められた。
「逃げるのかい?」
「逃げる?」
雪太は、足を止めた。後ろから、一条が煽ってくる。
「僕に負けるのが怖いから、やらないんだろ?」
別に、そういうわけではない。雪太は、挑発になど乗ってやるものかと、振り返らずに足を進めた。すると今度は、女子達の陰口のような声が聞こえてくる。好きに言えばいい、雪太はそんな気持ちだった。
雪太自身、運動神経もそれなりにあるため、大概のスポーツはできる。やったことがないようなことでも、見ただけで人並みにはできる。ただ、目立ちたいからなどという理由で、人前に出るようなことはしない。目立たないに越したことはない。その思考は、雪太の中で今も昔も変わらなかった。
建物から少し離れると、山を降りた麓に村のようものが見える。あの建物は、山の頂上にあったのだ。それをこの時、雪太は初めて知った。雪太は、一度戻ろうと引き返した。その途中、屋敷のような家を発見した。
庭を覗くと、中はしんと静まり返っており、誰の気配も感じない。ここは、どのような人が住んでいるのだろうかと、不思議と興味が湧いた。そして、庭に踏み入れる。
屋敷は縁側で囲まれている。雪太は靴を脱ぎ、縁側に上がり込む。まず、ここに住んでいる人を見つけ、詳しいことを聞き出さなくてはならない。といっても、広すぎてどちらに行けばよいか、次第に分からなくなってくる。
仕方ないので、雪太は適当に足を進めることにした。ある部屋まで来ると、行き止まりになっている。結局、誰とも会うことはなかった。帰ろうとした時、どこからか啜り泣きのような声が聞こえた。横には幾つも部屋が並んでおり、襖はすべて閉まっている。その中から、確かに人の泣き声が聞こえてくるのだ。若い女性の声だ。雪太は意を決し、襖に手をかける。そして、開けようと右手に力を入れると……。
開かない。思いっきり引っ張っても、びくともしなかった。それでも、中に誰がいるのか気になった。その時……。
「誰だ、お前!」
不意に、怒鳴り声が聞こえた。雪太は急いで振り返ると、そこには刀を手にした少女が立っている。見たところ、雪太の世界で言うと、小学校に上がるかどうかといった歳だ。首には、緑色をした勾玉の飾りをつけている。その少女は、驚いて尻餅をついている雪太の喉に、持っている刀を突きつけた。さらに、すごい剣幕で雪太を睨んでくる。
「お前、どこからこの家に入った!」
「あ、いや……、普通に入りましたけど……」
「もしや、盗賊の一味か! おのれ、このスノー様が成敗してくれる!」
自分のことをスノーと言ったその少女は、そう言って刀を振り上げる。雪太は、咄嗟に逃げることもできず、目を瞑った。その時、別の声が聞こえた。
「やめろ、スノー」
雪太が、恐る恐る目を開けてみると、ツキヨミが歩いてくるのが見えた。スノーはそれを見て、先程とは打って変わり、おとなしくなった。
「あ、ツキヨミの姉御。怪しい者がいます! 姉上の部屋を、開けようとしていたのです!」
スノーが言うので、ツキヨミは雪太を見た。雪太は気まずくなり、笑って誤魔化した。ツキヨミは、雪太の顔をじっと見つめると、スノーに言った。
「この者は、怪しい者ではない」
「え、でも……」
「お前は、向こうに行っていろ。あとは、私で何とかする」
ツキヨミの話を聞いて、スノーは少々不満気味だったが、刀を仕舞い、その場から走り去っていった。雪太は助かったと、ホッと胸を撫で下ろした。しかし、まだ自体が収束したわけではない。
雪太は何と説明しようか悩んでいると、なんとツキヨミが雪太の隣に座ってきたのだ。それを見て、雪太はドキッとした。近くで見ると、春也の言っていた通り、確かにナイスバディだと思った。
「妹が迷惑をかけてすまない。あいつも、悪気があってやったわけではないのだ」
ツキヨミは、雪太に詫びた。その後、詳しい話を聞いた。
スノーは三姉妹の末っ子であり、二人の姉に当たるのが、アマテルという人物らしい。しかし、そのアマテルは今、部屋に閉じこもったきり、出てこなくなってしまったのだという。その原因は、どうやらスノーにあるようだ。それを、ツキヨミはこう話した。
「私達は、ナギの子孫に当たる。そして父上も、その血を受け継ぐ者として、このタカマの政治を行っておられた。その父上のもとに生まれたのが、我ら三姉妹だ」
しかし、母が病弱であったため、スノーが生まれて間もなくこの世を去った。それ故、スノーは一度も母の顔を見たことがない。そんなスノーを一番世話していたのが、長女のアマテルだった。
アマテルは優しく、スノーがどのような我儘を言っても、怒ることなく、聞いていたのだという。しかしそれが原因となり、スノーは乱暴者に育ってしまった。村人が育てた稲を荒らしたり、穀物を盗んだりと騒ぎを起こし続けた。それも、段々とエスカレートしていき、終いには山火事を引き起こす原因をも作ってしまった。
それに責任を感じたのか、とうとう我慢できなくなり、アマテルは自分の部屋に閉じ籠もってしまった。それをスノーは、自分のせいだと気づいておらず、姉の部屋を用心棒として守っているのだという。
また、アマテルは神から授かった力を宿しており、それによってしばらくはヤマタイ族が襲ってきても、大和帝國を守れていたのだという。しかし、アマテルが欠けてしまった今の戦力では、どうにも太刀打ちできない。そこで、父のイーザという男が、神に祈りを捧げ、人間界から雪太達を招いたのだ。ツキヨミは、さらに雪太に言った。
「お前達が乗り気でないのは、十分に理解している。ただ今の状態では、この大和帝國が滅びるのは時間の問題だろう。帰りたいのならば、私から父に願い出てもいい。私なりに、説得するつもりだ」
その言葉を聞き、雪太は考えた。もし、自分達が戦いを放棄した場合、この国の人々はどうなるのだろう。そして、明日香の言った言葉を思い出した。「困っている人を見殺しにできない」、あの言葉は、明日香の本心だったのだろう。その気持ちは、あの時の雪太にはなかった。それでも、ツキヨミの話を聞くに、事態は思ったより重大のようだ。このまま、帰れるわけがない。
「俺……、今までずっと考えてたんですよ。自分に、何ができるんだろうって。けど今の話を聞いて、決心しました。俺、戦います。特に能力があるわけじゃないけど、運動神経には自信があるんで。俺も、困ってる人を助けないのは、性に合わないっていうか……。だから、安心してください」
これが、雪太から出た精一杯の言葉だった。そうすると、ツキヨミの表情が急に柔らかくなった。
「ありがとう、君のような子がいるなど正直、思っていなかった。だから、すごく嬉しい」
ツキヨミが言った。まるで、態度を改めたかのような口調だ。ツキヨミは、スッと雪太に手を差し伸べた。雪太も、それを握る。
「これから、よろしく頼む。雪太君」
「雪太でいいですよ、ツキヨミさん」
そして、ツキヨミはフッと笑った。その時、雪太は気持ちが吹っ切れたような、清々しい気分を味わった。ずっと自分の中にあった痞えがなくなり、大空に解き放たれたような解放感に浸った。ツキヨミは、
「困ったことがあったら、何でも言ってくれ。私なりに、配慮はするつもりでいる」
とだけ言うと、その場から去っていった。その後、雪太はまた心の中で誓いを立てる。現時点では、自分に何ができるのか分からないが、それでも、やれるだけやってみよう。それが、自分を変えるチャンスなのだからと。
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