【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

記憶の竪琴(24)




「なるほど……。つまり、貴様は自分の事も良く分かっていないと言う事か」
「さてな――」

 俺は肩を竦めながら言葉を返す。
 そもそも俺は生まれた時から別の――、異世界の記憶を持っていた。
 それが、どんな場所かは知らないが多くの知識を知っていて、それが魔法や生活に応用できたに過ぎない。
 そして、その記憶が何なのかすら――、その理由すら知る術を知らずに育ってきた。
だから、自分がどういった存在なのかなんて分かる訳がない。

 ――だが、それを御丁寧に教えるほど俺は平和ボケはしてなんていない。

「そうか……」
「エルメキア、お前に聞きたいことがある。お前は、どうしてイノンの中で――、潜伏だけで大人しくしていた? 俺という存在が危険だと理解していたのなら、ウラヌス神の従属神であるルーグレンスに報告をしておくべき事だったろうに――」
「そうだな……」

 俺の言葉を肯定するかのようにエルメキアは頷いてくる。
 ただ、その声色は固く何かを迷っているようにも思えた。
 何かを逡巡しているような。

「貴様は、人間の心を見てきてどう思った?」
「どう思ったとは?」

 エルメキアは広場の――、噴水を形成している石積みの上に座ると足元に落ちている石を拾い上げて俺に放りなげてくる。
 俺は無意識の内に、放り投げられた石を受け取りながらも男からは視線を背けることはしない。

「ふっ――。お前も人間の精神世界を見てきたんだろう? それを見て……、貴様は何も思わなかったのか?」

 男の――、エルメキアの言う言葉は抽象的すぎて何を指して疑問を呈してきているのか今一、理解に苦しむが――。
 
「人の精神世界は、その者がトラウマとして抱えている物を映し出しているということか?」

 実際、リネラスの時は彼女が迫害されてきた時の記憶が精神世界に反映されていた。
 そして……、この世界――。
イノンに至っては彼女と姉との関係が変わる時の記憶を土台に世界が構成されている。

「それは違う」

 だが、俺の考えを他所にエルメキアは、落ちていた小石を拾いあげ俺へと放りなげてくる。

「何が違うんだ?」
「人間の精神世界で、構成される世界というのは――、その人間にとっての希望だ」
「希望?」
「そうだ。誰かに救ってほしい。誰かに助けて欲しいという願望――、そして願い――、それらで人の精神――、心を支える精神世界の柱は作られている。だからこそ、誰かが求めていた人間が入ってきた時に見せる世界というのは希望を反映させている。この世界が――、貴様が見てきた人の心の世界は絶望に満ち溢れていたか?」
「そんなのは本人くらいにしか分からないだろう?」

 少なくとも、俺から見たリネラスの世界は絶望しか無かった。
 だから俺は、彼女を――。

「ユウマ。彼の――、エルメキアは救ってほしい世界を助けてほしい人に見せる為に人は心の世界を作ったって言っているの。たぶん――、この世界は……」
「そうだ。ここの世界はユリーシャとイノンの願いと願望と――、そして助けて欲しいという希望というか細い糸で作られた、どこまでも不安定で歪な世界だ」

 男は足と手を組みなおしながら小さく溜息をつく。

「俺はな、もう疲れたんだよ。だが――、俺はウラヌス神様の従属神としての誇りもある。それに命令は絶対遵守だ」
「つまり……、お前は――」
「ああ――」
「そういうことか……。お前は、最初から――、そのつもりだったということか」
「そうだ。貴様がイノンを助けることが出来る者であるかどうかを見させてもらっていた。そして――、人の精神世界の中で魔法を扱う事が出来る貴様ならルーグレンスを追い出すことが出来ると確証した。だからこそ――、ルーグレンスを追い出す為に、俺は干渉を止めるつもりだ」




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