【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

姉妹の思い出(17)

「追え! 逃がすな!」

 後ろから、甲高い音が音が鳴り響くと同時に、周囲から雑多な音が聞こえ始める。
 次々に音は伝播していくと同時に、多くの天幕から防具も身につけず出てくる兵士達の姿が見えた。

「どうかしたのか?」

 天幕から出てきた男は、俺に話しかけてきた。
 俺はすかさず、「ユリーシャ姫を狙った暗殺者が来たらしいです。怪我人を今、運んでいますので! ちなみに暗殺者は北へと向かいました!」と嘯く。

「な、なんだと!? わ、わかった――。君達も気をつけてくれ。お前達、武器を持って俺についてこい!」

 男が大声で周囲の兵士達に命令を下すと一斉に北へ向けて走り去っていく。

「全ては俺の計算どおり!」

 腕に抱かかえているエルスが「絶対、適当だよな? 絶対にアンタ、適当に言ったよな?」と突っ込みを入れてくる。
 まったく失礼な――。
 運も計算の内ってことわざを知らないのか?
 やれやれ……。

「そんなことよりもだ! まずはイノンと会うことのほうが重要だろう?」
「そ、そうだな……」
「なら、下らない突っ込みを入れてる前に先を急がないといけないな」

 エルスを抱かかえたまま走り出そうとすると、「ユウマ、待って! 下ろして! もう一人で走れるから」と言ってくるが、そんなのは当然無視だ。
 すぐさま走りだし森の中を駆ける。

「待って! ユウマ! 待って! そんなに揺らしたら、そんな風に走ったら、そんな風に――」
「少しは黙っていられないのか? 落ち着いて走れないだろ?」

 俺はエルスを脇に抱えたまま、兵士達に補足されないよう樹上を跳躍して渡りながら移動をしている。
 時折、枝から枝に乗り移ることだってあるし、大樹を駆け上がることもある。
 そんな普通の移動に……。

「ここの天幕が、そうだな……」

 1分もせずに到着した天幕を見ながら俺は一人呟く。
 辺りには天幕が離れた位置に建てられており、俺とエルスは見つかっていない。
 さらに報告も、俺の移動速度が速すぎたせいで追いついていないのだろう。
 周りは静かなものだ。

「それじゃ、エルス。俺は中に入るからお前は――、……って大丈夫か?」
「うっ!? きもちわ……食べたものをはき……」

 心配して話しかけた途端、エルスがいろいろなものを吐き出していた。
 どうやら、エルスは体調が悪かったらしいな。
 もしかしたら、縄で縛られている間に、あんなことや、こんなことや、「くっ! 殺せ!」みたいな真似もあったのかもしれない。

 まぁ、それは置いておいてと――。

「エルス、とりあえず体調が悪いなら、事前に体調が悪いと言ってくれたほうが助かるんだが?」

 俺は、事後申告だけはするなよ? と、きちんと忠告を入れる。
 まったく、いい大人して体調不良を隠すなんて、軍隊にいたんだから、そのへんはきちんとしてほしいものだ。

「……ア、アンタが非常識な移動方法を――」
「それじゃ、何かあったら呼んでくれ!」

 あまり無駄に時間をかけてる余裕もない。
 後ろからは、「私の話は無視? 無視なの?」と、いう声が聞こえてくるが、まぁ気のせいだろう。

 天幕の中に入ると、椅子に縛り付けられたイノンの姿が見え、近づいていく。

「まさかな……光球――」

 俺が発動させた光の球が空中に浮かぶと天幕の中を明るく照らした。
 そしてイノンの様子が、正確に見えた瞬間――。
 眉間に皺をせていた。

 すぐに、頭の中で魔法発動後の事象を想像しようとしたところで、発動しておいた【探索】の魔法に、突然、赤い光点が表示された。 

「――っ!?」

 俺は、イノンが座らされている血まみれの椅子を破壊、彼女を抱かかえながら【風刃】の魔法を発動。
 天幕を切り裂き外へと踊でた瞬間、天幕は巨大な圧力をかけられたかのように地面に圧し潰された。

 イノンを抱かかえながら、天幕が巨大な蛇の化け物に潰されるのを見ながら、俺は地面の上に降り立つ。

「――ほう? この我の存在を認識する者がいるとは……」

 見上げるほどの大蛇――。
 見えているだけでも10メートルはあろうかという巨大さ。
 全長を含めれば100メートル近いだろう。

「いま、認識と言ったな?」
「そうじゃ、そこそこ腕は立つようじゃが……、その娘には聞くことがあるのでな。連れて行かれるのは困るのう」

 眼の前の大蛇が、俺を見下ろしながら言葉を紡いでくる。
 それにしても……。
 ある程度、距離があるとはいえ周りの天幕が静かすぎるのが気になるんだ……!?

「お前、周囲の人間はどうした?」
「どうしただと? お主が一番危険だと聞いておったからからな。我が顕現する前に、お主を見つけたとき、その娘を助けにくると思い、我が戦えるように場を作っておいたのじゃよ。ただの人間では、ワイバーンを一人で倒すSランク冒険者の相手はつらいであろうからな!」
「なるほど、つまり……今、ここにいるのは、俺とお前とイノンとエルスだけってことか?」

 俺の言葉を聞いた大蛇は高らかに笑う。
 それは自身の勝利を確信したような笑い方で――。

「そうじゃ! 足手まといを二人抱えて――」
「おい!」

 語り始めようとした大蛇の言葉を止めるように話しかける。

「一つ聞きたいんだが……」
「なんじゃ? どうせ、死ぬ命じゃ! 聞くがよい」

 横柄な言い方に苛立ちながら、俺は大蛇を見上げて言葉を紡ぐ。

「イノンの手足の爪を剥いだのはお前か? その情報を得るために指の骨まで折ったのはお前か?」
「何を気にしておる? そやつは我らが主の命に――。逆らったのだぞ? 従属神たる我らに逆らって……「分かった。十分だ」……なんじゃと?」

 とりあえずは、話の流れは少しは掴めた。
 ただ、詳しい事情は連れていって聞かないと何ともいえない。
 それでも――。

「まあ、よい! 今更、何をしようと貴様が死ぬことには変わりは――な!?」

 大蛇が言葉を言い切る前に、【風刃】の魔法を発動し、その体の一部を切り裂いた。

「――ば、ばかな!? 魔法詠唱破棄じゃと? たかが人間の分際で! 貴様、一体! 何者だ!?」
「俺か? おれは……」

 俺は、魔法が発動後の事象を想像し、魔法発動のための力ある言葉を頭の中で思い描きながら大蛇を見上げながら口を開く。

「そうだな……。ウラヌス十字軍の奴らには、こう言ってるぞ? 俺は、自分のことを――魔王ユウマだってな! 全てを焼きつかせろ! 【太陽】!」

 漢字である発動媒体と共に、上空の大気の成分が原子レベルで組み替えられていき水素原子を主軸とした巨大な質量を持つ原子太陽に作り変えられ地表に到達。
 体表温度6000度の巨大質量物質に押しつぶされながら大蛇の体を焼き尽くしていく。

「ばかな? こんな力……。魔王どころの騒ぎでは、貴様いったい……グアアアアアアア」

 目の前で最後の断末魔と共に大蛇が消滅し、後に残ったは巨大なクレーターと焼きただれた大地だけ――。

「ユ、ユウマ――。あんた一体……?」

 後ろを振り向く。
 そこには青い表情をして体を震わせたエルスの姿があり、俺は、「さあな?」と、エルスの言葉に肩を竦めた。







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コメント

  • ノベルバユーザー17803

    自分の使ってるアプリの不具合のようでした。失礼しました。

    1
  • ノベルバユーザー17803

    いつも見させてもらってます。最近の話ですがなんで同じ回を何度も投稿してるのでしょうか。

    4
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