【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

親類の絆(23)

 また、ウラヌス十字軍か――。
 それにしても……。

 俺は、リネラスの祖父を見る。
 一旦、語ることを止めた彼は俺をまっすぐに見てるだけで話を始めようとしない。
 おそらく……。俺が、聞いた会話の内容を噛み砕き理解するのを待っている?
 そうとしか思えない。

 つまり……それだけ、重要なことということか?

 ただ、考えを整理し纏める前に、一つだけ聞いておくことがある。

「なあ、もともとエルフガーデンは、今みたいに男だけを攻撃として狙うように生態系が他と違って、おかしかったのか?」
「おかしくは無かった」
「なるほどな……」

 俺の問いかけに、俺の前に立っている男は満足そうに頷く。

「つまり、ウラヌス神が従属神をユゼウ王国の遠く離れた場所に向かわせるほど、アンタが冒険者時代に見つけたモノは、重要だった。――そういうことか?」
「そうだ……」

 男は俺の質問に端的に答えてくる。
 そして、もう一つ先ほどの質問から分かったこと。
 それは――。

「ダンジョンを作ったから生態系が変わった? いや、それはないか……」

 自分で言葉にしながら自身で否定する。
 ダンジョンコアを利用して作った迷宮は、空間的に通常の世界とは完全に切り離される。
 その前提があるのに、生体系が変わることは考えられない。 

「ユウマ君、ダンジョンコアを利用しダンジョンを作った時、作った人間に魔力が足りない場合、ダンジョンコアは迷宮を維持するために周囲の環境から魔力を奪おうとする」
「それって……」
「ああ、力の足りない者がダンジョンコアを使ってはならない。私は、それに気がつくことが出来なかった。いや、誰も知らないのだろう。何故なら、冒険者ギルドでもダンジョンコアを使ってダンジョンを作って収入を上げてる支店はあるが、そこにはエルフはいないからな。だから、副作用に気がつかない」
「副作用? エルフがいない? ……ま、まさか……?」
「そうだ。最初に君に伝えただろう? エルフは世界を構成している精神エネルギーと親和性が高いと」
「つまり……遺伝子の異常ではなく、ダンジョンからの干渉で、ダンジョンを維持するためにリネラス達は――」
「そう、君の考えてるとおりダンジョンが作られたことで、生態系が狂った。それは大人のエルフ――女性エルフの性質にも影響を与えた」
「――そうか……」

 つまり、エリンフィートはダンジョンコアを停止させるために俺に依頼を掛けたということか……。
 まぁ、結果的にダンジョンは消滅したから問題はないわけだが……。
 ただ、その結果といえばアレだが、封印されていた従属神が開放されてしまったと。

「だいたいの話は分かったが、ダンジョンがおかしいと思った時点で停止させればよかったんじゃないのか?」
「それは無理だ。気がついた時にはダンジョンは無数の魔物が闊歩していた。それに、私にはダンジョンを制御するだけの魔力も無く、暴走していたダンジョンを攻略できるエルフなぞエルフガーデンにはいなかった。そして外から招き入れるにも、どちらにせよ大事になってしまう。だから……」
「そうか……。1階で見た通路を塞いでいた壁は……」
「あれは、エリンフィート様がお作りになられたものだ」
「エルフだからこそ、出来る芸当って奴か? 一つ気になったことがあるんだが……」
「なんだ?」
「エリンフィートなら、ダンジョンを攻略できたんじゃないのか? 一応、土地神だよな?」

 俺の問いかけに、リネラスの祖父は否定的な意味を込めて頭を振ってきた。

「それは無理というものだ。この大陸、エルアル大陸には四柱の神がいる」
「四柱?」
「うむ、その中でエリンフィート様が司るのは豊穣に関わるものだからだ」
「つまり、戦闘は不向きと?」
「そうなる」

 男の答えに、俺は釈然としなかったが、大体のエルフガーデンの秘密は分かってきた。
 問題は……。

「なあ、何でアンタもエリンフィートも、自分の身内だけでもいい、周りに相談しなかったんだ? 相談していれば、また変わったんじゃないのか?」
「それは無理というものだ。先ほども言っただろう? 閉塞感があったと……。 そんな状態で冒険者ギルドを誘致したのだ。もし、それで問題が起きたとしたら、周りはどう思う?」

 男の言葉にリネラスが魔力が見えないだけで迫害されていたシーンが思い浮かぶ。
 それは、とても残酷なことで、自分の苛立ち、不安、恐怖を自分で制することもせず誰かにぶつけることでしか、抑えることができない。

 ――そんな愚かしい部族。それが、俺が、この世界で見たエルフであり、真実。

「そうか……、あんたは――嫌、エリンフィートを含めてアンタ達は、起きた物事に蓋をしたってことか? それが、最良な方法だと信じて……。そしてリネラスが迫害されたときに、エリンフィートが動かなかったのも、下手に散策されて余計に大事になるのを避けたってとこか――」

 つまり、閉塞感のあるエルフを、何とかしようとした男が、求めて作ったのが冒険者ギルド、エルフガーデン支部であり、その支部の運営のためにダンジョンを作りエルフガーデンの環境がおかしくなった。
 そして、リネラスは魔力を見る力を失い結果的に、エルフガーデンから出ることになり俺とであったということか……。

 善意で始めたことが、歯車が外れたことで壊れ、それでも壊れたモノを大切にしようとした結果、ウラヌス十字軍が来て全てが壊れたと……。

「やるせないな……」
「だが、これが真実だ。君だって善意で行ったことが結果的に、失敗に繋がった経験が多くあるだろう?」
「…………」

 男の言葉に返す答えは俺には無い。
 何故なら、リネラスの祖父が言っている言葉は真実なのだから。

「さて、ここまで話した以上、一つだけ約束してほしいことがある」
「なんだ?」
「孫や娘には、真実を話さないでほしい」
「…………理由を聞いてもいいか?」
「もう、終わったことなのだ。だから、今更、蒸し返す必要はない。エリンフィート様も、その事が分かっているからこそ、君に何かを言われても弁明をしなかったのだろう」
「たしかにな……」

 俺がエリンフィートに、ダンジョンを作ったのを誰かと聞いた時に、彼女は答えなかった。
 それは、真実が明るみに出ることで、落ち着いた現状が壊れることを恐れたからなのかもしれない。
 だが……。
 それは……。

「――それは、お前達の……自分達の勝手な思い込みかもしれないだろう? 実際に迷惑をかけられている当事者が、真実を知らずに、ダンジョンが消えたから魔力が見えるようになったから! それでいい! と、それで納得するのか?」
「ダンジョンが消えたのだ。 もう、魔力を見ることが出来なくなる子どもが生まれる事もない。だから――」
「だから? だから、なんだ? 今まで迫害されてきて親元から引き離された子どもの気持ちを、もう問題ないからで誤魔化すのか?」

 何故か知らないが、エリンフィートにも、目の前のリネラスの祖父にも苛立ってしょうがない。
 彼らは、何も知らずに何も教えられずに、唐突に別れを切り出された人間の気持ちが理解でき――。
 そこまで考えたところで、頭に激痛が走る。

「――くっ!」

 思わず自身の額に手を当てながらよろめく。

「大丈夫かね?」

 俺は、男が伸ばしてくる手を払いのける。

「大丈夫だ。それよりも……俺が約束を守るとでも思っているのか?」
「君の事は、この深層心理の世界でずっと見てきた。君も、私と同じような考えだと分かったからこそ、エルフガーデンの秘密を打ち明けたのだよ」

 男の言い方が一々、癇に障る。
 ただ……。
 全てが自然発生したこと、そして自然的に改善したということにするなら、リネラスの祖父とエリンフィートが思っているとおりに誰にも知られずに静かに収束する方がいいのだろう。

「……考えておく」
「ありがとう。後は、孫を娘を君に任せるとしよう」
「礼なんて不要だ。約束を守るかどうかなんて――」

 言葉の途中で振り返ると、すでに男の姿は消えていた。俺は「まったく、言いたいことだけ言ってエリンフィートも……アンタも自分勝手な奴だよ」とだけ呟いた。







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