【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

深層心理の迷宮(7)

 安全面とプライドと自尊心と羞恥心を測りにかけた結果……。 

「ハハハハッ。誰かを抱っこしたのは娘や孫を抱っこした以来だ!」
「ハハハハ――」

 俺は表情を引き攣らせながらカラ笑いする。
 筋肉ムキムキマッチョな、幼女リネラスの祖父にお姫様だっこされたことは、もう仕方ないとあきらめるしかない。

 何せ、今の俺は魔法が発動しない以上、村人A君くらいのポジションなのだ。
 魔物とエンカウントとかした日には、大変な事になること間違いなしなはず。

 そのまま、森の中を彷徨っているというか進んでいると5分ほどで見慣れた建物を視界におさめる事ができた。

「あれが、私がギルドマスターをしている冒険者ギルドのエルフガーデン支部になる!」
「ソウデスカ――」

 たしかに、俺が知っている冒険者ギルド、エルフガーデン支部によく似ている。
 しかし――思ったよりずっと綺麗だ。
 リネラスが5歳くらいの年齢として……たった10年で、俺が知っているエルフガーデン支部まで汚れるものなのだろうか?
 甚だ疑問だ。

「信じていないな?」
「いや、一応、この目で確認できるので――」

 何はともあれ目の前に建物が存在しているのだ。
 疑う目で見るのは……いや、ここはリネラスの深層心理だからな……色々と美化してる可能性も加味する必要もありそうだし――。
 なんと対応していいか考えていると、建物から出てきた女性が、俺達に気が付いたようで「あら? お父さん。おかえりなさい」と小走りで近寄ってくると話しかけてきた。

「ママっ! ただいま!」
「今帰ったぞ? 落し物を拾ってきた」

 いや、俺は別にモノじゃないんだがという突っ込みは後にすることにする。
 それは、目の前の女性に幼女化したリネラスが抱き着いて甘えていたからだが――。

「――どうかしたのかしら?」

 俺の視線に気が付いたのか、真っ直ぐに俺を見ると「えっと、旅人さんで宜しかったのかしら?」
「違うよ! ユウマって名前だよ!」
「ユウマ? この人の名前はユウマって言うの?」
「うん! 私が付けたの!」
「つけた?」

 リネラスの説明に、女性は首を傾げてしまう。
 まぁ、そりゃペットに名前を付ける感覚で名前をつけていたら大問題になるだろうからな。
 むしろ、リネラスの母親だと思う胸の大きな金髪碧眼の美女の対応が普通な気がする。
 女性は、リネラスを両手でしっかりと抱えて抱き上げると「私は、この子……リネラスの母親でリンスタットと言います」と話し掛けてきた。

 どうやら、彼女がリネラスの母親で間違いないようだ。

 それにしても――。

 俺は、リネラスとリンスタットさんを見たあと、おかしい事に気が付く。
 それは、サマラ、リネラス、リンスタットさんの名前は、きちんと聞き取る事ができたのに、リネラスの祖父の名前だけは聞き取る事が出来なかったことだ。
 とにかく、挨拶をされたのだから、こちらも挨拶はしておいた方がいいだろう。

「俺の名前は、ユウマと言います。気が付いたときには、どうしてか知らないんですが、ここの森に倒れていて――」
「そうなんですか?」
「はい、それで俺は、どうやら記憶を失っているみたいで名前をつけてもらったんです」

 まぁ、ずいぶんとスラスラと嘘が出るようになったと自分に感心してしまう。
 どちらにしても、本当の事を言っても問題になりそうだからな。
 ここは、情報を出し渋った方が賢明だろう。

「ここまで来れば、もう安心だろう」

 自己紹介が終わった所で、リネラスの祖父である男は、俺を地面に下すと「それでは、客人も来たことだし食糧を獲ってくる」と言って森の中へと立ち去ってしまった。

「そういえば――」

 俺は周りを見渡す。
 そこでようやく先ほど、おかしいと思った違和感に気が付いた。

「リネラス……さん。サマラさんはどこに?」

 そう、ずっと抱っこされていたから気が付かなかったがサマラの姿が何時の間にか消えていた。

「集落の方へ戻ったよ?」

 幼女化したリネラスが俺の問いかけに答えてくるが、俺達と分かれて集落に戻るなんて一言も言っていなかったはずだ。
 言っていたら、少なくとも気が付いている。

「そうか……」
「――むー……。ユウマお兄ちゃんは、あの子が好きなの?」
「い、いや……そうじゃないんだが……」

 リネラスが頬を膨らませて怒っているが、どうして怒っているのか俺にはまったく理解できない。
 頬も赤く染めているし、青い瞳も潤んでいる。
 やはり深層心理世界というのは、色々と分かりにくい世界のようだ。

 するとリンスタットさんは、抱き上げているリネラスに「まぁまぁ、リネラスはユウマさんが好きなの?」と話しかけているが、話しかけられたリネラスは、顔を真っ赤に染めると「そんなことないもん!」と叫んでいた。





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