【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

土地神の祝福

 結局、エルスは俺の話を信じてくれなかった。
 まぁあれだけひどい状態の沼だったのだ、仕方ないだろう。

『ナナシが嘘をついているとは思わねーけど、あそこは死霊の森に近いんだ。それなのに瓶に入っていた水はすげえ綺麗だったし、ちょっと信じられない!』
 みたいな事を言われたし。
 仕方なく、2人で村の沼まで行くことになった。
 正直めんどくさいが諦めるしかないだろうな。

 朝になりエルスが起きてきたのを見て、出来たばかりの料理をテーブルに並べる。

「ほら、朝食」

 エルスはテーブルの上に並べられた 麦ごはんと1羽あまった鳥を焼いた物を見て驚いている。

「え?ユウマが作ったのか?」
「ん?ああ……」

 一応、俺の知識の中にあったからな。
 このくらいは作るのは簡単だった、少しだけ魔法は使ったけどな。

「すごくおいしいな!」

 料理人か、ふむ……料理人で暮らしていくのも悪くはないかもしれないな。
 だがな……ウラヌス十字軍に狙われるからな。
 やっぱり難しいかもな。
 そう思いつつも、俺とエルスは食事を終えた。

「ユウマ!はやくしてくれよ!」
「ああ、食器はすぐに洗わないとな」

 魔法が使えればすぐなんだが、人が見ている前で魔法を使うのはな……。
 前みたく面倒な事を引き起こしかねないし時間がかかるのも仕方がない。
 そんな事を考えていると、家の扉が何度もノックされてきた。
 続いて――。

「エルスたいへんだ!」

 と、男の声が閉まっている扉の向こう側から聞こえてきた。
 思わず俺とエルスは顔を見合わせてしまう。
 そして、エルスが扉を開けると同時に男が家の中に入ってきた。
 そして俺を見るなり驚いた表情をした後、睨み付けてきた。

「どうしたんだい?カークス、こんな朝早くからどうかしたのかい?」

 エルスが男に話しかけている。
 男の名前は、カークスと言う名前らしい。 
 エルスの言葉に剣呑とした表情を醸し出していたカークスは、表情を戻すとエルスに視線を戻した。

「ああ、村が大変なんだ。すぐに来てくれ」

 ふむ、何か重大な事が起きているようだ。
 ここは、情報を得る上でも一緒についていく方がいいな。

「ところで彼は?」

 カークスが俺を見ながらエルスに訪ねている。

「ああ、死霊の森で行き倒れている所を助けたユウマって言うんだけど……料理人?猟師?よくわかんねーけどそんな所だ」

俺はエルスの適当すぎる紹介に、紹介が適当すぎるだろ!と内心突っ込みながらカークスと言う男を見る。
 カークスという男が、そんな適当な説明で納得するなら俺は何も言わないんだが……。

「エルス。確認だが、エルンベイアとは関係ないんだな?」
「……関係ないんじゃないか? やつらだって死霊の森の怖さは理解しているだろうさ」
「そうか……」 

 エルスから説明を聞いたカークスが、俺を見ながらエルスと話をしている。
 それにしてもエルンベイアか……。
 聞いた事がない単語だな。
 どちらにしても、俺としては大至急と言ってきた男が、こんな所で無駄に時間を浪費している事に焦りを感じてしまうのだが、男は俺を見ているだけで動こうとしない。
 俺は内心、溜息をつきながら。

「先ほど、村が大変と言っていたが急がなくていいのか?」
「そうだった、エルスすぐに来てくれ」

 カークスは、エルスの家から出ていく。
 エルスも外に出ようとした所で、俺に話しかけてくる。

「ユウマ、悪いね。いつもはあんなんじゃないんだよ。きっとユウマが気になっただけなんだよ」

 俺が気になった?
 なるほど……つまりそういうことか。
 ふむ、やはり俺の先ほど思ったことは間違いではなかったのか。
 カークスには極力近づかないようにしよう。
 俺の貞操がやばいからな……。
 まさかあんな優男がそっちの気があるとは……。

「大丈夫だ。エルス!俺にはそっちの気はないからな」
「え?あ…う、うん。ユウマが誤解しているってことは何となくわかった」
「そうか? さっさと村に行った方がいいだろうし、あまり遅れるとカークスって男もいい気はしないだろう」

 俺の言葉にエルスは頷くと家から出ていく。
 エルスの後を俺は追いながら走っていると、どうやら村の中心部に向かっているのが分かる。
 そして畑がある場所で立ち止まると俺は目を何度か瞬かせた。
 昨日まで枯れかけていた麦穂が金色の実を大量に実らせており、穂を主そうに垂らしている。

「やっときたのか?エルス、見てくれ! 今年は飢え死にか仕事を増やすしかなかったが、一晩明けたら村の全ての畑が!枯れていた物も含めて一斉に実っていたんだ」

 一晩でね……。
 俺は麦の穂を触って調べるが特に問題がありそうな感じはしない。
 アライ村と同じように実っているくらいだ。

「それにこれを見てくれ、沼から引いていた用水路の水がこんなに澄んでいるんだ」
「うそっ!?ユウマ、これってもしかして……」

 俺は、エルスの言葉に首を傾げる。

「エルスが何を言いたいのか良くわからないが俺はこの村に来たばかりだぞ?」
「そうだよな……」

 エルスは俺の言葉を簡単に納得してくれた。
 まぁ、一個人が沸き水を生み出す湖を作ったり出来るわけがないと普通は思うからな。

「エルス。その男が何かを出来るほどの力を持っているようには思えない。今、村の何人かが沼を確認しに行っているところだ。もしかしたら土地神様が祝福してくれたのかもしれない」

 土地神か……そんなのいるのか?
 まぁ居たとしても俺には関係ないがな。
 俺が二人の話を聞いていると一人の男が、カークスに近づいていく。

「カークスさん! 大変です。森が……死霊の森が後退しています。大勢の動物達が森に戻ってきています」
「なんだと?」

 カークスは驚きながらも、森の話をしながら今年は冬を越せそうだと安堵の表情を見せている。
 そして今度は女性達がもどってきた。
 方向的には昨日、俺が水を汲みに行った方向だな。
 恐らくだが沼を確認しに行った連中か?

「カークスとエルスに誰です?この人?」

 戻ってくると女性達は、いきなり不審者を見るような目で俺を見てきた。
 実際、部外者だから不審者には違いないんだが……。
 面と向かって言われるとちょっとな。

「ああ、彼はエルスの親戚のユウマと言うらしい。仲良くしてやってくれ」
「親戚ですか? あまり似てな……「沼の様子はどうだったんだ?」……あ、はい! 沼は、清涼感ある湖に変わっており湧き水が湧き出していました」

 女達の話を聞いたエルスは俺の方へ視線を向けてきた。
 そして――。

「ユウマの言っていた事は、本当だったんだな。すまない……」
「気にする必要はない、俺はこの村に来たばかりだからな」

 それよりも、俺の【探索】魔法のエリア内に二百人近い男女の光点が確認できる。
 こんな山間の村なのに、若い男女ばかりだ。
 子供も老人の姿も見られない。
 これは、村としてはおかしくないか?
 それに、彼ら全員が一度に居なくなる仕事というのは何なんだろうか?と疑問を感じずにはいられなかった。


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