【書籍化作品】無名の最強魔法師

なつめ猫

司祭ウカル

 エルアル大陸の最南端に位置するアルネ王国。
 その北東、イルスーカ侯爵領の最北部に位置するアライ村は長い歴史を持つ村ではない。
 そもそもこのエルアル大陸自体、人類史にとって長い歴史を持っていないのだ。

 我々の先祖は、海を隔てた先にある巨大大陸にある海洋国家から来たと言われている。
 何でも自分たちの国を興すために新たに見つかったこの大陸を目指したとされているが真偽は定かではない。

 私は、孤児院の出身であった。
 アルネ王国の国境であるアース神教が経営する孤児院では、私のように戦乱で身内を亡くした身寄りの無い子供ばかりが住んでいた。
 将来のためにとアース神教孤児院では読み書きに魔法を戦争孤児に教えていた。 

 その中でいつか裕福な生活が送りたいと私は必死に勉学に励む。

 幸いな事に私には魔法の特技を保有していたらしく魔法に適正があった。

 魔法は大気のエネルギーに干渉し、そのエネルギーに命令を与えて発動させる物である
 触媒、体内の魔力制御、魔方陣、そして詠唱どれが欠けても魔法は使う事はできない。

 触媒は迷宮からのみ産出される魔法銀と呼ばれる特殊な粉末を使うために極めて高価であり、攻撃に使われる事は無く治療目的に使われていた。
 だが、誰もが治療を受けられるわけではなかった。

 アース神教の司祭見習いを終えた翌年、私の赴任先が決まる。

 それは魔物との最前線、イルスーカ侯爵領の防衛拠点であった。
 防衛拠点に私が赴任させられたのには理由がある。
 私には少量の魔法銀で治療魔法が使う事が出来たからだ。

 教会の命令という事もあり私は防衛拠点に向かう。
 道中いくつもの村や町を通り見てきた。
 戦争が終結し数年が経過していたにも関わらず、その爪あとは酷いものであった。
 アルネ王国全土で飢饉や疫病が蔓延し、魔物の襲撃や自然災害が起きている。

 その中でも、正者の森と呼ばれる場所にもっとも近い防衛拠点は国を守る上で重要な要だと言われていた。
 つねに魔物が襲ってくる危険な場所らしい。
 どれほど危険な場所なのだろうか?
 考えるだけで恐ろしい。 

 防衛拠点に到着した私を出迎えたのは魔物の群れであった。
 正者の森から流れこんだスケルトン、レイス、グール、ゾンビなど負の生き物が押し寄せてきておりアルネ王国軍と冒険者ギルドが戦っていた。
 まるで戦場、それが私が始めて感じた赴任先に抱いた印象であった。

 司祭の仕事は、説法を説いたり住民の悩みを聞き相談に乗り住民名簿作成や租税管理が主な仕事であったが……赴任先では、そのような仕事は一切なかった。
 私に求められたのは、魔法銀を使っての治療……ただそれだけ。

 毎日が地獄であった。
 大量に押し寄せる魔物。
 怪我、逝去する冒険者や王国兵士。
 いくら治療を施しても終わりが見えない毎日に私はいつしか疲れきっていた。

 事態が好転したのは何時からだったのだろう?

 突然、魔物が防衛拠点に姿を見せる事がなくなった。
 冒険者ギルドや、アルネ王国騎士団が山を散策したが今までの戦いが嘘のように魔物の姿が消えていたらしい。
 そして1年が経過する頃、最低限の設備だけを残し王国軍は撤退していった。
 それと入れ替わるようにアライ夫妻が代官として赴任してきた。
 私は、彼らの目を見て思った。
 有事が起きた際、彼らは村を捨てるのではないのか?と……。

 だが私が口を挟める領分を越えていたので口には出さずにいた。
 そして防衛拠点は、アライ村と命名された。

 それから数年後、奇妙な行動を取る子供がいた。
 名前をユウマと言うらしい。
 ユウマ君の両親は元は冒険者であり、防衛拠点で一緒に戦った戦友でもある。

 ユウマ君が3歳になる頃には、信じられないほど村は実りある豊かな土地になっていた。
 アルネ王国全土で飢饉が起きてる時であっても疫病が発生してる時でもアライ村は平和そのものであった。
 おかげで冒険者ギルド支部は、仕事が無いと撤退してしまった。

 私は、司祭としての仕事である住民の悩みなどを聞こうとしたが村が平和すぎて悩みがなかった。
 仕方なく毎日、住民名簿と租税管理くらいしかする事がなくなってしまう。

 毎日が平和であった。

「ウカル様!ウカル様!」
 気がつけば、私は体を揺さぶらていた。
 ああ、走馬灯を見ていたんだなと思いつつも……。

「どうかしましたか?」
 ……と聞くと。

「ハネルト大司教様がお目覚めになられました。大至急、ウカル様をお呼びになれと……」

「大至急ですか?」

「はい」
 ああ、私の司祭としての出世街道は終わってしまった。
 どこから見てもアルネ王国王都アルネストのアース神教本拠地の神殿より遥かに立派な建物ですから。
 アース神教に喧嘩を打ったと思われても仕方ないのでしょう。
 それでもユウマ君は小さい頃から私が見てきた子供なのですから守らなくてはいけません。
 ハネルト大司教様には、ユウマ君には一切の罪が無いことを説明しなければ。

「ハネルト大司教様、お待たせしました」

「挨拶はいい。ユウマ殿はどうしておる?」
 ハネルト大司教様が形式に拘らない事に、私は驚いた。
 司祭見習いの最中であってもハネルト大司教様は形式に拘る人物であったのに。

「おそらくは、自宅に戻っているものかと……」

「馬鹿者が!ウカルお前は何を見ていたのだ。ユウマ殿は本物の聖者殿だ、作られた建物に込められていた力に気がつかなかったのか?」
 聖者?それは世界に危機が迫ったときに現れる神々の代弁者であると同時に……。

「すぐにユウマ君を……」

「不覚であった、あまりにも強い力に当てられてしまい気絶してしまうなど。ユウマ殿は、私が倒れた姿を見ていたはず。
もう、この村には恐らく居まい。……伝承によると聖者たる者は、我々とは異なる知識と強大な力を持つと言われておる。
己の罪を自覚すると自らを犠牲にして他者を守る傾向にあるようだ。

まさかとは思っていたが……このハネルト一生の不覚……」
 ユウマ君が聖者?それならユウマ君は……。

「ハネルト大司教様、念のためにユウマ君の家に行ってきます」
 私は、ハネルト大司教様が頷かれるのを見てから教会を出て気がつく。
 空には暗雲が立ち込め始めていた。
 それはまるで、魔物が押し寄せてきていた20年前を思い起こさせるようであった。



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