ノーリミットアビリティ
第51話 憎くて恨めしくて羨ましい
「……くっ」
薄暗く殆ど周りが見えないような中、小さなうめき声が口から漏れる。
(ここは……?)
薄く目を開け、周りを確認する。
そして黒いフードを目深に被った集団の中に一人だけ明らかに異質な空気を放つ禿頭の男を見つけ思い出す。
(そうか……、私は負けたのか……)
シャーリーの『空間槍』は間違いなく発動した。
しかし、それが彼らに当たる直前、黒い謎の穴が突然現れて飲み込んでしまったのだ。
薄れゆく意識の中で聞こえてきた僅かな轟音から、『空間槍』は打ち消されたのではなく、どこか別の場所に転移されたのだろう。
その結論に辿り着いた時だった。
禿頭の男がシャーリーが目を覚ました事に気付いたようだ。
「目を覚ましたようデスねぇ〜、シャーリー・ホロウさん?」
禿頭の男はシャーリーの名前を知っていた。
(やはり内通者がいたか……)
その言葉を聞いてシャーリーは確信する。
そもそも列車を一両乗っ取っといて半日もの間問題にならない方がおかしいのだ。
ならば、彼らを学園へと招き入れた裏切り者がいるのだろう。
そしてその者は、偶々シャーリーの顔を知っていたらしい。
驚くと思っていたのだろう禿頭の男は、眉一つ動かさないシャーリーを見て、ニタニタ笑いながらさらに話しかけてきた。
「凛々しいデスねぇ〜、美しいデスねぇ〜!そんな貴女に一つ!私は悲しいお知らせをしなければならないのがとても哀しいデス!」
微塵も悲しそうな表情は見せず、むしろ楽しむような歪んだ笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「先程、貴女の主人であるジン・ザ・ヴァネッサ・トト・ヴァリエールに連絡をしたのデス!」
その言葉を聞いた瞬間、シャーリーは一瞬心に冷水を浴びせられたように冷える。
「しかし!彼はこの場には現れず、それどころかお粗末な救助隊を送り込んできました。あぁ、悲しいデスねぇ寂しいデスねぇ……。貴女は、見捨てられたのデス!これがヴァリエール!これがあの英雄の真実!世界は虚実で出来ているのデス!」
両手を大きく広げ、壮大な演説をする指導者のような格好をしながら男は叫んだ。
しかし、男の言葉とは裏腹に、シャーリーの心は……。
(ああ、ジン様はいらっしゃらなかった。良かった……)
安堵していた。
自分のミスでこんな事になっているのに、本来守るべき立場のはずの人間に助けられるなど、これ以上ない恥だとシャーリーは思っていた。
ここには来ず、自分を見捨て、できる事なら後で仇を討ってほしい。
ジンならばきっと討ってくれるだろう。
なら、これから何が起こっても、たとえ自分が殺されようと納得出来る。そう思っていた。
「仕方がないデスねぇ。一度計画を練り直す必要があるみたいデス!貴女には生徒数十人分の価値があると聞いたのデスが、飛んだ期待はずれデスね〜?」
「ふん……」
シャーリーは何も言わずに鼻で笑う。
来るわけがない。自分なんてただ生まれがよかっただけの女だ。そんな人間の為にジン様が来てくれるわけない。
「というわけで、邪魔な貴女には死んでいただくのデス!」
そう言うと、禿頭の男は懐からドス黒い小さな短剣を出す。
その色はまるで血を吸い過ぎた故に変色でもしたかのようだった。
「貴女の魂は永遠にこの剣に取り込まれ、永遠の怨嗟の中で生きていく事になるのデス!」
「……」
怖がり、恐れ、そして泣き出すとでも思ったのだろう。
しかし、シャーリー泣き出すこともせず、ただその短剣をじっと見ていた。
「ツマラナイデスねぇ、泣き叫ぶ貴女の顔が見たかったのデスが!しかし、そんな貴女も美しい!故に、我がコレクションの一部になるのに十分相応しい美しさデス!」
そう言うと短剣を振り上げる。
それを見てシャーリーは目を閉じる。
心残りはある。
シークにちゃんと謝れなかった事。
(謝ったら許してくれるだろうか。いや、あいつは変なところでお人好しだからな。きっと許してくれるだろうな。笑いながら気にしてない、とか言ってくれるんだろうな。ああ……せめて手紙にシークへの謝罪を書いとけばよかった)
「ああ、シーク……やっぱり、死にたくないな……」
そう呟いた瞬間ーー。
「さぁ、死ぬのデス!」
男が腕を思いっきり振り下ろす。
ーージン様にお会いしたあの日から、私の人生は大きく変わった。
ジン様のお側に支えられるように。
ジン様のその崇高なる使命と、この星が滅ぶその瞬間まで語り継がれるであろう伝説を、お側で見られる様に。
私は、ただひたすら努力してーー。
擦りむいた手の平。木刀を振るたびに擦れ、剥き出しになった神経を刺激される。
それでも私は我慢した。只々がむしゃらに木刀を振り続けた。
努力してーー。
倒れるまで続けたランニング。血反吐を吐くまで止めなかった。
私はいつも転ぶように倒れ、口から血を吐いた。あのお父様でさえ、やり過ぎだ、と止めに入るほど、私は走った。
努力してーー。
容赦のない組手。骨が折れる事など日常茶飯事だった。
自分より強い者に組手を挑み続け、相手の一撃で胃の中身を吐き出す事さえあった。それでも負けじと挑み続け、勝利をもぎ取っても驕らずに、その更に強い者へ。
努力した。
ただ強く。ただただ高みへ。全てを賭けて、全てを捨てて。
他者を顧みず、何者も寄せ付けず。
私は上を見続けた。
嫌々ながらやっていた訓練の量をさらに倍に増やし、自分の為ならば家のお金を一切遠慮するなく使い込んだ。
遥かなる高みに手を届かせられるよう、考え得る最善にして最高の努力をしたつもりだった。
そんな時だった。
シークの噂を聞いたのはーー。
今の私の唯一の楽しみ。それは生きた伝説の話を聞く事。
ジン様のお爺様、現神憑であられるコルト様にお支えしている自分の父親の話を聞く事だった。
外で訓練をしていた私の元に、二ヶ月ぶりにお父様が帰ってきたという報告が入ってきた。
私は急いで訓練を終わらせ、軽く水浴びをしてからお父様の元に向かう。
お父様が帰ったらいつもいる執務室のドアを開けて中に入る。
そこには珍しく何かに悩んだような、難しい顔をするお父様がいた。
「どうされました、お父様?」
「うーむ、シャーリーか。少し問題が……いや、お前には関係のない事だ」
珍しくお茶を濁すお父様を見て、何かあったと感づいた私はさらに追求する。
いつもならばどれだけ私が追求してもお父様は口を破ることはない。
しかし、お父様自身、相当不満があったのか、納得出来なかったのか、多少ボカしたもののポツポツと話し始めた。
「……な、んで?」
それはヴァリエール家始まって以来、初めて養子をとったと言う話だった。
しかも、長年支えてきた名のある名家の子どもでもヘリオス人でもなかった。
それどころか超能力者でさえなかったのだ。
そのことから行きつく結論。お父様は少しだけボカしたが、超能力者でない人間達が暮らす世界など一つしかない。
地球と呼ばれる『表世界』の住人だ。
ノアの大洪水の際、超能力者達を指導して裏世界、今の超能力者達が暮らす世界に導いのはヴァリエール家である。
そんなヴァリエール家にさえ見放された人間達が住む世界。
ヴァリエール家の為ならば命どころか魂さえ捧げても構わないと言うほどの忠誠心を捧げる私達ではなく、そんな奴がジン様の横にいることが、ヴァリエール家の名前を名乗ることが、どうしても許せなかった。
はらわたが煮えくり返りそうになっていた私にお父様は話を続ける。
「しかし、ヴァリエール家に忠誠を捧げる者として……」
「みなまで言わなくとも分かっております、お父様。全て私におまかせください」
そう言って私は頭を下げ、部屋を退出する。
だが、閉めたドアから手を離すことが出来なかった。
許せない。
私は、こんなにも努力しているのに。
私は、こんなにもジン様を想っているのに。
私は、こんなにも忠誠を誓っているのに。
「何で……何で!……何でぇ!!」
嫉妬は憎悪に。憎悪が狂気に変わった瞬間だった。
辺りに響く金属音。
シャーリーがゆっくりと目を開けると、そこには三メートル近い太刀が振り下ろされた短剣を防いでいた。
そしてそれを持っているのは、憎くて、恨めしくて、それでいて羨ましくて嫉妬した相手だった。
「……シーク」
「助けに来たぞ、シャーリー!」
薄暗く殆ど周りが見えないような中、小さなうめき声が口から漏れる。
(ここは……?)
薄く目を開け、周りを確認する。
そして黒いフードを目深に被った集団の中に一人だけ明らかに異質な空気を放つ禿頭の男を見つけ思い出す。
(そうか……、私は負けたのか……)
シャーリーの『空間槍』は間違いなく発動した。
しかし、それが彼らに当たる直前、黒い謎の穴が突然現れて飲み込んでしまったのだ。
薄れゆく意識の中で聞こえてきた僅かな轟音から、『空間槍』は打ち消されたのではなく、どこか別の場所に転移されたのだろう。
その結論に辿り着いた時だった。
禿頭の男がシャーリーが目を覚ました事に気付いたようだ。
「目を覚ましたようデスねぇ〜、シャーリー・ホロウさん?」
禿頭の男はシャーリーの名前を知っていた。
(やはり内通者がいたか……)
その言葉を聞いてシャーリーは確信する。
そもそも列車を一両乗っ取っといて半日もの間問題にならない方がおかしいのだ。
ならば、彼らを学園へと招き入れた裏切り者がいるのだろう。
そしてその者は、偶々シャーリーの顔を知っていたらしい。
驚くと思っていたのだろう禿頭の男は、眉一つ動かさないシャーリーを見て、ニタニタ笑いながらさらに話しかけてきた。
「凛々しいデスねぇ〜、美しいデスねぇ〜!そんな貴女に一つ!私は悲しいお知らせをしなければならないのがとても哀しいデス!」
微塵も悲しそうな表情は見せず、むしろ楽しむような歪んだ笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「先程、貴女の主人であるジン・ザ・ヴァネッサ・トト・ヴァリエールに連絡をしたのデス!」
その言葉を聞いた瞬間、シャーリーは一瞬心に冷水を浴びせられたように冷える。
「しかし!彼はこの場には現れず、それどころかお粗末な救助隊を送り込んできました。あぁ、悲しいデスねぇ寂しいデスねぇ……。貴女は、見捨てられたのデス!これがヴァリエール!これがあの英雄の真実!世界は虚実で出来ているのデス!」
両手を大きく広げ、壮大な演説をする指導者のような格好をしながら男は叫んだ。
しかし、男の言葉とは裏腹に、シャーリーの心は……。
(ああ、ジン様はいらっしゃらなかった。良かった……)
安堵していた。
自分のミスでこんな事になっているのに、本来守るべき立場のはずの人間に助けられるなど、これ以上ない恥だとシャーリーは思っていた。
ここには来ず、自分を見捨て、できる事なら後で仇を討ってほしい。
ジンならばきっと討ってくれるだろう。
なら、これから何が起こっても、たとえ自分が殺されようと納得出来る。そう思っていた。
「仕方がないデスねぇ。一度計画を練り直す必要があるみたいデス!貴女には生徒数十人分の価値があると聞いたのデスが、飛んだ期待はずれデスね〜?」
「ふん……」
シャーリーは何も言わずに鼻で笑う。
来るわけがない。自分なんてただ生まれがよかっただけの女だ。そんな人間の為にジン様が来てくれるわけない。
「というわけで、邪魔な貴女には死んでいただくのデス!」
そう言うと、禿頭の男は懐からドス黒い小さな短剣を出す。
その色はまるで血を吸い過ぎた故に変色でもしたかのようだった。
「貴女の魂は永遠にこの剣に取り込まれ、永遠の怨嗟の中で生きていく事になるのデス!」
「……」
怖がり、恐れ、そして泣き出すとでも思ったのだろう。
しかし、シャーリー泣き出すこともせず、ただその短剣をじっと見ていた。
「ツマラナイデスねぇ、泣き叫ぶ貴女の顔が見たかったのデスが!しかし、そんな貴女も美しい!故に、我がコレクションの一部になるのに十分相応しい美しさデス!」
そう言うと短剣を振り上げる。
それを見てシャーリーは目を閉じる。
心残りはある。
シークにちゃんと謝れなかった事。
(謝ったら許してくれるだろうか。いや、あいつは変なところでお人好しだからな。きっと許してくれるだろうな。笑いながら気にしてない、とか言ってくれるんだろうな。ああ……せめて手紙にシークへの謝罪を書いとけばよかった)
「ああ、シーク……やっぱり、死にたくないな……」
そう呟いた瞬間ーー。
「さぁ、死ぬのデス!」
男が腕を思いっきり振り下ろす。
ーージン様にお会いしたあの日から、私の人生は大きく変わった。
ジン様のお側に支えられるように。
ジン様のその崇高なる使命と、この星が滅ぶその瞬間まで語り継がれるであろう伝説を、お側で見られる様に。
私は、ただひたすら努力してーー。
擦りむいた手の平。木刀を振るたびに擦れ、剥き出しになった神経を刺激される。
それでも私は我慢した。只々がむしゃらに木刀を振り続けた。
努力してーー。
倒れるまで続けたランニング。血反吐を吐くまで止めなかった。
私はいつも転ぶように倒れ、口から血を吐いた。あのお父様でさえ、やり過ぎだ、と止めに入るほど、私は走った。
努力してーー。
容赦のない組手。骨が折れる事など日常茶飯事だった。
自分より強い者に組手を挑み続け、相手の一撃で胃の中身を吐き出す事さえあった。それでも負けじと挑み続け、勝利をもぎ取っても驕らずに、その更に強い者へ。
努力した。
ただ強く。ただただ高みへ。全てを賭けて、全てを捨てて。
他者を顧みず、何者も寄せ付けず。
私は上を見続けた。
嫌々ながらやっていた訓練の量をさらに倍に増やし、自分の為ならば家のお金を一切遠慮するなく使い込んだ。
遥かなる高みに手を届かせられるよう、考え得る最善にして最高の努力をしたつもりだった。
そんな時だった。
シークの噂を聞いたのはーー。
今の私の唯一の楽しみ。それは生きた伝説の話を聞く事。
ジン様のお爺様、現神憑であられるコルト様にお支えしている自分の父親の話を聞く事だった。
外で訓練をしていた私の元に、二ヶ月ぶりにお父様が帰ってきたという報告が入ってきた。
私は急いで訓練を終わらせ、軽く水浴びをしてからお父様の元に向かう。
お父様が帰ったらいつもいる執務室のドアを開けて中に入る。
そこには珍しく何かに悩んだような、難しい顔をするお父様がいた。
「どうされました、お父様?」
「うーむ、シャーリーか。少し問題が……いや、お前には関係のない事だ」
珍しくお茶を濁すお父様を見て、何かあったと感づいた私はさらに追求する。
いつもならばどれだけ私が追求してもお父様は口を破ることはない。
しかし、お父様自身、相当不満があったのか、納得出来なかったのか、多少ボカしたもののポツポツと話し始めた。
「……な、んで?」
それはヴァリエール家始まって以来、初めて養子をとったと言う話だった。
しかも、長年支えてきた名のある名家の子どもでもヘリオス人でもなかった。
それどころか超能力者でさえなかったのだ。
そのことから行きつく結論。お父様は少しだけボカしたが、超能力者でない人間達が暮らす世界など一つしかない。
地球と呼ばれる『表世界』の住人だ。
ノアの大洪水の際、超能力者達を指導して裏世界、今の超能力者達が暮らす世界に導いのはヴァリエール家である。
そんなヴァリエール家にさえ見放された人間達が住む世界。
ヴァリエール家の為ならば命どころか魂さえ捧げても構わないと言うほどの忠誠心を捧げる私達ではなく、そんな奴がジン様の横にいることが、ヴァリエール家の名前を名乗ることが、どうしても許せなかった。
はらわたが煮えくり返りそうになっていた私にお父様は話を続ける。
「しかし、ヴァリエール家に忠誠を捧げる者として……」
「みなまで言わなくとも分かっております、お父様。全て私におまかせください」
そう言って私は頭を下げ、部屋を退出する。
だが、閉めたドアから手を離すことが出来なかった。
許せない。
私は、こんなにも努力しているのに。
私は、こんなにもジン様を想っているのに。
私は、こんなにも忠誠を誓っているのに。
「何で……何で!……何でぇ!!」
嫉妬は憎悪に。憎悪が狂気に変わった瞬間だった。
辺りに響く金属音。
シャーリーがゆっくりと目を開けると、そこには三メートル近い太刀が振り下ろされた短剣を防いでいた。
そしてそれを持っているのは、憎くて、恨めしくて、それでいて羨ましくて嫉妬した相手だった。
「……シーク」
「助けに来たぞ、シャーリー!」
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