ノーリミットアビリティ
第21話 シークVSシャーリー
シャーリーは濛々と立ち込める砂煙を自分が蹴り上げた結果大きく半月状に削れた地面の外周から、ジッと見ていた。
津波がシャーリーの身長を超えた時点で、シャーリーからはシークの姿は確認できない。
だが、シークが全力で後ろに逃げるであろうと予測して、シークに津波が襲い掛かる瞬間に能力を解除したのだ。
その結果シークに残された道は上しかないはずだ。それ故、シークが飛んでくるのをじっと待っていたのだが、何時まで経っても陰一つ見えない。
「まさかこの程度でやられたのか?」
肩透かしもいいところである。実力を試すつもりで、周りに生徒がいたため使わなかった大技を使用した。
だが、まさかこれだけで終わるとは思っていなかった。すぐに砂煙が晴れ、土砂崩れにより、細かい砂利や大きな岩が散乱する中を見回す。
しかし、どれだけ探してもシークの姿は見つからなかった。
「私の能力の凄さに萎縮して動けなかったか、それともかわそうとしてかわしきれなかったか」
そこから考えられる結論は一つ。どちらにせよ土砂に巻き込まれたのは間違いないだろう。
「ふん、所詮は下民ということか」
思わず鼻で笑ってしまう。幾ら相性が悪かったとはいえあまりに弱すぎる。それと同時に怒りがふつふつと沸き起こってくる。
「この程度の実力であの方の横にいたのか! 馬鹿にするのにも限度がある!」
ヴァリエール家に仕える者はとある事情により、例外なく一定以上の武力も求められる。
それはヒツジ然り、フラグマ然り、コスモス然り。
当然、シークもジンの横にいるのであればそれはクリアしているはずだ。
「それがこの様はなんだ!」
あまりにもあっけない幕引き。
その光景に憤るシャーリーの姿は、期待を裏切られた乙女の様であった。
事実、シャーリーは期待していたのだ。自分と同じ年齢でジンの護衛に選ばれたシークに。
それがどれほどの強者かとふたを開けてみれば自分より僅かに上程度。そして戦ってみればまさかの一撃。シャーリーが憤るのも無理のないことだろう。
このまま終われば……。
突然、地面が少しだけ揺れた。最初はあまり気にしなかったものの、すぐに地中から自分に向かって掘り進んで何かが来ていると気付いたシャーリーは慌てて地面から跳び退る。それと同時に、地面から半透明の大きな手が二本、地面からシャーリーを握り潰さんと這い出てきた。
間一髪、手から逃れたシャーリーは地面に降り立ちながら呟く。
「ふん、流石にあの程度でやられるほど弱くはなかったか」
自分が先ほどまで立っていた地面から、半透明の手に続いて、人が一人入るほど大きい卵状の半透明の球体が現れる。透けて見えるその中には、塵一つ付いていないシークの姿があった。
中のシークは、自分を守るように両腕で自分を抱いている。球体はそのまま地面を離れ、十メートルほど上昇したところで停止する。
「本当に応用の利く能力だな。生まれもった能力がそれであったことを感謝するがいい」
「……」
挑発もかねて話しかけるが、シークは沈黙している。そのことに少しだけ苛立ちを感じながらも、勤めて冷静を保つ。
(糸の鎧で土砂崩れを防いだか。しかし、移動制限の掛かる空中に逃れるとは、愚か!)
恐らく、また先ほどの津波をされては困るから、というのが理由なのだろうが、そもそもシャーリーは空中に逃れたシークを狙い討とうとしていたのだ。
この状況は、仮定は違えどシャーリーの望んだ展開に他ならない。
シャーリーは右手を横に出すと、開いていた手の平で何かを掴むように握る。それと同時に、絵を描いた軟らかいボールを握るかのように手の周りの風景が歪んだ。
「空間槍」
そして、槍投げ選手のように振りかぶると、空間を丸ごとシークに投げつけてくる。
通常、普通の人間がボールを投げる速度は時速百キロいくかどうかといった所であろう。
しかし、シャーリーが投げた空間槍は時速百五十キロを軽く超えていた。
シークが地面に両足をつけていた状態ならその程度かわす事など容易い。
ただし、現在シークがいる場所は空中。シークが空中では鈍足になるのは授業中に確認した。それでは絶対に避けられない。
「当たれっ!」
シャーリーがそう叫んだ瞬間、シークが卵状の鎧のまま空中を高速で移動して、難なく範囲外に逃れる。その移動のあまりの速さに、シャーリーは目を見開いて驚く。
「なっ!」
網のように張った糸の上を走って移動しているなどではない。
何故ならシークの足はまるで何かに吊るされているかのようにだらりとしているからだ。
「あり得ない……」
シークの身長は百六十センチほど。体重は五十キロ前後といったところであろう。
それほどの重さを持つ人間を、たかが糸で高速の移動を可能にさせられるわけがない。
超能力とは決して万能ではないのだから。
シャーリーは、シークが高速で移動できた理由を考えようとするが、その前にシークからの攻撃が始まる。
腕組みをしていた両腕を開き、先ほど地中から出したまま浮遊させていた両手をシャーリーに向けて進撃させてくる。
一つ目の手を大きく後ろに下がることによって避け、二つ目の手をもう一度後ろに下がることによって避ける。
「随分弱い攻撃だな」
土砂を塵一つ付けることなく防いだ糸だ。相当な強度を持つのであろう。
しかし軽い。所詮は神経から作った糸であるが故、その物量は限りなくゼロに近い。
警戒して避けたが、大した事はなかった。避けられないほど速くもない。両手の動きをよく見ていればかわす事など容易い。
次のタイミングにあわせてもう一度空間槍を放ち、今度こそ高速移動の正体を探る。
そう考え、カウンターを放つため、腰を落としたその時、脇腹に衝撃が走る。
「ぐはっ!」
衝撃に身体を浮かしながら前方を見る。巨大な両手は確かに目の前にある。
(ならいったい……いや、違う! 奴の手の数は二本ではない!)
シークの身体についている手の数は当然二本だ。
しかし、糸で創れる手の数は二本だとは一言も言っていない。重量をカバーするために大きな石を内封した小さい拳が、深々とシャーリーの脇腹に突き刺さっているのがその証拠だ。
人間の手は二つ、という先入観から生じた不意打ちだった。
「貴様っ、正々堂々と勝負しろ! 先ほどから搦め手ばかり使うなど 恥ずかしいとは思わないのか!」
「……」
脇腹を押さえながら激昂して叫ぶシャーリーに、またもやシークは沈黙を返す。
「貴様っ!」
シャーリーはまたも無視したシークに対して激昂し、先ほどと同じように右足を地面に叩きつける。
ところが、その行動によって起こった事象は先ほどとは違っていた。シャーリーを中心にさざ波が円状に広がっていき、十メートルほど進んだ辺りで浮き上がっていた地面が一斉にひび割れを起こし、瓦解。その余波は、地面が浮き上がったことによって引っ張られていた地表部分にも起こり、たちまち数十メートル範囲がひび割れを起こしていた。
その結果、地面に糸を張っていたシークはバランスと支えを失って、地面に落下する。その瞬間を狙って、シャーリーは先ほどと同じ空間槍を投げつける。だがしかし、バランスを崩していたはずのシークは、不自然な体勢のまま空中を高速で移動することによってそれを回避する。
その光景に驚くも、続けてシークが糸を回収しながら、別の糸を射出してきたのを見て対処を迫られる。
「舐めるなぁ!」
そう叫びながら両手を前に出し、空間を掴んで平泳ぎのようにそのまま後ろに広げる。
糸がシャーリーを貫こうと迫るが、その糸はシャーリーの手に導かれるかのように左右にずれてしまう。
奈落山が空間を揺らすことによって糸をずらしたのであれば、シャーリーは空間の流れを捻じ曲げ糸を逸らしたのだ。
空握。
空間を掌握し、自分の好きなように形を変えられる能力。
それがシャーリーの能力の正体だ。掴める物は地面などの固形物に留まらず、空気さえ掴むことが出来るのが、空握に限らない空間系の強み。それは今ある空間を投げつけることや、無理やり地面を持ち上げたりすることすら可能にするのだ。
シークもやっとシャーリーの能力に気付いたらしい。手の数を三本から六本に変え、大きさも全て人間を掴めるほど巨大なものに変えていく。
二本しか出せないと偽る必要がなくなった為、数を増やしてきた。シークが両手を動かすと、浮かんでいた糸の手が一斉にシャーリーに進撃していく。
シャーリーは、先ほどと同じように空間の流れを後ろに逸らす。手を地面にぶつかると無数の糸に分解されてしまう。手の数を増やした分一手一手の強度が下がってしまったのだろうか。
「いや、違う!」
バラバラになった糸は、前後左右からシャーリーを突き刺そうと迫っていく。
シャーリーは、突然迫ってきた糸にも慌てず、時計回りに自分ごと空間の流れを回転させる。糸も空間の流れに逆らえず、シャーリーの周りに逸れていく。
だがしかし先ほどまで回収していた糸を、今回は構わず直進させていた。
「何? まさかっ!」
その狙いに気付き慌てて対応しようとするが、既に時遅し。糸はシャーリーを半球体状に囲んでおり、脱出不可能になっていた。
半球体状をした糸の塊はシャーリーを捕らえようと、その直径を狭めていく。
だが、シャーリーもやられてばかりではなかった。
糸の内側に捕らえられたシャーリーは空間槍を創ると、糸に構わずシークに投げつける。
シークの糸は伸縮性のない、謂わばよく曲がる細い金属のようなものだ。
だが、シャーリーの投げる空間槍に物体の強度は関係ない。糸のほんの僅かな隙間を無理やり抉じ開けて、真っ直ぐシークに迫ることが出来るのだ。
半透明の糸のおかげでシャーリーが何をするのかすぐに気付いたであろうシークは、即座に飛んでくる空間槍から逃れる。
だが、今度の空間槍は先ほどまでとは一味違っていた。今回はシークの横を通り過ぎようとした瞬間、低めの重音を出しながら破裂した。
否、正確には破裂ではない。シャーリーの能力は空間の形を変えるだけに留まらず、空間圧縮までを可能にする。即ち、圧縮されていた空間がただ元の形に戻ったのだ。
その突然の変化に、シークはついていけなかった。空間が元の形に戻ろうとする瞬間は見えていても、かわすまでの移動は間に合わなかった。
結果、シークは右斜め上から押し出されるように地面に叩きつけられてしまう。あまりの衝撃に何度かバウンドしながら、地面に倒れ伏す。
その瞬間をシャーリーは逃さない。シークに空間槍が当たったことで緩くなった糸の隙間を抉じ開けると、走りながら両手に空間槍を作る。
「死ねぇぇぇ!」
シークの目の前まで走りきり、両手の空間槍を炸裂させる瞬間、何かに腕を引っ張られ、軌道を逸らされてしまう。
腕が少し上がった程度ではあるが、シークは空間槍の射程範囲外に逃れたしまった。
「とうとう捕まえたぜ」
この試合が始まって以来、初めてシークの声を聞いた。その顔は地面に思い切り叩きつけられ重体となっている人間の顔ではなかった。
寧ろ、獲物を網に捕まえた捕食者のような笑みを浮かべている。
(しまった!)
シャーリーはシークが地面に叩きつけられたことで行動不能になっていると思い込み、安易にも近付いてしまった。
そして、初めてシークの糸に捕まってしまった。慌てて糸から逃れようと下がるが、それを悠長に待つシークではない。
糸は一瞬の内にシャーリーの身体中を駆け巡り、雁字搦めにしてしまった。
両足まで絡まれたシャーリーは、バランスを保てなく地面に倒れる。
その様子を確認したシークは、体中についた塵や泥などを落としながら平然とした様子で立ち上がる。
「よっこいせっと。お前の能力で俺に接近するとは、手を間違えたな、シャーリー?」
津波がシャーリーの身長を超えた時点で、シャーリーからはシークの姿は確認できない。
だが、シークが全力で後ろに逃げるであろうと予測して、シークに津波が襲い掛かる瞬間に能力を解除したのだ。
その結果シークに残された道は上しかないはずだ。それ故、シークが飛んでくるのをじっと待っていたのだが、何時まで経っても陰一つ見えない。
「まさかこの程度でやられたのか?」
肩透かしもいいところである。実力を試すつもりで、周りに生徒がいたため使わなかった大技を使用した。
だが、まさかこれだけで終わるとは思っていなかった。すぐに砂煙が晴れ、土砂崩れにより、細かい砂利や大きな岩が散乱する中を見回す。
しかし、どれだけ探してもシークの姿は見つからなかった。
「私の能力の凄さに萎縮して動けなかったか、それともかわそうとしてかわしきれなかったか」
そこから考えられる結論は一つ。どちらにせよ土砂に巻き込まれたのは間違いないだろう。
「ふん、所詮は下民ということか」
思わず鼻で笑ってしまう。幾ら相性が悪かったとはいえあまりに弱すぎる。それと同時に怒りがふつふつと沸き起こってくる。
「この程度の実力であの方の横にいたのか! 馬鹿にするのにも限度がある!」
ヴァリエール家に仕える者はとある事情により、例外なく一定以上の武力も求められる。
それはヒツジ然り、フラグマ然り、コスモス然り。
当然、シークもジンの横にいるのであればそれはクリアしているはずだ。
「それがこの様はなんだ!」
あまりにもあっけない幕引き。
その光景に憤るシャーリーの姿は、期待を裏切られた乙女の様であった。
事実、シャーリーは期待していたのだ。自分と同じ年齢でジンの護衛に選ばれたシークに。
それがどれほどの強者かとふたを開けてみれば自分より僅かに上程度。そして戦ってみればまさかの一撃。シャーリーが憤るのも無理のないことだろう。
このまま終われば……。
突然、地面が少しだけ揺れた。最初はあまり気にしなかったものの、すぐに地中から自分に向かって掘り進んで何かが来ていると気付いたシャーリーは慌てて地面から跳び退る。それと同時に、地面から半透明の大きな手が二本、地面からシャーリーを握り潰さんと這い出てきた。
間一髪、手から逃れたシャーリーは地面に降り立ちながら呟く。
「ふん、流石にあの程度でやられるほど弱くはなかったか」
自分が先ほどまで立っていた地面から、半透明の手に続いて、人が一人入るほど大きい卵状の半透明の球体が現れる。透けて見えるその中には、塵一つ付いていないシークの姿があった。
中のシークは、自分を守るように両腕で自分を抱いている。球体はそのまま地面を離れ、十メートルほど上昇したところで停止する。
「本当に応用の利く能力だな。生まれもった能力がそれであったことを感謝するがいい」
「……」
挑発もかねて話しかけるが、シークは沈黙している。そのことに少しだけ苛立ちを感じながらも、勤めて冷静を保つ。
(糸の鎧で土砂崩れを防いだか。しかし、移動制限の掛かる空中に逃れるとは、愚か!)
恐らく、また先ほどの津波をされては困るから、というのが理由なのだろうが、そもそもシャーリーは空中に逃れたシークを狙い討とうとしていたのだ。
この状況は、仮定は違えどシャーリーの望んだ展開に他ならない。
シャーリーは右手を横に出すと、開いていた手の平で何かを掴むように握る。それと同時に、絵を描いた軟らかいボールを握るかのように手の周りの風景が歪んだ。
「空間槍」
そして、槍投げ選手のように振りかぶると、空間を丸ごとシークに投げつけてくる。
通常、普通の人間がボールを投げる速度は時速百キロいくかどうかといった所であろう。
しかし、シャーリーが投げた空間槍は時速百五十キロを軽く超えていた。
シークが地面に両足をつけていた状態ならその程度かわす事など容易い。
ただし、現在シークがいる場所は空中。シークが空中では鈍足になるのは授業中に確認した。それでは絶対に避けられない。
「当たれっ!」
シャーリーがそう叫んだ瞬間、シークが卵状の鎧のまま空中を高速で移動して、難なく範囲外に逃れる。その移動のあまりの速さに、シャーリーは目を見開いて驚く。
「なっ!」
網のように張った糸の上を走って移動しているなどではない。
何故ならシークの足はまるで何かに吊るされているかのようにだらりとしているからだ。
「あり得ない……」
シークの身長は百六十センチほど。体重は五十キロ前後といったところであろう。
それほどの重さを持つ人間を、たかが糸で高速の移動を可能にさせられるわけがない。
超能力とは決して万能ではないのだから。
シャーリーは、シークが高速で移動できた理由を考えようとするが、その前にシークからの攻撃が始まる。
腕組みをしていた両腕を開き、先ほど地中から出したまま浮遊させていた両手をシャーリーに向けて進撃させてくる。
一つ目の手を大きく後ろに下がることによって避け、二つ目の手をもう一度後ろに下がることによって避ける。
「随分弱い攻撃だな」
土砂を塵一つ付けることなく防いだ糸だ。相当な強度を持つのであろう。
しかし軽い。所詮は神経から作った糸であるが故、その物量は限りなくゼロに近い。
警戒して避けたが、大した事はなかった。避けられないほど速くもない。両手の動きをよく見ていればかわす事など容易い。
次のタイミングにあわせてもう一度空間槍を放ち、今度こそ高速移動の正体を探る。
そう考え、カウンターを放つため、腰を落としたその時、脇腹に衝撃が走る。
「ぐはっ!」
衝撃に身体を浮かしながら前方を見る。巨大な両手は確かに目の前にある。
(ならいったい……いや、違う! 奴の手の数は二本ではない!)
シークの身体についている手の数は当然二本だ。
しかし、糸で創れる手の数は二本だとは一言も言っていない。重量をカバーするために大きな石を内封した小さい拳が、深々とシャーリーの脇腹に突き刺さっているのがその証拠だ。
人間の手は二つ、という先入観から生じた不意打ちだった。
「貴様っ、正々堂々と勝負しろ! 先ほどから搦め手ばかり使うなど 恥ずかしいとは思わないのか!」
「……」
脇腹を押さえながら激昂して叫ぶシャーリーに、またもやシークは沈黙を返す。
「貴様っ!」
シャーリーはまたも無視したシークに対して激昂し、先ほどと同じように右足を地面に叩きつける。
ところが、その行動によって起こった事象は先ほどとは違っていた。シャーリーを中心にさざ波が円状に広がっていき、十メートルほど進んだ辺りで浮き上がっていた地面が一斉にひび割れを起こし、瓦解。その余波は、地面が浮き上がったことによって引っ張られていた地表部分にも起こり、たちまち数十メートル範囲がひび割れを起こしていた。
その結果、地面に糸を張っていたシークはバランスと支えを失って、地面に落下する。その瞬間を狙って、シャーリーは先ほどと同じ空間槍を投げつける。だがしかし、バランスを崩していたはずのシークは、不自然な体勢のまま空中を高速で移動することによってそれを回避する。
その光景に驚くも、続けてシークが糸を回収しながら、別の糸を射出してきたのを見て対処を迫られる。
「舐めるなぁ!」
そう叫びながら両手を前に出し、空間を掴んで平泳ぎのようにそのまま後ろに広げる。
糸がシャーリーを貫こうと迫るが、その糸はシャーリーの手に導かれるかのように左右にずれてしまう。
奈落山が空間を揺らすことによって糸をずらしたのであれば、シャーリーは空間の流れを捻じ曲げ糸を逸らしたのだ。
空握。
空間を掌握し、自分の好きなように形を変えられる能力。
それがシャーリーの能力の正体だ。掴める物は地面などの固形物に留まらず、空気さえ掴むことが出来るのが、空握に限らない空間系の強み。それは今ある空間を投げつけることや、無理やり地面を持ち上げたりすることすら可能にするのだ。
シークもやっとシャーリーの能力に気付いたらしい。手の数を三本から六本に変え、大きさも全て人間を掴めるほど巨大なものに変えていく。
二本しか出せないと偽る必要がなくなった為、数を増やしてきた。シークが両手を動かすと、浮かんでいた糸の手が一斉にシャーリーに進撃していく。
シャーリーは、先ほどと同じように空間の流れを後ろに逸らす。手を地面にぶつかると無数の糸に分解されてしまう。手の数を増やした分一手一手の強度が下がってしまったのだろうか。
「いや、違う!」
バラバラになった糸は、前後左右からシャーリーを突き刺そうと迫っていく。
シャーリーは、突然迫ってきた糸にも慌てず、時計回りに自分ごと空間の流れを回転させる。糸も空間の流れに逆らえず、シャーリーの周りに逸れていく。
だがしかし先ほどまで回収していた糸を、今回は構わず直進させていた。
「何? まさかっ!」
その狙いに気付き慌てて対応しようとするが、既に時遅し。糸はシャーリーを半球体状に囲んでおり、脱出不可能になっていた。
半球体状をした糸の塊はシャーリーを捕らえようと、その直径を狭めていく。
だが、シャーリーもやられてばかりではなかった。
糸の内側に捕らえられたシャーリーは空間槍を創ると、糸に構わずシークに投げつける。
シークの糸は伸縮性のない、謂わばよく曲がる細い金属のようなものだ。
だが、シャーリーの投げる空間槍に物体の強度は関係ない。糸のほんの僅かな隙間を無理やり抉じ開けて、真っ直ぐシークに迫ることが出来るのだ。
半透明の糸のおかげでシャーリーが何をするのかすぐに気付いたであろうシークは、即座に飛んでくる空間槍から逃れる。
だが、今度の空間槍は先ほどまでとは一味違っていた。今回はシークの横を通り過ぎようとした瞬間、低めの重音を出しながら破裂した。
否、正確には破裂ではない。シャーリーの能力は空間の形を変えるだけに留まらず、空間圧縮までを可能にする。即ち、圧縮されていた空間がただ元の形に戻ったのだ。
その突然の変化に、シークはついていけなかった。空間が元の形に戻ろうとする瞬間は見えていても、かわすまでの移動は間に合わなかった。
結果、シークは右斜め上から押し出されるように地面に叩きつけられてしまう。あまりの衝撃に何度かバウンドしながら、地面に倒れ伏す。
その瞬間をシャーリーは逃さない。シークに空間槍が当たったことで緩くなった糸の隙間を抉じ開けると、走りながら両手に空間槍を作る。
「死ねぇぇぇ!」
シークの目の前まで走りきり、両手の空間槍を炸裂させる瞬間、何かに腕を引っ張られ、軌道を逸らされてしまう。
腕が少し上がった程度ではあるが、シークは空間槍の射程範囲外に逃れたしまった。
「とうとう捕まえたぜ」
この試合が始まって以来、初めてシークの声を聞いた。その顔は地面に思い切り叩きつけられ重体となっている人間の顔ではなかった。
寧ろ、獲物を網に捕まえた捕食者のような笑みを浮かべている。
(しまった!)
シャーリーはシークが地面に叩きつけられたことで行動不能になっていると思い込み、安易にも近付いてしまった。
そして、初めてシークの糸に捕まってしまった。慌てて糸から逃れようと下がるが、それを悠長に待つシークではない。
糸は一瞬の内にシャーリーの身体中を駆け巡り、雁字搦めにしてしまった。
両足まで絡まれたシャーリーは、バランスを保てなく地面に倒れる。
その様子を確認したシークは、体中についた塵や泥などを落としながら平然とした様子で立ち上がる。
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