お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

なあなあ!お嬢ちゃん達!このお兄さんに名前、教えてくれよ!

「なんだ、もうお客さん来てたのか」



健吾が涼羽の本当の性別を知らされて盛大に混乱してしまうという、涼羽と初対面の人間にはありがちなイベントが行なわれていたところに響く声。

低いバリトンの、それでいて爽やかさを感じさせるその声。



声のした方向に、その場にいた全員が視線を向ける。



「おお!帰ってきたか。進吾(しんご)」



声の主に対して、健吾が先ほどまでの執事然とした丁寧な言葉を崩し、フランクな口調で声をかける。

声の主の名は青山 進吾(あおやま しんご)。



翔羽は185cmもある長身。

健吾も翔羽ほどではないがかなりの長身。

だが、進吾はその二人のどちらよりも高く伸びている。

目算では、190cmは超えていると思われるほどの長身。



短く切りそろえた髪はうっすらと茶色に染められており、重力に逆らうかのようにやや上を向いている。

ぱっと見線の細いスリムな感じの体型だが、露になっている腕を見ればかなりの筋肉質な身体であることが伺える。

顔立ちは整ってはいるが美形と言うわけではなく、シャープなラインの輪郭に無造作に伸びている髭が男くささを嫌でも感じさせる。

だが、それでいて精悍であり、「ハンサム」というよりは「男前」と言う言葉が似合うタイプと言える。

それほど若々しい感じはなく、渋い印象があるだけに年齢も三十代後半か、もっと上を連想させる。



「高宮様、涼羽様、羽月様。こちらで私と共にお客様のおもてなしとお世話をさせて頂きます、息子の進吾でございます」



健吾が、涼羽達に向かって進吾の紹介をする。

健吾の息子であるという言葉が出てきて、三人はやっぱりという納得感に溢れた表情を浮かべる。

タイプと印象は違うものの、進吾の顔の作りやスタイルに健吾と似たものを感じ取っていたからだ。



「へえ~…今回のお客さんはこんな可愛いお嬢ちゃん達か!」



父親である健吾に紹介された進吾の方は、その目を輝かせながら涼羽と羽月のことを品定めするかのように見ている。

父の健吾と違い、進吾はかなり横柄で誰に対してもフランクな言葉使いを通している。

しかも、かなりの女好きで可愛らしい美少女タイプが非常に好み。



ゆえに、涼羽と羽月は進吾の好みにピッタリ当てはまってしまっている。



「いいねえ!前のお客が歳食ったジジイだったから、今回は楽しみだな!」

「こ、こら!進吾!お前というやつはほんとに…」



以前にここに招待されたのは、幸助の親友である柊 誠一。

その誠一がお客様であるということを知った進吾の反応は非常に分かりやすいものだった。



これでもかと言うほどにあからさまに落胆し、やる気出ねえとまで言い放ってしまう始末。

それも、当の誠一が目の前にいるのにも関わらず。

しかし、竹を割ったようにさっぱりとした言いっぷりが逆に好ましかったのか、誠一は笑って済ませてくれた。

それどころか、この進吾を気に入ったとまで言い出す始末。



誠一の滞在中、進吾と誠一は非常に軽口を叩き合うほどの仲にまでなり、誠一はこの旅行を非常に満喫し、大いに満足して自宅に帰っていった。



非常に好々爺な雰囲気で紳士的な態度を保つ健吾とはまるでタイプの違う性格の進吾。

だが、嫌味も嘘もないそのさっぱりとした感じがウケるのか、意外にも他人からの印象はいい。

ただ、やはり進吾のこういった性格は一般社会ではなかなか受け入れられないものとなっており、これまで勤め先をいくつも転々とすることとなっている。



そんな矢先に父である健吾のもとに入ってきたこのペンションの管理業務。



最初は山奥の小屋の管理と聞いて、露骨に嫌そうな顔をしていた進吾だったのだが…

かといって色々なところで問題を起こしては辞めてしまっていたため、他に行き所もない状態だったので渋々受けることに。



だが、わずらわしい人間関係の場もほとんどなく、自給自足に等しい生活となるもののそれもすぐに楽しいものとなり、進吾にとってこの職場はそう長い期間もかからず天職と呼べるものとなってしまった。

ごくたまに幸助が身近な親しい人間をここに連れてきたり、今回の高宮家のように招待してお世話を任せたりはするものの、対人に関してはほぼ父である健吾が担当をするため、進吾にとっては本当に合った職場と言えてしまう。



ただ、なかなか山を降りる機会もなく、招待される人間はごくごくわずかで限られており、自分好みの女性と会う機会がないのが唯一の不満ではあった。



それも、今回こうして見ているだけで眼福と言えてしまうほどの美少女が二人もここに来ているということで、進吾のテンションがかなりうなぎ上りとなっている。



「なあなあ!お嬢ちゃん達!このお兄さんに名前、教えてくれよ!」



一応、自分の雇用主である幸助が招待し、直々にお世話を依頼したお客様ではあるのだが…

そんなことも構わず、進吾は意気揚々に涼羽と羽月の前に近づき、まるでナンパをするかのように二人に名前を聞いてしまう有様。

そんな息子を見て、健吾は顔を手で押さえて溜息をついている。



家族以外の男性が非常に苦手な羽月はそんな進吾に対して怯えてしまい、涼羽の胸に顔を埋めてべったりと抱きついてしまっている。



「あり?そのちっちゃい方の子はえらい人見知りなのか?」

「す、すみません…妹は男の人が苦手なもので…」

「なに?そうなのか?それはもったいない!こんなにも将来有望な美少女なのに!」

「は、はは…」



自分の方を見向きもしてくれない羽月に、進吾は思わずあれれ、といった顔をしてしまう。

だが、涼羽から羽月が男嫌いだと伝えられ、心底惜しいといわんばかりの表情を浮かべながら、その気持ちを包み隠さず言葉にしてしまう。

そんな進吾を見て、涼羽はさすがに苦笑を漏らしてしまう。



「じゃあさ、お姉ちゃんの君の名前、教えてよ!!君、びっくりするほど可愛いね!!街歩いてたらそこら中から声かけられるでしょ!?」

「こ、こら!!進吾!!お客様に対してあまりにも失礼だぞ!!」

「あん?何言ってんだよ親父。こんな美少女が目の前にいるんだぜ?口説かない方が失礼ってもんだろが」

「お前と言う奴は、ほんとに…」



見た目からしてよほど自分のツボをついているのか、進吾は涼羽に対してあからさまにナンパするかのように名前を聞いていく。

実際、これからおもてなしをするお客様への態度とは思えない進吾の立ち振る舞いにさすがに父親である健吾も見過ごすわけにはいかず、叱責の言葉を出してしまう。

が、そんな父親の言葉もどこ吹く風といった感じで進吾は、涼羽のような美少女は口説かない方が失礼だと言い切ってしまう。

そんな息子に、健吾はほとほとまいっているのがあからさまに表情から見えてしまっており、文字通り頭を抱える素振りを見せてしまっている。



「ほらほら、このお兄さんにさ!君のお名前教えてよ!!」

「あ、僕は高宮 涼羽と言います…妹の方は羽月と言います」

「なるほど!涼羽ちゃんと羽月ちゃんね!いい名前だ!しかし君、自分のこと『ボク』って呼んでるんだ!なんか男の子みたいだな!」

「あ、あの…僕、男ですから」

「なるほどなるほど!男だからね!それなら………って………え?」

「僕、れっきとした男ですから」



自分の中で上がっていくテンションのままに、進吾は涼羽に対してさらになれなれしくしていく。

そんな進吾に苦笑を隠せないままに、問われた通り素直に自分の名前、そして妹である羽月の名前も進吾に自己紹介として伝えていく。

そんな涼羽の声も聞いていて心地がよかったのか、ますますその顔をだらしなく緩ませてしまう進吾。

だが、涼羽の一人称である『僕』に対して違和感を覚えてしまうものの、それはそれでボーイッシュな感じがして新鮮だと思ってしまう。



進吾のそんな絶頂な気分も、涼羽が次にぽつりと放った一言で霧散してしまい、混乱の渦に落とされてしまう。

涼羽の、自分は男だという一言で。



その一言を聞いて、脳がはっきりとその言葉の意味を認識してしまった進吾は、まるで強制的に電源を止められてしまった機械のように、それまでのオーバーなアクションも含め、身体の機能そのものを止めてしまっている。



「あ、あの?…」



そんな進吾の反応にさすがに戸惑いを隠せないまま、涼羽は進吾におそるおそると言った感じで声をかける。

そんな涼羽の声にも反応らしい反応がなく、しばらく固まっていたかと思いきや…



先ほどまでのだらしなく緩んだ、うきうき気分の表情が一変し、まるで汚物を見るかのような蔑んだ視線を涼羽に向けてくる進吾。

そんな進吾の自分を見つめてくる目に、思わず涼羽はびくりとしてしまう。



「はあ~?これが男?ふざけんなってーの!」

「え?え?…」

「こんなどっからどう見ても女にしか見えないくせに男だってか!馬鹿にすんのもいい加減にしろよな!マジで!」

「あ、あの…」

「冗談じゃねえぜ!こんな男のなりそこないみてえなのにうきうきしてたってか、俺は!ああ馬鹿馬鹿しい!」

「え、えっと…」

「いいか!俺はな、てめえみてえななよなよした女みてえな男がこの世で一番嫌いなんだよ!てめえみてえなのが男だあ!?俺は死んだって認めねえ!そんだけ女にしか見えねえんだ!あるかどうかも分かんねえついてるもんとっちまって、女になっちまえっての!」

「!!う……」



一体何が起きているのかもろくに掴めていない涼羽に、言いたい放題の罵詈雑言をぶつけてくる進吾。

それも、ありったけの嫌悪感を込めた視線で射抜きながら。

どうしてこんなことを言われているのか全く分からないまま、心をえぐられるかのような暴言を進吾にぶつけられて、涼羽はすっかり落ち込み、先ほどまでの魔法使いの住処のようなログハウスを眺めて楽しんでいた笑顔が消え去ってしまっている。



「ああ、気色悪い!!てめえみてえなのは生きてるだけで詐欺なんだよ!その顔でどんだけ男たらしこんだんだ!?どんだけの男勘違いさせてきたんだ!?ああ!?てめえみてえなのはなあ!!生きてるだけで迷惑なんだよ!!」

「!!………」



もはや嫌悪と言うよりは憎悪と言った方が正しいと言えるほどの視線で涼羽を睨みつけながら、涼羽の存在そのものを否定するかのような言葉までぶつけてくる進吾。

そんな進吾の言葉にますます心をえぐられるかのような感覚を覚え、涼羽はますます落ち込んでいく。



「こら!!進吾!!お前、なんてことを…」



突然豹変するかのように掌を返して涼羽に罵詈雑言の嵐をぶつける進吾に健吾も理解が追いついていなかったのか、何も言えないでいたが、ようやく状況の理解が追いついたところでお客様である涼羽に暴言を吐き続ける進吾に対して叱責の言葉を投げる。



「うるせえ!!親父は知ってんだろ!!俺がかつて、こういう奴にどんな目にあったのかをな!!」

「!!ぐ……」

「こういう奴らはな!!生きてるだけで詐欺なんだよ!!紛らわしいんだよ!!気色悪いんだよ!!」

「!!だ、だがその子はそういう子ではない!!」

「なんだと!!親父はこいつの味方するってのか!!」

「そういうことではない!!お前をひどい目に合わせた者とは違うと言っておる!!」

「黙れよ!!けっ!!こいつのおもてなしだあ!?んなこと誰がするかクソが!!」



もう止まるどころか止める気配さえ見せず、さんざん感情にまかせて暴言を吐き続けた進吾。

実の父である健吾の叱責にも反発するだけ反発し、とうとう言うだけ言ってその場を立ち去ってしまう。

しかも、涼羽をお客様として扱うことなど誰がするか、という捨て台詞を残して。



「…………」



ひどい暴言を受ける対象となってしまっていた涼羽は、まるで生気を抜かれてしまったかのように呆然としており、それでいて心底傷ついたような表情を浮かべている。

初めてその素顔を晒して学校に登校した日からしばらくの間は確かに、涼羽の容姿のことで蔑む人間もいたのだ。

いたのだが、涼羽のお母さんな包容力と面倒見のよさ、そして常に誰かのためにという本質に誰もが多かれ少なかれ助けられることとなり、いつの間にか涼羽を蔑む人間など、学校の中にいなくなってしまった。

それどころか、生徒はもちろん教師も涼羽に非常に好意的に接してくれるようになったのだ。



ゆえに、今となってはここまで自分を否定されることなどなかったと言ってもいい。



男か女か、ということ以前に人としての存在を否定された。

進吾の暴言はまさにそこまでのものだった。



心優しい涼羽であるがゆえに進吾のことを責めることなどできず、ただただ自分の何が悪いのかをずっと考えてしまっている。



「りょ、涼羽……」

「お、お兄ちゃん……」



今まで見たこともないほどに落ち込んでいる涼羽を見て、父、翔羽も妹、羽月もどう言葉をかけていいのか分からない状態となっている。

しかしそれでも、自分達にとって最愛の存在のそんな姿が痛ましくて、ただただそれを慰めるかのように涼羽のことを抱きしめている。



幸助の好意でせっかく招待してもらえた旅行だったが、大波乱の幕開けとなってしまった高宮家だった。

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