お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

千茅さん、最近すごく元気になってきましたね

「涼羽ちゃんこんにちは~♪」

「はい、こんにちは」

「もお~ほんとに可愛いわね~」

「…男でそんなこと言われても、嬉しくないです…」



今の涼羽には、もはや馴染みの場所となっている病院。

その病院内部を構成している一つの部屋である、とある個室。



もう幾度となく足を運んで、すっかり見慣れている明洋の病室ではなく、その明洋に対して異常なほどの憎悪をぶつけ続けていた、鳴宮 千茅の病室。

最近は、この千茅の病室にも、涼羽は頻繁に足を運ぶようになっている。



二人がこの病院で顔を合わせた最初の頃は、周囲が見ていてハラハラしてしまうほどにうまくいかず、涼羽の方はとうとう千茅のことを自分の認識から完全に外してしまうなど、本当に最悪な状態にまでなっていたのだが…

そのことをよくないと思いながらも、どうしても自分の悪感情に抗えなかった涼羽に、自分と同じような思いをする人間を増やしてほしくないと明洋が言葉としてぶつける。

そして、そんなことをしてしまう涼羽を見たくないとまで明洋が言ってきたため、涼羽はようやくといった感じで千茅とちゃんと向き合い、話し合うことができたのだ。



この日は休日の土曜日ということもあり、いつもの日課となっている家事を終えてすぐに病院に姿を現し、最初に千茅のところにお見舞いに来たのだ。

いつもながらの、黒の長袖ゆったりサイズのトレーナーに、同じく黒のゆったりサイズのジーンズという、本当に地味でおしゃれ感のない服装だが、その素材のよさは服装で陰ることなどまるでなく…

それゆえに千茅も涼羽を見ただけでその頬をゆるゆるにしてしまっている。



「そうそう、あの肉じゃが、ほんとに美味しかったわよ~!!」

「!そうですか!?」

「ええ!!本当に私好みの家庭的な味付けで、いくらでも食べたくなっちゃうくらい美味しかったの!」

「そんな風に言ってもらえると、嬉しいです…」

「涼羽ちゃんって料理もすっごく上手で、家事も全部できて…すごいわ、ほんとに」



完全に冷戦状態だった二人が、明洋の言葉をきっかけに涼羽から千茅に向き合うこととなり、今となっては普通にやりとりができるくらいにまで、その人間関係は回復している。

その時に涼羽が、せめてものお詫びとして持ってきた手作りの肉じゃがが本当に美味しかったため、千茅はますます涼羽のことを気に入ってしまい、涼羽も千茅が本当に美味しく自分の料理を食べてくれたことを聞かされてにこにこと嬉しそうな笑顔をついつい浮かべてしまう。



「千茅さん、最近すごく元気になってきましたね」

「当たり前よ~。涼羽ちゃんが私とこうしてお話してくれるだけで、私本当に幸せなんですもの!」

「そ、それは言いすぎじゃ…」

「言いすぎなもんですか!涼羽ちゃんは自分がどれだけ人を幸せにできるのかを、もっと自覚しなくちゃ!」

「そ、そうですか…」

「ほんとに、涼羽ちゃんがこうして私とお話してくれるようにまでなったのは…あの…沢北さんのおかげよね」

「!そうです…明洋さん、自分が味わってきた思いを誰にもさせたくないって言って…僕に…」

「私、それを聞いた時…あんなにひどいことしてきた私のことをそこまで気にかけてくれてたなんて、って思って…本当に沢北さんには、申し訳ないって言う思いと、感謝の思いしかないの」

「千茅さん…」



涼羽とこうして親しみを持って会話ができるようになり、なかなかよくならず、むしろ悪くなっていっていた千茅の体調はみるみるうちによくなっていっている。

病は気から、という言葉がそのまま当てはまるかのように、千茅は涼羽との触れあいでその心が本当に満たされ、幸せな気持ちを感じることができるようになり、その幸福感が増していくのに比例して体調もどんどん回復していっているのだ。



すでに家族である父、翔羽と妹、羽月を始め、これまで涼羽と関わったことのある多くの人々がそう言っていたのと同じように、千茅も涼羽との触れあいが自分にとってどれほど幸せであり、涼羽がどれほど人を幸せにできる存在であるのかを、心底嬉しそうな笑顔で力説までしてしまう。



そして、その幸せしかない涼羽との触れあいをできるようにしてくれた明洋のことも、少ししんみりとしながら本当にありがたいという思いがこもった言葉を、ぽつりと声にする。



自分にとって、男であるというだけで嫌悪すべき存在であり、ましてやそれが自分にとっては見苦しい容姿である明洋。

その明洋に対して、まるでこの孤独の世界から自分を救ってくれた恩人だと思えるほどに感謝の念が溢れてくる。

そして、そんな明洋に自分はどれほどひどいことをしてきたのだろうという申し訳なさも溢れかえってくる。



そんな思いを独白する千茅の言葉に、涼羽は本当に千茅が以前とは違うと思え、その千茅のことを本当に心配して、さらには千茅を完全に拒絶していた自分のことも本当に心配してくれていた明洋がどれほどに優しいのかを改めて実感することとなった。



「そういえば…私がなんで男の人を毛嫌いしてるのかって、言ってなかったわね」

「!そういえば…」

「私ね…小さい頃に父が浮気して…私と母を捨てて出ていっちゃったのよね」

「!そ、そんな…」

「それ以来、男っていう生き物が本当に信用できなくなって…子供の頃ずっと男の子と接する時も、今思えば本当に毛嫌いしててきつく、冷たく当たっちゃってたから…自分が嫌ってたのと同じくらい、同年代の男の子に嫌われてたのよ」

「…………」

「だから、男って存在が自分にとって価値のないものだって染み付いちゃって…母も、私が社会人になってすぐに亡くなって…母がずっと私を女手一つで育ててくれた姿を見てたら、結婚なんていいことなんか何もないって思うようになって…余計に男を拒絶するようになっちゃってたの」

「…………」

「そのおかげで、可愛い女の子が大好きになっちゃって…そんな可愛い女の子を自分の手でもっと可愛くするのが楽しくて、いつの間にかそれを仕事にして、会社まで起こして…気がついたらこの歳になるまで、ただただ仕事だけの人生を送ってたのよね…」

「…千茅さん…」

「涼羽ちゃんに初めて会った時…私にとって本当に理想の女の子が私の目の前に来てくれたって思って…涼羽ちゃんを本当に私だけのものにしたいって…もうそれが止まらなくて…涼羽ちゃんに構って欲しくて…とにかく涼羽ちゃんの気持ちなんにも考えずに、涼羽ちゃんに迫ってたの…」

「………」

「それが、どれほど涼羽ちゃんを不快な気持ちにさせるかなんて、まるで考えなかったわ…だから、涼羽ちゃんに拒絶されるのも、今思えば仕方ないことって…」

「………」

「だからかな…涼羽ちゃんに拒絶されて、初めて分かったの…」

「?何がですか?…」

「私、本当はどうしようもないくらいの寂しがりやなんだって」

「!………」

「涼羽ちゃんが男の子だっていうこと…最初は嘘だとしか思えなくて、もし本当だとしてもそれを認めたくなくて、ひたすら涼羽ちゃんを女の子扱いしてたのよね…」

「千茅さん…」

「でも、今は涼羽ちゃんが男の子でよかったって思うの。だって、涼羽ちゃんのおかげで、私がずっと抱えてた男への嫌悪とか、憎悪とかが洗われるようになってるもの」

「!………」

「その涼羽ちゃんとこうして触れ合えるようにしてくれた沢北さんも、今の私にとっては恩人以外の何者でもない、素晴らしい男の人だって思えるようになったんですもの」



ぽつりぽつりと言葉にしていく、千茅のこれまで抱えてきたものを、涼羽は静かに聞いていく。

その一つ一つを聞かされて、涼羽は千茅がどれほど大変だったのか、どれほど不憫だったのかを実感することとなる。

そして、男である自分をひたすらに女の子扱いしてきたのも、明洋のことを執拗に攻撃していたのも、その生い立ちに理由があったことを、涼羽は今ようやく知ることができた。



自分は、父である翔羽がどれほどに自分と妹、羽月のことを愛してくれているのか、どれほどに大切に思ってくれているかを、他でもない翔羽自身の行動と言動、そして翔羽との触れあいで、これでもかと言うほどに実感させられている。

今は亡き母、水月も、どれほどにわが子である涼羽のことを可愛がって、ひたすらに愛情を注ぎ込んでくれていたのかを、それを実際に目の当たりにしてきた翔羽から聞かされている。



そんな家庭で育ち、日々を過ごしている涼羽にとって、父親が自分の快楽のために妻も子供も捨てるなどということ自体、信じられないことであり、そんなことがあったからこそ千茅はここまでの男嫌いになってしまったのだと、納得することができた。

さらには母親も就職してすぐに亡くし、男という存在を受け入れられないからこそ女性との逢瀬まで求めてしまうも、やはり同性同士ということに理解を得ることも出来ず、ずっと寂しい思いをしてきたのだということを、涼羽は千茅の話を聞いていくうちに、なんとなくだが感じ取ることができた。



そんな千茅の話を聞いていくうちに、そんな話をしている千茅自身を見ているうちに涼羽はその母性を刺激されたのか、何も言わずにベッドで上半身を起こした状態の千茅の頭を、まるで宝物を包み込むかのように優しく抱きしめ、優しくなで始める。



「え?え?りょ、涼羽ちゃん?」

「千茅さん…すごく大変だったんですね…」

「涼羽ちゃん?…」

「ごめんなさい…千茅さんのこと、ずっと拒絶するような真似をして…ごめんなさい…千茅さんのこと、何も知らないで悪く思って…」

「!…涼羽…ちゃん…」

「…僕にできることって、このくらいしかないですけど…せめて千茅さんが寂しくならないように…」

「!!…涼羽ちゃん…」

「…本当に大変で…本当に寂しくて…それでも頑張ってきたんですね…千茅さん…」

「…りょ…涼羽ちゃあ~ん…」



まるで幼子をあやすかのように自分のことを抱きしめ、頭をなでてくれる涼羽の行為が、これまで傷ついてきたその心に染み入るかのように心地よくて…

誰にも理解してもらえなかったその辛さ、苦しさを全て受け入れ、包み込んでくれるかのようなその包容力が、本当に今の自分を癒してくれるように思えて…

千茅は、まるで幼子のように涙を流しながら、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめ、絶対に離したくないと言わんばかりにすりすりと、その顔を涼羽の肩口に埋めて摺り寄せる。



そんな千茅がなんだか可愛らしく思えて、涼羽はより優しく千茅のことを包み込み、その頭をなで続ける。



「…涼羽ちゃんがこんな風に私のことぎゅうってしてくれて、本当に嬉しい…」

「ふふ、千茅さん…なんだか可愛いです」

「…ねえ、もっと私のこと、ぎゅうってして、なでなでしてくれる?」

「いいですよ、千茅さん。それで千茅さんが喜んでくれるなら、いくらでも」

「…嬉しい…涼羽ちゃんって、本当に天使みたい」



その幸せな感覚を手放したくなくて、千茅は涼羽に更なるおねだりをしてしまう。

まるで本当に母に抱かれているようなその感覚が、あまりにも幸せでたまらなくて、もっともっとと涼羽にべったりとしてしまう。



そんな千茅が可愛くて、ついつい涼羽も千茅のおねだりに、笑顔で首を縦に振り、より甘えさせてしまう。

普段から妹の羽月や、秋月保育園の子供たちにしているように。



自分にとっては子供と言えるほどに年下の男の子に、まるで母にそうしてもらえているかのような甘やかしを受け、千茅は思う存分にその幸福感を堪能するので、あった。

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