お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

あの女社長さん、涼羽ちゃんのこと狙ってるみたいな感じよねえ…

「涼羽ちゃんは、本当に可愛いねえ」

「こんなおばちゃん達にも、いつ見ても可愛い笑顔でお話してくれるしねえ」

「あの子がここに来てくれるだけで、本当に幸せな気分になれるねえ」



平日の午前中。

普通に健康な状態である人間ならば、学校に、もしくは職場に行き、学業もしくは仕事に勤しんでいるであろう、そんな時間帯。

しかし、不運にもその健康を失い、患者として病院での生活を余儀なくされている中年女性達。

病人として気が滅入るであろうはずの彼女達が、嬉々としてデイルームでおしゃべりをしている。



そのおしゃべりの話題となるのは、ここ最近入院したとある患者の見舞い客として、毎日のように姿を現している高宮 涼羽。



その可愛らしい容姿もさることながら、いるだけで周囲の人を和ませてくれるかのような穏やかな雰囲気が一目で気に入ってしまい、彼女達はまるで自分の子供に話しかけるかのように涼羽に話しかけていったのだ。



すると、患者である自分達を本当に心の底から気遣ってくれるわ、自分達が嬉しそうな表情を見せると、それを見てまるで自分のことのように喜んでくれるわ、本当に笑顔よしで可愛らしく、好きになる要素しかないと断言できてしまうほどに、天使のような子供だという認識が、彼女達に植え付けられることとなる。



その上、お話好きな彼女達は涼羽の身の上のことまで興味本位で問いかけ、涼羽が母親と非常に早くに死に別れたこと、つい最近まで、三つ年下の妹と二人暮らしをしていて、しかも家事全般全て自分一人でこなしていたことなどを聞いてしまう。

そんな状況でも、これだけ人のことを幸せにしてくれる雰囲気に満ち溢れ、母親を失い、父親が理不尽な単身赴任でいなかった間、健気に一人で家のことを護ってきた涼羽のことを、本当の母親の代わりに思いっきり可愛がってあげようと、涼羽のことを見かけてはまるでわが子にそうするかのようにぎゅうっと抱きしめたり、頭を優しくなでたりしている。



そうされて、ついつい恥ずかしがってしまう涼羽がまた可愛くて可愛くてたまらず、ますます彼女達は涼羽のことを可愛がるようになってしまい、今となっては涼羽の顔を見るだけで幸せな気持ちになってしまう。



それが彼女達の身体にもいい影響を与えているのか、治りの悪かった患部の回復が、涼羽とお話をするようになってからは目に見えてよくなっている。

自分達の家族がなかなか見舞いに来てくれないこともあり、この病院に来てはその笑顔を惜しげもなく見せて、自分達に幸せな気持ちを与えてくれる涼羽のことを、本当の子供のように可愛がっている。



涼羽が病院から自宅に帰ろうとすると、まるで実の家族と死に別れてしまったかのような、寂しげな表情まで見せるようになっており、いかに彼女達が涼羽のことが好きで好きでたまらないのかが、伺えてしまう。



「あの子、健気で頑張りやで、甘え下手なのよねえ」

「あたし達がちょっと可愛がると、すぐに恥ずかしがってねえ」

「それがもう食べたくなっちゃうくらいに可愛くて、可愛くてたまんないのよねえ」



自分達が可愛がった時の涼羽の反応を思い出して、ついつい頬が緩んでしまう彼女達。

どんな反応をしても、自分達に幸せをもたらしてくれる座敷わらしのような存在である涼羽は、彼女達にとってその目に入れても痛くないと断言できるほどに可愛い存在である。



できることなら、自分達の子供にしたいと願うほどに。



「ほんといいわよねえ、あの子」

「お料理もお掃除もお洗濯もできるだけでもすごいのにねえ」

「お勉強もできて、パソコンにも詳しくて、運動神経もいいなんてねえ」



涼羽のお見舞いの対象となる明洋にも、ちょこちょこと涼羽のことを聞き出したりしている彼女達。

その中で、明洋が知っている涼羽のことを聞かされ、天井知らずに涼羽のことが好きになっていってしまう彼女達。



「でもねえ…あの女社長さん、涼羽ちゃんのこと狙ってるみたいな感じよねえ…」

「あの人、美人なんだけど…言うこと言うことがいちいちカンに触るのよねえ…」

「あんな人の影響なんか受けたら、涼羽ちゃんまであんな感じになっちゃいそうで…怖いわねえ…」



しかし、ここのところいくら涼羽に袖にされてもへこたれずに涼羽に言い寄っている千茅のことを見ている彼女達は、そのせいで涼羽にまで悪い影響が出てこないかと心配になっている。



基本的に高飛車で、とにかく自分が正しいという主張が強く、何かにつけて人の悪いところばかりを並べ立ててしゃべってしまう千茅に、彼女達は好感は持てない。

むしろ、非常に鼻持ちならない、嫌悪の対象として見てしまっている。



ここ最近も、千茅にとっては憎悪の対象とまでなってしまっている明洋に対して、涼羽のいないところで千茅がこれでもかというほどの暴言、そして罵詈雑言をぶつけているところを、彼女達は目撃してしまっている。

それもあって、彼女達は千茅のことを、涼羽に悪影響を与える危険人物として認識してしまっている。



というのも、千茅にどれだけ言い寄られても、まるで自分にたかる虫を払うかのようにむげに扱う涼羽の姿を見て、すでに悪い影響が出てしまっているのではないかという懸念が彼女達の中で出てしまっているのだ。



自分達にはあんなにも優しく、丁寧で穏やかに接してくれる涼羽が、まさかあれほどに冷酷な対応をしてしまうなんて…

千茅に言い寄られてほいほいとついていってしまうのは、当然あってはならないこと。

だが、あんなにも冷たい涼羽の姿を見たくない、という思いも、彼女達の中でどうしても出てきてしまう。



「あの女社長さんと話してる時の涼羽ちゃん…怖いくらいだったねえ…」

「あのいけ好かない女社長さんが、気の毒になっちゃうくらい冷たかったねえ…」

「あんな涼羽ちゃん…私達は見たくはないねえ…」



目に入れても痛くないと断言できるほどに愛する子供が、人としてよくない方向に道を踏み外しているかのような、そんな思い。

しかし、だからといって涼羽にあんないけ好かない人間に従順にはなってほしくはない。



心配と不安が膨れ上がっていくものの、それに対してどうすることもできない、もどかしい状況。

彼女達は、せめて涼羽の本質があの冷たいものに書き換えられないように祈ることしか、できなかった。







――――







「もお!なんであの子は、私の言うことを聞いてくれないのよ!」



涼羽のことを心底可愛がり、そして心配している中年女性の患者達とは別のデイルームで、千茅がヒステリックな声を上げて、イラ立ちを隠せずにいる。



原因は、一向に自分の方へとあの笑顔を向けてくれない涼羽のこと。

そして、その天使のような笑顔を、自身が忌み嫌う不細工な男に向けていること。



どんなに猫なで声で迫っても、どんなに褒めちぎっても、涼羽はまるで千茅に対して態度を軟化させる様子を見せることはない。

それどころか、下手な小細工が裏目に出てしまっているようで、涼羽はその態度を軟化させるどころか、逆にますます硬化させてしまっている。



涼羽の前でだけ、千茅がいい人を演じようとしているのが、涼羽にはなぜか本能的に察知できてしまっている。

涼羽本人にも、それを言葉で説明することはできず、はっきりとした理由は分からないものとなっているのだが。



そして、涼羽が千茅の笑顔の裏に隠された、明洋へのとてつもないほどの憎悪を感じ取っており、そしてそれの裏づけとなる、千茅の明洋へのひどい仕打ちのことを、さりげなく中年女性の患者達から聞いてしまっている。



それゆえに、涼羽は千茅への態度をますます硬化させていってしまっている。



「この私があんなにも媚びへつらうように接してあげているのに!あの子はなんで私になびいてくれないの!全く!」



この発言から、千茅が明らかに涼羽に対して上から目線で『してあげてる』という意識しかないこと。

そして、これだけやってあげてるんだから、なびいてくれないとおかしい、という思いしかないということ。

それらが、明らかに分かってしまう。



そういった、見てくれだけちゃんとしてればいい、なんていう姿勢は、相手を騙すことしか頭にないことの表れでもあり、自分が下手に出れば、相手は必ず自分の思い通りになるべき、などという考えしかないことでもある。



それが、涼羽の琴線に触れていることに、千茅は全く気づく気配もなく、そもそもそこに思考が至る様子すら、まるでない。



とにかく人のために、がモットーであり、自分が下手に出るのなんて当たり前だという思考の涼羽とは、まるで正反対となっている。

千茅の場合、その生い立ちによる悪影響もあったため、仕方のない部分もあるといえばあるのだが…



当然、その苛立ちが表面上に出てしまっており、千茅を見る人がそれに気づかないはずもなく、結局のところ、この病院内での千茅の評判は、順調に右肩下がりをしてしまっている状態だ。



「あの子は私だけのものになるべきなんだから!それが、あの子にとっても幸せなの!」



自分のいいところと、人の悪いところしか見えない人間の典型的な発言まで、人目を気にせずしてしまうほどに、自分の思い通りにいかない苛立ちで周囲が見えなくなってしまっている千茅。



自分の悪いところを見ない限り、いつまでもこの負の連鎖は続くことに千茅は全く気づく素振りもなく、ただただ、自分の思い通りにいかないことに憤りと怒りをため続けることと、なってしまうのであった。







――――







「わ~…涼羽ちゃん可愛い~」

「ほんと~。涼羽ちゃん髪長くて綺麗だから、絶対似合うって思ってた~」

「涼羽ちゃんのツインテール、ほんとに可愛すぎ~」



同刻、涼羽の通う学校では…

いつものように美鈴を初めとする、涼羽のことが大好きな女子達が涼羽の周囲を取り囲むようにしており、その中で、普段は無造作にヘアゴム一つで束ねられている涼羽の髪を、可愛らしくアレンジしようときゃっきゃうふふと、楽しそうに行なっている。



「は、恥ずかしいよ…俺、男なのにこんな髪型…」



その漆黒の髪とのコントラストが映える、無垢を思わせる純白のリボンで頭の両側で留めるツインテール。

それだけで、涼羽の美少女っぷりがさらに上がってしまっている。



男である自分が、こんな明らかに女の子って思われる髪形をしてしまっていることに恥じらいを覚えてしまい、その顔を赤らめてふいっと顔を、周囲の女子達から逸らしてしまう。

しかし、逸らしたところで三百六十度全て囲まれているため、どこに逸らしたところで結局、誰かに見られてしまうことにまで考えが至らない。

それほどに、今の涼羽は恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。



そして、そんな恥ずかしがっている涼羽の姿は、今となっては女子達全員の大好物となってしまっており…

そんな顔を晒してしまっていることは、女子達がますます自分のことを可愛がってしまうことになるということも、涼羽自身はまるで考えが至らなくなっている。



これまで、ずっとそのパターンで可愛がられてしまっているにも関わらず。



「えへへ~♪涼羽ちゃん可愛すぎ~♪」

「もお~♪涼羽ちゃんのこと、食べたくなっちゃうくらいだあい好き~」

「涼羽ちゃん♪わたし達がも~っと涼羽ちゃんのこと可愛がってあげるね~♪」



これまでのパターンから外れることなく、今の恥ずかしさに満ち溢れている涼羽が可愛すぎてたまらず、女子達はもっともっと涼羽のことを可愛がろうとしてしまう。

儚くいやいやをするようにしている涼羽のことを、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるかのようにぎゅうっと抱きしめると、露になっている左頬に自分達の頬を、順番にすりすりとくっつけてしまう。



そして、その抱き心地のよさを堪能するように、涼羽の身体を抱きしめて離さない。



「だ、だから男の俺にそんな気安く抱きついたりなんかしたらだめだってば…」



女子達のいつも通りの抱擁に、涼羽はいつも通りのお母さんみたいな台詞を、その可愛らしい声で言葉にしてしまう。

このやりとりも、もはや定番となっている。



「涼羽ちゃんったら、いつまでたっても変わらないね~」

「でも、そんな涼羽ちゃんもほんとに可愛い~」

「涼羽ちゃんが可愛すぎるから、わたし達こうしたくなっちゃうんだもん♪だから、悪いのは涼羽ちゃんなの♪」



その台詞も、今となっては女子達の心をますます奪ってしまうことに、やはり気がつく素振りも見せない涼羽。

そんな涼羽を、女子達はますます可愛がろうとしてしまう。



そんな涼羽と女子達のいつも通りのやりとりを、男子達は鼻の下を伸ばしながら見ているので、あった。

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