お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

番外編_大きくなったこうたくん

「久々だな…ここに来んの」



平日の午後過ぎ。

学生はそれぞれの学校で勉学に、社会人はそれぞれの職場で仕事に勤しんでいる時間帯。

ましてや、この日は特に祝日などでもなく、いたって普段通りと言えるであろう日。



そんな日のそんな時間帯に、まさにお預かりした幼子達の面倒を見るという業務に勤しんでいる秋月保育園の前に立つ、一人の人物。



顔立ちこそ、まだまだ『少年』と言える、成長途中の段階の幼さがあるものだが、身長は170cm以上と、小学校を卒業して、中学生としての生活が始まったばかりの年齢にの男子にしては大きいと言え、さらには細身ではあるものの、なかなかにしっかりとした身体つきをしている。

特に手を入れているわけでもなく、おしゃれには無頓着であることが分かる、無造作に、短めに切りそろえられた黒髪。

学校帰りと言うことが分かる、学校指定の制服である学ランに身を包み、その肩には学校で勉強に使用する教材やノート、筆記用具などを収納している通学用の鞄をぶらさげている。



「しばらく見てないけど…どんな人になってるのかな…」



誰に聞かせるわけでもなく、ぽつんと呟いた言葉が声となって、淡い雪が溶けるかのようにこの少年の耳元に響いて、消える。

元々彼は、幼い頃にこの保育園に預けられて、とても幸せで、自分にとってかけがえのないものをもらえたと言い切れる、幸せな日々を過ごすことのできた、いわばOBと言える存在。

この保育園の園長である秋月 祥吾はもちろんのこと、この保育園の肝っ玉お母さんとして働いている市川 珠江には、幼い頃本当に自分のことをいい方向に育んでくれた、と言える恩人として、常に感謝の念を抱いている。

そして、自分に最もいい影響を与えてくれて、そして、素直になれない自分をその女神としか言いようがないほどの母性と慈愛で包み込んでくれた、幼げで可愛らしい、誰が見ても視線を奪われてしまうであろう、当時高校生であった美少女保母さん。



幼い盛りであった自分が、この保育園を卒園することになって心底その美少女保母さんとの別れを惜しみ、その時は恥も外聞もなく、ただただ、その思いに引きずられるかのように泣き喚き…

そして、そんな自分をふわりと包み込んで、優しく笑顔であやしてくれたことが、まるで昨日のように思い出せてしまう。



今となっては、そんな駄々っ子で甘えん坊な自分のことを思い出す度に恥ずかしくなってしまうのだが。



そして、それと同時にその美少女保母さんが、自分にとっての初恋の人であるということに気づくのは、そう時間はかからなかった。

当時高校生だった、その初恋の相手が秋月保育園に非常勤のアルバイトとして働き始めた頃、この少年はまだ三歳という幼い盛り。

それから、早いものでもう十年が過ぎ、この春から中学生としての生活が始まっている。

秋月保育園で幼いながらに学んだことは、まさにどこに行っても通用するものであり、成績こそ平均より少し上、というくらいのものだが、何より人の嫌なことをせず、困った人を見かけたら純粋に何か力になれれば、と損得勘定もなく助けにいけるという性格が、学校の中で実に好感を持たれるものとなり、男子からも女子からも頼られることが非常に多かった。

教師の面々も、そんな彼の日頃の行いをしっかりと見ており、今時本当に珍しいと言えるほどできた子供であると、目を細めていた。



自分をそう育ててくれたこの保育園に、あの卒園式の時のことがかなり自分の中で黒歴史となっており、結局こうして足を運ぶようになれるまで、七年の月日を費やすこととなってしまったのだが。



しかし、ずっとそこから遠ざかっていたことが、まさに自分の人生の恩人と言えるその美少女保母さんへの淡く、初々しい想いをどうしようもないほどに膨れ上がらせてしまい、せめて一目でも見たいという願いを叶えずにはいられなくなり、この日こうして、自分を本当にいい方向に育んでくれたこの場所へと、実に七年ぶりに姿を現したのだ。



「…あれ?もしかして…こうたくん?」



門の外から、中を見つめていた彼に、鈴の鳴るような可愛らしさに満ち溢れた声がかけられる。

その声を聞いた瞬間、彼の心がまるで大時化の海のように激しく震え、同時に、七年経ってもまるで変わることのないその声に言いようのない懐かしさと安心感を覚えてしまう。



はっとしたように声の方に視線を首ごと向けると、そこには、自分が想ってやまない、想うだけで切なく、それでいて温かなものを感じてしまう、まさに自分の心を奪ってしまったと言える人物の姿。

七年ぶりに目に映るその姿は、かつて初めてこの保育園に現したその姿と、まるで違いがなく、あの時のまま、今となっては身長も大きくなり、身体つきもどんどん男らしくなっている、どんどん大人に向かって成長している自分の目の前に立っている。



その口調と声には、本当に自分がずっと懐いていた頃とまるで変わらない、母性と慈愛がめいっぱい込められている。

その姿を目の当たりにするだけで、その声が耳の中に響いてくるだけで、自分の生命の根幹とも言える部分が、激しく鼓動を鳴らしてしまう。



そして、七年も会うことのなかった自分のことを、一目見ただけで分かってくれたという事実が、彼――――こうたの心に、天にも昇ってしまいそうなほどの幸福感を与えてくれる。



もう、異性を意識し始める年頃となっており、思春期を迎えているこうた。

あの時はずっと見上げて、その胸の中で甘えていたのに、今となっては自分の方がその華奢で小柄な身体を包み込めるほどに、身長も体格も大きく上回っている。



同年代の女子からはその性格ゆえに人気も高く、そんな女子達の淡い恋心をくすぐることも多かったのだが、いつまで経ってもこの淡い初恋が自分の心から消えてくれないこうたは、まるでそんな女子達の好意に目も意識も向けることはなかった。



にも関わらず、自分がこの七年、ずっと想い続けて来たこの美少女保母さんと目が合った瞬間から、激しく活動する火山のように鼓動するその心を抑えることができず、どうすることもできずに立ちすくんでいる。



「……………」

「わあ~…やっぱりこうたくんなんだね~…いつの間にかこんなにも大きくなってたから、先生びっくりしちゃった」



そんなこうたを見て、かつて自分がこの保育園でお世話をしていた頃とは別人と言えるほどに大きく成長したその姿に驚きの表情を浮かべ、しかしすぐに懐かしさに目を細めて、嬉しそうで優しげな笑顔を浮かべるのは、今となってはこの町全体で評判の保育士となっており、相も変わらず珠江に男の格好をさせてもらえず、今もその手が半分ほど隠れてしまう、大きいサイズの縦編みの乳白色のセーターに黒のくるぶしまである、お淑やかな印象を作り上げるふんわりとしたスカートに身を包むこととなっている、高宮 涼羽その人。



高校を卒業後、そのまま非常勤のアルバイトから、正式にこの秋月保育園に就職し、正規の従業員となった涼羽は、その母性、慈愛、そして誰が見ても中学生くらいの幼げな、それでいて非常に整った顔立ちの美少女な容姿で、園児達のお世話をして、いい影響を与えて、同時にとても温かな気持ちになれることに幸せを感じながら日々、仕事に勤しんでいる。

自宅でも、相変わらず家事全般に勤しんでおり、父、翔羽と妹、羽月にべったりと愛される日々を過ごしている。



その一方で、もはや秋月保育園にわが子を預けている保護者のみならず、この町全ての人間から愛される存在として、非公式ながらファンクラブが創設されるという事態にまでなっている。

ゆえに、この町ではもはや秋月保育園の保育士としての涼羽のことを知らない者はおらず、しかしファンクラブ会員達の暗黙の了解で、決して誰も涼羽に必要以上に接触することなく、日々遠目から、見ているだけで自分の荒んだ心が癒される涼羽の姿を、その目に、脳裏に焼き付けている。



秋月保育園で働き始めてから十年という月日が過ぎ、今年で二十八歳という、三十路も手前となる年齢になっているにも関わらず、高校生の頃とまるで変わらない容姿に、涼羽の年齢を初めて聞くこととなる人間は、まるで未確認生物を目の当たりにしてしまったかのような、ぽかんとした表情を浮かべた後、文字通りひっくり返るほどの驚きと衝撃を受けてしまうこととなる。



事実、七年ぶりに再会することとなったこうたも、そのあまりの変わらなさにひっくり返りそうになってしまっていたほど。



ちなみに、涼羽の父、翔羽は、さすがにちょっと歳をとった感じはあるものの、それでも三十代前半~半ばほどにしか見えないという、相変わらず年齢不詳な状態を保っている。

もう五十三になるというのに、周囲は翔羽の相変わらずな年齢詐欺な容姿に、驚きを隠せないでいる。

それでも、体機能そのものは衰えが目立ってはきているのだが。



また、涼羽の妹である羽月は、兄である涼羽と同様に、もう二十台半ばになるにも関わらず、小学生くらいにしか見えない幼さの色濃い容姿に変わりがない。

ただ、その女性としてのスタイルは、中学生だった頃よりももっとメリハリが出てきており、女性の象徴とも言えるその膨らみも、より自己主張が激しくなっている。

涼羽同様、羽月も初見で年齢を聞かれて答えると、まず一度では信じてもらえず、仕方なしに生年月日入りの身分証明を見せることとなってしまう。



「(りょうせんせー…あれから七年も経ってるのに、全然変わってない…すっごく可愛くて、すっごく綺麗だ…)」



まさに不老の存在ではないのかと思えるほどに、容姿に変化のない涼羽を見て、すでに激しく鳴り響くこうたの鼓動が、ますますその激しさを増していく。

自分よりも十五も年上なのに、ほんの一つ、二つくらいしか変わらないと言っても過言ではない涼羽のその容姿。

そして、すでに涼羽よりもかなり大きくなっていて、完全に涼羽の方が見上げる形になっているにも関わらず、相変わらず自分の方が包み込まれているかのような感覚を覚えてしまう。



それほど頻繁ではないものの、謎の美少女モデルである『SUZUHA』としての活動は、初めてモデルとして花嫁姿を披露してから十年経った今でも続いている。

毎回毎回、『SUZUHA』としての活動を要求される度に涼羽は非常に困った顔をしているのだが、それでも自分を必要としてくれる人間に対して、無碍な返答を返すこともできず、そのままなし崩しに『SUZUHA』として、その写真家としての腕がより向上している光仁に思う存分撮影されることとなってしまっている。



最初の方は、初めてすることとなった花嫁モデルがメインだったのだが、回数を重ねていくうちにガールズ向けのファッション誌の表紙や、メイドカフェのイメージキャラクターとしての撮影など、気がつけばいろいろな衣装でモデルをこなすようになってしまっている。



そうして、十年経った今でも『SUZUHA』の人気は衰えるどころか、ますます上昇していく一方で、涼羽としてもいい加減女装してのモデルなんてやめたいと思っているのだが、それを周囲が許してくれない状況になってしまっている。



「で、どうしたの?こうたくん?」

「!え、え?」

「わざわざここまで来てくれるなんて、何か用事でもあるの?」



まさにこの世で一番の最愛の人に会えて、もう幸せの絶頂と言わんばかりの目で、涼羽のことを見ていたこうただが、そんなこうたの視線に気づくことなどない涼羽からの優しい問いかけの声に、涼羽に見とれて白昼夢状態になっていた意識を現実に戻され、慌ててしまう。



「え、えっと…あ、あの…」



自分が生まれて間もない、本当に幼い盛りだったあの時と同じ、母性と慈愛に満ち溢れた優しい笑顔でじっと自分のことを上目使いで見つめてくる涼羽を見て、どうしてもうまく言葉を出すことができず、おたおたとしてしまっているこうた。



自分がこんなにも恋焦がれている存在に、こんなにも天使のような優しく、可愛い笑顔を向けられて、ますますその鼓動は激しさを増していき、照れくささがどんどん溢れかえる泉のように湧き出てきて、もうどうすることもできなくなってしまっている。



「…ふふ…」



そんなこうたが、自分よりもずっと大きく成長しているにも関わらず、男らしさが出てきてはいるものの、幼げな印象が残っているこうたがなんだか可愛らしく思えたのか、ついつい背伸びをして、こうたの頭を優しく撫でてしまう涼羽。



こうたの本当に幼い頃を知っているだけに、涼羽からすればこうたはいつまで経っても可愛い子供のような存在となってしまっている。

自分より大きくなっても、幼い頃のあどけなさがまだ残っているこうたを、涼羽はかつての頃のように可愛がってしまう。



「!りょ、りょうせんせー!?」

「ふふ、こうたくん…可愛い」

「!ちょ、俺もう中学生男子だから!」

「それでも、先生と比べたら子供でしょ?」

「!う…そ、そりゃそうだけど…」

「それに…こうたくんの顔、なんだか嬉しそうだよ?」

「!え…お、俺、そんな顔してる!?」

「うん、してるよ」



いきなりかつての頃のように、涼羽に可愛がられて盛大に驚き、まだ声変わりしていない、少年のあどけない大きな声をあげてしまうこうた。

自分にとって初恋の相手であり、今なお、異性として意識してしまっている涼羽に、そんな風に可愛がられてしまい、抗議の声をあげてしまう。

でも、七年ぶりの涼羽の可愛がりと甘やかしが本心では嬉しいのか、無意識に顔は喜びの表情を浮かべてしまっている。



そもそも、どんなに可愛らしい美少女な容姿であっても、涼羽は男であるため、涼羽がこうたのことを恋愛という意味で意識することなどないのだが。

しかも、そんな容姿で独身のアラサー男という、容姿も年齢も詐欺としか言いようがない涼羽。

なのに、女装してどこからどう見ても美少女にしか見えない状態であるため、ますますこうたのドキドキが止まらなくなってしまう。



「ち、違うよ!俺、そんな嬉しそうな顔なんかしてないよ!」

「え~?でも、どう見ても嬉しそうな顔にしか見えないよ?」

「そ、そんなことないってば!」

「も~、ムキになって…でも、そんなこうたくんも可愛い」

「!!せ、せんせーの方が可愛いよ!あれから七年も経ってるのに、未だに中学生くらいの可愛い女の子にしか見えないし!」

「!……うう……」

「?りょ、りょうせんせー?」



自分の言葉に、ムキになって抗議の声をあげるこうたが可愛くて、ついついからかい気味の口調で煽るような言葉を声にする涼羽。

ただ、そんな口調とは裏腹に、本当にこうたが可愛くて可愛くてたまらないといった表情になってはいるのだが。



そんな涼羽の言葉に抵抗するかのように、涼羽の方が可愛いと言ってしまうこうた。

しかも、アラサーな年齢になっているにも関わらず、依然として中学生くらいの童顔な美少女にしか見えないことも併せて声にしてしまう。



そんなこうたの一言は、涼羽にとって絶大な精神的ダメージを与えてしまう。



そう、もうすぐ三十に届きそうな年齢になっているにも関わらず、未だに中学生くらいの女の子としてしか見られず、高校生の頃と同じように珠江や他の職員に可愛がられていること。

それに便乗するように、秋月保育園に子供を預けている保護者や、涼羽のファンクラブの会員達が涼羽のことを可愛がってくること。

その度に、もう自分はアラサーだから、と言ったりしてしまうのだが、周囲からはそんなわけないでしょ、と言われたあげく、散々幼い子供のように可愛がられてしまっている。



今となっては、秋月保育園に子供を預けている保護者は涼羽よりも年下の人間も多いのだが、そんな年下の保護者達からも、まるで幼い子供のように可愛がられてしまっていることに、かなり精神的なダメージを受けてしまっているのが、今の涼羽なのだ。



そんな精神的ダメージを受けたということが、あからさまに分かってしまう表情の涼羽を見て、呆気にとられたかのような表情を浮かべて、涼羽のことを見つめるこうた。

そんな涼羽が、本当に可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらなくなり、いつしか、かつてお世話になった美少女保母さんよりも一回りは大きくなったその身体で包み込むかのように、涼羽のことをぎゅうっと抱きしめて、まるで自分だけのものだと言わんばかりに独り占めにしてしまう。



「!こ、こうたくん?」

「りょうせんせー…めっちゃ可愛い!」

「!そ、そんなこと…先生、もうすぐ三十歳になる大人だよ?」

「それからして詐欺だよ!りょうせんせー可愛すぎて、どう見てもそんな大人に見えないもん!」

「!う、うう…そ、そんなこと…ないもん…」

「あるよ!そんな可愛いりょうせんせー、俺めっちゃ大好きだもん!」

「も、もお…こうたくんったら…」



かつてはまるで可愛くて可愛くてたまらないわが子を包み込む母親のように、優しく包み込んでいた子供に、逆に包み込むかのように抱きしめられている涼羽。

いきなりこうたにそんなことをされて、何が何だか、と言った、呆気にとられたかのような表情を浮かべてしまう。



そんな涼羽を見て、こうたは本当に涼羽が可愛くてたまらない、大好きでたまらない、などと言葉にして、涼羽の耳に響かせてしまう。

そして、その思いを表すかのようにぎゅうっと、涼羽の華奢で小柄な身体を抱きしめてしまう。



自分の方が包み込まれているにも関わらず、まるで自分に甘えてきているかのようなこうたが、しかも自分のことを大好きだと言ってくれるこうたが本当に可愛らしく思えて…

十五も年下の子供に可愛いなどと言われて恥ずかしさに頬を染めながらも、涼羽はこうたのことを優しく抱きしめ、その頭を撫でてあげるので、あった。



そして、実はこうたのみならず、あの秋月保育園で涼羽にお世話をしてもらっていた男子達は全員、涼羽が初恋の人となっており、まるで抜け駆けのように涼羽のことを独り占めしてきたことを自慢するかのように話すこうたに激しく嫉妬して、自分達も涼羽に会いに行こうとやっきになるのは、また別の話。

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