お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

すごいです!!あなたは!!

「…………」

自分の対面に座っている、まるっきり可愛らしい美少女にしか見えない人物が、実は男子だと言われ、最初の方は言葉も出せないばかりか、身体の機能そのものが全て停止してしまったかのように微動だにできず、完全に固まっていた光仁。

しかし、これまでそれなりに多くの異性装を見てきた自分の目ですら、本来の性別を見抜くことのできなかった存在である涼羽に対し、言葉こそ発することのないままであるのだが、先程までの呆然とした表情がいつの間にか消えており、まるで自分の興味を惹くものに出会ったかのような、興味津々の表情が、浮かんでいる。

「…ね、ねえ…なんか、ずっと黙ったまんま、こっちを見てるんだけど…」
「…あ、ああ…一体、なんなんだろうな…」

そんな光仁の興味の対象となっている涼羽は、もともとが注目を浴びるのはもちろんのこと、人にじろじろ見られることに非常に抵抗を感じてしまう性質であるため、こうして無遠慮と言えるほどに自分に向けられている視線に対し、言いようのない居心地の悪さを感じてしまっている。

そして、そんな涼羽に戸惑いの声をかけられた志郎も、光仁のまるで涼羽を品定めするかのような視線に、戸惑いの表情と声を隠せないでいる。

正直、志郎としては光仁があきらかに涼羽のことを見たまんまの女子として認識していたので、モデルとしての手伝いをする以上、涼羽の本当の性別についてはこの段階ではっきりと教えておく必要があると判断したのだ。
でないと、その認識の違いから、また余計なトラブルを生むことになるかも知れないと思ったから。
加えて、その仕事の詳細をまだはっきりと聞かされていないこともあり、そういった懸念が余計に大きく感じられたから。

どうしても涼羽が見たまんまの女子でないと成立しない内容であるなら、この話はそのままご破算にしてしまってもいいとさえ、志郎は思っている。
当然、光仁が自ら話してくれた、ここまでの経緯を聞かされては、ささいなことでも力になってあげたいという思いはあるといえば、ある。

だが、それで今自分の隣に座っている親友が何かトラブルに巻き込まれたり、そうでなくても余計なことを抱えるような事態になってしまうことの方が、志郎としては御免こうむりたい、という思いなのだ。
あくまで、志郎にとって優先すべきは涼羽なのだから。

この自分にはできすぎと言えるほどの親友には、決して変なトラブルに巻き込まれて欲しくなどない。

だからこそ、このあたりは志郎も慎重になってしまうのだ。

「(………言われてから見てみると、確かに女子じゃない、って言える部分もあるんだな…確かに…それでも、ほんの一部の話ってだけで…やっぱり何も知らずに見たら、絶対に女の子にしか見えないな……)」

一方の光仁の方は、ただただ無言のまま、じっと涼羽を見つめながら、観察をしている。
その中で、確かに涼羽が男子であると言える部分を、今見える部分から見つけることが、できている。

それは、涼羽の喉の部分。
そう、男子なら誰もが持っているであろう、喉仏。
それが、涼羽の喉にあるのを、光仁はしっかりと見つけることができたから。

だが、それでも意識して見ていなければ分からない、と言えるほど目立たないものであり、通りすがりに見たり、上から見下ろすような形になってしまうと、絶対に見つからないと言えるものである。

そして、先程から聞いている声は、どう聞いても女子の声にしか聞こえないため、余計に見つからないのだろうと、光仁は思った。
涼羽自身、女子の平均ほどの身長しかなく、男子としてはかなり小柄であるため、見下ろすよりも見上げる機会の方がずっと多いはず。
だから、自分の向かいに座っている存在が、その喉元をしっかりと見られることがなく、声のこともあって、本当に女の子としてしか見られなかったのだ、と。

だが、涼羽が男であるという部分は結局、そこしか見つけることができず、他は本当に女子にしか、それも誰の目をも惹いてしまう美少女にしか見えないという認識に変わりはない。
この喉仏にしても、女子よりもほんの少し出ているかな?といった程度のものなので、そういう部分の違いに無意識で気づくことができる光仁ならそれで十分なのだが、そうでない他の人間だと、そうはいかなくなってしまうだろう。
そうなると、確証を得ようと思えば、本当に生まれたままの姿にして、隅々まで見るしかなくなってくるのだ。

そして、そんな光仁ですら、その喉仏のことにしても、志郎からの言葉があったからこそ意識して見ることができたわけで、それがなければ、普通に涼羽のことを女子としてしか認識できていなかっただろうという確信が、光仁自身の中で持ててしまっている。

だからこそ、光仁にとって、これはまさに神様が与えてくださった奇跡のようなものだと思えてしまう。
男の子でありながら、こうまで女の子の方に偏ったバランスというのも非常に珍しく、振る舞いもお淑やかであまり男っぽさがない…
だからなのか、本人には男だという意識が非常に強く、こうしていざ決めたら、すぐに行動に移そうというところも、確かに男の子らしいと言える、といえば言える。

この目の前にいる奇跡のような存在を、自分の手で思う存分に撮影してみたい。
この子の魅力を、余すことなく切り取って、フォトグラフに残してみたい。
男とか、女とか、そういうものを超越しているといっても過言ではない、この子自身が持っている魅力を、その瞬間瞬間を全て自分のカメラに収めてみたい。

まさに写真家をやるために生まれてきたような存在である、この光仁が、その写真を撮る、という…
最も自身が生きていることを実感できる行為。
その行為に対するモチベーションが、これまででもこんなことはなかった、と言えるほどに爆発的に膨れ上がってきているのを感じられている。
今なら、絶対にこれまでで最高の写真が撮れる。
この人生の中で、最高の作品を自分の手で生み出すことができる。
自分だけではない、誰もが幸せになれる写真を、自分の手で生み出すことができる。

まるで、初めての旅行の前の夜にわくわくして眠れなくなってしまう子供のような、そんな感覚すら芽生えてきてしまう。

気がつけば、それまで固まっていたのがウソのように俊敏な動作で立ち上がって涼羽のそばへと近づくと、一体何事なんだと、びくりとしてしまっている涼羽の手をとり、もう絶対に離さないと言わんばかりの力強さで握り締める。

「!?!?な、な、なん、ですか!?」

いきなりそんなことをされて、盛大に戸惑っている姿を見せる涼羽。
しかも、そんなことをしてきた当人である光仁の顔が、まるで自分の人生で最高の幸福に出会えたかのような、そんなきらきらとした表情をしているのも、涼羽の戸惑いに拍車をかけることとなっている。

「すごいです!!あなたは!!」

そして、ようやくと言った感じで放たれた光仁の言葉。
裏も表もなく、かといって打算などあるはずもない、本当に心の底から放たれた、涼羽に対しての称賛の声。
自分が選んだモデルが二人共、不慮の事故で撮影できなくなるという、とんでもない事態に襲われたのだが、それは、今目の前にいる、この世の奇跡と言える存在と自分をめぐり合わせんがための、神様が与えてくれた試練だったのだと、光仁は今この時、そう思うことができた。
その感動がそのまま、顔にも、声にも表れてしまっている。

「??え?え?」
「これでも僕、男装した女性とか、女装した男性とかも結構撮影してきてたので、それなりにそういう人の本来の性別を見抜くことには、自信があったんです!」
「え……」
「なのに、そんな僕が見てもまるで女の子にしか見えないなんて、本当に凄くて…」
「!うう……」
「確かに、言われてみてからちゃんと見てみたら、ああ、男の子なんだな、って思える部分はあるんですが、それでもしっかり意識してないと見えないものだったので、ああ、これは神様が与えてくださった奇跡なんだな、って思えました!」
「!そ、そんなこと…」
「なのに、本質的には男の子だな、って言うのもあって、本当に凄い存在なんだな、って思えて…」
「!え……」
「だって、あなたは僕の話を聞いて、すぐに手伝うって言ってくださって…しかも、すぐに行動を起こそうとまでしてくださって…そういう竹を割ったかのようにさっぱりして、余計な考えを持ち込まないところが、あなたはやはり男の子なんだな、って、思わせて頂きました!」
「…………」

新しいおもちゃを買ってもらえた子供のようなはしゃぎっぷりで、普段の気弱な部分がウソのようにまくしたててくる光仁に、涼羽はたじたじとしている。
そして、やはり女の子にしか見えない、という光仁の言葉に、しっかりと精神的ダメージを受けてしまっている。

だが、その次に紡がれた光仁の言葉に、他でもない涼羽自身が、驚きを隠せずに、その顔にその表情を浮かべることとなってしまう。
そういうところを見て、涼羽は本当に男の子という認識をしてくれたのは、今この隣にいる志郎だけではないか、と思えるような状態だからだ。
実の父である翔羽にしても、実の妹である羽月にしても、本当はちゃんと男の子だとは認識してはいるのだろうが、やはり普段の触れ合いから見れば、女の子として扱っている感は否めない。
そして、志郎にしても、実際にぶつかりあって殴り合って、という出来事があったからこそのその認識であるということを、他ならぬ志郎自身がそう言っている。

だからこそ、この日あっただけの人間である光仁にそう言われたことが、本当に涼羽としては驚き以外の何物でもないのだ。

「正直、どうにかしてこの企画を成功させたいというのが第一なのですが…それとは別に、いえ、むしろそれ以上に、僕自身が本当にあなたという人間を、あなたという人間の魅力を余すことなく撮影したい…そんな思いでいっぱいなんです」
「え………」
「あなたのような、ただの男性にも、ただの女性にもない、あなた自身の個性というか、魅力というか…そういう意味では、性別うんぬんではなく、あなたという一個人の魅力、そして個性を掘り下げて、撮影してみたい…そんな思いでいっぱいなんです、今の僕は」
「…………」

よほど気分が高揚しているのだろう。
それまでの気弱なイメージが一転して、本当にただただ、その道に人生を捧げた一人の写真家として、自分の人生の中で最高の被写体に出会えたという喜びに満ち溢れた表情を浮かべて、必死にその思いを涼羽に伝えている光仁。

そんな光仁の魂の叫びにも似たような言葉に、志郎はなんとなくではあるが、共感のようなものを感じている。
志郎自身も、涼羽の容姿が美少女であることもあり、ついつい可愛がりたくなったり、逆に甘えたくなったりすることもある。
だが、それでいて男同士の、これからの自身の向上について話し合ったり、同性の友人としての気さくなおしゃべりに浸ったり、などもしている。
志郎自身は、それは、今ここにいる光仁が感じているのと同じ、男でも女でもない、他ならぬ『高宮 涼羽』個人としての魅力だと思っている。
いうなれば、男としての魅力も、女としての魅力も兼ね備えていて、それでいてそのどちらにも当てはまらない、涼羽自身が持っている個性とも言うべき魅力。
そこに、志郎は惹かれていて、本当の意味で頼れる、それでいて信頼できる存在であり、同時にまた、何があっても力になりたいとさえ思える、本当の意味での貴重な親友だと思っている。

最初の出会いが最悪で衝撃的だったこともあるが、出会ってからそれなりに時間の経っている自分と違い、今日この日出会ったばかりで、涼羽のそういった、本質的な魅力に気づいた光仁のことを、志郎は何気に凄い人だと、思うことができた。
そして、決して気取らず、変に隠そうともせず、ありのままの自分をさらけ出して、日々を全力で生き抜いているということが見ただけで分かる、彼のそんな生き様を、志郎は改めて認め、尊敬の念まで持つまでに至るようになった。
そんな光仁だからこそ、志郎もここからはごちゃごちゃ言うのをやめて、涼羽がそうやって本気でこの人のことを助けようとするのなら、同じように全力で助けようと、そこまで思うことが出来た。

「…なあ、寺崎さん」
「!は、はい!なんでしょう?」

いきなり不意に、それまで会話に絡んでこなかった志郎からぽつりと自分の名を呼ばれ、驚きながらも懸命に反応する光仁。
先程までのいまだに懸念を持つようだった志郎の、自分を見る眼差しが、いきなり尊敬の対象を見るかのようなものになっていることが、光仁の驚きと戸惑いに拍車をかけることとなっている。

「…俺、あんた…いや、あなたのこと、マジですげえと思いました」
「え?」
「こいつ…涼羽なんだけど、こういう容姿だから、どうしても女子みたいな扱われ方ばっかで、こいつの本質を見れているやつって、マジで少なくて…」
「…………」
「俺にしても、こいつと出会ってそれなりに時間が経ってようやく、っていった感じなのに、あなたは今日出会ってその日にそこまでこいつのこと、見ることができたんだなって思ったら、本当に凄いって思えて…」
「え…え…」
「それに、本当の意味で何も隠そうとせず、ありのままで全力で日々を生きてるあなたを見て、俺にとってあなたは本当の意味で尊敬に値できる人だと、思いました」
「!そ、そんな…僕みたいなのが…そんな…」

いきなり自分のことを褒め称えるような言葉を、お世辞でもなんでもなく、本当にそう思っていることが一目で分かるほどに真剣な眼差しで伝えてくる志郎に、戸惑いを隠せない光仁。
今の志郎にとって、日々を全力で生きている、そして、そうして多くの人々のためになることをしている人間は、無条件で尊敬に値する存在となっている。
それが、現在の孤児院の院長であったり、秋月保育園の園長である祥吾だったり、そして、今自分の隣にいる親友の涼羽だったりなのだが…
今ここに、志郎の中で本当にその三人に匹敵する存在を目の当たりにすることができ、そしてそんな人物と知り合えたことに、本当に感謝さえできてしまう。

その大きいながらも細く繊細な造りの両手を光仁に差し出すと、そのまま光仁の手をとって、がっしりと握手をしてしまう。

「!え?え?」
「俺も、涼羽がやるってんなら、あなたのこと、全力で手伝わせて頂きます」
「!!ほ、本当ですか!?」
「はい、俺が、全力で仕事に取り組むあなたのことを見てみたい、ってのもありますから」
「!…うう…」

先程までの不遜な態度がまるでウソのように、真摯に教えを請おうという姿勢になっている志郎。
そして、その志郎からの全力投球宣言。

その瞬間、光仁の目から、大粒の涙が零れ落ちてくる。

「!ど、どうかしたんですか!?」
「!だ、大丈夫ですか!?」

そんな光仁にぎょっとした表情で、心配になって声をかける涼羽と志郎。
二人のそんな様子もまた、光仁の涙腺を刺激するものとなってしまい、ますますその目から涙が零れ落ちてしまう。

「あ……す、すいません…みっともないところをお見せして…」
「い、いえ…それよりも…」
「あ~…大丈夫です…なんか…すごく嬉しくなって…つい…」
「え?」
「え?」
「…こんな僕のお話をちゃんと聞いてくれたばかりか、全力で手伝ってくれる、なんて言ってもらえて…」
「………」
「………」
「それに…鷺宮さんが…あそこまでこんな僕のことを認めてくれたのが、本当に嬉しくて…」

これまで、劣等生としてのレッテルを貼られて、ずっとコンプレックスを抱えて生きてきた光仁。
当然そんな中、不良といわれる存在に、言いようにこき使われたり、時には理不尽な暴力を受けたりしたことも、一度や二度ではなかった。

写真家となってからも、その写真の技術そのものは認めてもらえているものの、一個人としてはそんなに、といった感じになっているため、そのコンプレックスが解消されたのかと言えば、決してそうではない状態なのだ。

ところが、そんな中、志郎だけは寺崎 光仁という一個人を本当の意味で尊敬し、認める言葉を贈ってくれた。
それが、決してお世辞というものではなく、本当に、本気でそう思って言ってくれた言葉だということも、嫌と言うほどに伝わってくる。

だからこそ、感受性の強い光仁にはそれがたまらなく嬉しくて…
思わず、ぼろっと涙が零れ落ちるほどの出来事となってしまったのだ。

「…寺崎さん、本当に凄い人です」
「!た、高宮さん…」
「僕、その日初めて出会った人に、そんな風に言ってもらえたの、初めてなんです」
「!………」
「だから、すっごく驚いたんですけど…すっごく嬉しくて…それに、初めて会った日にそんな風に相手のことを見ることが出来る寺崎さん、本当に凄く思えます」
「そ、そんな……」
「それに、自分のやりたいことをお仕事にして、しかもそれで結果を出して…僕も本当に寺崎さんのこと、尊敬できます」
「!あ…ありがとうございます…ありがとうございます…」

そして、涼羽からも本当の意味で光仁を認める言葉が贈られ、光仁はますます溢れる涙を止めることができなくなってしまう。
この日、こうして出会うことのできた、自分にとっての最高の被写体。
その二人から、こんなにも温かく、嬉しい言葉をもらえて、光仁はこれまで積み重ねられてきたコンプレックスが、少しずつその涙のように洗い流されていくような、そんな感覚を覚えていた。

そんな光仁を、涼羽と志郎の二人は、優しい笑顔で見守っているのだった。

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