お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

…お兄ちゃん、うそついちゃ、や

「はあ…疲れた…」

昨日同様に、いろいろとあった学校。
それにより、新たなつながりが増え…
もともと好意的に受け入れてくれていたクラスメイト達はよりべったりとしてくるように…

自分を目の敵にしていた鬼の風紀委員、小宮 愛理…
その愛理を目の敵にし、力づくでねじ伏せようとした孤独な不良、鷺宮 志郎…
そんな志郎から、愛理をその身を挺して護り…
さらには、その小柄で華奢な身体で志郎に力で対抗し…
最後には、その小さな拳で志郎を倒してしまう、という…

周囲から見れば、『え?』としか思えないような光景が、校舎の裏であったのだ。

そして、倒れた志郎を優しく介抱し、自分の想いを述べた末に、志郎と友達になり…
あれほどに嫌悪の対象にされていた愛理を優しく包み込むことで、愛理とも打ち解けることができ…
涼羽にとって、また新たな交流が増えたのだ。

その代償として、涼羽の左頬は痛々しいほどに腫れあがって…
ひどい内出血によるうっ血のおかげで、頬がドス黒い紫色に染まってしまうこととなってしまったのだが。

すぐさま保健室で適切な手当てをしてもらい…
少し遅れて教室に行ったら…
心配で心配でたまらなかった、美鈴を初めとするクラスの女子達が…
もう涼羽のことをもみくちゃにするがごとくに、べったりとしてきたのだ。

涼羽としては、校舎裏であった志郎と愛理との出来事をそのまま話したくはなく…
できれば何もなかったかのようにしておきたいところだったのだが…

涼羽のことが心配で心配でたまらなかったクラスメイトとしてはそんなわけにもいかず…
執拗に涼羽にそのことを追求してきたのだ。

嘘が下手な涼羽はしどろもどろになりながら、しかしうまい言い訳も言えず…
ただひたすらに困ってしまうだけだった。

さすがに、怪我までしているうえにそんな風に困ってしまう涼羽を見て…
それ以上の追求はできないと思ったのか…
一旦は、追求をやめてくれたのだ。

その代わりに、思いっきりべたべたされ…
ひたすらに可愛がられることとなったのだが。

「…でも、今日はいいこともあったな」

そういって、思わず顔を綻ばせてしまう涼羽。

やっぱり、自分をひたすらに嫌悪していた愛理と打ち解けられ…
友達と言えるまでになれたこと。
そして、自分にとって初めてと言える存在である、同性の友達。
志郎が、あの研ぎ澄まされた刃のような雰囲気が嘘のように親しく…
友達となってくれたこと。

それらが、なんやかんやで涼羽にとっては嬉しい出来事だったのだ。

ただ、自分の友達にあんな風にお母さんとして接するというのはさすがにないだろう。
ということに、涼羽が気づくことはないのだが。

そんな、咲き開いた華のような柔らかな笑顔を露わにしながら帰路についている涼羽にかかる声があった。

「ちょっとあなた!」
「え?」

不意に声をかけられて、慌てて声の方へと振り向く涼羽。
そこには、四十台手前くらいの…
それでいて三十台前半くらいには見える、顔立ちの整った女性がいた。

気の強そうなツリ気味の切れ長の目が、ややとっつきづらい雰囲気を出しているが…
パーツのひとつひとつは整っており、十分に美人と言えるレベルである。
身長は涼羽よりも高く、170cmは超えているだろう。
高級感溢れるデザインと素材の服や装飾品に身を包んでいることから、裕福な家庭環境にある人物と思われる。

「どうしたの!?この怪我!」
「!あ…これは…」

自分の左頬の怪我のことを指摘され、思わず口ごもってしまう涼羽。
そんな涼羽に、目の前の女性はさらに追及してくる。

「あなたみたいな、可愛い女の子がそんな可愛らしい顔にこんな怪我するなんて!」
「あ、お、俺はおと…」
「!まあ!『俺』だなんて!だめよ!女の子が自分のことそんな風に呼んじゃ!」
「だ、だから男なんです…俺…」
「うそおっしゃい!どこからどう見ても美少女にしか見えないわよ!何言ってるの!」
「ほ、本当なんです…」
「もう!見たところ、あのオンボロ学校の生徒さんでしょうけど、なんであなたみたいな女の子が、男の子の格好してるの!?」
「だ、だから俺は男だから…」
「まあ!まだそんなこというの!こんなに可愛らしいのに強情なんだから!」

ことごとく涼羽の言葉を切り捨て、ひたすらに涼羽を女の子扱いしてくる女性。
涼羽の方はただ事実を述べているだけなのだが…

まあ、普通に美少女が男子の制服を着ているようにしか見えない今の涼羽では…
こんな女性の反応も、無理はないと言えるだろう。

「さあ!聞かせてもらうわ!あなたのような美少女が顔に怪我したわけを!」
「!あ、あの…俺…」
「!もう!まだ『俺』だなんて言って!だめよ!そんなの!」

もはや涼羽の言葉をまともに聞いてもいない女性の声。
その押しの強さで、涼羽のこと…
それも、涼羽が聞かれたくない顔の怪我ののことを根掘り葉掘り聞き出そうとする。

そんな彼女の強引さに、さすがに涼羽も危機感を感じたのか――――



「し、失礼します!」



―――食い入るように涼羽の顔を覗き込みながら詰め寄ってくる彼女を押しのけるようにし…

そのまま強引に振り払って、自分の家へと走り出した。

「!あ、こら!待ちなさい!」

背後からは、涼羽を追いかけようと、静止の声が響いてくる。
そんな声など聞きもせず、後ろを振り返りもせず…
一心不乱で、走り続ける涼羽。

そんな涼羽を、彼女は慌てて追いかけ始めるが…
意外に足の速い涼羽が全力で逃げ出したこともあり…
すぐに、追いつけない程の距離が開いてしまっていた。

「はあ…はあ……もう、なんて足の速さなのかしら」

すでにその姿すら見えなくなってしまった涼羽。
その涼羽が走り去った方向を、恨めしそうにじっと見つめる彼女。

「この町にあんなにも可愛い娘がいたなんて…盲点だったわ」

実際には男である涼羽を女の子だと信じて疑わない彼女。
そんな彼女の言葉は、自分の中の何かに火がついたかのような情熱を感じさせた。

「決めたわ!絶対にあの娘を探し出して――――」



「――――私だけのモノにしてあげるんだから!」



果たして、彼女のこの言葉――――

それが、一体何を意味するのか…
この時点では、その言葉を放った本人以外には、誰も知る由はなかった。



――――



「…ふう……もう、大丈夫かな…」

いきなり自分を呼び止め、顔の怪我のことで追及してきた女性を置き去りにして逃げてきた涼羽。
何度も自分は男だと主張したのだが、彼女は聞く耳すら持たず…
涼羽をひたすらに女の子だと決め付けて、話し続けてきた。

そんな彼女のあまりの強引さに危機感を感じてしまい…
思い切って、詰め寄ってくる彼女を振り払い、走って逃げ出したのだ。

「なんだったんだろう…あの人…」

いきなり自分に話しかけてきたあの女性は、一体なんだったのだろう。
一体、自分に何の用があったのだろう。

そんな考えても分からないことを、ついつい考えてしまう涼羽。
しかし、いくら考えても答えなど出ない。
出ないものは出ないのだから、考えても仕方がない。

「まあ…いっか…もう、会うこともないだろうし」

ゆえに、涼羽はあの女性に関して考えることを放棄した。
ただでさえ、人との交流が苦手な涼羽なだけに…
あんな風に、人の話を聞かずにぐいぐい押してくるようなタイプは特に苦手なのだ。

これ以上考えても、精神的疲労が余計に増えてしまうだけ。

そして、一心不乱に走り続けてきたこともあり…
もう自宅の方に帰ってきた。

二日連続でいろいろあって疲れたこともあり…
早々に家の中でいつも通り家事をこなしながらゆっくりとしたい。

そう思い、いつも通り玄関の扉を開き…
中に入っていく。

「ただいま~」

そして、妙に疲れた声で、自分が帰ってきたことを知らせる声。
そんな声を響かせながら、ゆっくりと靴を脱ぎ、家の中へと上がっていく。

「おかえりなさ~い!」

そんな涼羽を出迎える声。
そして、ぱたぱたとした足音。

これまたいつも通りに、涼羽の妹である羽月が…
いつも通りに兄を出迎えに来たのだ。

「お兄ちゃん、おかえり…って、な、なにそれ!」

そして、兄の左頬にある大きな冷湿布を見て、驚きの声を響かせる。

「あ、羽月。ただいま」

そんな羽月に対し、妹の驚きの声などなかったかのように優しい声を響かせる涼羽。
顔の怪我のことなど、今となっては全く気にしてはいないようだ。

「お、お兄ちゃん!どうしたの!その顔!」

だが、そんな当人とは違い…
妹である羽月の方はあたおたと、動揺を隠せない。

羽月が大好きで大好きでたまらない兄。
その兄の可愛らしい顔。

その顔の左頬に貼られた冷湿布。
そして、湿布を貼っていても腫れあがっているのが分かる形。

そんな兄の顔を見せられて…
お兄ちゃんが大好きなこの妹が黙ってられるはずもなく…
動揺を隠せない、驚きの声で、兄に問いかけるのだった。

「あ、ああ…これ?」
「そう!お兄ちゃんの可愛い顔が、なんでそんなことになってるの!?」
「え、えっと…そ、そう!ちょっと転んで、派手に顔を床にぶつけちゃって…」

自分のことで慌てふためく妹を落ち着かせようと…
そして、妹に余計な心配をかけたくないがゆえに…
またしても、本当のことを隠し、嘘をついてしまう涼羽。

だが、やはり嘘をつくのが苦手な涼羽であるがゆえに…
しどろもどろの言い訳を言っているようにしか見えず、聞こえない。

美鈴やクラスメイトの女子達が簡単に見破れたものを、ずっと一緒に暮らしてきた妹の羽月が見破れないわけはなく…

「…お兄ちゃん」
「な、なに?羽月?」
「…うそなんて、つかないで」
「!べ、別に嘘なんて…」
「…わたし、大好きなお兄ちゃんにうそなんて、ついてほしくない」

とにかく嘘でごまかそうとする兄に対し…
本当のことを話してほしい、と詰め寄る妹。

そうして、壁際まで追い詰められた涼羽。
もはや下がることもできない兄の身体に、べったりと抱きつき…
大好きで大好きでたまらない兄の胸元から、上目使いで覗き込むように兄の顔を見つめる羽月。

「お兄ちゃん…お願い」
「は、羽月…」
「本当のこと言って」
「あ、あの…」
「お兄ちゃんに隠し事されるなんて、や」

志郎に襲われかけた愛理をその身を挺して護り…
さらには、その志郎と拳でのやりとりまでしてしまったこと…

最終的には、二人とも打ち解け、友達として関係を築けたとはいえ…
涼羽自身が非常に嫌う喧嘩をしてしまったこと。

それが、涼羽にとってはものすごく後ろめたいこととなっている。

その為、どうしても本当のことを言えないのだ。

それだけはなく、自分にこんなひどい怪我を負わせた志郎のこと。
殴り合いにまで至ったとはいえ、涼羽にとって初めての男友達と言える存在となった志郎。

その志郎を、他の人に悪く思って欲しくない、という思い。

その思いが、涼羽に本当のことをより言えなくさせてしまっているのだ。

だが、そんな兄の心境を知らない羽月は…
ただ、せっかくの可愛らしい顔にこんなひどい怪我をしてしまったことが、すごく悲しい。

しかも、そんな怪我をした事情を妹である自分にも話してくれない…
それがまた、羽月の悲しさを深くしてしまう。

妹である自分には、嘘をついて欲しくない。
それは、単なるわがままといえば、そうなる。

でも、それでも、兄に嘘をつかれること。
自分にも話してくれないことがあること。

それが、ものすごく悲しくて…
寂しくて…
切なくて…

ましてや、こんな怪我をしてしまうほどのことを、隠されてしまう。

そんな怪我をするようなことに巻き込まれていると思うと、不安で不安でたまらない。
そんな怪我をしてしまうようなことをしていると思うと、心配で心配でたまらない。

大好きで大好きでたまらない兄、涼羽。
その涼羽が、こんな怪我を負ってしまうようなことに巻き込まれている…
もしくは、してしまっている…

そんなの、いや。
そんなの、だめ。

そんな羽月の想いが…

「!は、羽月?…」
「うっ…ぐすっ…」

そのくりくりとした大きな瞳から、涙となって零れ落ちていく。
大好きな兄の胸の中で、ぽろぽろと涙を零しながら、べったりと抱きつく。



――――もう絶対に兄を危険な目に合わせたくない――――



そんな想いが、羽月の両腕を涼羽の身体から離すことをさせない。

最愛の兄に何かあったら…
もし、命にまで関わるようなことがあったら…

たまらない。
悲しくて、たまらない。
不安で、たまらない。

「お兄ちゃんが危ないことに関わってるなんて、や」
「羽月…」
「お兄ちゃんがそんな怪我するようなことしてるなんて、や」
「……」
「もしお兄ちゃんに何かあったら、って思ったら…わたし…わたし…」
「………」

涙が溢れて止まらない。

悲しさが…
不安が…
どんどん大きくなっていく。

自分の胸の中で、まるで怖い夢を見て母にべったりと抱きついてくる幼子のように泣き続ける妹、羽月。
そんな羽月を見て、本当のことを言えないことに対する申し訳なさがどんどん大きくなり…
自分のことをこんなにも想って泣いてくれる羽月が可愛くて可愛くてたまらなくなり…

「…ごめんね、羽月」

妹のその小さな身体を、幼子をあやすように優しく抱きしめ…
その頭を優しく撫で始める。

こんなにも自分を想ってくれる妹、羽月。
そんな妹が可愛くて可愛くてたまらない。

「…お兄ちゃん、わたし、お兄ちゃんが大好きで大好きでたまらないの」
「…うん」
「だから、お兄ちゃんがいなくなっちゃったら、って思ったら…」
「…大丈夫」
「お兄ちゃん…」
「俺は、羽月のお兄ちゃんだから…」
「……」
「羽月をおいて、いなくなるなんてこと、絶対にしないから」
「…お兄ちゃん」
「だから、泣かないで…ね?」
「…うん」

兄の母性と慈愛に満ち溢れた抱擁。
文字通り、兄に包み込まれているその状態が、とても幸せで…
とても心地よくて…
とても安心できて…

でも、その兄の慈しみ、愛情をもってしても今は…

「…ずるい」
「え?」
「お兄ちゃんにぎゅってされるの…なでなでされるの…すっごく幸せなんだもん」
「羽月…」
「こうされたら、お兄ちゃんをい~っぱい感じることができるから、す~っごく幸せなの」
「…ふふ」
「だから、お兄ちゃんのうそのことが、どうでもよくなってきちゃうもん」
「…う」
「でも、だあめ」
「え?」
「お兄ちゃん、ほんとのこと話して?」
「!だ、だからそれは…」
「ね?お兄ちゃん?」

とろけるような優しさと愛情で包み込んでくれる兄の胸の中から…
覗き込むような上目使いで、甘えるように兄の怪我のことを改めて追及してくる妹。

こんな甘えん坊の妹に抗うことができない兄、涼羽。

思う存分、兄の胸の中で甘えながら…
絶対に抵抗できないように、兄に追及してくる妹、羽月。

「お兄ちゃん、だあい好き」
「は、羽月…」
「だから、お兄ちゃんにうそつかれると、すっごく悲しいの」
「お、俺は…」
「ね?だから…」

天使のような愛らしい笑顔で、容赦なく追求してくる羽月。
そんな妹、羽月に対し、抵抗らしい抵抗すらできなくなっている涼羽。

もう、ひとおし。

そう感じた羽月が、ここで言葉を切る。
そして、華が咲き開かんばかりのまばゆい笑顔で――――



「わたしに、ほんとのこと、教えて?お兄ちゃん?」



大好きな大好きな兄へ、とどめとも言える一言をぶつける。

その言葉をぶつけた後…
さらに、兄の胸に顔を埋めて、よりべったりと抱きついてくる妹、羽月。

いつも以上に、うんと甘えてくる妹に抵抗手段など持たない涼羽が…
この妹にこれ以上抗えるわけもなく…

「わ、わかったから…」

結局は、この妹の言うことに、首を縦に振ってしまうのだ。

「えへへ♪うれしい♪」

いつも妹である自分のことを優先してくれる兄が、もっと大好きになってしまう羽月。

こんなにも優しくて…
こんなにも可愛くて…
こんなにも妹である自分を優先してくれて…

もうとっくに振り切れているはずの大好きメーターが…
さらに、さらに上がり続けていくのを感じてしまう羽月。

お兄ちゃんのことが、大好きで大好きで…
可愛くて可愛くて…

もう、絶対に離したくないと、常に思っている妹、羽月。

そんな兄の胸にべったりと抱きつき、顔を埋めて…
ひたすらに甘え続けるその姿。

そんな妹の姿を見て、兄である涼羽は…

「(はあ…本当に勝てないなあ…この妹には…)」

…と、心の中で溜息をついてしまう。

しかし、そんな心の溜息とは裏腹に…

妹を抱きしめる腕も…
妹の頭を優しく撫で続ける手も…

そして、妹を見つめる眼差しの優しさも…
妹に向ける笑顔の優しさも…

陰りが出るどころか、よりその優しさを増していく。

やっぱり、どんな状況になろうとも、妹を優先してしまい…
どんなことになろうとも、自分が妹を嫌いになることなどできないんだろうな、と思ってしまう涼羽なのであった。

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