お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話

ただのものかき

あの娘…本当に可愛い…

「お兄ちゃん、おいしいね~」
「うん、おいしい」

その仲のよさを見せ付けるかのように、二人でにこにこと笑顔を向け合いながら…
並のレストランと比べてもひけをとらないこの食堂の料理を食べていく涼羽と羽月の二人。

「でも、わたしはお兄ちゃんの料理が一番おいしいと思う!」
「そ、そお?ここの料理の方が、高級感があっておいしいよ?」
「ううん、お兄ちゃんの料理の方がおいしい!」
「…そう、ありがとう」

涼羽としては、ここの料理を食べていて、本当に勉強になると思えるくらい、おいしいと感じている。
おいしく食べながら、使われている調味料や素材なども頭の中で思い浮かべ…
こうして、実際に食べながら学んだことを、自分の料理に取り込んでいこうと思いながら食べている。

しかし、それでも妹の羽月にとっては、この兄、涼羽の料理の方がおいしいらしく…
あくまで、兄の手料理が一番だと言って、譲らない。

そんな妹、羽月に少し苦笑いしながらも、優しい笑顔でお礼を言う涼羽。

本当に、おっとりとしていて、優しげで…
ふんわりとした感じで、包み込んでくれるであろうその雰囲気。

羽月にとっては、本当に大好きなお兄ちゃんで…
本当に大好きなお母さんでもある、涼羽のその姿。

それを見ているだけで、羽月の顔にも幸せそうな笑顔が、浮かんでくる。

「(わ~…どこからどう見ても優しいお母さんみたい…あの妹ちゃん、すごく幸せそう…)」

その雰囲気、そして声の秘密を知りたくて…
先ほどから、ひたすらに涼羽の一挙手一投足をじっと見つめている、ウェイトレスの菫。

母性的な愛情に満ち溢れた、涼羽の笑顔。
そして、声。

一度、男だとは聞いてはいるものの…
少し眺めていると、すぐにその事実が頭から抜け落ちてしまいそうになる。

それほどに、正真正銘の女性である菫から見ても…
涼羽は本当に女性らしく、本当に可愛らしいと…
そう、思えてしまうほどの女子力がある、ということなのだろう。

妹である羽月の、涼羽に対する一人称である『お兄ちゃん』。
これがなければ、完全に涼羽のことを見たままの女の子だと、勘違いしてしまっているに違いない。

そう、確信せざるを得ない菫なのであった。

「そうだぞ~、涼羽~」

そんなところに、普段の能面のようで、それでいて凛々しい印象の強い翔羽の…
まさに、最愛の恋人と出会えたかのような、デレデレとした顔、そして声。

先ほどから、向かいに座っている受付嬢の二人が…
これでもかというほどに翔羽のイメージを破壊されていっている、その姿。

日頃、常にここで昼食を摂っているため…
菫自身も、翔羽のことはよく見かけていて、よく知っており…
菫の知っている翔羽は、決してこんなゆるゆるな感じではない、と…
そう断言できるものであるのだ。

その翔羽の、これほどまでにデレデレとした姿を見ることになるなんて。
まさに、そう思わざるを得ないほどの変わりようであると言えよう。

「(あの高宮部長が、あんなにもデレっとした、だらしない表情になるなんて…)」

翔羽にとっては、涼羽は息子であるのだが…
息子というよりは、娘だと勘違いしているような…
そんな印象さえ受けてしまう。

確かにこれだけ可愛かったら、いくら男の子でも仕方ないかも知れないけれど…
それでも、デレデレとしすぎではないだろうか。

そう、思ってしまう菫であった。

「?何が?お父さん?」

そんな父を普段から見ていることもあり、特に気にすることもなく…
かけられた声に対して、少しきょとんとしながらも、普通に反応する涼羽。

そんな姿さえ、極上のチャームを発していることに、まるで自覚などないまま…
ただ、声をかけてきた父の方をじっと、見つめている。

「やっぱりお父さんも、お前の料理が一番おいしいと思うぞ」
「!そ、そうかな?…」
「お間の料理は、本当に愛情いっぱいで、変に肩がこるような無駄な高級感もないし…」
「ちょ、ちょっと…恥ずかしいよ…」
「実際、お父さんはお前の料理を食べるようになってから、外食したいと思わなくなったんだからな」
「そ、そんなこと…」

もはや、親バカ全開のデレっぷりで、息子の料理をべた褒めする父、翔羽。
息子というよりは、嫁自慢のような感じがしなくもないのだが。

もちろん、そんな真っ直ぐな褒められ方に免疫のない涼羽は…
そんな父の褒め言葉に、思わず頬を赤らめて、俯いてしまう。

その上、ここでは今日、初めて会った人間もいるため…
余計に恥ずかしがってしまっている。

「えへへ♪恥ずかしがってるお兄ちゃん、ほんとに可愛い♪」

こんな風に恥ずかしがる姿も、初々しく、そして奥ゆかしくて…
本当に可愛らしいと思えるものとなってしまう、涼羽のそんな姿。

もう、自宅でいくらでも見ているにも関わらず…
何度見ても、飽きることなどないと断言できる羽月。

思わず、可愛すぎるほどに可愛い兄に食事の手を止め…
そのまま、べったりと抱きついてしまう。

「!は、羽月…こんなところで…」
「え~?ここじゃなかったら、いいの?」
「!そ、そうじゃなくって…」
「でもお兄ちゃん、どんなに恥ずかしがってても、わたしがこうしたって、抵抗らしい抵抗なんかしないよね?」
「!そ、それは…」
「ね?なんで?」
「!そ、そんなの…」
「そんなの?」
「……………が……………から………」
「なあに?聞こえなかった」
「!!」
「お兄ちゃん♪ちゃあんと、わたしに聞こえるように言って?」

人の目があるところで、それを意識して恥らっているところにべったりと抱きつかれて…
とにかく離してほしいという意識が先行してしまう涼羽。

そんな兄が可愛すぎて、もっともっといじめたくなってしまうのか…
もっともっと恥ずかしがらせたくなってしまうのか…
言葉で、じりじりと壁際まで追い込むように攻めてしまう羽月。

そんな意地悪な妹に、たじたじしてしまい…
ただただ、俯いて恥らい続けるしかなくなってしまう涼羽。

しかし、そのままで落ち着かせるはずもなく…
さらに、耳元でささやくように言葉で兄を追い込んでいく羽月。

自分に激しく襲い掛かる恥じらいに、その身を溶かされるような感覚に陥りながらも…
妹の意地悪な問いかけに、儚げになりながらも答えるのだが…

ちゃんと聞こえていたにも関わらず、聞こえていないふりをして、ちゃんと兄にそれを言わせようとする妹、羽月。

「~~~~~~~~……」
「ねえ?お兄ちゃん?わたし、お兄ちゃんの口から、ちゃあんと聞きたいな?」
「………から……」
「なあに?ちゃんと聞こえるように言って?」
「………は、羽月が………」
「わたしが、なあに?」
「………可愛い………妹………だから………」

とことんまで意地悪な妹の問いかけに、馬鹿正直に答えてしまう涼羽。

涼羽にとっては、羽月は本当に可愛い妹であるため…
こんな風にべったりと甘えてこられたら、その時点で抵抗ができない。

それを、自分の口から言わされることとなってしまった涼羽。

言った後、よほど恥ずかしくなってしまったのか…
誰の目からも逃れるかのように、ぷいっと俯いてしまい…
そのまま、恥らい続けてしまう。

「えへへ~♪」

この世で一番愛しているといっても過言ではない存在である兄、涼羽。
その兄に、そんな風に言ってもらえたのだから…
その幼さの色濃い美少女顔が、とろけてしまうかのように緩んでしまう羽月。

この世で一番愛してやまない兄、涼羽がもう可愛すぎてたまらなくなり…
ついには、その頬を兄の頬にべったりと摺り寄せてしまう。

「!!は、羽月…」
「お兄ちゃん♪」
「な、なあに?…」
「だあい好き♪」
「!!……」
「愛してる♪」
「!!~~~~」

自宅の中で、もはや当たり前の日常と言わんばかりにされているこのやりとり。
ついには、露になっている兄のその左頬に、鳥がついばむかのようなキスまでしてしまう。

「!!は、羽月…」
「えへへ♪」

見た目は完全に同性…
それも、十人中十人が確実に振り返るような美少女同士の、ゆりゆりしいやりとり。

妹の爆発してしまいそうな愛情が、行動にまで表れてしまっており…
そんな妹に対して抵抗らしい抵抗もできず…
ただただ、なすがままになってしまう涼羽。

「わ~…いくらなんでも仲良すぎでしょ~…あの二人…」
「もう、見てるこっちが恥ずかしくなってくるくらい、ラブラブよね~」

そんな美少女姉妹にしか見えない、兄妹のやりとりを、向かいから見ていた受付嬢達の声。

まるで、涼羽の恥じらいが移ってしまったかのように顔を赤らめてしまい…
しかし、それでも見ていたくなってしまうのか…
その視線を、二人から逸らすことはない。

異性の年頃の兄妹が、こんなやりとりを繰り広げていたら…
普通はおかしいと思ってしまうものなのだが…

やはり、その幼げで可愛らしさ満点の二人の容姿が、そういった背徳感を感じさせなくなってしまっているのかもしれない。

「あ~もう!可愛いなあ~!!お前達は~!!!」

そして、そんな二人の子供の、甘すぎるほどに甘く…
可愛すぎるほどに可愛らしいやりとりに、とうとう我慢ができなくなってしまったのか…

ついに父、翔羽も食事の手を止めて席を立ち…
二人の子供である涼羽と羽月を二人もろとも抱きしめ…

目いっぱい可愛がるかのように、二人の頭をなで始めてしまう。

「!お、お父さんまで…」
「えへへ~♪」
「涼羽も、羽月も…本当に、俺の子供はなんでこんなに可愛いんだ~…」

もう完全に自宅でのくつろぎモード突入な高宮家の三人。

一人、周囲の目を気にして恥らい続ける涼羽を置き去りに…
父である翔羽、妹である羽月はもうひたすらに涼羽の可愛らしさを堪能し続けている。

「(…もう、本当にあの子、見ててうらやましくなっちゃうくらいに可愛い…)」

そんな風に、父と妹にもみくちゃにされながら、ひたすらに可愛がられ続けている涼羽を、菫はじっと見つめている。

菫も非常に男性受けする可愛らしさがあるのだが…
それは、どこか作ったような、男に媚びる感じが否めない。

だから、同性に対しては逆に嫌悪の対象となりやすくなってしまう。

でも、涼羽の可愛らしさは違う。

本当に自然で、ちょっとしたことで恥らう様子はまさに大和撫子そのもの。
見ていて、異性に媚びる感じもまるでなく、同性からも好かれるタイプなのだ。

そんな涼羽は、その容姿にマッチするかのように、声も可愛らしい。

もう本当に、その自然な雰囲気と仕草がそのまま声となっている…
そんな感じさえするのだ。

現に、受付嬢の二人も菫に対しては妙な嫌悪感を感じているが…
涼羽に対しては、父親があの翔羽である、ということもあるかも知れないが…
決して嫌悪しているような様子はなく…
実際に、涼羽がここに来た時には、もうもみくちゃにして可愛がってしまっていたほどなのだ。

だからこそ、その自然な可愛らしさを手に入れたい。
ここまでで、どこか凝り固まってしまっている今の自分の演技を、根底から変えていきたい。

自分にとって天職であるとさえ断言できる声優業。
それを、もっともっと演技の幅を広げて、もっともっといろいろな役をやれるようにしていきたい。

でも、自分ではどうすることもできなかった。
そんなところに、そのきっかけとなる存在が、まさに今、自分の目の前に現われてくれた。

これは、チャンスだと、菫は思った。

だからこそ、徹底的に涼羽を観察し、徹底的に涼羽の仕草を見つめ…
一挙手一投足を逃さぬよう、ひたすらに穴が開くほどに見つめ続けている。

「涼羽~…お前は本当に可愛いなあ~…」

ひたすらに恥らって縮こまっている涼羽が可愛くて抑えられなくなってしまったのか…
ついには、涼羽の露になっている左の額の方に、ついつい唇を落としてしまう。

「!お、お父さんまで…」
「いいじゃないか、涼羽。お前が可愛すぎるのが悪いんだから」
「そうなの!お兄ちゃん本当に可愛すぎるんだから!」
「そ、そんなの…」

実の息子をとことんまで可愛がってしまう父。
実の兄をとことんまで可愛がってしまう妹。

実の父と妹にこれでもかと言わんばかりに愛されて、とことんまで恥らってしまう涼羽。

それでも、二人の愛情を無意識レベルでは嬉しく思ってしまっているのか…
決して、邪険に扱うようなことはしない。
かといって、それを全面肯定して、ひたすらに喜ぶようなこともないのだが。

だからこそ、父、翔羽も妹、羽月もとことんまで涼羽のことを愛したくなってしまう。
それこそ、もう人目も憚らずに、というくらいに。

「…わ~、本当に可愛いわね~、あの子…」
「言葉とか、表面上はツンツンしてるけど…結局抵抗らしい抵抗してるわけじゃないし…」
「なんか、ちょっとツンデレ、みたいな?」
「よね~。あの子、そんな感じよね」
「でも、本当に自然な感じで…嫌味がなくて…」
「ね~、もう自然に可愛いんだもん」

受付嬢の二人も、そんな風にひたすらに愛され続けている涼羽を見て…
その女性特有の可愛いもの好きな心をくすぐられてしまうのか…

ついつい、あの中に割り込んで涼羽をとことんまで可愛がりたくなってしまっている。

そんな衝動をどうにか抑えながらも、それでもじっと、高宮家の三人のやりとりを見続けてはいるのだが。

その天然の可愛らしさを、思う存分に発揮し続けている涼羽に対して…
嫌悪どころか、逆に好感しかない、という状況だ。

「………可愛い………」

涼羽のすぐそばで、ひたすらに愛され続ける涼羽をじっと見つめている菫から、ぽつりと漏れ出た一言。
自分では好んでいない、自分の可愛らしさに自覚がある菫。

全てではないとはいえ、計算ずくでその可愛らしさを演出していることもあり…
実際に、そのおかげでここの男性社員の間ではトップクラスの人気を誇っているので…
それなりに、自分の可愛らしさというものには自信はあったのだ。

その菫が、思わず言葉として漏らしてしまうほどに、涼羽のことが可愛らしいと、認めてしまっている。

それも、菫のような計算ずくな、演じた可愛らしさではなく…
本当に自然で、天然な可愛らしさなのだ。

自分にはない可愛らしさを持っている涼羽が、本当にうらやましくなってしまう。
声優として必需品である声も、自分よりもずっと自然に可愛らしい涼羽が、本当にうらやましく思えてしまう。

せっかく巡り合えた、自分の理想の声とキャラ。

それを、天然で持ち合わせている存在、

それが、今年十八歳の高校三年生の男子であることなど、すでに意識にはなく…
どうしたら、あの女の子からその可愛らしさを盗めるのか…

その対象である涼羽に遠慮なく視線を向けながら、ぐるぐると思考を巡らせている菫なのであった。

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