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都市伝説の魔術師

巫夏希

第一章 少年魔術師と『七つ鐘の願い事』(2)

 ワンピースを着た少女は死屍累々となった空港の廊下を、鼻歌を歌いながら進んでいく。まるで散歩道を歩くように。彼女は死体まみれの道を進んでいく。
 それが彼女の日常であるかのように。
 それが彼女の目的であるかのように。
 その時、彼女の目の前に一人の少年が『突然』現れた。
 少年は少女と対比するように、黒いセーターを着ていた。
 少年の姿を確認して、少女は微笑む。

「あら、ディー。あなた、ここに訪れる予定なんて無かったのではないの?」
「……予定が変わってね。本当は君に全部任せてしまうつもりでいたのだけれど……」
「やりすぎたから、私を処分するの?」

 ディーは少女の言葉に首を横に振る。

「そんなことはしないよ。君は立派な魔術師だ」

 ディーは彼女の頭を撫でる。
 少女はディーの行動を受け入れ、ただ撫で続けられた。警察隊が目と鼻の先に居るというのに。それを無視しているようにも思えた。
 だが、警察隊も何も出来ない。何せ『魔術師』などカテゴリーエラーも甚だしい。未だ魔術師についての法改正などが出来ていないことも原因として挙げられるが、それ以上に魔術師という存在が、世界が予想するよりも早く世界でも高い地位を手に入れ始めたことが原因になるだろう。

「……ミスティ。人の目もある。取り敢えずここで終わりにしようか」

 それを聞いたミスティと呼ばれた少女は頬を膨らませる。余程撫でられていたのが気持ちよかったのだろう。
 ニヤリ、と笑みを浮かべ――ミスティは警察隊の方を向いた。警察隊はそれを見て、防御態勢を取る。警察隊は相手が何かしてこない限り、攻撃することは出来ない。だから後手に回ることが殆どだ。ミスティはそれを知っていた。知っていたからこそ、笑みを浮かべたのだ。

「……ねえ、ディー。提案なのだけれど」
「どうした、ミスティ。先ずはその提案を聞いてからにしようか。考えるということは」

 ありがとう、と小さく言ってミスティは口を開く。

「こいつら全員――『喰って』いい?」
「何だ、そんなことか。別に構わないよ。『ホワイトアリゲーター』の実験にもなる。いいデータが集まるだろう」

 ディーは即答だった。
 ミスティはその笑みを強めていく。
 そして、手に持っていたコンパイルキューブを――口に添えた。

「ej・te・li-a・zz・clp!」

 基礎コードが、コンパイルキューブに伝えられる。
 そしてコンパイルキューブを通して変換された魔術――その力がミスティに与えられる。
 ミスティは魔術の絶大なる力を得て――大きく頷く。

「さあ、魔術師の醍醐味、魔術戦の始まりよ。……ただし、相手は魔術を使うことの出来ないから、嬲り殺しになることは確実だけれど」

 そして絶望的に絶対的に圧倒的に不利な戦いが始まる。
 いや、それは戦いと呼ぶよりも一方的攻撃。
 一方的攻撃よりも殺戮。
 殺戮――それは無惨たるもの。
 人間が人間を喰う。
 それは常識的に、倫理的に、圧倒的に、事実として、あり得ない。
 あり得ない――いいや、それは実際にその場に居た人間からすれば否定することだろう。
 実際に、目の前で、人が人に喰われている。
 骨も、肉も、内臓も、目も、爪も、腕も、足も、毛も、脳髄も、肌も、服も、靴も、欠陥も、脊髄も、神経も。
 凡て無惨に消えていく。
 そこにあったのは恐怖。
 そこにあったのは畏怖。
 そこにあったのは畏敬。
 そこにあったのは絶望。
 そこにあったのは非望。
 そこにあったのは無謀。
 そこにあったのは――。


 ◇◇◇


 気が付けば、そこには何もなかった。
 ただ一人の少女が、満足そうに微笑んでいただけだった。その隣には乾いた拍手を送るディーの姿があった。

「成功だよ、ミスティ。流石だ」

 ディーはミスティの肩に触れる。
 彼女の肩は少しだけ冷たかった。
 そしてその理由も――ディーは知っていた。

「……仕方ないね。ここはそういう国だ。だが、ここに来た理由は当然ある。それは君も解っているだろう?」

 コクリ。ミスティは頷く。
 それを見たディーは再び頷く。

「この国には君が真の力を得るために必要なものがある。それと同時に我々の同志も数多くいる。解るね? 即ち、これが号砲だ。我々がこの国に訪れたという合図だ。だから、その合図は派手にやる。君は決して悪いことはしていない」
「はい、解っています」

 ミスティの言葉に、ディーは微笑み踵を返す。

「それじゃ向かおうか。僕たちの理想郷を取り戻すために」
「ええ」

 そして二人は歩き出す。
 その先に何があるのか――今は未だ彼女たちにしか解らない。

 ◇◇◇


 現場に訪れた一人の刑事は、あわてる素振りを見せることなく現場を観察していた。
 死屍累々の現場には、生体反応が何一つ無い。それは当然だ。
 しかし収穫はあった。
 誰一人として――それは魔術師を除いた場合であるが――気付かない証拠があった。

「……魔術回路が残っている。やはり、ここに訪れたのは魔術師だったのか」

 魔術回路。
 魔術師が使ったコンパイルキューブは一生涯消費しないものではない。魔術を一回使うごとに僅かな消費がある。それが形になったもの――それが魔術回路である。
 そしてコンパイルキューブを使う人間にしか、その形を見ることは出来ない。
 だから、それは魔術師を判別する基準であるとも言われている。

「……どうやら、相当強力な魔術を使ったようだなあ。魔力、いいや、精神力は相当。流石は外国の魔術師というべきか?」

 さらに刑事は分析を続ける。
 コンパイルキューブを魔術回路に近付け、分析を開始する。
 コンパイルキューブから僅かに漏れる魔力と魔術回路が共鳴するかしないかによって、使われた魔力量を判断することが出来る。今、彼はその判断をしているのであった。

「……ふむ、魔力量は魔術の規模からして少ない。いったい、どういう術を使ったのかは解らないが……。どうやって圧縮した?」

 その問いを、口に出しても正解は求められない。
 だが、内容を整理するためには口に出すことは間違っていない。
 刑事は踵を返し、スマートフォンを取り出す。
 そして彼はある場所に連絡を入れた。

「もしもし、隼人です。少し調べて頂きたいことがあるのですが――」

 彼の名前は高知隼人。
 警視庁初の魔術師対策部署である『警視庁魔術師対策課』の課長である。

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コメント

  • ノベルバユーザー601496

    物語自体も長ったらしくならず収まりが良かったかなと思います。
    もうちょっと2人の様子を見ていたい気持ちもあります。

    0
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