都市伝説の魔術師
第一章 少年魔術師と『七つ鐘の願い事』(6)
4
香月が目を覚ました時、彼は石畳に横たわっていた。
そしてすぐに両腕が拘束されていることが解った。
「……不覚だったな」
香月はシニカルに微笑む。
あの後。
香月は交渉している最中、背後から何者かに頭部を殴打された。
もし僅かでも背後に気配を感じていれば、コンパイルキューブを使って応戦することが出来た。
だが、あの時――相手は完全に意識を移す魔術を使っていた。
冷静になっている今ならば解る。
「ほんとうに、不覚だったな……」
状況を一通り整理したところで、香月は胡坐をかき、一面を見わたせる態勢を取った。
「……何もない」
見事に何もなかった。
少し高い位置にある窓から日差しが入っており、そこが明かりと同じようになっている――ということくらいしか言及する点が無かった。
いいや。
正確には違った。
壁に何かが凭れ掛かっていた。暗いところだったので何が何だか解らなかったが、近付いてみるとそれが人間であるということが解った。
薄汚れたワンピースを着た少女だった。濃い青の髪はとても鮮やかで、白いワンピースと対比していた。
「おい、大丈夫か?」
香月は彼女に声をかける。
はじめ、彼女は目を覚まさなかった。見れば周りにも蠅が集っていて、どちらかといえば死骸か何かに見えた。
「……ダメだったか」
香月は呟き、諦めた様子を見せる。
「う……ん……」
彼女が目を覚ましたのはその時だった。
踵を返し、香月は近付く。
「大丈夫か?」
香月の言葉に、少女はゆっくりと頷いた。
見れば彼女の足には鎖が繋がっており、それが少し離れた位置に置かれている鉄球につなげられていた。
「コンパイルキューブは……」
すぐに彼はポケットの中に入れていたコンパイルキューブを探そうとした。
だが、彼の両手はふさがっておりそれが出来ない。
「……どうすれば……」
「あなた……誰?」
少女の声は、透き通った声だった。凡ての雑味を抜いた、透明な声。マイナスイオンがその声から染み出ているようにも錯覚する、そんな声。
「僕の名前は柊木香月。一応、魔術師をしている。まあ、今はコンパイルキューブが無いから何も出来ないのだけれどね」
香月は彼女の問いに答える。
「コンパイル……キューブ?」
少女は首を傾げる。
――もしかして、コンパイルキューブを知らないのか?
香月は思った。コンパイルキューブを知らないということは、魔術師の存在を知らないということに等しい。コンパイルキューブは魔術師以外に使いこなすことはできない。精神力を魔力に変換するためだ。もし、それが別エネルギー同士の変換が可能ならば、世界のエネルギー問題は解決する。
もっとも、それをやろうとして誤った方向に向かった魔術師も居たのだが。
「コンパイルキューブというのは……なんて説明すればいいのかな。魔術師が魔術を使う上で必要不可欠な機材のことだ。大きさは手のひら大。僕が見たときは最大が五メートル四方だったかな。五メートル四方にもなればエネルギーの変換量も多い。しかし、デメリットもある。変換量が多いということは、元々使う精神力も多いということだ。……人間の精神力を使うにあたって、一番ちょうどいい量が人間の手のひら大程の大きさ、ってことになる。……おっと、難しい話になってしまったな」
「……つまり、どういうことなの?」
少女はまったく言葉を理解できなかったらしい。目を丸くして香月の話を聞いていたからだ。それに、香月の話を聞いていた間ずっと何もしなかったというのも挙げられるだろう。
香月は苦笑いをして、話を続ける。
「まあ、別にそんな難しい話を知らなくても問題ないよ。ただ、魔術師が使うものだということを覚えてくれれば」
「ふうん……。そうなんだ」
彼女は一瞬俯いて、すぐに顔を上げた。
「わたし、アイリスって言うの」
少女――アイリスは言った。
「アイリスはどうしてここに?」
「……何故かな。覚えていないや」
「覚えていない?」
何か不味いことを聞いてしまったか――彼はそう思った。
しかしアイリスは微笑む。
「覚えていないってことは、覚える意味も無かったってことだと思うの!」
そんなことを元気よく言ったアイリスに彼は戸惑いながらも、話を聞いていく。
「というか、ここはいったいどこなんだ?」
「ここは地下の……牢屋だったと思うよ」
アイリスの言葉に頷く香月。
地下の牢屋ならばあの高い場所にしかない窓にも納得がいく。
「……コンパイルキューブさえあれば、魔術を使うことが出来るんだがなあ」
ぽつり、香月は呟いた。
「コンパイルキューブを使わなければ魔術を使えないの?」
「ああ、残念ながら」
「コンパイルキューブの場所は?」
「解らん。だが、どこか大事なところに仕舞っていると思う」
「……だったら、話は早い」
カシャン、という音を立てて足首と手首につけられた首輪が外れた。
「いったい、何を――」
「簡単なこと」
彼女は両手を、何かボールを持っているように構える。
そして、その手の中心に何か白いボール状の物体が生まれる。
それを見て香月は確信した。
「まさか……いや、そんな、あり得ない! そんな魔術師が居てたまるか!」
そして、そのボールが投げられて――壁に衝突。同時に壁が破壊された。
「……これはいったい」
「話はあとにしましょう。取り敢えず今はあなたのコンパイルキューブを探しに行きましょう。あ、そうだ」
アイリスは彼の目の前に立って、人差し指を上から下にゆっくりと動かした。
それから一瞬遅れて、彼につけられた手枷が外れた。
「問題なさそうだね。それじゃ、向かうよ。いろいろあるだろうけれど、話はあとで。ここを脱出してから凡て、私の知っている限りの情報を話すよ。ただし、ここに入れられた理由はまったく覚えていないけれどね。さあ、どうする? 私と一緒に脱出する?」
「当たり前だ」
差し出された手を、香月はしっかりとつかむ。
――香月とアイリス、二人の同盟が結成された瞬間だった。
香月が目を覚ました時、彼は石畳に横たわっていた。
そしてすぐに両腕が拘束されていることが解った。
「……不覚だったな」
香月はシニカルに微笑む。
あの後。
香月は交渉している最中、背後から何者かに頭部を殴打された。
もし僅かでも背後に気配を感じていれば、コンパイルキューブを使って応戦することが出来た。
だが、あの時――相手は完全に意識を移す魔術を使っていた。
冷静になっている今ならば解る。
「ほんとうに、不覚だったな……」
状況を一通り整理したところで、香月は胡坐をかき、一面を見わたせる態勢を取った。
「……何もない」
見事に何もなかった。
少し高い位置にある窓から日差しが入っており、そこが明かりと同じようになっている――ということくらいしか言及する点が無かった。
いいや。
正確には違った。
壁に何かが凭れ掛かっていた。暗いところだったので何が何だか解らなかったが、近付いてみるとそれが人間であるということが解った。
薄汚れたワンピースを着た少女だった。濃い青の髪はとても鮮やかで、白いワンピースと対比していた。
「おい、大丈夫か?」
香月は彼女に声をかける。
はじめ、彼女は目を覚まさなかった。見れば周りにも蠅が集っていて、どちらかといえば死骸か何かに見えた。
「……ダメだったか」
香月は呟き、諦めた様子を見せる。
「う……ん……」
彼女が目を覚ましたのはその時だった。
踵を返し、香月は近付く。
「大丈夫か?」
香月の言葉に、少女はゆっくりと頷いた。
見れば彼女の足には鎖が繋がっており、それが少し離れた位置に置かれている鉄球につなげられていた。
「コンパイルキューブは……」
すぐに彼はポケットの中に入れていたコンパイルキューブを探そうとした。
だが、彼の両手はふさがっておりそれが出来ない。
「……どうすれば……」
「あなた……誰?」
少女の声は、透き通った声だった。凡ての雑味を抜いた、透明な声。マイナスイオンがその声から染み出ているようにも錯覚する、そんな声。
「僕の名前は柊木香月。一応、魔術師をしている。まあ、今はコンパイルキューブが無いから何も出来ないのだけれどね」
香月は彼女の問いに答える。
「コンパイル……キューブ?」
少女は首を傾げる。
――もしかして、コンパイルキューブを知らないのか?
香月は思った。コンパイルキューブを知らないということは、魔術師の存在を知らないということに等しい。コンパイルキューブは魔術師以外に使いこなすことはできない。精神力を魔力に変換するためだ。もし、それが別エネルギー同士の変換が可能ならば、世界のエネルギー問題は解決する。
もっとも、それをやろうとして誤った方向に向かった魔術師も居たのだが。
「コンパイルキューブというのは……なんて説明すればいいのかな。魔術師が魔術を使う上で必要不可欠な機材のことだ。大きさは手のひら大。僕が見たときは最大が五メートル四方だったかな。五メートル四方にもなればエネルギーの変換量も多い。しかし、デメリットもある。変換量が多いということは、元々使う精神力も多いということだ。……人間の精神力を使うにあたって、一番ちょうどいい量が人間の手のひら大程の大きさ、ってことになる。……おっと、難しい話になってしまったな」
「……つまり、どういうことなの?」
少女はまったく言葉を理解できなかったらしい。目を丸くして香月の話を聞いていたからだ。それに、香月の話を聞いていた間ずっと何もしなかったというのも挙げられるだろう。
香月は苦笑いをして、話を続ける。
「まあ、別にそんな難しい話を知らなくても問題ないよ。ただ、魔術師が使うものだということを覚えてくれれば」
「ふうん……。そうなんだ」
彼女は一瞬俯いて、すぐに顔を上げた。
「わたし、アイリスって言うの」
少女――アイリスは言った。
「アイリスはどうしてここに?」
「……何故かな。覚えていないや」
「覚えていない?」
何か不味いことを聞いてしまったか――彼はそう思った。
しかしアイリスは微笑む。
「覚えていないってことは、覚える意味も無かったってことだと思うの!」
そんなことを元気よく言ったアイリスに彼は戸惑いながらも、話を聞いていく。
「というか、ここはいったいどこなんだ?」
「ここは地下の……牢屋だったと思うよ」
アイリスの言葉に頷く香月。
地下の牢屋ならばあの高い場所にしかない窓にも納得がいく。
「……コンパイルキューブさえあれば、魔術を使うことが出来るんだがなあ」
ぽつり、香月は呟いた。
「コンパイルキューブを使わなければ魔術を使えないの?」
「ああ、残念ながら」
「コンパイルキューブの場所は?」
「解らん。だが、どこか大事なところに仕舞っていると思う」
「……だったら、話は早い」
カシャン、という音を立てて足首と手首につけられた首輪が外れた。
「いったい、何を――」
「簡単なこと」
彼女は両手を、何かボールを持っているように構える。
そして、その手の中心に何か白いボール状の物体が生まれる。
それを見て香月は確信した。
「まさか……いや、そんな、あり得ない! そんな魔術師が居てたまるか!」
そして、そのボールが投げられて――壁に衝突。同時に壁が破壊された。
「……これはいったい」
「話はあとにしましょう。取り敢えず今はあなたのコンパイルキューブを探しに行きましょう。あ、そうだ」
アイリスは彼の目の前に立って、人差し指を上から下にゆっくりと動かした。
それから一瞬遅れて、彼につけられた手枷が外れた。
「問題なさそうだね。それじゃ、向かうよ。いろいろあるだろうけれど、話はあとで。ここを脱出してから凡て、私の知っている限りの情報を話すよ。ただし、ここに入れられた理由はまったく覚えていないけれどね。さあ、どうする? 私と一緒に脱出する?」
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