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都市伝説の魔術師

巫夏希

第一章 少年魔術師と『七つ鐘の願い事』(9)

 その頃。
 地下道を歩く一人の男の姿があった。
 男の名前はディー。組織の一員であり、ある目的をもってこの地下道を歩いていた。

「七つ鐘の願い事」

 歌うように、彼は呟き始める。

「木崎市にある都市伝説の一つ。木崎市にある七つの時計塔にある鐘が同時に鳴ったその時に願ったことは必ず叶うという……。都市伝説としてはおとぎ話に近いが……そもそもそんな話がほんとうにあるのか?」

 ディーは首を傾げる。彼にとってはそんなことどうでもよかったと言えばどうでもいいのだが――しかし気になるのはその真偽だった。

「ボスも言っていたが……。都市伝説の真偽などどうでもいい。その都市伝説を信じる人間の数。それが物を言うのだ、と……。まったく意味が解らないが、しかし、それにより我々の力となるのならば、それはそれで構わない。きっと我々よりも高尚な考えであるに違いない」

 そう飲み込んで、ディーは先に進む。
 気が付けば地下道は地下水脈と化していた。水が滴り落ち、水流が出来ている。

「ふむ……。こんなところにも水脈があるとはね。この市は水資源が豊からしい」

 ディーは呟きながら、まだ地下道を歩いていた。
 目的のものまでは、まだ程遠い。


 ◇◇◇


 その日の夜明け前。
 香月とアイリスは街を駆けていた。
 アイリスから聞いた話を鵜呑みにしたわけではない。ただ彼は確かめたかったのだ。アイリスが言っている、その言葉の意味を。

「私の言葉が信じられないのは解ります。ですが、どこへ向かうというのですか? 今から追いかけても無駄だと思われますが……」
「無駄じゃない。今は情報収集だ。とにかく……報告も兼ねてね」
「ヘテロダインのアジトに向かうというのですか? 私も居るのですよ?」
「君は組織の一員ではないのだろう? 組織からあれ程の虐待を受けていたのだし。それにもし、ヘテロダインについて畏怖や恐怖を抱いているのならば大丈夫。あそこは僕が知っている中で一番安心できる場所だ。先ずあそこならば狙われることは無い」
「……そういうわけではないのだけれど。まあ、いいか」

 アイリスはどうやら彼を説得するのを諦めたらしい。小さく溜息を吐いて、彼女は話を続ける。

「それではヘテロダインに助けを求める、ということになるのですか?」
「うーん……。そういうことになるかな。実際はもう少し証拠を集めておきたかったけれど……、先ずは君から得た情報をボスに伝える。話はそれからだ」
「ボスに?」
「そうだ。僕たちのボス、ユウ・ルーチンハーグ。名前だけなら聞いたことがあるんじゃないか?」
「ユウ・ルーチンハーグ……ルーチンハーグですって?」

 アイリスの驚いた表情を見て、彼は目を丸くした。彼女が魔術師の間では有名であったのを知っていたが、このように仰々しい反応をされるとは思わなかったためである。

「……ルーチンハーグ氏はコンパイルキューブの研究に尽力していた人物であると組織のなかでは伝わっている。我々の使っているコンパイルキューブの元になったのも、ルーチンハーグ氏が研究・開発したものである、と……。そう伝わっている」
「ルーチンハーグ氏……。ちょっと待てよ、ユウ・ルーチンハーグは確かにコンパイルキューブ黎明期から魔術師だった。だが、魔術師として所属していたのは日本の組織だったはずだ」
「日本の組織であると、誰が決めつけたのですか? そもそも、コンパイルキューブが見つかったその場所ですら、あなたは知っているの?」
「それは……」

 彼女の質問に、香月は答えられなかった。

「……話を続けましょう。ルーチンハーグ氏が居たのはアメリカの魔術師組織です。所属はアメリカにありましたが、実際に居た人間は世界各地から……。あなたは知っていますか? 魔術師が生まれた、その始まりの出来事を」
「聞いたことがある。突然百人程度の人間が『自分は魔術が使える』と思いこむようになった。実際には何もできなかったが……同時期にコンパイルキューブが発掘されて世界が一変した。その百人程度の人間が魔術を使いだし、彼らは『魔術師』と名乗った……だったか?」
「そう。その名前をなんて言ったか……『魔術正規化マジック・ノーマライゼーション』だったかしら? 七面倒なネーミングだった気がするからあんまり覚えていないのだけれど」
「ああ、確かそれであっているはずだ。魔術正規化……大層な言葉だ。大層な言葉を使いたがるのが偉い人間の性というものだからね、それについては致し方ないかもしれない」
「魔術正規化によって設立された組織に、所属していたと?」
「ええ。その組織の名前は『アレイスター』。世界で最も有名な魔術師から名前を拝借した。まあ、その組織は今も存続しているのだけれどね。彼らはいまだにコンパイルキューブと魔術師の未来を見続けている。それが正しい方向なのかどうかは解らないけれど」
「まさか……」
「ええ。今回の騒動を引き起こしているのは、魔術師創始から存在する組織――アレイスターよ」

 彼女の言葉と同時に、彼らはある場所へとたどり着いていた。
 とあるマンション、グランバール木崎だ。
 四年前に竣工した比較的新しいマンションのグランバール木崎は八階建てであり、部屋数は百六十室。既にその殆どが満室という大盛況ぶりだ。
カードキーで中に入り、101号室に入る香月とアイリス。

「ここはただのマンションでは……?」
「あの『事件』以降、ヘテロダインも大変でね。アジトへのアプローチについて変えざるを得なくなってしまった。それについては大変難しいことだった。どこにするのか、と言う声もあった。今のアジトに愛着を持つ構成員も居た。だから最終的にアジトの位置を移さずに入口だけ変えようという結論に至った」
「それが……ここ?」
「その一つだ」

 彼はそう言ってカードキーを取り出す。それは先程マンションに入った時とは違うタイプのカードキーのようだった。

「……これは?」
「これを使うことで地下へ行く手段が出てくる、ってわけ」

 そう言って壁のとある場所にカードキーをタッチする。
 壁が左右に開いたのは、そのときだった。
 その中にあったのは、エレベーターだった。

「……これが」
「その通り。これに乗って、僕たちは地下へと向かう。木崎市の地下に広がる、ヘテロダインアジトへね」

 そう言って、香月はエレベーターの中へ入っていく。
 それを追うようにアイリスも向かった。

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