都市伝説の魔術師

巫夏希

第一章 少年魔術師と『七つ鐘の願い事』(10)

 エレベーターのボタンを押して彼らはそのまま待機する。一分もすれば、地下十三階にあるヘテロダインアジトの入り口に到着する。
 香月は開扉ボタンを押して、左手で彼女を促す。
 それを見てアイリスは素直にそれに従った。
 廊下を進むと再び扉にぶつかる。
 扉の隣にある小さな箱に香月は指を押し当てる。
 数秒後、電子音とともに扉が開かれた。

「ここから、ヘテロダインのアジトになる。一応言っておくけれど、悪いことはしないほうが身のためだよ」
「それくらい解っているわよ」

 アイリスは当然とも言える意見に頷くと、香月のあとをゆっくりとついていく。
 香月はそれを見て小さく溜息を吐くと、彼女をエスコートしていく。
 彼女はヘテロダインに招かれた『客人』なのだから、それ相応のことはしなくてはならない。彼女の意志を確認したのだから、それは猶更と言ってもいいだろう。

「それじゃ、ご案内するよ。ようこそ、ヘテロダインアジトへ」

 香月は微笑む。
 それを見てアイリスは一瞬たじろいだが――すぐに冷静を取り戻し、彼の後をついていく。


 ◇◇◇


「おや、珍しい客人だね」

 ユウの部屋に入ろうとノックをしたところ、あちら側から開けられた。
 拍子抜けした彼だったが、仕方なくそのまま入っていくことにする。

「アイリスという少女を匿ってほしい」

 開口一番、香月は言い放った。

「君がそう言うなんて、珍しいことじゃないか?」

 香月の言葉が相当珍しいことだったらしく、ユウはせせら笑っていた。

「緊急事態だ。詳しくは彼女の話を聞いてほしい」
「知っているよ。彼女のことは『読める』。君は私のことを少々買い被っているように見えるが? それとも、君は私のことを――甘く見ているのか?」
「いいや、そんなことは無いよ。組織に所属している魔術師にとって、組織のボスを裏切ること、イコール組織を脱することと等しいからな。それに、それをするということは魔術師稼業がし辛くなることと等しい。そんなことを進んで行う魔術師は何も考えていないか、自分でこの世界を買えようとかいうばかげた思想を持った人間のいずれかに過ぎない」
「……成る程ね。それはそうだ。実際、あの事件以降、私の元を去ろうとした魔術師は一人もいなかった。当然だろうな、ヘテロダインはホワイトエビルを倒したことにより、日本でも最大勢力となったと言っても過言ではない。ヘテロダインを凌駕する魔術師組織などアメリカの……」

 そこまで言ったところで、ユウは一瞬口を噤んだ。

「おい、まさか……彼女がやってきた理由って。アレイスターと全面抗争するつもりじゃないだろうな!? やめろ、そんなことしてはならない! はっきり言おう、あの時、ホワイトエビルに勝つことが出来たのはまったくの偶然だ! ヘテロダインとホワイトエビルの勢力差は一目瞭然だったし、ボスの戦力差も酷いものだった。あの巨大コンパイルキューブを制したからいいものを、あれが出来なかったら完全に失敗していた! 夢実ちゃんが裏切ったことと、ホワイトエビルに関与していた謎の科学者が逃げ出したからこそ計画が成功したというのに! それも無いという今回、完全に我々に勝ち目は無い!」
「……じゃあ、この街を捨てるってことか!? 魔術師組織として、ずっとヘテロダインはここに居たのだろう!! その愛着のある街を、海外からやってきた勢力にはいどうぞ、って渡してしまっていいのかよ!?」
「いい訳ないだろう!!」

 ユウは激昂する――そこで、彼女は漸く状況に気付き、深呼吸を一つする。
 そしてアイリスに謝罪する。

「済まなかったな、見苦しいところをお見せしてしまって」
「いえ、それくらい予想出来ていましたから。私がここに向かうことを決断した、その時から……。争いや諍いが起きるのは解っていましたし、理解していました。ですから、特段驚くこともありません」
「……そうか。アイリス、ほんとうにあなたは変わらないわね」
「え? アイリスとボスは……友達?」
「いう程そういう関係でも無いよ」

 そう言ってユウはワイングラスを傾ける。

「そうですよ」

 ユウの言葉に被せるようにアイリスも言った。

「――ただの同じ意志を持った『仲間』です」

 アイリスの言葉に首を傾げる香月。
 別に単語に違和感を抱いたわけでは無い。
 その言葉を言った――それ程の関係ということが予想外だったからだ。アイリスの年齢は見た感じ……香月と同じか少しだけ大人くらい。つまり十四から十六歳程度だと思ったからだ。
 しかし、あの騒動があったのは少なくとも十年以上前のことだ(ここで年月を明言してしまうと、そこからユウの年齢が解ってしまうため、組織内では明言することを避けている。もし避けなければその身体に雷が当たることになる)。ということはアイリスが魔術師になったのが四歳から六歳――それははっきり言ってほぼ不可能に近いと言っても過言では無い。なぜなら現時点で魔術師の最少は十二歳、小学六年生だ。四歳から六歳で魔術を行使できる魔術師など、今まで聞いたことが無い。

「……年齢を気にしているのかい?」

 ユウの言葉に、彼は我に返る。
 こういう時は嘘を吐かないほうがいい。――どうせ魔術で解ってしまうのだから。
 だから彼は素直に頷いた。

「うん。素直なのはいいことだ。感心するよ。最近は嘘を吐く人間が多いからねえ。どうせ魔術で解ってしまうんだから、はっきりと言ってしまえばいいのに……って思うことが多々あるよ。香月クン、君もそう思わないかい? ……と、今は少なくともそんなことを話している時間では無かったね」

 ユウは咳払いひとつする。

「さてと、それじゃ本題に戻ろう。アレイスターとの全面抗争。これを私がしたがらない理由……解るかい? 言っておくが、別に自分のエリアを気にしているわけでは無い。それ以上の理由だよ」
「それ以上の理由?」
「アレイスターには新しい魔術師が入ったのだよ。そしてその魔術師はどれも精鋭……。当然だよね、アレイスター自体最初に作られた魔術師組織だ。そこに入ることが出来るだけ、魔術師としての箔がつくし、魔術師としてもレベルアップ出来る。それをアレイスターのトップも解っているからこそ、審査も厳しい。結果として、優秀な魔術師があちらに揃うわけだよ」
「……そして、その新しい魔術師、とは?」
「まあ、そう急かすな」

 ユウは空になったワイングラスにワインを補充する。
 ワインが並々に注がれたグラスを傾け、その液体を口の中に流し込んでいく。

「アレイスターには、禁忌と言える魔術を行使できる魔術師が入ったと言われている。それは『絶死魔術』――どういうメカニズムかは知らんが、人を必ず殺すことの出来る魔術だ。なぜ殺すことが出来るのかは知らない。外傷なんて見当たらないのだからな。はっきり言って、その魔術を使われて死んだ人間は『突然死』だ。そういう魔術師が居る。そんな魔術師にどう対策を立てるというんだ?」

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