都市伝説の魔術師
第二章 少年魔術師と『地下六階の少年』(5)
4
サンジェルマンという男がいた。
魔術界隈なら言わずと知れた男である。
彼が有名となった理由をたった一点挙げるならば、誰もが口を揃えてこう言うはずである。
――彼は『不老不死』を成し遂げた人間である、と。
それが本当であるかは定かではない。
だが、彼が実際に不死であったという事実は様々な記録に残されている。殆どの人間はそれを眉唾物として、まったく信じてはいなかったが。
それが嘘であれ真であれ、サンジェルマンが魔術師にとって有名な存在であることは事実である。
彼を知らない人間は魔術師ではない――そういう魔術師もいるくらいに。
一方で、サンジェルマンの不老不死を信じている魔術師がすべてかと言われると、実はそうではない。
魔術師たちの中であっても、彼の行ったことについて賛否両論分かれている。中には、サンジェルマンはファンタジー作家だったという意見もある。ただし、そのような意見は、極論に過ぎないが。
とはいえ。
サンジェルマンの功績を本物と考える人の中では、専らある意見が認められている。
それはサンジェルマンが服用していたある丸薬のことだ。彼は丸薬を服用しており、また、人前で食事をすることもなかったという。
それが事実ならば――、サンジェルマンが飲んでいた丸薬こそ不老不死の鍵を握ると考えられている。
そして飛躍した考えだが、彼の丸薬には二つの仮説がある。一つは、丸薬には身体の老化を食い止める作用のある成分が入っていたこと。そしてもう一つは、丸薬には身体の欠損を補う作用のある成分が入っていたことである。
二つの仮説は非常に相似しているが、しかし完全に異なる点もある。
それは丸薬の作用だ。一つは老化を食い止める作用で、もう一つは欠損を補う作用だ。
普通に考える不老というのは、前者をさす。
だが、人間の細胞は崩壊と再生を繰り返している。老化とはそのサイクルが遅くなるか、あるいは正常に作動しなくなるかのいずれかであるといわれている。
これをサンジェルマンに当てはめてみると、彼の生きた時代での寿命のことや、彼にまつわる様々なエピソードを総合して考察すると、後者が正しいのではないか――そういわれている。
もしその丸薬により欠損部分が再生されるのであればそれは不老不死よりも切望されることなのかもしれない。
サンジェルマンの丸薬。その成分が判明すれば、世界の製薬メーカーは挙って開発を開始し、足並み揃えて販売することだろう。もっとも、それほどに画期的なものが開発されるのならば、もっと大きなカテゴリ――たとえば国家単位で――取り締まることだろう。
それに金儲け目当てに粗悪品を売り出す輩が出てもおかしくない。仮に正規品であっても金目当てに金額を不正に高くしてその利益を得る人間が現れてもなんら不思議ではない。
サンジェルマンの丸薬は、それほど人類に渇望されているものなのだから。
5
香月はベッドの上で目を覚ました。
窓に面した病室で、外がよく見える。
むくり、と身体を起こし、彼は記憶を思い出す。
「僕は……」
だが、香月は――。
「おお、香月クン。目を覚ましたようだね?」
病室のドアは開いていたので、ノックせずに果は入ってきた。
それを香月はぼうっとした目つきで見つめる。
「どうした香月クン。まだ寝足りないのかい? だったら悪いことをしたね、ゆっくりと眠るといいよ」
「あの……」
「うん?」
おどおどしている様子の香月に、少し違和感を抱きつつも彼女は笑みを浮かべる。
そして香月はぽつりぽつり、少しずつ言葉を紡ぎ出していく。
「あなたは……誰ですか?」
◇◇◇
病院の屋上。
果はどこか物悲しげな表情を浮かべて、煙草をふかしていた。
「……香月クンの容体はどうだい」
隣に女性が柵に寄りかかる。
それがユウであることに気付くまで、そう時間はかからなかった。
「容体も何も、最悪だよ。自分の名前以外の凡てを忘れていた。余程酷かったのだろうね。実際、発見者によればその被害は惨たらしいものだったらしいから」
「通り魔……か。しかし香月クンの実力ならば、通り魔を蹴散らすことも容易だったろうに」
「私が考えるに、その通り魔は魔術師だったのではないだろうか?」
そこで柵に寄りかかっていたユウは、果の方に振り返る。
「魔術師……だと?」
「だってそうじゃない。香月クンはランキング四位の実力者。そんな香月クンが手も足も出なかった? そんなことが実際問題有り得るのか、と言われると有り得ない。だからこそ、だからこそ……そういう仮説だって非常に可能性が高いものだと言えるのだよ」
「それはまあ……そうかもしれないが……。だが、香月クンはランキングホルダーだぞ? 倒せる相手も限られてくる」
ユウは明らかに狼狽えていた。
当然だ。香月をあそこまでしたのが魔術師であるならば、これは魔術師――組織同士の『戦争』になる。そんなことは今までに無く、そして有り得ないと言われていたためだ。ホワイトエビルとヘテロダインの全面抗争の時は、ホワイトエビルの悪態を取り締まるのが目的だったが、今回は違う。
記憶を失う程の被害を受けた、組織の魔術師。
そしてそれに対する制裁。
それが今回だった。
「……香月クンの身体は?」
「残念ながら生殖を司る部位が綺麗に抜き取られている。あれじゃ、女性を孕ませることは愚か穴に差すことも出来やしない。子宮と卵巣が無い女子と一緒だ」
「もっと、真面目に言ってほしいのだけれど?」
「真面目に言っているつもりだよ。これでも結構ヤバイと思っていてね? というか、これ以上に被害があるから厄介なんだよ。彼は縫合もされないまま身体を開かれて放置されていた。だから菌が身体の中に入ってしまって、腎臓の一部と肝臓も異変を起こしている。あと無理矢理に『切断』したからか膀胱も破砕していてね……。今の彼には普通に生活していくことも難しいだろう」
酷かった。
ユウが思っていた以上に、彼の状態は最悪だった。
サンジェルマンという男がいた。
魔術界隈なら言わずと知れた男である。
彼が有名となった理由をたった一点挙げるならば、誰もが口を揃えてこう言うはずである。
――彼は『不老不死』を成し遂げた人間である、と。
それが本当であるかは定かではない。
だが、彼が実際に不死であったという事実は様々な記録に残されている。殆どの人間はそれを眉唾物として、まったく信じてはいなかったが。
それが嘘であれ真であれ、サンジェルマンが魔術師にとって有名な存在であることは事実である。
彼を知らない人間は魔術師ではない――そういう魔術師もいるくらいに。
一方で、サンジェルマンの不老不死を信じている魔術師がすべてかと言われると、実はそうではない。
魔術師たちの中であっても、彼の行ったことについて賛否両論分かれている。中には、サンジェルマンはファンタジー作家だったという意見もある。ただし、そのような意見は、極論に過ぎないが。
とはいえ。
サンジェルマンの功績を本物と考える人の中では、専らある意見が認められている。
それはサンジェルマンが服用していたある丸薬のことだ。彼は丸薬を服用しており、また、人前で食事をすることもなかったという。
それが事実ならば――、サンジェルマンが飲んでいた丸薬こそ不老不死の鍵を握ると考えられている。
そして飛躍した考えだが、彼の丸薬には二つの仮説がある。一つは、丸薬には身体の老化を食い止める作用のある成分が入っていたこと。そしてもう一つは、丸薬には身体の欠損を補う作用のある成分が入っていたことである。
二つの仮説は非常に相似しているが、しかし完全に異なる点もある。
それは丸薬の作用だ。一つは老化を食い止める作用で、もう一つは欠損を補う作用だ。
普通に考える不老というのは、前者をさす。
だが、人間の細胞は崩壊と再生を繰り返している。老化とはそのサイクルが遅くなるか、あるいは正常に作動しなくなるかのいずれかであるといわれている。
これをサンジェルマンに当てはめてみると、彼の生きた時代での寿命のことや、彼にまつわる様々なエピソードを総合して考察すると、後者が正しいのではないか――そういわれている。
もしその丸薬により欠損部分が再生されるのであればそれは不老不死よりも切望されることなのかもしれない。
サンジェルマンの丸薬。その成分が判明すれば、世界の製薬メーカーは挙って開発を開始し、足並み揃えて販売することだろう。もっとも、それほどに画期的なものが開発されるのならば、もっと大きなカテゴリ――たとえば国家単位で――取り締まることだろう。
それに金儲け目当てに粗悪品を売り出す輩が出てもおかしくない。仮に正規品であっても金目当てに金額を不正に高くしてその利益を得る人間が現れてもなんら不思議ではない。
サンジェルマンの丸薬は、それほど人類に渇望されているものなのだから。
5
香月はベッドの上で目を覚ました。
窓に面した病室で、外がよく見える。
むくり、と身体を起こし、彼は記憶を思い出す。
「僕は……」
だが、香月は――。
「おお、香月クン。目を覚ましたようだね?」
病室のドアは開いていたので、ノックせずに果は入ってきた。
それを香月はぼうっとした目つきで見つめる。
「どうした香月クン。まだ寝足りないのかい? だったら悪いことをしたね、ゆっくりと眠るといいよ」
「あの……」
「うん?」
おどおどしている様子の香月に、少し違和感を抱きつつも彼女は笑みを浮かべる。
そして香月はぽつりぽつり、少しずつ言葉を紡ぎ出していく。
「あなたは……誰ですか?」
◇◇◇
病院の屋上。
果はどこか物悲しげな表情を浮かべて、煙草をふかしていた。
「……香月クンの容体はどうだい」
隣に女性が柵に寄りかかる。
それがユウであることに気付くまで、そう時間はかからなかった。
「容体も何も、最悪だよ。自分の名前以外の凡てを忘れていた。余程酷かったのだろうね。実際、発見者によればその被害は惨たらしいものだったらしいから」
「通り魔……か。しかし香月クンの実力ならば、通り魔を蹴散らすことも容易だったろうに」
「私が考えるに、その通り魔は魔術師だったのではないだろうか?」
そこで柵に寄りかかっていたユウは、果の方に振り返る。
「魔術師……だと?」
「だってそうじゃない。香月クンはランキング四位の実力者。そんな香月クンが手も足も出なかった? そんなことが実際問題有り得るのか、と言われると有り得ない。だからこそ、だからこそ……そういう仮説だって非常に可能性が高いものだと言えるのだよ」
「それはまあ……そうかもしれないが……。だが、香月クンはランキングホルダーだぞ? 倒せる相手も限られてくる」
ユウは明らかに狼狽えていた。
当然だ。香月をあそこまでしたのが魔術師であるならば、これは魔術師――組織同士の『戦争』になる。そんなことは今までに無く、そして有り得ないと言われていたためだ。ホワイトエビルとヘテロダインの全面抗争の時は、ホワイトエビルの悪態を取り締まるのが目的だったが、今回は違う。
記憶を失う程の被害を受けた、組織の魔術師。
そしてそれに対する制裁。
それが今回だった。
「……香月クンの身体は?」
「残念ながら生殖を司る部位が綺麗に抜き取られている。あれじゃ、女性を孕ませることは愚か穴に差すことも出来やしない。子宮と卵巣が無い女子と一緒だ」
「もっと、真面目に言ってほしいのだけれど?」
「真面目に言っているつもりだよ。これでも結構ヤバイと思っていてね? というか、これ以上に被害があるから厄介なんだよ。彼は縫合もされないまま身体を開かれて放置されていた。だから菌が身体の中に入ってしまって、腎臓の一部と肝臓も異変を起こしている。あと無理矢理に『切断』したからか膀胱も破砕していてね……。今の彼には普通に生活していくことも難しいだろう」
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