都市伝説の魔術師
第二章 少年魔術師と『地下六階の少年』(6)
「最悪も最悪。寧ろよくこんな状況で放っておける人間が居たね、と思うくらいだよ。私からしてみればそんなの人間がすることじゃない……そう思えるほどにね」
「そんな状況だった彼を、あそこまで治してくれて、ほんとうにありがとう……」
ユウは彼女に向かって頭を下げた。
「礼なんて要らないわよ。私はあの子の親戚だからね。それくらいしてあげるのが当然ってものよ。寧ろ、何もしないほうがおかしな話なのだから。よくいるでしょう? お金さえ出せばいい。やらない善よりやる偽善……いい響きの言葉よ。別に私の家族だから、普通に手術したり治療したり……そしてその費用は私が凡て負担したわけだけれど、私はきっと、他人の子供であっても治療すると思うよ。それが医者の使命だから。私はそう、思うから」
「……そうね。思えばあなたは昔からそういう人だった。困った人が居たら必ず助ける……ヒーローみたいな存在だった。それがあなた……湯川果だったわよね」
「止してよ、昔の話よ。そんなの」
「……昔の話、か。でもそれ程昔でも無いでしょう? 柊木香月を引き取ってから未だ十年しか時は経っていない。未だ復活出来るよ」
「未だ十年? もう十年の間違いじゃないかしら」
彼女の言葉にユウは微笑む。
「謙遜しなくてもいいのよ。あなたは私よりも強かったじゃない。いいえ、あの時の……『アレイスター』の創始メンバーで一番強かったのは、あの子を除いてあなたが一番だった」
「あの子……ああ、そうだったわね」
果は視線を落とす。
「アリス・テレジア。……かつて最強と謳われた魔術師。あの子も、もし今の世界に生きていたら……ヘテロダインやホワイトエビルのような組織に派生することも無かった。きっと彼女がアレイスターのトップに君臨していたでしょうから」
アリス・テレジア。
ユウが言ったその名前に、果はぴくりと反応する。
「……別に、あなたが悪いわけではないよ。湯川果。あなたは目の前でそれをみていただけに過ぎない。君は悪くない。過失だ。事故だ。事件ではない。犯人ではない」
「犯人で無かったにせよ、過失であったにせよ、事故であったにせよ、彼女が私の目の前で死んでしまったことには変わりないわ」
「やはり。未だあのことを悔やんでいるのかい。悔やみきれていないのかい。別にそれについて、私は悪く言わないよ。だって君は悪くないのだから。けれど、いつまでそうして後ろ向きに考えるんだい? 死んだ彼女に悪いとは思わないか?」
「悪いと思っているわよ。思っているから、こうして――」
「いいや、違うね。それは間違っている。君は彼女の死をいい風に扱っているだけだ。彼女の死の記憶を、うまい隠れ蓑にしているだけなんだ!」
「違う! そんなはずは――」
「五月蠅いですよ! 湯川先生! ここは病院なんです!」
声がした。
声はユウと果の口論を完全に停止させた。
それから少しして、病室に一人のナースが入ってきた。
ナースは小柄で、どこか幼い印象に見える。――本人曰く、小学生に間違えられたこともあるらしい。
黒髪のナースは丸い瞳をユウと果のほうに向ける。頬を膨らませているところを見る限り、怒っているのは簡単に解った。
「もう! 先生がそんなルールを守らなかったら、お見舞いに来る人も迷惑ですしルールを守らなくなります! 先生が壁際族なのは知っていますが、せめてルールというものを理解してください! でないと私が怒られちゃうんですよう!」
「済まないねえ。でも、一つ訂正しておこうか、由美ちゃん。私は壁際族じゃなくて窓際だ。それに族なんてネーミングセンスは少々古いねえ。私でもそんな単語思いつきやしないよ。窓際部署、なら聞いたことがあるけれど。そう言えば窓際の人が活躍する二時間ドラマ、由美ちゃん予約しておいてくれた?」
「そういう話じゃありませんよう!」
瞳を潤ませながら由美と呼ばれたナースは果に殴りかかる。しかしながら彼女の拳はとても小さく、まるで子供が泣きべそをかいて親に詰め寄っているのと同義に見えてしまう。
「……果、あなたいつの間に子供を?」
「失敬な。彼女は同僚だよ。年齢不詳、だけれど身長は小学校三年生レベル。何と言うかミステリアスだよ」
「本人を目の前にしてそんな発言しないでください! ……おっと、病院なのに大声を出してしまいました。すいません」
ぺこり、という擬音がつくほど可愛らしく頭を下げて謝罪する由美。
「……それにしても同僚、ねえ? ほんとうに娘、もしくは妹にしか見えないぞ?」
「彼女を妹に出来るくらいなら喜んで、と言いたいところだけれどね」
未だ本人を目の前にして軽口をたたくほどの余裕があるらしい。
由美はそんな医者には興味が無いとでも言わんばかりに勢いよく踵を返す。
「おいおいどうしたんだ、病室はここだぞ?」
「一先ず様子を見に来ただけです。隣の病室を見たらまた戻ってきます!」
そう言って由美は駆け出していった。
「まったく……忙しないなあ、由美ちゃんも。まあ、私のことを気遣ってくれるのは大変うれしいことなのだけれどね」
「あなた専属じゃないってことね……」
「そりゃ当然だろう? 私専属のナースがいるとでも思ったのかい」
「別にそういうつもりで言ったわけではないのだけれど……まあいいか。とにかく、急いで彼を治療せねば」
「治療できるの?」
「今は彼を正常に戻すだけ。いろんな身体の機能は失ってしまって、性別の尊厳も失ったに等しいけれど、今は彼を生かすことだけを考えなくちゃ」
「それは頼もしい言葉ね、とても」
そしてユウと果は分かれた。
果は彼女にとって数少ない家族を救うために。
ユウは彼女にとって大切な仲間の敵を討つために。
それぞれ行動を――開始した。
「そんな状況だった彼を、あそこまで治してくれて、ほんとうにありがとう……」
ユウは彼女に向かって頭を下げた。
「礼なんて要らないわよ。私はあの子の親戚だからね。それくらいしてあげるのが当然ってものよ。寧ろ、何もしないほうがおかしな話なのだから。よくいるでしょう? お金さえ出せばいい。やらない善よりやる偽善……いい響きの言葉よ。別に私の家族だから、普通に手術したり治療したり……そしてその費用は私が凡て負担したわけだけれど、私はきっと、他人の子供であっても治療すると思うよ。それが医者の使命だから。私はそう、思うから」
「……そうね。思えばあなたは昔からそういう人だった。困った人が居たら必ず助ける……ヒーローみたいな存在だった。それがあなた……湯川果だったわよね」
「止してよ、昔の話よ。そんなの」
「……昔の話、か。でもそれ程昔でも無いでしょう? 柊木香月を引き取ってから未だ十年しか時は経っていない。未だ復活出来るよ」
「未だ十年? もう十年の間違いじゃないかしら」
彼女の言葉にユウは微笑む。
「謙遜しなくてもいいのよ。あなたは私よりも強かったじゃない。いいえ、あの時の……『アレイスター』の創始メンバーで一番強かったのは、あの子を除いてあなたが一番だった」
「あの子……ああ、そうだったわね」
果は視線を落とす。
「アリス・テレジア。……かつて最強と謳われた魔術師。あの子も、もし今の世界に生きていたら……ヘテロダインやホワイトエビルのような組織に派生することも無かった。きっと彼女がアレイスターのトップに君臨していたでしょうから」
アリス・テレジア。
ユウが言ったその名前に、果はぴくりと反応する。
「……別に、あなたが悪いわけではないよ。湯川果。あなたは目の前でそれをみていただけに過ぎない。君は悪くない。過失だ。事故だ。事件ではない。犯人ではない」
「犯人で無かったにせよ、過失であったにせよ、事故であったにせよ、彼女が私の目の前で死んでしまったことには変わりないわ」
「やはり。未だあのことを悔やんでいるのかい。悔やみきれていないのかい。別にそれについて、私は悪く言わないよ。だって君は悪くないのだから。けれど、いつまでそうして後ろ向きに考えるんだい? 死んだ彼女に悪いとは思わないか?」
「悪いと思っているわよ。思っているから、こうして――」
「いいや、違うね。それは間違っている。君は彼女の死をいい風に扱っているだけだ。彼女の死の記憶を、うまい隠れ蓑にしているだけなんだ!」
「違う! そんなはずは――」
「五月蠅いですよ! 湯川先生! ここは病院なんです!」
声がした。
声はユウと果の口論を完全に停止させた。
それから少しして、病室に一人のナースが入ってきた。
ナースは小柄で、どこか幼い印象に見える。――本人曰く、小学生に間違えられたこともあるらしい。
黒髪のナースは丸い瞳をユウと果のほうに向ける。頬を膨らませているところを見る限り、怒っているのは簡単に解った。
「もう! 先生がそんなルールを守らなかったら、お見舞いに来る人も迷惑ですしルールを守らなくなります! 先生が壁際族なのは知っていますが、せめてルールというものを理解してください! でないと私が怒られちゃうんですよう!」
「済まないねえ。でも、一つ訂正しておこうか、由美ちゃん。私は壁際族じゃなくて窓際だ。それに族なんてネーミングセンスは少々古いねえ。私でもそんな単語思いつきやしないよ。窓際部署、なら聞いたことがあるけれど。そう言えば窓際の人が活躍する二時間ドラマ、由美ちゃん予約しておいてくれた?」
「そういう話じゃありませんよう!」
瞳を潤ませながら由美と呼ばれたナースは果に殴りかかる。しかしながら彼女の拳はとても小さく、まるで子供が泣きべそをかいて親に詰め寄っているのと同義に見えてしまう。
「……果、あなたいつの間に子供を?」
「失敬な。彼女は同僚だよ。年齢不詳、だけれど身長は小学校三年生レベル。何と言うかミステリアスだよ」
「本人を目の前にしてそんな発言しないでください! ……おっと、病院なのに大声を出してしまいました。すいません」
ぺこり、という擬音がつくほど可愛らしく頭を下げて謝罪する由美。
「……それにしても同僚、ねえ? ほんとうに娘、もしくは妹にしか見えないぞ?」
「彼女を妹に出来るくらいなら喜んで、と言いたいところだけれどね」
未だ本人を目の前にして軽口をたたくほどの余裕があるらしい。
由美はそんな医者には興味が無いとでも言わんばかりに勢いよく踵を返す。
「おいおいどうしたんだ、病室はここだぞ?」
「一先ず様子を見に来ただけです。隣の病室を見たらまた戻ってきます!」
そう言って由美は駆け出していった。
「まったく……忙しないなあ、由美ちゃんも。まあ、私のことを気遣ってくれるのは大変うれしいことなのだけれどね」
「あなた専属じゃないってことね……」
「そりゃ当然だろう? 私専属のナースがいるとでも思ったのかい」
「別にそういうつもりで言ったわけではないのだけれど……まあいいか。とにかく、急いで彼を治療せねば」
「治療できるの?」
「今は彼を正常に戻すだけ。いろんな身体の機能は失ってしまって、性別の尊厳も失ったに等しいけれど、今は彼を生かすことだけを考えなくちゃ」
「それは頼もしい言葉ね、とても」
そしてユウと果は分かれた。
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