都市伝説の魔術師
第二章 少年魔術師と『地下六階の少年』(7)
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ある日の新聞。
新聞記者が記す、社説記事より。
あの事故からもう十年が経った。木崎市の住民が恐れ戦いた飛行機事故のことである。あの飛行機事故を忘れることが出来るのは、非情で残酷な人間ばかりではない。いいや、そればかりではない。人間の記憶力というのは曖昧模糊なものであり、あっさりとその記憶が薄れていってしまうのである。
恥ずかしながら、筆者もこの記事を書くまで記憶が薄れていた。十年前の新聞記事はスキャニングされてPDF化しているので、いつでも読むことが出来る。色あせないことは素晴らしいと思いながらも、人々の関心が薄れていく象徴のように思えてしまう。
閑話休題。
PDF化された新聞記事をリーダーで読むと、第三者的視線でその物事を眺めることが出来る。
一つは事故により木崎市へのトラヒックが増大し、携帯会社が謝罪したこと。
かつては我々も敵意のある記事を書いていたと思う。しかしながら、災害とはいつ起きるか解らないものであり、たとえそれに対する対応が間に合わないものであったとしても、けっしてそれに対する批判をヒートアップさせてはならない――そう感じた。
現に今、LTEやWiMAXが流行となっているこのご時世。
木崎市ではいち早く次の世代が到来するのではないか、と噂になっている。
あくまでも噂だが、かつて災害によりトラヒックが増大し回線がパンクしてしまったこの街に、二度とそのようなことが起こらないように、新世代の通信技術をいち早く導入しようとしているのではないか、といった仮説も立てることが出来る。
しかしながら、それに対する世論について私は一石を投じたい。
どうして携帯回線の混雑緩和を否定する世論になっているのか、私は解らない。
十年前、携帯電話会社の社長が会見で述べたことを、新聞記事ではこう綴っている。
――この事故の代償として、もっとも新しい世代をこの街から発信していくことを、今ここで宣言する。
それを覚えていたのかどうかは定かでは無い。
しかしながら、もしそれが本当に覚えていたものであったとするならば。
それはとても平和なものであるとはいえないだろうか。
人と人の信頼関係が、十年の時を経て来たのだと思うと、とても感慨深い。
6
雨が降っていた。
木崎市上空には黒雲が立ち込めており、今にも雷が落ちてきそうだった。
「……それにしても、こんな雨が降るなんて。天気予報では言っていたかな?」
その小柄な少年は、傘もささずにパーカーを被っていた。
歳は十二歳程度だろうか。紺色のパーカーからはみ出る程茶色の髪は長く、その髪は肩まで伸びていた。ポケット付きのパーカーとショートパンツにブーツ、ソックスや中のシャツの色はパーカーの紺色よりも目立つスカイブルー。眼は髪の色よりも濃い茶色で、その目線はとても鋭い。
その少年は街を歩いていた。
木崎市中心にある立体交差橋梁、ユグドラシル・ブリッジ。
立体交差と分岐を含めて七つの場所へ行くことが出来るため名づけられた橋だ。その中心には時計塔があり、木崎市の待ち合わせスポットとして屈指の場所である。
少年は辺りを見わたしていた。
どうやら誰かを探しているようだった。救済を求めているようだった。
彼に救ってほしい。彼と話がしたい。
彼と……会いたい。
話すことが出来なくてもいいから、その言葉を吐露するだけでもいいから。
少年は彼に会いたかった。
「おかしいなあ……。この辺りならば、彼と出会うことが出来るはずなのに」
少年は彼が訪れるのを待った。
しかし彼どころか、誰も歩いちゃ来ない。
この雨ならば、木崎市の隣町にある黒川市のハッピーランドが実施しているレイニーパレード目当ての客くらいしか歩いていない。しかもハッピーランドからやってくる客はほんの少しだし、この雨の中わざわざここまで歩いて来ようとは思わない。ここはモノレールの駅から近いということもあるが、だからといってここに人が訪れるわけが――。
――あった。
「……?」
少年は黄色の雨合羽を着た子供の姿に気が付いた。
傘も黄色、ランドセルのようなものを背負っているところを見る限り――彼は小学生なのだろう。こちらに向かってくる様子に、何の不信感も抱くことは無かった。
もしも少年が魔術師であったならば。
その違和感に少しでも気付けたかもしれないというのに。
子供はゆっくりと少年の待つ時計塔へと向かってくる。
少年はそれに何の違和感も抱かずに、子供の姿を見つめていた。
子供が少年の目の前まで来たとき。
子供は立ち止まった。
「どうしたの?」
少年は疑問に思って訊ねる。
子供は少年の方をゆっくりと――向いた。
そこにあったのは、無だった。
「……!」
思わず悲鳴をあげそうになったが、何とか気持ちを抑え込む。
雨合羽の中には闇が広がっていた。
漆黒だ。まさしく闇。その中には無限が広がっている。
「ねえ。君はいったい何を待っているノ?」
闇は、どこから声を出しているのか解らないが、そう声を出した。
はっきりとそう、聞こえた。
少年は何も言えなかった。
少年は身体が震えていた。
早く彼に会いたかった。
早く彼に助けを求めたかった。
「……もしかして、柊木香月のことを待っているのかナ?」
「なぜ、そのことを……」
少年の声は震えていた。
目の前に立っている存在が、信じられなかったからだ。
闇は笑い声を上げる。
「それくらい知っているよ。彼に近付く存在は凡て、ね。彼は特殊な人間だ。力をつけていけば世界すら滅ぼしかねない。だから、僕たちが彼の力を封じた。時限爆弾もプラスしてネ」
「じ、時限爆弾……!? いったい彼に何をしたというんだ!」
少年は慌てて闇の肩を掴む。中身は闇が広がっていたから触れることも出来ないと思っていたが、それはあっさりと出来た。
「知りたいかイ? 彼は魔術師でネ。魔術を使うことが出来るのだヨ。けれど力が強すぎル。だから魔術師としての力を奪った、ということだヨ。そういうことで、僕たちは救われるのだから」
「彼が救われていないじゃないか!」
その言葉に闇は溜息を吐き、言った。
「ならば、問おうカ。君は一人の人間と、世界。天秤にかけて一人の人間を選ぼうというのかイ?」
ある日の新聞。
新聞記者が記す、社説記事より。
あの事故からもう十年が経った。木崎市の住民が恐れ戦いた飛行機事故のことである。あの飛行機事故を忘れることが出来るのは、非情で残酷な人間ばかりではない。いいや、そればかりではない。人間の記憶力というのは曖昧模糊なものであり、あっさりとその記憶が薄れていってしまうのである。
恥ずかしながら、筆者もこの記事を書くまで記憶が薄れていた。十年前の新聞記事はスキャニングされてPDF化しているので、いつでも読むことが出来る。色あせないことは素晴らしいと思いながらも、人々の関心が薄れていく象徴のように思えてしまう。
閑話休題。
PDF化された新聞記事をリーダーで読むと、第三者的視線でその物事を眺めることが出来る。
一つは事故により木崎市へのトラヒックが増大し、携帯会社が謝罪したこと。
かつては我々も敵意のある記事を書いていたと思う。しかしながら、災害とはいつ起きるか解らないものであり、たとえそれに対する対応が間に合わないものであったとしても、けっしてそれに対する批判をヒートアップさせてはならない――そう感じた。
現に今、LTEやWiMAXが流行となっているこのご時世。
木崎市ではいち早く次の世代が到来するのではないか、と噂になっている。
あくまでも噂だが、かつて災害によりトラヒックが増大し回線がパンクしてしまったこの街に、二度とそのようなことが起こらないように、新世代の通信技術をいち早く導入しようとしているのではないか、といった仮説も立てることが出来る。
しかしながら、それに対する世論について私は一石を投じたい。
どうして携帯回線の混雑緩和を否定する世論になっているのか、私は解らない。
十年前、携帯電話会社の社長が会見で述べたことを、新聞記事ではこう綴っている。
――この事故の代償として、もっとも新しい世代をこの街から発信していくことを、今ここで宣言する。
それを覚えていたのかどうかは定かでは無い。
しかしながら、もしそれが本当に覚えていたものであったとするならば。
それはとても平和なものであるとはいえないだろうか。
人と人の信頼関係が、十年の時を経て来たのだと思うと、とても感慨深い。
6
雨が降っていた。
木崎市上空には黒雲が立ち込めており、今にも雷が落ちてきそうだった。
「……それにしても、こんな雨が降るなんて。天気予報では言っていたかな?」
その小柄な少年は、傘もささずにパーカーを被っていた。
歳は十二歳程度だろうか。紺色のパーカーからはみ出る程茶色の髪は長く、その髪は肩まで伸びていた。ポケット付きのパーカーとショートパンツにブーツ、ソックスや中のシャツの色はパーカーの紺色よりも目立つスカイブルー。眼は髪の色よりも濃い茶色で、その目線はとても鋭い。
その少年は街を歩いていた。
木崎市中心にある立体交差橋梁、ユグドラシル・ブリッジ。
立体交差と分岐を含めて七つの場所へ行くことが出来るため名づけられた橋だ。その中心には時計塔があり、木崎市の待ち合わせスポットとして屈指の場所である。
少年は辺りを見わたしていた。
どうやら誰かを探しているようだった。救済を求めているようだった。
彼に救ってほしい。彼と話がしたい。
彼と……会いたい。
話すことが出来なくてもいいから、その言葉を吐露するだけでもいいから。
少年は彼に会いたかった。
「おかしいなあ……。この辺りならば、彼と出会うことが出来るはずなのに」
少年は彼が訪れるのを待った。
しかし彼どころか、誰も歩いちゃ来ない。
この雨ならば、木崎市の隣町にある黒川市のハッピーランドが実施しているレイニーパレード目当ての客くらいしか歩いていない。しかもハッピーランドからやってくる客はほんの少しだし、この雨の中わざわざここまで歩いて来ようとは思わない。ここはモノレールの駅から近いということもあるが、だからといってここに人が訪れるわけが――。
――あった。
「……?」
少年は黄色の雨合羽を着た子供の姿に気が付いた。
傘も黄色、ランドセルのようなものを背負っているところを見る限り――彼は小学生なのだろう。こちらに向かってくる様子に、何の不信感も抱くことは無かった。
もしも少年が魔術師であったならば。
その違和感に少しでも気付けたかもしれないというのに。
子供はゆっくりと少年の待つ時計塔へと向かってくる。
少年はそれに何の違和感も抱かずに、子供の姿を見つめていた。
子供が少年の目の前まで来たとき。
子供は立ち止まった。
「どうしたの?」
少年は疑問に思って訊ねる。
子供は少年の方をゆっくりと――向いた。
そこにあったのは、無だった。
「……!」
思わず悲鳴をあげそうになったが、何とか気持ちを抑え込む。
雨合羽の中には闇が広がっていた。
漆黒だ。まさしく闇。その中には無限が広がっている。
「ねえ。君はいったい何を待っているノ?」
闇は、どこから声を出しているのか解らないが、そう声を出した。
はっきりとそう、聞こえた。
少年は何も言えなかった。
少年は身体が震えていた。
早く彼に会いたかった。
早く彼に助けを求めたかった。
「……もしかして、柊木香月のことを待っているのかナ?」
「なぜ、そのことを……」
少年の声は震えていた。
目の前に立っている存在が、信じられなかったからだ。
闇は笑い声を上げる。
「それくらい知っているよ。彼に近付く存在は凡て、ね。彼は特殊な人間だ。力をつけていけば世界すら滅ぼしかねない。だから、僕たちが彼の力を封じた。時限爆弾もプラスしてネ」
「じ、時限爆弾……!? いったい彼に何をしたというんだ!」
少年は慌てて闇の肩を掴む。中身は闇が広がっていたから触れることも出来ないと思っていたが、それはあっさりと出来た。
「知りたいかイ? 彼は魔術師でネ。魔術を使うことが出来るのだヨ。けれど力が強すぎル。だから魔術師としての力を奪った、ということだヨ。そういうことで、僕たちは救われるのだから」
「彼が救われていないじゃないか!」
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