都市伝説の魔術師
第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(1)
1
そのデータは流出を恐れ、厳重に保管されていた。
インターネットにつなぐときも有線限定で、なおかつ五十桁以上のパスワードを連続三回打ち込まなくてはならない。
さらにデータをUSBやメモリースティックなどの媒体に入れることも禁止されている。それ程までに重要に情報統制が為されている、データ。その正体はプログラムとも歴史書のコピーとも、それ以外とも言われている。
要するに、その正解はだれにも解らないのである。
「……そして、ここにそのデータがある……と?」
少女は笑みを浮かべ、男に訊ねる。
その少女はデニムのショートパンツを穿いて、紺色のパーカーに身を包んでいる。茶色の髪はボブになっている。
少女は机の上に足を乗せるという大胆極まりないかつ非常識な格好で男の話を聞いていた。
第一、男の話には不可解な点があり――それでいて非現実的だった。男の話には現実味が無かった。希望ばかりを言っていた。
だからこそ、意味深長な言葉を無視せずに、どうにか理解できるよう噛み砕いていく必要があったのだ。
「……実際問題、君はこのデータを理解していないのだろう? だから、資料を用意した。よく読んでおきたまえ」
彼女は資料を貰い、表紙を見る。
そこにはこう書かれていた。
――『青行灯』召喚儀式について。
「青行灯?」
「それも知らずに否定していたのか? 百物語の最後に登場すると言われている妖怪のことだよ。しかしながら、百物語を最後までする人間は居なかったらしい。だから、青行灯の姿を見たことのある人間は、誰も居ない。あくまでも実しやかに語られているだけに過ぎない」
「……しかし、話を聞いているだけだと、青行灯は百物語。あなたが、いいえ、この組織が集めているのは都市伝説に過ぎない。私たちの目的と乖離するように思えるけれど?」
「それは解っている。だが、都市伝説一つ一つはちっぽけなものであっても、それは立派な物語だよ。怪談とでも言えばいいか。たくさんの人間に実しやかに語られる……そしてその物語は同じようで少しずつ形を変えていく。本当の都市伝説を話している人も居れば、そこから形を変えた虚構を話している人だっているわけだよ。その影響力は凄まじい。それを『一つの物語』として数えることが出来る程にね。そうして出来上がった百の物語は木崎市という大きなフィールドを舞台に具現化される」
「……青行灯を生み出して、何をすることが目的なのよ?」
「青行灯を生み出すことで、木崎市のフィールド変数を書き換える。属性を変えると言えばいいかな。属性を変えることで稼働が停止するシステムもある。しかし、裏を返せば稼働しなかったシステムが稼働を再開する、或いは稼働するものもある。……即ち、この街の仕組みが大きく変わる」
「……変わると言ったって、物理的にでは無いでしょう? そもそも生まれた存在が青行灯という、特殊な存在なのだから」
「勿論。物理的では無い、別レイヤーの仕組みを融和させて合わせていく。それが、目的だよ」
「融和……融合? いったい、何を? どうやって?」
「この世界と、『ある可能性の世界』凡てだ」
その一言で。
たった、その一言で彼女は恐怖心に襲われる。
嘗めていたロリポップキャンディを床に落としてしまう。
「……おや、勿体無いよ?」
――が、実際には落とすことは無く、男によって落下は防がれた。
ノーモーションによる魔術の行使。
少女――羽田野ナナにとって、それは貫禄にも見えた。
「……ノーモーション魔術がそれ程珍しいですか?」
「ええ。そりゃそう決まっている。私たち魔術師はコンパイルキューブを使わなければ、魔術を使うことが出来ないのだから」
「ノーモーション……ねえ。それがどれほど珍しいことなのか、僕にはさっぱり理解できないよ。僕の周りではノーモーションで魔術を行使することが普通だったし。君たちがおかしいだけなのではないかい? 実は魔術が使えるとか、ノーモーションで」
「ほんとうに使えるのならば、とっくに使っているよ」
溜息を吐くナナ。
「……それもそうか。確かにそうなのかもしれないなあ。噂によればコンパイルキューブは魔術を使うためでは無く、その力を自制するためとも言われているが、まあ、そんなことはどうだっていい」
「何か今一瞬、すごくどうでもよくない発言が聞こえた気がするけれど?」
「気のせいだよ、無視しなさい。そして聞かなかったことにしなさい」
「……ふうん、何か考えているのなら、まあ別にいいけれど」
ナナはそう言って足を組み替える。
仕草さえ見れば大人の女性のそれだが、いかんせん彼女は身長が低く、体つきもどちらかと言えば幼く見えるので、子供が大人に近づこうと背伸びしているものにしか見えない。
男はそれがとても面白かった。とはいえ、それを顔に出すと彼女に怒られるので、あくまでも心の中に留める。
「……まあ、話を戻そう。この世界と可能性の世界を結合させる。僕はそう言った。実際問題、それによって何が出来るだろうか? 何が生まれるだろうか? 答えは単純だよ。ビッグバンだ。大爆発。異なる文化、異なる世界、異なる種族……すべての可能性が一つの世界に合流し、そして一つの帰着を迎える。それが崩壊を迎えるのか再生を迎えるのか融合を迎えるのか……。それは誰にも解らないよ。だが、それをするには充分なエネルギーが未だ無いと言える。先ずは青行灯を復活させなくてはならないのだからね」
「……青行灯を復活させるために、わざわざこの街を選んだのも?」
「ああ、そうだ。都市伝説がこの街だけに六つ存在している。そしてその都市伝説一つ一つが大きなエネルギーを包含している。わざわざ魔術師をこの街に呼んで良かったよ、羽田野ナナ」
それを聞いてナナは首を傾げる。
「まあ、お金を貰えるから、しているだけのこと。これが終わればお金の事は……解っているでしょうね?」
男はそれを聞いてゆっくりと頷き、笑みを浮かべる。
「ああ、解っているとも。君が一生豪遊できる程のお金を用意してある。仕事が終了次第、それを受け渡すよ。それに、そのように契約も交わしただろう? だから、訝しんでいる必要はない。君は仕事に集中してくれれば、それで構わない」
「……まあ、別に構わないけれど」
ナナは立ち上がり、踵を返す。
「お姉ちゃんにさえ手を出さなければ、私は別に」
そのデータは流出を恐れ、厳重に保管されていた。
インターネットにつなぐときも有線限定で、なおかつ五十桁以上のパスワードを連続三回打ち込まなくてはならない。
さらにデータをUSBやメモリースティックなどの媒体に入れることも禁止されている。それ程までに重要に情報統制が為されている、データ。その正体はプログラムとも歴史書のコピーとも、それ以外とも言われている。
要するに、その正解はだれにも解らないのである。
「……そして、ここにそのデータがある……と?」
少女は笑みを浮かべ、男に訊ねる。
その少女はデニムのショートパンツを穿いて、紺色のパーカーに身を包んでいる。茶色の髪はボブになっている。
少女は机の上に足を乗せるという大胆極まりないかつ非常識な格好で男の話を聞いていた。
第一、男の話には不可解な点があり――それでいて非現実的だった。男の話には現実味が無かった。希望ばかりを言っていた。
だからこそ、意味深長な言葉を無視せずに、どうにか理解できるよう噛み砕いていく必要があったのだ。
「……実際問題、君はこのデータを理解していないのだろう? だから、資料を用意した。よく読んでおきたまえ」
彼女は資料を貰い、表紙を見る。
そこにはこう書かれていた。
――『青行灯』召喚儀式について。
「青行灯?」
「それも知らずに否定していたのか? 百物語の最後に登場すると言われている妖怪のことだよ。しかしながら、百物語を最後までする人間は居なかったらしい。だから、青行灯の姿を見たことのある人間は、誰も居ない。あくまでも実しやかに語られているだけに過ぎない」
「……しかし、話を聞いているだけだと、青行灯は百物語。あなたが、いいえ、この組織が集めているのは都市伝説に過ぎない。私たちの目的と乖離するように思えるけれど?」
「それは解っている。だが、都市伝説一つ一つはちっぽけなものであっても、それは立派な物語だよ。怪談とでも言えばいいか。たくさんの人間に実しやかに語られる……そしてその物語は同じようで少しずつ形を変えていく。本当の都市伝説を話している人も居れば、そこから形を変えた虚構を話している人だっているわけだよ。その影響力は凄まじい。それを『一つの物語』として数えることが出来る程にね。そうして出来上がった百の物語は木崎市という大きなフィールドを舞台に具現化される」
「……青行灯を生み出して、何をすることが目的なのよ?」
「青行灯を生み出すことで、木崎市のフィールド変数を書き換える。属性を変えると言えばいいかな。属性を変えることで稼働が停止するシステムもある。しかし、裏を返せば稼働しなかったシステムが稼働を再開する、或いは稼働するものもある。……即ち、この街の仕組みが大きく変わる」
「……変わると言ったって、物理的にでは無いでしょう? そもそも生まれた存在が青行灯という、特殊な存在なのだから」
「勿論。物理的では無い、別レイヤーの仕組みを融和させて合わせていく。それが、目的だよ」
「融和……融合? いったい、何を? どうやって?」
「この世界と、『ある可能性の世界』凡てだ」
その一言で。
たった、その一言で彼女は恐怖心に襲われる。
嘗めていたロリポップキャンディを床に落としてしまう。
「……おや、勿体無いよ?」
――が、実際には落とすことは無く、男によって落下は防がれた。
ノーモーションによる魔術の行使。
少女――羽田野ナナにとって、それは貫禄にも見えた。
「……ノーモーション魔術がそれ程珍しいですか?」
「ええ。そりゃそう決まっている。私たち魔術師はコンパイルキューブを使わなければ、魔術を使うことが出来ないのだから」
「ノーモーション……ねえ。それがどれほど珍しいことなのか、僕にはさっぱり理解できないよ。僕の周りではノーモーションで魔術を行使することが普通だったし。君たちがおかしいだけなのではないかい? 実は魔術が使えるとか、ノーモーションで」
「ほんとうに使えるのならば、とっくに使っているよ」
溜息を吐くナナ。
「……それもそうか。確かにそうなのかもしれないなあ。噂によればコンパイルキューブは魔術を使うためでは無く、その力を自制するためとも言われているが、まあ、そんなことはどうだっていい」
「何か今一瞬、すごくどうでもよくない発言が聞こえた気がするけれど?」
「気のせいだよ、無視しなさい。そして聞かなかったことにしなさい」
「……ふうん、何か考えているのなら、まあ別にいいけれど」
ナナはそう言って足を組み替える。
仕草さえ見れば大人の女性のそれだが、いかんせん彼女は身長が低く、体つきもどちらかと言えば幼く見えるので、子供が大人に近づこうと背伸びしているものにしか見えない。
男はそれがとても面白かった。とはいえ、それを顔に出すと彼女に怒られるので、あくまでも心の中に留める。
「……まあ、話を戻そう。この世界と可能性の世界を結合させる。僕はそう言った。実際問題、それによって何が出来るだろうか? 何が生まれるだろうか? 答えは単純だよ。ビッグバンだ。大爆発。異なる文化、異なる世界、異なる種族……すべての可能性が一つの世界に合流し、そして一つの帰着を迎える。それが崩壊を迎えるのか再生を迎えるのか融合を迎えるのか……。それは誰にも解らないよ。だが、それをするには充分なエネルギーが未だ無いと言える。先ずは青行灯を復活させなくてはならないのだからね」
「……青行灯を復活させるために、わざわざこの街を選んだのも?」
「ああ、そうだ。都市伝説がこの街だけに六つ存在している。そしてその都市伝説一つ一つが大きなエネルギーを包含している。わざわざ魔術師をこの街に呼んで良かったよ、羽田野ナナ」
それを聞いてナナは首を傾げる。
「まあ、お金を貰えるから、しているだけのこと。これが終わればお金の事は……解っているでしょうね?」
男はそれを聞いてゆっくりと頷き、笑みを浮かべる。
「ああ、解っているとも。君が一生豪遊できる程のお金を用意してある。仕事が終了次第、それを受け渡すよ。それに、そのように契約も交わしただろう? だから、訝しんでいる必要はない。君は仕事に集中してくれれば、それで構わない」
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