都市伝説の魔術師
第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(3)
「……おい、待てよ。まったく説明が為されていないぞ。いったいあんたは、何者なんだ?」
「私?」
トーナの言葉に少女は首を傾げる。
「そう。あんただ。あんたについて全く説明が為されていないだろ。不可思議というか、疑問と言うか、懐疑的でもある」
「不可思議で、懐疑的……ねえ。随分と面白い言い回しをするじゃないか。それに、確かにと言えばいいか、けれど残念ながらそうではないよ。実際問題、君は魔術師たる才能が見受けられた。だから、私が君を掬いに来た。……見た限りだと、君はこの状況から脱したいと思っているようだし」
「……俺の心を、読んだのか?」
トーナは彼女の言葉を聞いて、目を丸くした。
彼女の言った言葉は凡て真実だったからだ。
彼女の話は続く。
「だって、私は魔術師ですもの。読心術なんてお手の物。寧ろ、それくらいのことは魔術師に出来て当然とも言えるでしょう」
「魔術師……本当なのか」
彼は唾を飲み込んだ。
目の前に居るのが、本当の魔術師。
彼が一番なりたかった存在。
「ええ。魔術師よ。あなたはどう? 魔術師になってみたいとは思わないかしら?」
彼女は手を差し伸べる。
トーナは考える。
ほんとうにこの手を握っていいのだろうか?
ほんとうに魔術師になってしまって――いいのだろうかということに。
躊躇う彼を、少女が後押しする。
「ここで、躊躇って結果的に諦めても、無駄よ。最終的にあなたのためにはならない」
「そりゃ……解っている。それくらい、俺にだって」
魔術師の才能があると言われた、彼に待ち受けていたのは才能があると持て囃されたわけでは無かった。
魔術師の才能を持たざる者が持つ者に対する、徹底的な暴力だった。
身体的な暴力だけではなく、精神的の、つまりは言葉の暴力も彼に降りかかった。
彼の心が長い間それに耐えうるわけもなく、彼の心は二週間もしないうちにボロボロになった。
それでも中学を卒業するまでは頑張った。高校に入れば、きっと生活もクラスメートも――そういう環境が全部変わると思っていた。
――だが、現実はそう甘くなかった。
もともと木崎市はそんな広いエリアではない。しかしながらそれに対する人口密度は高いため、学校施設がほかの区々に比べれば非常に多い。
そのため、中学・高校とエリアがほぼ固定されたものとなってしまい、クラスメートも変わることなど無かった。
それは即ち、クラスの環境が八割方変わらなかったことを意味しており――。
「それで気付けばニート、ってことね。何というか、可哀想な人生を送ってきたのね、あなた」
気付けばトーナは彼女に今までの境遇を話していた。今まで会ったことのない、見ず知らずの彼女に――である。
トーナは最初こそそう思わなかったものの、気がつけば彼女に心を開いていた。
なぜ彼女とここまですらすら話せるのか、それは彼の知るところではない。
「でも、尚更あなたを魔術師に迎え入れたくなった」
ニヤリ、と歯を出して彼女は笑った。
ああ、こういう時は大抵悪いことを考えているのだ。彼はいじめられていたことから、人の感情を見るだけでそれとなく考えていることを理解出来るようになっていた。
もちろん、その能力が完璧というわけでもない。能力の当率は日によって違うのである。
何を言っているのだ、という話になるが、普通の魔術師でも、魔術師以外の人間だってそう思うときもあるはずだ。民俗学に近いものになるかもしれないが。
「まあ、そんなことは今どうだっていいよね。問題は君自身の意志だ。君が魔術師として活動したいのならば、私の腕を握るといい。だが、魔術師となることを拒むのなら、魔術師の素質を嫌っているのならそれも構わない。考えは人それぞれだからね。もちろん、お望みとあらば魔術師に関する記憶を消す事だって可能だよ? ただし、周りに居る人間を変えるには君自身の力が必須になるがね」
「俺自身の力……」
「そうだ。君自身が決断する、そして、君自身が行動する。それくらいしてもらわないとね?」
「俺が……決断する」
それは即ち、魔術師になるということ。
それは即ち、今までの生活とは訣別することを意味していた。
「さあ、どうする? 君は魔術師になるか、否か?」
どうするかなんて、もう決まっていた。
「俺はなるよ、魔術師に」
立ち上がって、トーナは彼女の手を握る。
予想通りの行動だったからか、彼女は笑みを浮かべる。
同時に彼に力が宿る。
「これは……!?」
「コンパイルキューブを使って、あなたの潜在能力を引き上げた。これで魔術が使えるはず。試しに、私のコンパイルキューブを使って、私の後に続けて詠唱してみなさい」
「え、詠唱?」
「そう。詠唱よ」
そう言ってトーナにコンパイルキューブを差し出す彼女。
トーナはゆっくりと、それを受け取った。
それは立方体だった。手のひら大の大きさで、黒色。
「……これをどうしろ、と?」
「ただ持っていればいい。持っているだけで効果を発揮する、非常に便利なものだから」
そして、彼女は呟き始める。
それが詠唱だということに気付くまで、彼は多少の時間を要した。
「ej・yf・sy・em・va・fw」
「ej・yf・sy・em・va・……fw」
たどたどしくも、彼女の後についていくトーナ。
同時に、彼の身体がゆっくりと浮かぶ。
「わわっ」
しかしバランスが取れなかった彼は、その場に倒れ込む。
彼女は肩を竦めて、言い放った。
「どうやら魔術の訓練以外にも、魔術に慣れることも教えなくてはならないようね」
そうしてここに一人の魔術師が、その才能を開花させたのだった。
「私?」
トーナの言葉に少女は首を傾げる。
「そう。あんただ。あんたについて全く説明が為されていないだろ。不可思議というか、疑問と言うか、懐疑的でもある」
「不可思議で、懐疑的……ねえ。随分と面白い言い回しをするじゃないか。それに、確かにと言えばいいか、けれど残念ながらそうではないよ。実際問題、君は魔術師たる才能が見受けられた。だから、私が君を掬いに来た。……見た限りだと、君はこの状況から脱したいと思っているようだし」
「……俺の心を、読んだのか?」
トーナは彼女の言葉を聞いて、目を丸くした。
彼女の言った言葉は凡て真実だったからだ。
彼女の話は続く。
「だって、私は魔術師ですもの。読心術なんてお手の物。寧ろ、それくらいのことは魔術師に出来て当然とも言えるでしょう」
「魔術師……本当なのか」
彼は唾を飲み込んだ。
目の前に居るのが、本当の魔術師。
彼が一番なりたかった存在。
「ええ。魔術師よ。あなたはどう? 魔術師になってみたいとは思わないかしら?」
彼女は手を差し伸べる。
トーナは考える。
ほんとうにこの手を握っていいのだろうか?
ほんとうに魔術師になってしまって――いいのだろうかということに。
躊躇う彼を、少女が後押しする。
「ここで、躊躇って結果的に諦めても、無駄よ。最終的にあなたのためにはならない」
「そりゃ……解っている。それくらい、俺にだって」
魔術師の才能があると言われた、彼に待ち受けていたのは才能があると持て囃されたわけでは無かった。
魔術師の才能を持たざる者が持つ者に対する、徹底的な暴力だった。
身体的な暴力だけではなく、精神的の、つまりは言葉の暴力も彼に降りかかった。
彼の心が長い間それに耐えうるわけもなく、彼の心は二週間もしないうちにボロボロになった。
それでも中学を卒業するまでは頑張った。高校に入れば、きっと生活もクラスメートも――そういう環境が全部変わると思っていた。
――だが、現実はそう甘くなかった。
もともと木崎市はそんな広いエリアではない。しかしながらそれに対する人口密度は高いため、学校施設がほかの区々に比べれば非常に多い。
そのため、中学・高校とエリアがほぼ固定されたものとなってしまい、クラスメートも変わることなど無かった。
それは即ち、クラスの環境が八割方変わらなかったことを意味しており――。
「それで気付けばニート、ってことね。何というか、可哀想な人生を送ってきたのね、あなた」
気付けばトーナは彼女に今までの境遇を話していた。今まで会ったことのない、見ず知らずの彼女に――である。
トーナは最初こそそう思わなかったものの、気がつけば彼女に心を開いていた。
なぜ彼女とここまですらすら話せるのか、それは彼の知るところではない。
「でも、尚更あなたを魔術師に迎え入れたくなった」
ニヤリ、と歯を出して彼女は笑った。
ああ、こういう時は大抵悪いことを考えているのだ。彼はいじめられていたことから、人の感情を見るだけでそれとなく考えていることを理解出来るようになっていた。
もちろん、その能力が完璧というわけでもない。能力の当率は日によって違うのである。
何を言っているのだ、という話になるが、普通の魔術師でも、魔術師以外の人間だってそう思うときもあるはずだ。民俗学に近いものになるかもしれないが。
「まあ、そんなことは今どうだっていいよね。問題は君自身の意志だ。君が魔術師として活動したいのならば、私の腕を握るといい。だが、魔術師となることを拒むのなら、魔術師の素質を嫌っているのならそれも構わない。考えは人それぞれだからね。もちろん、お望みとあらば魔術師に関する記憶を消す事だって可能だよ? ただし、周りに居る人間を変えるには君自身の力が必須になるがね」
「俺自身の力……」
「そうだ。君自身が決断する、そして、君自身が行動する。それくらいしてもらわないとね?」
「俺が……決断する」
それは即ち、魔術師になるということ。
それは即ち、今までの生活とは訣別することを意味していた。
「さあ、どうする? 君は魔術師になるか、否か?」
どうするかなんて、もう決まっていた。
「俺はなるよ、魔術師に」
立ち上がって、トーナは彼女の手を握る。
予想通りの行動だったからか、彼女は笑みを浮かべる。
同時に彼に力が宿る。
「これは……!?」
「コンパイルキューブを使って、あなたの潜在能力を引き上げた。これで魔術が使えるはず。試しに、私のコンパイルキューブを使って、私の後に続けて詠唱してみなさい」
「え、詠唱?」
「そう。詠唱よ」
そう言ってトーナにコンパイルキューブを差し出す彼女。
トーナはゆっくりと、それを受け取った。
それは立方体だった。手のひら大の大きさで、黒色。
「……これをどうしろ、と?」
「ただ持っていればいい。持っているだけで効果を発揮する、非常に便利なものだから」
そして、彼女は呟き始める。
それが詠唱だということに気付くまで、彼は多少の時間を要した。
「ej・yf・sy・em・va・fw」
「ej・yf・sy・em・va・……fw」
たどたどしくも、彼女の後についていくトーナ。
同時に、彼の身体がゆっくりと浮かぶ。
「わわっ」
しかしバランスが取れなかった彼は、その場に倒れ込む。
彼女は肩を竦めて、言い放った。
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