都市伝説の魔術師
第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(5)
3
引き戸を開けると、カレーのいい香りが彼女の鼻孔を擽った。
「いらっしゃい! 空いているところに座ってね!」
店主――白い割烹着に身を包んでいる――はぐつぐつ煮えたぎる鍋から目線をそらすことなく、そういった。
彼女はそれを聞いて、一番近い席に腰掛ける。
壁には有名人と思われる人間が描いたサインが所せましと並べられている。現にこの時間になっても店内は満員となっていた。
女将さんと思われる女性が水の入ったコップを持ってきたと同時に、彼女は人差し指を立てて言った。
「煮込みカレーうどん一つ、卵追加で」
「はい、煮込みカレー一丁」
女将さんは奥に居る店主に言う。
店主は無言で頷き、空いているコンロに土鍋を置いた。
このカレーうどん屋は彼女がこの辺りを散策しているときに偶然発見した隠れた名店であった。雑居ビルの一階にあるのだが、道路から奥まった場所にある為、見つけるのが大変だった。それと同時に歓喜の感情すら浮かんだ。
そもそも、このお店は深夜までやっている。飲み会の後に食べにくるサラリーマンで賑わうためだ。何でもカレーにはウコンが含まれているためで、次の日にお酒が響かないためなのだとか。
「まあ、次の日まで響く程飲まなければいいのにねえ……」
そう呟きながら、彼女はスマートフォンを操作する。
少しして、カレーの匂いが強くなる。
それを合図として、彼女はスマートフォンをポケットに仕舞った。
「はい、お待たせ。煮込みカレーうどん、卵二つね」
土鍋一面に満たされているのはカレーの海だ。そのカレーの海には細めの麺とかまぼこ、それに浅蜊の一部が沈んでいた。
そしてその海の真ん中には生卵が二つ。あまりの熱さに若干半熟染みているが、それがこの店のカレーうどんなのだ。
右手に蓮華、左手に箸を取り、麺を掴む。
カレーの海に浸っていた麺はカレーがいい具合に絡みつき、湯気が立ち込めていた。
蓮華にある程度の量の麺を乗せ、息をかけて冷ましていく。猫舌、というわけでもないのだが、このお店の麺はとても熱い。油断していると、たとえ猫舌でなくても舌を火傷してしまうことだろう。
そして彼女は意を決しその麺を口の中に放り込む。
その麺は熱くなくなったとは言えないが、それでも充分食べることの出来る温度にはなっている。
麺を噛み締めるごとにカレーの味が口の中に広がる。
「ああ……美味い……!」
身体にカレーの味がしみこんでいくのを感じる。
次に蓮華を使ってスープを飲む。
カレースープは非常にドロドロしていて、濃厚さを感じさせる。成分的にはカレーが多めになっているのだろう。
スープを一口啜る。カレーの風味が、麺を食べた時よりもさらに濃く広がる。いや、スープを飲んだのだから当然と言えるが、このスープは一味違う。どこか味噌の味がするのである。普通、カレーに味噌を入れることは無いかもしれない。だが、この店は隠し味に味噌を入れている。香りと味がするので隠し味とは言えないが、それを無視してもいいくらい味噌とカレーがマッチしている。
次に麺以外の構成物について。
そこで彼女は卵の黄身が半熟を通り過ぎて固まりつつあることに気付いた。
急いで黄身を崩す。カレーの海に広がる黄身の溶岩はすぐに固まっていく。
ちょうど黄身とカレースープが混じり合ったところを蓮華で掬って、そのまま一口啜る。
「くうーっ! 美味い!」
思わずナナは唸ってしまった。
だが、裏を返せば。
衆目を気にすることなく、そう唸るほどの美味さだということだ。
そして改めて彼女はカレーの海に沈むものを箸で取り出した。
エビ。
エビである。
カレーうどんにエビが入っていることに、彼女はあまり違和感を抱くことは無かった。
普通に考えれば珍しい話なのかもしれない。普通、カレーうどんには豚肉か牛肉が入っているものだ。それ以外はあまり入っていない――普通のカレーとは違うものになっているからだ。
だが、これはどうだろうか?
エビが入ったカレーうどん。
彼女がこのお店を初めて利用したときは、姉に連れられてのことだった。
姉が注文したものと同じものを注文して、出てきたのがこれだった。
いろんなことに驚いたが、それよりも。
――そのカレーうどんはとてもおいしかった。
こんなカレーうどん食べたことない。そう思うくらいの味だった。
それから彼女はこのお店のカレーうどんの虜になってしまった――そういうことである。
そんな回想を彼女がしているのかはさておき、彼女は箸で挟んだエビをそのまま口へ放り込んだ。
プリプリとした食感のエビは、カレーに良く合った。シーフードカレーがあるのだから、案外当然なのかもしれないが。
エビに浅蜊、海鮮系が多く入っているのは木崎湾が近いことが由来なのかもしれない。海が近いため、新鮮な海鮮物が手に入る。だからこのようにシーフードカレーのようなカレーうどんになっているのだ。
スープまで飲み干して、彼女は漸く一息吐いた。
店内の様子は相変わらず満員だったが、しかし客は半分くらい変わっていた。このお店が繁盛していることを示していた。
「そろそろ出ようかしらね……」
水を飲み干し、伝票をもって、レジカウンターへと向かう。
お金を払い、外に出る。
時刻は午後十一時を回った辺り。そろそろ電車の運行間隔も疎らになりつつある時間帯である。
「そろそろ帰ろうかしらね」
時計代わりに確認したスマートフォンを仕舞い、彼女が歩こうとした――その時だった。
彼女の目の前に、女性が立っていた。
金髪の女性だった。
セーラー服を着た彼女は、微笑をナナに見せていた。
「……あなた、まさか」
ナナはそれが誰だかすぐに解った。
女性は口を開く。
そして、言った。
「いかにも。――私は、皆から四谷さんと呼ばれている」
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