都市伝説の魔術師
第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(9)
さて。
ユウ・ルーチンハーグが斧乃井凌との交渉を成立させたその頃。
夜の街を歩く少女の姿があった。
斧乃井イリアは退屈そうに街を歩いていた。普通に見れば彼女は中学生だ。だから、もうこんな時間に夜道を歩くこと自体警察官に見つかれば補導ものである。
だが、彼女はまだ誰にも見つかっていない。
なぜだろうか?
答えは単純明快。彼女が『魔術』を使って相手に感知されづらくしているためである。もちろん、あくまでも完全に気配を消したわけでは無いので、人々が群集している場所に向かい人にぶつかってしまうとその人に気配を察知されてしまう――そういう欠点もあるが、普段はあまり人通りの多いところを歩くことはしないため、別にこの魔術だけで何の問題も無かった。
「ほんとうに、退屈だなあ」
少女は呟いてウインドーショッピングに興じた。様々なお店が立ち並ぶ場所なので普段なら人が大勢歩いており彼女のような魔術を使っていてもすぐに人にぶつかって気配を察知されてしまうのだが今はそれ程人が多くない。だから店も疎らに開いていて、いつもの風景に比べると静かな街並みである。
それでも彼女はこの街並みが好きだった。この風景が好きだった。時間も時間であるから静かな街並みであることは紛れも無い事実なのだが、それ以上に、この街が背負う『闇』も感じることが出来るためである。いざ路地裏に入れば今日もヤンキーが屯しているかもしれないし喧嘩が起きているかもしれない。警察機関が働いているとはいえ、それを完全にゼロにすることはできない。
でも、ゼロにしなければ社会から批判を受けることは間違いないし、出来ることならゼロにした方が良かった。そう考えた市長が苦渋の決断として考えたのは、市民にとって大変喜ばしくない約束事だった。
――ゼロに出来ないならば、秘密裡にもみ消してしまえばいい。
そのような類の事故や事件が発生したとき、警察機関により『なかったこと』にされる。そして書類上、表面上は事件・事故をゼロと計上する――普通に考えれば最低で最悪なスタイルだった。
しかし、それが木崎市の裏に伝わると状況が一変する。
実際に受けたことが無いにも関わらず、それがほんとうかどうかも解らないし実際に行われるかも解らないにも関わらず、それを恐れるようになった。
かくして、その話は都市伝説の一つとして計上されることになったが――それは裏の人間しか知らないので、表面上は都市伝説とは言わず、「こんなうわさがあるんだって」くらいのアンダーグラウンドで流布する噂の一つにまとめられているに過ぎなかった。
それはそれとして。
斧乃井イリアは別にそのことを怖がっているわけでは無かった。寧ろ、楽しんでいた。この街は監視カメラを普通の町の何倍以上に設置しており、もはやプライバシーもへったくれもない現状となっている。そんな街で事件や事故を起こそうというのなら、勿論場所は限られる。その場所でさえパトロールを増強しているため、実際『目』が届かない場所は地上にない。
あるとすれば、地下。
それも、一般人の入ることが出来る地下一階から地下三階程ではなく、地下五階や地下七階等設備配備により一般人が入ることの出来ない場所ばかりである。
ふと、斧乃井イリアは雑居ビルに入る。
そのビルは六階建てで、二階に中華料理店、地下一階にキャバクラが出店している。三階以上には事務所があるが、もう時間的に閉まっている。五階の事務所に電気が点いているのは残業か、それとも夜勤か。いずれにせよ通常勤務時間はもうとっくに過ぎているので、そのどれかにしか該当しないのだが。
迷わず彼女は地下一階に向かう。もちろん、まだ魔術は実行中なので人に見つかる心配はない。
キャバクラの中に入らず、そのままエレベーターの横にある非常階段の扉を開ける。
非常階段の扉は鍵がかかっていないので、そのまま入ることが出来る。
上り階段と下り階段があるが、迷わず下り階段を進むイリア。下り階段は疎らに蛍光灯が着いているとはいえ、やはり暗かった。
「ej・gil・dk・zz」
彼女はそっと持っていたマイクにその日本語とは違う『コード』を通した。
刹那、彼女の目の前に炎の球体が生まれた。
大きさはこぶし大程。彼女の胸のあたりの高さにゆらゆらと浮かぶオレンジ色の炎は、暑くも無く、かといって酷いまぶしさでも無い。まるで人工的に作られた電球のような光だった。
彼女はマイクを仕舞い、再び歩き出す。彼女の歩みに合わせてその炎もゆっくりと進んでいく。まるで彼女と炎の間に見えない糸が繋がっているかのように、彼女と炎の動きが連動していた。
「こんなに暗かったかしら? ……あとで修理を依頼しないとね」
彼女は呟きながら、先に進んでいく。
時折点滅する蛍光灯を見ながら、溜息を吐く。
それでも彼女は前に進む。この道を通らねば、彼女の目的地へは辿り着かないのだから。
暫く進むと、突き当りに鉄の扉があった。
扉に手を当てると、扉の向こうから声が聞こえた。
『アリスのファミリーネームは?』
「テレジア」
彼女は設問に即答する。
するとゆっくりと扉は開いて、中から栗色のローブを着けた青年が出てきた。
「イリアか。お帰り、我らが『アレイスター』のアジトへ」
「ただいま」
イリアは短く答えると、そのまま中へ入っていった。
栗色のローブを着けた青年は外に誰も居ないことを確認してゆっくりと扉を閉めた。
「イリア、お疲れ様。どうだった、その後は?」
栗色のローブを着けた青年は小走りしてイリアの横に着くと、そのまま話を続ける。
「……どうやら一度は目を覚ましたらしいけど記憶障害があるそうね。そして、また容態が悪化して今は意識すらない。恐らく今晩が峠ね。仮にそれを超えたにしても、もう長くないわ」
それを聞いてローブの青年は頭にかぶっているローブを脱いで、笑顔を見せる。
「やった! これでヘテロダインも終わりだね!」
「そうね、いずれにせよアレイスターに対抗できる勢力、その勢力を少しは弱体化させることが出来たからね。……私はこのまま報告に向かうわ、あなたは?」
「僕はまだドアの番が終わっていないからね。あと三十分もしたら終わるだろうけれど。終わったら君の部屋に向かうよ」
「そう、それじゃ、また」
イリアの言葉を聞いてローブの青年は踵を返し、そのまま元のドアの場所へと戻っていった。
イリアはそれを見送ると、また前を向いて歩き出した。
ユウ・ルーチンハーグが斧乃井凌との交渉を成立させたその頃。
夜の街を歩く少女の姿があった。
斧乃井イリアは退屈そうに街を歩いていた。普通に見れば彼女は中学生だ。だから、もうこんな時間に夜道を歩くこと自体警察官に見つかれば補導ものである。
だが、彼女はまだ誰にも見つかっていない。
なぜだろうか?
答えは単純明快。彼女が『魔術』を使って相手に感知されづらくしているためである。もちろん、あくまでも完全に気配を消したわけでは無いので、人々が群集している場所に向かい人にぶつかってしまうとその人に気配を察知されてしまう――そういう欠点もあるが、普段はあまり人通りの多いところを歩くことはしないため、別にこの魔術だけで何の問題も無かった。
「ほんとうに、退屈だなあ」
少女は呟いてウインドーショッピングに興じた。様々なお店が立ち並ぶ場所なので普段なら人が大勢歩いており彼女のような魔術を使っていてもすぐに人にぶつかって気配を察知されてしまうのだが今はそれ程人が多くない。だから店も疎らに開いていて、いつもの風景に比べると静かな街並みである。
それでも彼女はこの街並みが好きだった。この風景が好きだった。時間も時間であるから静かな街並みであることは紛れも無い事実なのだが、それ以上に、この街が背負う『闇』も感じることが出来るためである。いざ路地裏に入れば今日もヤンキーが屯しているかもしれないし喧嘩が起きているかもしれない。警察機関が働いているとはいえ、それを完全にゼロにすることはできない。
でも、ゼロにしなければ社会から批判を受けることは間違いないし、出来ることならゼロにした方が良かった。そう考えた市長が苦渋の決断として考えたのは、市民にとって大変喜ばしくない約束事だった。
――ゼロに出来ないならば、秘密裡にもみ消してしまえばいい。
そのような類の事故や事件が発生したとき、警察機関により『なかったこと』にされる。そして書類上、表面上は事件・事故をゼロと計上する――普通に考えれば最低で最悪なスタイルだった。
しかし、それが木崎市の裏に伝わると状況が一変する。
実際に受けたことが無いにも関わらず、それがほんとうかどうかも解らないし実際に行われるかも解らないにも関わらず、それを恐れるようになった。
かくして、その話は都市伝説の一つとして計上されることになったが――それは裏の人間しか知らないので、表面上は都市伝説とは言わず、「こんなうわさがあるんだって」くらいのアンダーグラウンドで流布する噂の一つにまとめられているに過ぎなかった。
それはそれとして。
斧乃井イリアは別にそのことを怖がっているわけでは無かった。寧ろ、楽しんでいた。この街は監視カメラを普通の町の何倍以上に設置しており、もはやプライバシーもへったくれもない現状となっている。そんな街で事件や事故を起こそうというのなら、勿論場所は限られる。その場所でさえパトロールを増強しているため、実際『目』が届かない場所は地上にない。
あるとすれば、地下。
それも、一般人の入ることが出来る地下一階から地下三階程ではなく、地下五階や地下七階等設備配備により一般人が入ることの出来ない場所ばかりである。
ふと、斧乃井イリアは雑居ビルに入る。
そのビルは六階建てで、二階に中華料理店、地下一階にキャバクラが出店している。三階以上には事務所があるが、もう時間的に閉まっている。五階の事務所に電気が点いているのは残業か、それとも夜勤か。いずれにせよ通常勤務時間はもうとっくに過ぎているので、そのどれかにしか該当しないのだが。
迷わず彼女は地下一階に向かう。もちろん、まだ魔術は実行中なので人に見つかる心配はない。
キャバクラの中に入らず、そのままエレベーターの横にある非常階段の扉を開ける。
非常階段の扉は鍵がかかっていないので、そのまま入ることが出来る。
上り階段と下り階段があるが、迷わず下り階段を進むイリア。下り階段は疎らに蛍光灯が着いているとはいえ、やはり暗かった。
「ej・gil・dk・zz」
彼女はそっと持っていたマイクにその日本語とは違う『コード』を通した。
刹那、彼女の目の前に炎の球体が生まれた。
大きさはこぶし大程。彼女の胸のあたりの高さにゆらゆらと浮かぶオレンジ色の炎は、暑くも無く、かといって酷いまぶしさでも無い。まるで人工的に作られた電球のような光だった。
彼女はマイクを仕舞い、再び歩き出す。彼女の歩みに合わせてその炎もゆっくりと進んでいく。まるで彼女と炎の間に見えない糸が繋がっているかのように、彼女と炎の動きが連動していた。
「こんなに暗かったかしら? ……あとで修理を依頼しないとね」
彼女は呟きながら、先に進んでいく。
時折点滅する蛍光灯を見ながら、溜息を吐く。
それでも彼女は前に進む。この道を通らねば、彼女の目的地へは辿り着かないのだから。
暫く進むと、突き当りに鉄の扉があった。
扉に手を当てると、扉の向こうから声が聞こえた。
『アリスのファミリーネームは?』
「テレジア」
彼女は設問に即答する。
するとゆっくりと扉は開いて、中から栗色のローブを着けた青年が出てきた。
「イリアか。お帰り、我らが『アレイスター』のアジトへ」
「ただいま」
イリアは短く答えると、そのまま中へ入っていった。
栗色のローブを着けた青年は外に誰も居ないことを確認してゆっくりと扉を閉めた。
「イリア、お疲れ様。どうだった、その後は?」
栗色のローブを着けた青年は小走りしてイリアの横に着くと、そのまま話を続ける。
「……どうやら一度は目を覚ましたらしいけど記憶障害があるそうね。そして、また容態が悪化して今は意識すらない。恐らく今晩が峠ね。仮にそれを超えたにしても、もう長くないわ」
それを聞いてローブの青年は頭にかぶっているローブを脱いで、笑顔を見せる。
「やった! これでヘテロダインも終わりだね!」
「そうね、いずれにせよアレイスターに対抗できる勢力、その勢力を少しは弱体化させることが出来たからね。……私はこのまま報告に向かうわ、あなたは?」
「僕はまだドアの番が終わっていないからね。あと三十分もしたら終わるだろうけれど。終わったら君の部屋に向かうよ」
「そう、それじゃ、また」
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