都市伝説の魔術師
第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(10)
5
イリアが廊下を歩いて、その突き当りに扉があった。扉は異質な雰囲気を放っており、魔術師の中でもその扉の奥に進むのを拒む人は少なくない。
だが、イリアは中に入らなければならない。中に入って、報告を直接しなければならないのである。
「はあ……なんというか、重々しい雰囲気よねえ……いつ来ても」
そう言って、イリアは背筋をまっすぐにする。女子中学生――即ち義務教育が未だ終了していない彼女であるが、それでも目上の人間に対するマナーくらいは理解しているつもりである。
イリアは意を決し、扉をノックして中に入っていった。
中はおどろおどろしい――ロールプレイングゲームでいうところの魔王の間のような鬱蒼とした雰囲気というわけではなく、普通に窓が大きく壁に備え付けられている、開放感のある部屋であった。
だが、一つ忘れていないだろうか。ここは地下室であり、太陽なんて見ることが出来ないということに。
では、この窓の存在は?
「――ボス、またこのような戯れをして。予算も無限にあるわけではありませんよ?」
どうやら部屋には先客が居たようだった。青いショートカットの髪をしている女性だった。そして、その髪型と色だけでイリアは誰であるかを理解した。
「あら、イリアちゃん。どうしたの?」
先にイリアの存在に気付いたのはボスと思われる女性の方だった。女性は一段高い段差の上にある玉座のような背凭れの高い椅子に腰かけており、イリアの存在に気付いて立ち上がった。そして駆け出してこちらに向かってくる。
そしてそのまま女性はイリアに抱き付いた。ちょうど位置的に女性の豊満なバストが当たり、少々息苦しくなってしまう。
抱き付くのをやめて、改めて対面する。イリアも女性の恰好を見返した。
こう見てみると一言で言えば『痴女』と表現するのが正しい恰好に見えた。レースのように透き通っている白いドレスに身を包んでいる彼女は、下着が丸見えだった。下着も下着で必要最小限の部分しか覆い隠しておらず、寧ろ布というより紐に近い下着だった。
普通の女性が着こなすことも容易ではないその恰好を、彼女は恥ずかしげもなく普通に着こなしていた。それが異様であり、逆に見ている方が恥ずかしくなってしまう。
「あ、あの……ボス。報告を」
「報告? 何かあったかしら?」
きょとん、とした表情で首を傾げる女性。
こういうときは、大体ほんとうに覚えていないパターンであった。
「ヘテロダインの柊木香月を観察してこい、と言ったのはボスでしたよね?」
「ヘテロダイン……柊木香月……ああ、そうだった! 忘れていたよ。どうだった? 彼の様子は?」
はあ、と溜息を吐き、イリアは話を始める。
「どうしたも何も、容態は安定していませんね。寧ろ悪化しているようにも見えます。今日が峠だと言われていますが、どうでしょうね。それを乗り越えたとしても普通の生活は遅れないようにしていますから」
「そうか、そうか。成る程ね。相当ダメージを与えたからねえ。写真で報告を受けたけれど、ありゃ酷いよ。私だってあそこまではしないね。流石、斧乃井凌ちゃんの妹、ってところかな?」
「やめてください。姉と比較するのは。私は私です」
冷静に否定するイリアにボスは溜息を吐く。失言であったことに気付いたらしい。
「ごめんねえ、イリアちゃん。私、ついつい忘れてしまうのよ。発言とか、気をつけなきゃいけない立場であることは重々承知しているのだけれどねえ。……あ、そうだ。イリアちゃん、彼女元気だった?」
「彼女……。ああ、ユウ・ルーチンハーグのことですか? 元気でしたよ、医者と話をしていました。どうやらあの医者も魔術師のようですが」
「ふむ? 魔術師に医者、ねえ。あの病院に魔術師っていたかな、メガネちゃん」
「私にはアレッタ・シームボルトという立派な名前があるんです! 覚えてください、アリス様!」
「いやだよ。私、名前覚えること、苦手だもん。四文字以上だとつらいなあ」
「ちょうど四文字じゃないですか! イリアは覚えてもらっているし! 一文字ですよ! 情報量でいえば二バイトの違いです!」
「ああ、解ったよ。検討する。検討しておくから。……それで? メガネちゃんの用事は以上?」
アレッタです、と付け足してアレッタは答える。
「ええ、以上です。経理の問題しかありませんから、私が話す場合と言うのは」
「おっ、倒置法だね? 大分日本語を使いこなせてきたのではないかな?」
「……そうかもしれませんね、それでは」
頭を下げてアレッタは部屋を後にした。
アレッタを見送って、アリスは頬を膨らます。
「メガネちゃんも冗談が通用しないなあ。冗談だって言っているじゃないか」
「けれど、名前は覚えていないんですよね?」
「四文字以上の名前を覚えるのは、どうも苦手なの」
アリスは再び椅子に戻る為踵を返す。
イリアも報告を行うため、彼女についていった。
「……では改めて、今後はどうしていきましょうか」
アリスの発言を聞いて、イリアは目を丸くする。
「あの……その発言の真意が解りかねますが?」
「真意? そんなもの、無いわよ。ただ私がやることは研究あるのみ。魔術師が今後、さらに発展していくために……ね」
「人工魔術師の開発、ですか」
「そう。魔術師の魔術を生み出す源は、どこからあるのか解らなかった。そして、最終的に生命エネルギーの生まれる場所、人間が性行為を行うとき、その人間の最小の構成要素が生み出される卵巣と精巣から生み出されることが明らかになった。けれど、だからといってそれをどうすればいいのか……何も考えることが出来なかった。今までクローンの動物は作られてきたけれど、生殖機能を持っているクローンの例は殆どなかったからね」
イリアが廊下を歩いて、その突き当りに扉があった。扉は異質な雰囲気を放っており、魔術師の中でもその扉の奥に進むのを拒む人は少なくない。
だが、イリアは中に入らなければならない。中に入って、報告を直接しなければならないのである。
「はあ……なんというか、重々しい雰囲気よねえ……いつ来ても」
そう言って、イリアは背筋をまっすぐにする。女子中学生――即ち義務教育が未だ終了していない彼女であるが、それでも目上の人間に対するマナーくらいは理解しているつもりである。
イリアは意を決し、扉をノックして中に入っていった。
中はおどろおどろしい――ロールプレイングゲームでいうところの魔王の間のような鬱蒼とした雰囲気というわけではなく、普通に窓が大きく壁に備え付けられている、開放感のある部屋であった。
だが、一つ忘れていないだろうか。ここは地下室であり、太陽なんて見ることが出来ないということに。
では、この窓の存在は?
「――ボス、またこのような戯れをして。予算も無限にあるわけではありませんよ?」
どうやら部屋には先客が居たようだった。青いショートカットの髪をしている女性だった。そして、その髪型と色だけでイリアは誰であるかを理解した。
「あら、イリアちゃん。どうしたの?」
先にイリアの存在に気付いたのはボスと思われる女性の方だった。女性は一段高い段差の上にある玉座のような背凭れの高い椅子に腰かけており、イリアの存在に気付いて立ち上がった。そして駆け出してこちらに向かってくる。
そしてそのまま女性はイリアに抱き付いた。ちょうど位置的に女性の豊満なバストが当たり、少々息苦しくなってしまう。
抱き付くのをやめて、改めて対面する。イリアも女性の恰好を見返した。
こう見てみると一言で言えば『痴女』と表現するのが正しい恰好に見えた。レースのように透き通っている白いドレスに身を包んでいる彼女は、下着が丸見えだった。下着も下着で必要最小限の部分しか覆い隠しておらず、寧ろ布というより紐に近い下着だった。
普通の女性が着こなすことも容易ではないその恰好を、彼女は恥ずかしげもなく普通に着こなしていた。それが異様であり、逆に見ている方が恥ずかしくなってしまう。
「あ、あの……ボス。報告を」
「報告? 何かあったかしら?」
きょとん、とした表情で首を傾げる女性。
こういうときは、大体ほんとうに覚えていないパターンであった。
「ヘテロダインの柊木香月を観察してこい、と言ったのはボスでしたよね?」
「ヘテロダイン……柊木香月……ああ、そうだった! 忘れていたよ。どうだった? 彼の様子は?」
はあ、と溜息を吐き、イリアは話を始める。
「どうしたも何も、容態は安定していませんね。寧ろ悪化しているようにも見えます。今日が峠だと言われていますが、どうでしょうね。それを乗り越えたとしても普通の生活は遅れないようにしていますから」
「そうか、そうか。成る程ね。相当ダメージを与えたからねえ。写真で報告を受けたけれど、ありゃ酷いよ。私だってあそこまではしないね。流石、斧乃井凌ちゃんの妹、ってところかな?」
「やめてください。姉と比較するのは。私は私です」
冷静に否定するイリアにボスは溜息を吐く。失言であったことに気付いたらしい。
「ごめんねえ、イリアちゃん。私、ついつい忘れてしまうのよ。発言とか、気をつけなきゃいけない立場であることは重々承知しているのだけれどねえ。……あ、そうだ。イリアちゃん、彼女元気だった?」
「彼女……。ああ、ユウ・ルーチンハーグのことですか? 元気でしたよ、医者と話をしていました。どうやらあの医者も魔術師のようですが」
「ふむ? 魔術師に医者、ねえ。あの病院に魔術師っていたかな、メガネちゃん」
「私にはアレッタ・シームボルトという立派な名前があるんです! 覚えてください、アリス様!」
「いやだよ。私、名前覚えること、苦手だもん。四文字以上だとつらいなあ」
「ちょうど四文字じゃないですか! イリアは覚えてもらっているし! 一文字ですよ! 情報量でいえば二バイトの違いです!」
「ああ、解ったよ。検討する。検討しておくから。……それで? メガネちゃんの用事は以上?」
アレッタです、と付け足してアレッタは答える。
「ええ、以上です。経理の問題しかありませんから、私が話す場合と言うのは」
「おっ、倒置法だね? 大分日本語を使いこなせてきたのではないかな?」
「……そうかもしれませんね、それでは」
頭を下げてアレッタは部屋を後にした。
アレッタを見送って、アリスは頬を膨らます。
「メガネちゃんも冗談が通用しないなあ。冗談だって言っているじゃないか」
「けれど、名前は覚えていないんですよね?」
「四文字以上の名前を覚えるのは、どうも苦手なの」
アリスは再び椅子に戻る為踵を返す。
イリアも報告を行うため、彼女についていった。
「……では改めて、今後はどうしていきましょうか」
アリスの発言を聞いて、イリアは目を丸くする。
「あの……その発言の真意が解りかねますが?」
「真意? そんなもの、無いわよ。ただ私がやることは研究あるのみ。魔術師が今後、さらに発展していくために……ね」
「人工魔術師の開発、ですか」
「そう。魔術師の魔術を生み出す源は、どこからあるのか解らなかった。そして、最終的に生命エネルギーの生まれる場所、人間が性行為を行うとき、その人間の最小の構成要素が生み出される卵巣と精巣から生み出されることが明らかになった。けれど、だからといってそれをどうすればいいのか……何も考えることが出来なかった。今までクローンの動物は作られてきたけれど、生殖機能を持っているクローンの例は殆どなかったからね」
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