都市伝説の魔術師
幕間 物知りな老婆と白の世界の謎
老婆と夢実は白い空間を歩いていた。白とはいえ、時折物が沈んでいるので沼のようなものなのだろう。その沈んでいる物体というのが、あまりに時代錯誤しているものばかりであり、例えば機関車の躯体や最新型のスマートフォンまで揃っている。
「……ここは?」
老婆に訊ねる夢実。だが、歩いている道中も質問を続けていた彼女にとって、返事が返ってくることは考えられないと思っていた。現に今まで返事が無かったからだ。
「――ここは、世界になりきれなかった世界だよ」
だが、ここでの老婆は違った。
老婆がすんなりと答えてくれたので少しだけ夢実は反応に困ったが、直ぐにまた話していく。
「世界になりきれなかった世界?」
「考えてみればわかる。この世界は、あまりにも現実と乖離しているだろう? そう思うのも当然のことだ。ここは『あるモノ』を封印するために世界ごと切り取った空間なのだから。きっと管理者もここには入ることは、簡単に出来ることでもないだろうよ」
「……管理者? 切り取られた空間?」
そうとも、と老婆は言った。だが、老婆の話はイマイチ彼女には解らない。ちんぷんかんぷん、とまではいかなかったが解らなかったのは事実。とはいえ、解らないことをそのままにしておきたくないから質問しようと思っても、質問する状況にも見えなかった。
老婆と夢実は歩いていく。
かなり長い距離を歩いてきたようにも思えたが、老婆の歩く速度は変わらない。そしてそれに相反するように、夢実の歩く速度はゆっくりと遅くなっていく。
「あの……ちょっと……待って……!」
夢実が必死の形相でそう言うと、老婆は振り返る。
そして鬱陶しそうな表情で踵を返し、夢実のもとに向かってきた。
「なんだ、これくらいで。最近の若者はこれくらいで音を上げるのか?」
「そういうわけじゃないと思いますけれど……。というか、歩くの早くないですか……」
「そうかね? 別にそうとは思っていないのだけれど。まあ、そう思うのならそうかもしれない。少しだけスピードを緩めてもいいだろう。……多分、まだ時間的に間に合うから」
「……はあ?」
夢実は意味が解らずに、そう言って首を傾げるが、話す元気があるのなら歩けるだろうと言いたげな表情を浮かべて、老婆はすっくと立ち上がり再び歩き始める。
老婆の速度に、今度こそ置いて行かれないように少しだけ小走りにして必死についていく夢実。この先に何があるのか彼女には知る由も無いが、少なくとも知らなければならない――そう思ったからだ。そして、この空間から抜け出す術を、いち早く見つけなければならない。
いや、そもそも。
この世界からほんとうに脱出することが出来るのだろうか?
彼女は実際、老婆に直接そう言っていない。ただ、ついて来いと言われた。それだけのことだ。
それだけで、ついてきた。
ほんとうにこの先――元の世界へ戻るための出口があるのだろうか?
それはまだ考えられない。老婆はただがむしゃらに歩いているようにしか見えない。
「あの――」
彼女は老婆に問いかけた。この世界の出口はあるのか、そして自分をどこへ連れていこうとしているのかを問うために。
だが、それよりも早く。
「ついたよ」
老婆の足が止まる方が早かった。
「え……?」
老婆の前にあったのは、井戸だった。
それ以外には見当たらない、そこだけがぽっかりと井戸の形を成している。そんな状況だった。
「……これは?」
「井戸だよ。見て解らないのかい?」
「いや、解りますけれど……」
解っていても、理解が追い付かない。
それが彼女の感想だった。
いったいこの井戸の奥に何があるというのか?
そして、なぜ井戸に連れてきたのか?
「この井戸を抜ければ、元の世界に戻ることが出来る」
唐突に。
老婆はそう言った。
老婆の発言を聞いて、思わず老婆を二度見した。理解が追い付かないことだったからかもしれないが、そう簡単にここを抜け出す方法が見つかるとも思えなかったからである。
「……ここを抜ければ?」
「そうじゃ。だが、私はここを通ることは出来ない。否、通ることは許されていない……とでも言えばいいだろうか」
「え……? それはいったい」
「言っただろう。ここは『あるモノ』を封印したために切り取った世界である、と。そしてその世界と唯一元の世界とをつなぐものが井戸だったわけだよ。この井戸から落ちれば、元の世界に戻ることが出来る。容易だろう?」
……死なないよね?
第一に抱いた感想がそれだった。
老婆の話が真実であったにしても、井戸に落ちろと言われて簡単に落ちることの出来る人間は、まあ居ないだろう。
だからこそ、彼女は躊躇っていた。
いや、それ以上に。
老婆が言った――私は抜け出せない――その言葉を思い出していた。
「おばあさんは……封印されている、と?」
「おや、言わなかったかね?」
老婆は言った。
「私の名前は……いいや、この際『本来の姿』を見せたほうがいいかもしれないね」
老婆は笑みを浮かべ、一歩近づく。
そして――老婆は言った。
「『わたし』の名前はサンジェルマン。かつて不老不死の術を見つけたという魔術師とは存在をわけ隔てる、もう一つのカテゴリ、『魔神』に所属する人間だよ。まあ、さっきまでは訳あってこのような姿となっていたがね」
老婆の姿は、気付けばシルクハットを被りタキシードを着た紳士の姿となっていた。眼鏡をかけている先にあるその瞳は、紺色と金色――いわゆる異色眼だった。
変身。
光の屈折によって行われた――のだとすれば、魔術を行使したのだろうか。
だがコンパイルキューブを使った素振りなど無い。それに、コンパイルキューブをサンジェルマンが使ったという記録も残っていない。
――となると、別の手段?
そんなことを考えていた夢実だったが、その刹那、彼女はサンジェルマンによって井戸に突き落とされた。
言葉を出す間もなく、井戸へと落下していく。暗闇に包まれ、サンジェルマンの姿が小さくなっていく。
最後に、サンジェルマンは彼女の脳内に直接語り掛けた。
「――私は永遠の牢獄に閉じ込められている。不老不死とも言われたから別に嫌いでは無いのだがね……。でも、退屈なのだよ。いつかは脱出しようと考えているが、私はこれを通って出ることは出来ない。そして、おそらく君の方でも私の力を欲しているはずだ。だから、私に関する手がかりを、この永遠の牢獄に関する手がかりを探したまえ。……そうだ、ノーヒントでは困るだろうから、ヒントを授けよう。私をここに閉じ込めたのは、『アリス・テレジア』という奴だ。頼んだぞ、若い魔術師よ」
――そして、サンジェルマンの声が途絶えたと同時に、彼女の視界は完全に黒に塗り潰された。
「……ここは?」
老婆に訊ねる夢実。だが、歩いている道中も質問を続けていた彼女にとって、返事が返ってくることは考えられないと思っていた。現に今まで返事が無かったからだ。
「――ここは、世界になりきれなかった世界だよ」
だが、ここでの老婆は違った。
老婆がすんなりと答えてくれたので少しだけ夢実は反応に困ったが、直ぐにまた話していく。
「世界になりきれなかった世界?」
「考えてみればわかる。この世界は、あまりにも現実と乖離しているだろう? そう思うのも当然のことだ。ここは『あるモノ』を封印するために世界ごと切り取った空間なのだから。きっと管理者もここには入ることは、簡単に出来ることでもないだろうよ」
「……管理者? 切り取られた空間?」
そうとも、と老婆は言った。だが、老婆の話はイマイチ彼女には解らない。ちんぷんかんぷん、とまではいかなかったが解らなかったのは事実。とはいえ、解らないことをそのままにしておきたくないから質問しようと思っても、質問する状況にも見えなかった。
老婆と夢実は歩いていく。
かなり長い距離を歩いてきたようにも思えたが、老婆の歩く速度は変わらない。そしてそれに相反するように、夢実の歩く速度はゆっくりと遅くなっていく。
「あの……ちょっと……待って……!」
夢実が必死の形相でそう言うと、老婆は振り返る。
そして鬱陶しそうな表情で踵を返し、夢実のもとに向かってきた。
「なんだ、これくらいで。最近の若者はこれくらいで音を上げるのか?」
「そういうわけじゃないと思いますけれど……。というか、歩くの早くないですか……」
「そうかね? 別にそうとは思っていないのだけれど。まあ、そう思うのならそうかもしれない。少しだけスピードを緩めてもいいだろう。……多分、まだ時間的に間に合うから」
「……はあ?」
夢実は意味が解らずに、そう言って首を傾げるが、話す元気があるのなら歩けるだろうと言いたげな表情を浮かべて、老婆はすっくと立ち上がり再び歩き始める。
老婆の速度に、今度こそ置いて行かれないように少しだけ小走りにして必死についていく夢実。この先に何があるのか彼女には知る由も無いが、少なくとも知らなければならない――そう思ったからだ。そして、この空間から抜け出す術を、いち早く見つけなければならない。
いや、そもそも。
この世界からほんとうに脱出することが出来るのだろうか?
彼女は実際、老婆に直接そう言っていない。ただ、ついて来いと言われた。それだけのことだ。
それだけで、ついてきた。
ほんとうにこの先――元の世界へ戻るための出口があるのだろうか?
それはまだ考えられない。老婆はただがむしゃらに歩いているようにしか見えない。
「あの――」
彼女は老婆に問いかけた。この世界の出口はあるのか、そして自分をどこへ連れていこうとしているのかを問うために。
だが、それよりも早く。
「ついたよ」
老婆の足が止まる方が早かった。
「え……?」
老婆の前にあったのは、井戸だった。
それ以外には見当たらない、そこだけがぽっかりと井戸の形を成している。そんな状況だった。
「……これは?」
「井戸だよ。見て解らないのかい?」
「いや、解りますけれど……」
解っていても、理解が追い付かない。
それが彼女の感想だった。
いったいこの井戸の奥に何があるというのか?
そして、なぜ井戸に連れてきたのか?
「この井戸を抜ければ、元の世界に戻ることが出来る」
唐突に。
老婆はそう言った。
老婆の発言を聞いて、思わず老婆を二度見した。理解が追い付かないことだったからかもしれないが、そう簡単にここを抜け出す方法が見つかるとも思えなかったからである。
「……ここを抜ければ?」
「そうじゃ。だが、私はここを通ることは出来ない。否、通ることは許されていない……とでも言えばいいだろうか」
「え……? それはいったい」
「言っただろう。ここは『あるモノ』を封印したために切り取った世界である、と。そしてその世界と唯一元の世界とをつなぐものが井戸だったわけだよ。この井戸から落ちれば、元の世界に戻ることが出来る。容易だろう?」
……死なないよね?
第一に抱いた感想がそれだった。
老婆の話が真実であったにしても、井戸に落ちろと言われて簡単に落ちることの出来る人間は、まあ居ないだろう。
だからこそ、彼女は躊躇っていた。
いや、それ以上に。
老婆が言った――私は抜け出せない――その言葉を思い出していた。
「おばあさんは……封印されている、と?」
「おや、言わなかったかね?」
老婆は言った。
「私の名前は……いいや、この際『本来の姿』を見せたほうがいいかもしれないね」
老婆は笑みを浮かべ、一歩近づく。
そして――老婆は言った。
「『わたし』の名前はサンジェルマン。かつて不老不死の術を見つけたという魔術師とは存在をわけ隔てる、もう一つのカテゴリ、『魔神』に所属する人間だよ。まあ、さっきまでは訳あってこのような姿となっていたがね」
老婆の姿は、気付けばシルクハットを被りタキシードを着た紳士の姿となっていた。眼鏡をかけている先にあるその瞳は、紺色と金色――いわゆる異色眼だった。
変身。
光の屈折によって行われた――のだとすれば、魔術を行使したのだろうか。
だがコンパイルキューブを使った素振りなど無い。それに、コンパイルキューブをサンジェルマンが使ったという記録も残っていない。
――となると、別の手段?
そんなことを考えていた夢実だったが、その刹那、彼女はサンジェルマンによって井戸に突き落とされた。
言葉を出す間もなく、井戸へと落下していく。暗闇に包まれ、サンジェルマンの姿が小さくなっていく。
最後に、サンジェルマンは彼女の脳内に直接語り掛けた。
「――私は永遠の牢獄に閉じ込められている。不老不死とも言われたから別に嫌いでは無いのだがね……。でも、退屈なのだよ。いつかは脱出しようと考えているが、私はこれを通って出ることは出来ない。そして、おそらく君の方でも私の力を欲しているはずだ。だから、私に関する手がかりを、この永遠の牢獄に関する手がかりを探したまえ。……そうだ、ノーヒントでは困るだろうから、ヒントを授けよう。私をここに閉じ込めたのは、『アリス・テレジア』という奴だ。頼んだぞ、若い魔術師よ」
――そして、サンジェルマンの声が途絶えたと同時に、彼女の視界は完全に黒に塗り潰された。
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