夢の恋

終章

 鳳珠は予定よりも早く安葵と落ち合う場所にいた。しかし、朝に朱鳥帝から言われた言葉が、どうしても鳳珠の耳に残っている。
「どうしたんだ、鳳珠」
 肩を揺さぶられて鳳珠はハッとした。目の前には心配したような顔の安葵がいる。これ以上彼に迷惑をかけたくないという思いもあったが、感情には勝つことはできなかった。彼女は安葵の胸に顔を埋めた。
「ごめんなさい――――」
 彼女は泣きながら謝った。そんな彼女を見て、安葵は彼女の頭を撫でた。
「何があったんだ」
 安葵のその言葉に、今朝朱鳥帝から言われたことを安葵に伝えた。すると、安葵は笑って、
「ならば、今夜俺と一緒に『いこう』」
 と言った。鳳珠は顔を上げてどこへと尋ねたが、安葵は笑ってごまかした。



「父上」
 朝廷のすぐ近くに鵬家の屋敷がある。安葵はいったん早退して、あることを告げるために父親のいる屋敷に向かった。
「何だ」
 書斎で書き物をしていた楡孝は、その手を止めて息子の方を見た。
「こないだ父上が仰っていた養子縁組は進んでおりますでしょうか」
「お前――」
 楡孝はそういう息子に違和感を覚えた。確かに、息子に頼まれて鵬家の分家の息子との養子縁組をしていて、今書いている書状さえ、朝廷の担当部署へ送れば完了する。
「申し訳ありませんが、俺を正式に次期当主から外してください」
 安葵の言葉にやはりかと思った。
「鳳珠姫か」
 その言葉に安葵は黙った。どうやら図星だったようだ。
 しかし、楡孝はその彼の態度に、どこか過去の自分と同じ・・・・・・・だろう、と直感で思った。
「お前たちに死という選択肢しか残っていないかもしれない。鵬家の長としては歓迎できない。しかし、おそらくお前がここまで追い詰められている、という事はおそらく朱鳥帝がらみだろう」
 そう言った楡孝の言葉に、安葵は何か言いたそうだったが、楡孝は制した。
「言うな。おそらくお前が今言ったら俺は、あいつ・・・を殴りに行かなくてはならない」
 と言って、目の前の窓を開けた。息子の何を言いたいのかわからない、という顔を見ないようして、外に顔を外に向けると、外には生い茂った木々の美しさが目に入った。
「昔は俺と朱鳥帝――即位する前の話だから正確に言うと流氷、それに鳳珠姫の父親は仲が良かった。そしてもう一人仲の良かった人物がいた。鳳珠姫の母親だ。俺らは奥宮に邪魔して、よくあの兄妹と遊んだ。妹の方はかなり可憐な奴だった。遊んでいるうちに、俺は彼女に惹かれて行った」
 突然の父親の話に、安葵は戸惑った。しかし、そんな彼を気にすることもなく、楡孝は机の引き出しの中から煙管を取り出し、葉を少し入れてから火をつけ、咥えた。少し沈黙が二人の間に降りたが、安葵は気にしなかった。やがて、楡孝は口を再び開いた。
 彼の話では、当時はまだ流氷の父親の代であったものの、妹姫もかなり幼い時分であったため、おそらくは流氷が即位してから、嫁ぐことになるだろう、と誰もが予想をつけていた。幼い時から遊んできた楡孝と鳳珠の父親がその妹姫と仲が良くなることは当然の流れだった。しかし、鳳珠の父親は彼女を本当の妹としてしか見ていなかったが、楡孝は違った。彼は一人の女性として彼女のことが好きになってしまい、楡孝が15歳になったときに、同い年の流氷に、彼女が欲しいと言った。その時、二人は人のいないところで話していたものの、誰かが、おそらくは父親である先の皇帝、もしくはその手先の女官かが、どこかで聞いていたのだろう。その翌月に彼女の嫁ぎ先を決めた。
「あの男は俺ではなくて、鳳珠姫の父親を選んだんだ」
 煙をゆっくりと吐き出し、楡孝はそう言った。彼はただ事実を話しているだけで、昔母親によく似た鳳珠や流氷の父親、そして彼女を守り切ることが出来なかった鳳珠の父親へ抱いていた感情は全く感じられなかった。
「俺みたいな憎しみを抱く人間にはなってほしくない」
 楡孝は再び引き出しを開けて、あるものを出した。
「鵬家に伝わる切り札だ。お前が壊れて生活するのを見るよりも、俺はお前たちが、共に旅立ってくれる・・・・・・・方が、まだ幸せだ。そしてあの姫への罪滅ぼしにもなる」
 父親の言葉に安葵は受け取ったそれを、じっと見つめた。

「行くなら、今宵だ」
 楡孝の言葉に安葵ははっとなった。
「今宵、俺は流氷のもとへ行く。その間に逃げろ・・・。そして、二度と羅国の地を踏むな」




 そして、夜半。
 鳳珠と安葵は朝廷の奥宮で落ち合った。
「行こう」
 不安そうな彼女の手を取り、力強く握った。
 そうして、二人は運命から逃げた。





 翌朝、鳳珠がいないことに気づいた朱鳥帝はすぐに羅国全土に彼女たちを捕縛する御触れをだしたが、すでに二人は人目を忍ぶように行動しており、それぞれが武にたけている彼らを捕縛することは不可能だった。
 結局、いつまで経っても二人を捕縛することが出来なかった朱鳥帝は傍流である細雪を後継者とすることを決め、翌年に身罷った。後継者の細雪は鳳珠と安葵の苦労を知る人でもあったため、先代と同じように二人を捕縛せよとの命令を出したものの、あまりやる気はなく、いつの間にかその御触れは消滅していた。







 そして。
 鳳珠と安葵は。
 二人は闇に乗じて中央から、そして羅国から去り、遠方の国に逃げ延びることが出来た。二人はその地で夫婦になり、その一年後に双子の子供をもうけた。しかし、ある時鳳珠の右足にあざが出来ていることに気づき、それをしっかり見てみると、あの朝廷において鳳珠が朱鳥帝の左ひざにできているものと同じものだとわかった。

 数年後――
 鳳珠は幼い二人の子供を残し、息を引き取った。
 彼女の葬儀が終わり、ある晩に双子を寝かしつけた後、安葵は故郷の方を見ながらひとりで酒を飲んでいた。隣にあったのは、あの赤い婚礼用の髪飾りだった。

Fin.

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