夢の恋

中編

 鳳珠が目覚めた、と細雪から連絡があった流氷はそれが夜分遅くであったものの、すぐさま鳳珠の元を訪れた。
「大丈夫か」
 鳳珠はまだ目覚めて幾ばくかしかたっていないのだろう、寝台に体を横たえ目を閉じていた。流氷は再度脈をとりながらそう尋ねた。
「はい」
 鳳珠は少し目を開け、今までの彼女と同一人物ではないと思えるほど細い声で答えた。その様子に、流氷はいくら彼女の・・・・・・頼みであっても・・・・・・・、彼女の企みに手を貸すべきではなかったと後悔していた。
「かなりお前さんは無茶をし過ぎた――いや、無茶をさせ過ぎたのは此方かもしれないな」
 流氷は鳳珠の額に手をやりながらつぶやいた。
「いいえ。朱鳥帝にはあの時よりお世話になっておりますのに、私のわがままを、このような形で通してしまったのです」
 鳳珠は微笑みを浮かべ、自分がしてきたことを思い浮かべた。




 あの日の顛末として、話は数か月前にさかのぼる。
「鳳珠、漸く帰ってきましたか」
 領地に帰った鳳珠を待ち受けていたのは、3歳年上の影木だった。いつも鳳珠が領地に戻るとき、たいてい彼は領内を見回っていて、彼の副官を領の屋敷に残していたのだったが、そのときは珍しく彼自身が残って、副官に代行させていた。そのことに鳳珠が驚いていると、
「やはり驚かれていましたか」
 と影木に問われたので、迷わず彼女は頷いた。
「鳳珠らしいですね」
 と褐色の眼を細めて笑い、鳳珠の頭を撫でた。

「もちろん、私が残ったのには理由があります」
 屋敷の一番大きな部屋に鳳珠と影木の2人だけがいた。ぽつぽつと影木は2人がいる状況を説明しだした。
「当然、鳳珠は、今年があの事件から15年たったことを覚えていますね」
「…当然よ」
 鳳珠は影木の言った『あの事件』について、自分自身の記憶として鮮明に覚えていた。

 15年前―――
 戸籍上はこの羅国の人間でどこかの貴族の生まれなのだが、異国の血を引く母親が瑛家に嫁いできた。その当時はまだ、祖父が健在で当主で、次期当主であった鳳珠の父親に嫁した。どうやら、母親自体が知らなかったらしいのだが、鳳珠を産んでから母親の祖先には異国の血が混じっていることが発覚し、古風な武門の当主であった鳳珠の祖父は大の異国・異国人嫌いで、それまで実の娘のようにかわいがってきた母親に対して憎しみを抱くようになったという。
 その後、鳳珠の命と引き換えに母親は毒殺され、父親も自分の父親である鳳珠の祖父を殺したのち、自死したと聞いた・・・。もちろん、その事件が起こったのは鳳珠の物心がつく前であったものの、物心がつくようになってからは乳母たちなどによって幾度となく聞かされてきた。

「私としては、貴女が直系の姫である以上は瑛家の当主の座に就いているべきだというのは当然だと思います」
 影木は伏し目がちに言った。
「ただ、個人的には貴女には大きなものを背負わせたとも思っています」
 鳳珠はその言葉に驚いた。どうして、と問いかけようとしたが、先に口を開いたのは影木だった。
「なぜなら、貴女は0歳の時からすでに当主の御身。いくら私が当主代行・・・・の座を持っているといっても、結局は当主が一番偉いのです。だから、私は貴女の代わりにはなれなかったのです」
 彼の褐色の眼から、彼が何かを迷っているように感じられた。彼らしくなく、回り道をした言い方になっていた。
「どういう意味ですか」
 理解が追い付いていなかった鳳珠は影木にそう問いかけた。単純な意味でしかなかったのだが、影木は助かったといわんばかりに、彼女の頭を撫でた。
「もちろん、本当は私だって当主という地位はたまったもんじゃありませんし、貴女が苦しんでいる姿を見なかったのならば、思わなかったのかもしれません」
 影木は周りに人がいないことを再度確認した後、鳳珠の耳元でつぶやいた。

 貴女を当主の座から解放しましょう、と。

 鳳珠はその案にすぐに肯定の意を示すことはできなかった。だが、一晩考え、おそらくそれであっても自分の欲望初恋が実るとは限らない、だがそうでもしないと、自分がおかしくなってしまいそうだ、と思ったため、結局影木の案に乗ることにした。

 彼の案は、こうだ。
 まず、本来ならば自分瑛家当主が就くはずだったものの、見事に文官の長である鵬家に掻っ攫われた形になってしまった左尚書の部下に当たる禁軍と見廻り組に『やはり女の身だから軍の束ねるにはふさわしくはなかったのだ。尤も直系に近い影木が当主になるべきだ』という噂を流した。もちろんそんな噂だけではなく、あえて諜報活動を活発化させ、本来ならばしてはいけない碧家にまで対象を拡大した。その時に幼い時分から懇意にしてもらっていた流氷に見つかったものの、きちんと筋をつけ、最終的に落ち着くところを話したところ、何故かかなり渋られたが、何とか主張を飲んでもらえた。
 その後は、わざと諜報員たちが隣国にまで勝手に向かうようにし、鳳珠に不利になるように作られた・・・・
 そして、本当は作られたもの・・・・・・と知らない御史台にとらわれ、拷問を受けた。その時、影木も共に拷問を受けたが、鳳珠とは違い主犯ではない関与していないとされ、生ぬるい拷問だったという。

 そうして、瑛家の当主交代劇が終わったのだった。


 その顛末を初期段階のころから知っていた流氷は、何とか思いとどまってくれないものかと願っていたが、彼女たちの意思は固まっており、黙って見過ごさざるを得なかった。
「そういえば、お前さんには言っていなかったが、この皇城の近くに墓所があるのは知っておろう」
 流氷はそう鳳珠には尋ねた。普段、自分の都での邸宅との行き帰りの道中に墓所があり、時々人が手を合わせに来ているのを知っていた。
「はい。湖畔の墓所の事ですよね」
「ああ。その墓所にお前さんの両親の墓もある」
 その言葉を聞いて、今まで何故毎日通ってきていたのに言ってくれればよかったのに、という流氷に対して、怒りが芽生えていた。
「そう怒るな。お前さんの両親の件は此方・・でもいろいろ問題があって、今まで伝えることができなかったのだ」
 鳳珠には流氷が言った『此方』の意味は分からなかったものの、とりあえず何か隠さねばならない事情があったのを察して、それ以上怒る気になれなかった。
 そういえば、と彼女は呟いて枕元にあった『あるもの』を流氷に差しだした。
「この簪がどうかしたのか」
 差し出された流氷はその簪をじっと見つめた。
「普段、政務の邪魔になるのでこのように煌びやかな簪は身に着けません。それは侍女たちも知っているはずです。しかし、目覚めた時に枕元にあったのはこの一本だけでした。流氷様が置かれたのではありませんか」
 鳳珠は上目づかいで尋ねた。その様子に、流氷は考え込んだが、答えは出なかった。
「確かにお前さんはいつも質素な簪をしていたな。だが、私もお前さんの嗜好は知っておる。だから、そのように豪勢なものは渡さないはず―――。待て、それをよく見せてくれ」
 といい、彼女の手にあった簪を奪い取るようにして、引き取った。そして、しばらく飾りの部分を見ていると、
「これは婚礼用のものだな」
 といった。鳳珠にはますます訳が分からなくなった。そして、もう一言彼は気になることを言った。
「ただ、言えるのは『蕾の桜』か…」



 彼女が目覚めてから数日たち、だいぶ起き上がれるようになった鳳珠は、件の墓所に言っていることにした。少し奥宮の花を分けてもらい、差出人不明の簪を袂に入れ、墓所へ向かった。両親の墓はすぐに見つかり、せっかく湖畔の墓所に来たのだから、と少し冷たい水を湖から頂戴し、墓を洗った。そして、奥宮からいただいた花を活け、手を合わせて心の中で近況報告をした。

(私は今まで散々逃げてきた。だから、これ以上、これ以上逃げるわけにはいかない)

 鳳珠は何についてかはわからなかったものの、そう決意していると、頬に暖かい何かが零れ落ちているのに気が付いた。
 そうして、ふと人の気配がしたので、立ち上がってみてみると、そこは貴族の邸宅街へと続く道、いてもおかしくはないのだが、今現在最も顔を合わせ辛い人がいた。
「鳳珠なら戻ってくると信じている」
 その人物は鳳珠に向かって手を伸ばそうとしたが、隣にいた人物に遮られた。
「その簪をいつか身に纏ってくれ――」
 彼は彼女がたもとに入れていた簪を、遠目にも把握して指さしながら言った。『誰の隣で』とは言わなかったが、少なくても彼の隣ではないだろう。なぜなら、
「わたくしの婚約者に色目を使わないでくださるかしら」
 薄い茶髪の少女――確か東方の王女だったか――はそう言った。
「ただでさえ、貴女のせいでこの国との条約が反故されそうになりましたから、これ以上引っ掻き回さないで、奥宮に引っ込んどいてもらいたいですわ」
 彼女のその発言にああ、そうか、となった。確かにあの一件を起こす前、安葵の父親は何かを画策していたのは知っていたが、このようになるとは自分でも思っていなかった。

(ああ、自分はなんて浅はかなのだろう)

 自分の考えの至らなさにその場にへたり込んだ。彼と彼女はすでに鳳珠の視界から消えていた。
「はは」
 乾いた笑みを浮かべた鳳珠は、袂に入れていた簪を太陽に透かした。何か・・を考えていた鳳珠は覚束ない足取りで湖畔を少し歩いた。

(自分のわがままによって地位をなくしたのはいいけれど、これ以上影木や流氷様の手を煩わせるわけにはいかない)

 どれくらい歩いたのかはわからなかったが、湖畔の中でも最も標高が高いところに来ていた。鳳珠は崖になっているぎりぎりのところまで来て、湖を見下ろしていた。

(ここはこんなに綺麗なのに、自殺の名所として知られていないわね。でも、私が死ねばのちの世に誰かが自殺した場所、として語り継がれるのかしら)

 彼女は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた後、簪を首元にあてた。

(ごめんなさい、影木お兄様、流氷様、お父様、お母様、そして、安葵さん)

 ゆっくりと首元にあてたものを押し付けると同時に、湖の方へ歩みを進めようとして――
 強く抱きしめられ、もともといた地面の方へ戻され、手にしていた簪は取り上げられた。
「間に合った」
 彼女を引き戻したのは、まぎれもなくこの国の主――朱鳥帝・流氷だった。

 奥宮へ連れ戻された彼女は、軽く説教を受けると同時に、事情を説明された。もちろん、拾ってもらった命を捨てるような真似をして申し訳ないと思いつつ、事情に関してはすでに大体のことは把握できていたので、何とも言えない気分になった。

「かならず、お前の望みをかなえよう」
 流氷は鳳珠にそう約束した。
「それまで、しばらくここで暮らすとよい」

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