夢の恋

前編

 羅国歴4687年春――
 齢47歳の碧流氷は新皇帝として羅国123代皇帝に即位し、『朱鳥帝』と名を変えた。
 その彼が即位後初めに行ったのは、鵬家と瑛家の若き当主と次期当主2人を文武それぞれの大臣に任命したことだった。

 武官・・の大臣――左尚書には、文官・・を多く輩出する『水の一族』鵬家次期当主である鵬安葵、16歳、男を――
 一方、文官・・の大臣――右尚書には、武官・・を多く輩出する『炎の一族』瑛家当主である瑛鳳珠、16歳、をつけた。

 当然、まだ成人して1年しかたっていない若者を大臣職に就けることに多くの者が反対した。しかし、片方はすでに羅国5大家の瑛家当主の座についている者であり、もう片方も同じく羅国5大家、鵬家当主である彼の父親にその才覚を認められて、幼いころから領の政治に参画していることを鑑みれば、表立って皇帝に意見できるものは少なかった。もちろん、皇帝に直訴できたところで、『皇帝の命に逆らうのか』と一蹴されて終わるのだが。







「鳳珠」
 茶髪の男――鵬安葵は、鳳珠に声をかけた。
 朱鳥帝即位から数年後のある日の朝議の後、なんだか疲れ切っている様子の鳳珠を安葵は放っておくことはできなかった。
「安葵か」
 男たちと混じって仕事をしているせいか、後宮に勤めている女官や貴族に嫁いだ女性たちと違って華やかな化粧を、あまり鳳珠は好みでないことを安葵は知っていた。普段から疲れているだろうが、ここ数週間の鳳珠の顔には、さすがに普段している化粧では隠せないほどの疲れがにじみ出ていた。安葵は驚いた様子の鳳珠の手を引き、朝廷の一角にはあるが、周りからは見えない木陰にある四阿に入った。安葵は驚いたままの彼女に、問答無用で膝枕をするために座り、彼女を寝ころばせた。
「なっ――何をするの?」
 鳳珠は声を荒げようとしたが、
「静かに。今日、俺らは午前中休みだろ?誰もいないところってここしかないんだから」
 と、彼女の顔を覗き込み、
「少しでも休んで、桜花・・桜花・・が倒れたら、俺が困る」
 と彼女の幼名で頼み込んだ。鳳珠は、ふんと言い、
「分かったわよ。少し寝さしてもらうわ」
 と言い、目を閉じた。
「ああ」
 安葵はそんな彼女の様子を見て、少年らしく微笑んだ。安葵は、こうやって膝枕なんていつ以来だろう、と考えた。

 幼いころ、年の近くお互い5大家の次期当主という立場で2人は交流があった。もちろん、勉学も一緒に習っていたが、野山などでも駆け回っていた。鳳珠は文官の長だが、もちろん『炎の一族』、武芸もかなり秀でていた。当然、一緒にいる時間が長い分、安葵も鳳珠もたがいに惹かれていた。しかし、当然5大家次期当主同士、それがかなわないことも気が付いていた。
 少し前――一か月くらい前だろうか、一度鳳珠は領地へ帰った。その時に何があったのかはわからないが、武官の方では鳳珠が当主であることに異を唱えだすものが後を絶たなかった。何をいまさらか、と思っていたのだが、どうやら、彼女の従兄である影木を強く推すものが多いらしい。思い切ってたまたま都に来ていた影木に当主になるのかと聞いてみたところ、『自分を推す声は強いみたいだね』と笑っていただけであった。

 結局、その日は午後も執務を休むことにした。2人とも寝てしまい、使いの者が方々を探し回ったらしい。朱鳥帝は2人が見つからないことを聞くや、笑い、『2人とも視察に遠くでも行っているのではないか』と言ったらしい、と後々朱鳥帝本人から聞いた。
「ねえ、安葵」
 鳳珠は安葵の隣に座り長く黒い髪をまとめながら、彼に声をかけた。彼は、鳳珠がなかなか苦戦している様子を見かねて結うのを手伝ってやった。幼いころから手伝うことはあったので、鳳珠の髪ならば結い上げることは可能だ。
「どうした」
「今は具体的なことは言えないけれど、もし、一緒に暮らしてもいいって言うことになったら、一緒に暮らしてもいい?」
 その質問は、今の生活ではありえない問いだ。だが、鳳珠も安葵もそれがあまり蜜のような誘惑であるのを知っていた。
「もちろんだ。俺はお前の家へ婿入りする覚悟はあるんだし」
「そうね。私もあなたの家に嫁としてはいる覚悟を持っているわ」
 それが叶わない、と知っているからこそ2人は頷きあえた。髪を結い終えてもらった鳳珠は安葵の胸へ名残惜しそうに顔を埋めた。そんな彼女を安葵は優しく見つめていた。


 時は流れ、晩夏―――
「大変でございます」
 左尚庁役所の尚書室で安葵が決算と軍備増加に伴う人事の書類をこなしていたところ、副官がその部屋に慌てて入ってきた。彼は書類から目を上げ、
「どうした」
 と尋ねた。
「右尚書・瑛家当主鳳珠殿が興梠御史中丞に捕縛された模様でございます」
「罪状は」
「領地内における羅国への反乱分子の取り締まりに関して、当主としての責務不履行と監督不届きおよび西方の国家との内偵容疑でございます」
 安葵はその罪状を聞いたとき、何かがおかしいと思った。右尚書でもある鳳珠なら内偵に関してはある程度・・・・容認されているはずだ。しかも、当主としての責務不履行。まずは瑛影木に任せてあるが、基本1か月に1度は公休を使って領地へ向かうし、火急の件があれば、すぐに飛んで行く奴だった。
(嵌められたのか)
 安葵にはそうとしか思えなかった。
「いいえ。証拠も揃っているとのことです。で、現在は、当主の捕縛により、瑛影木が当主代行を務めております」
 安葵は思ったことを口に出してしまっていたらしかった。
 まだ、民間の検非違使に捕まったなら、多少貴族には甘い部分もあるので、すぐに出ることはでき捕縛されている間停止される職務や官位もすんなりと戻ると聞いたが、御史台はそれが不可能なところで有名だった。
「今のところ、何も釈明などをされておられないのですし、助けを求めていることも聞いておりません。しばらくは様子を見るのが得策かと」
 安葵は何もできない自分が歯痒かったが、その副官の言葉に納得せざるを得なかった。

 そして、一夜明け――
 朝議において、もうすでに瑛鳳珠の罪状が決まっており、直接朱鳥帝より言い渡された。
「瑛家鳳珠。瑛領における異端分子の始末に関する事案において汝の監督不届きおよび西方・ミェン国への内偵容疑により、瑛家当主および右尚書の位を解く。また、瑛家から籍を抜いて庶民に落とす。この後は、麗明殿において100日間の奉公ののち、市井に降りよ」
 御簾の向こうから、朱鳥帝が言い、罪人である鳳珠は中庭に膝をつき
「はい」
 とだけ答えた。彼女は、たった一晩であったが、かなり厳しい取り調べを受けたらしく、非常に憔悴しきっているのが、遠く離れた今は対になる存在・・・・・・がいない左尚書の席で安葵でも確認できた。

 その後、鳳珠の身柄は麗明殿に移された――と表向きはなった。
 実際は、朱鳥帝の縁戚にあたり、奥宮の管理を行っている碧細雪に預けられていた。
「調子はどうだ」
 数日後、執務の終わった朱鳥帝は、奥宮の一角にある部屋を訪れていた。その部屋の寝台には、あの日以来意識を飛ばしている鳳珠が横たわっていた。朱鳥帝――碧流氷は瑛鳳珠を幼い時分から知っており、今回の彼女の『計画』について一枚かんでいた。
「相変わらず意識が戻りません。早く安葵殿に接触していただいた方がよいのでは」
 碧細雪は、彼女の脈をとりながら答えた。彼女は年齢不詳で、薄青色の髪を持った女性だった。
「ああ」
 心ここにあらずで、流氷は答えた。この数日の間に5大家には様々な動きがあった。もちろん瑛家は当主の交代で、鳳珠の従弟の影木が新たに当主となり、右尚書の地位に就いた。そして、瑛鳳珠を捕まえた興家梠御史太中丞は、今回の『大捕り物』に対して御史太夫に昇進した。そして鵬家――鵬家当主・安葵の父親でもある楡孝は、安葵にあることを画策していた。
「そうもいくまい。あの楡孝は安葵に何かしようとしているらしい」
 鳳珠の額に浮かんだ汗をぬぐいながら、流氷は答えた。
「ならば――」
 普段は無表情に『仕立て上げられている』碧家精鋭の部隊《十騎士》の一人である細雪は焦りを見せていた。
「そのままにしておいてやれ。あそこで止められなかった俺も悪いのだから」
 鳳珠の腕に、薬草をすりつぶして油と混ぜたものを塗った。鳳珠は御史台でとらわれた時、拷問を受けていた。
「しばらく待とう」
 それでも何かを言いたそうにしている細雪を制止し、流氷は部屋を出るように促した。彼女が出て行ってからも、流氷はかつて鳳珠が好きだといった香をたいたりしていた。
「いくらでも俺は待つ。だから『戻っておいで』」
 彼はそう言い残して、彼もまた部屋を出た。


 その晩――
「目覚められましたか」
 鳳珠は目覚めた。

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