ヤミ属性な回復担当

月菜

八年後

ざっ、ざっ……森の中の木の葉を踏む独特の心地好い音が耳に優しい。虫や蛇、魔物に遭遇することもあるが、こんな森にも随分慣れた。後ろにはハルトとシオン____とんでもなく優秀な従魔二人がついてきている。この二人がいれば、大抵の敵は敵ではない。

ふと今までの戦闘を思い返して思わず遠い目になる。

魔物が来ても存在を認識した瞬間、一瞬で凍るか燃え尽きているのだ。戦うどころじゃない、最初からもう勝っている。僕はただ見ているだけ。見ていることしか出来ない。むしろ酷い時は目がついていかない。
たまに強そうな魔物が来たと思ったら二人が同時に攻撃してお陀仏だ。大群に襲われてもシオンが氷の壁を作って僕を守り、その間にハルトが辺りを焼き尽くす。環境に悪いからやめてほしい。

僕も守られてばかりでは流石にダメかと思ったのだ。だから、頭にあった聖魔法を使ったりもした。

これがまた大変だった。

例えば。神聖結界ルーゼ・バリアで魔物が入ってこれなくしようとしたら、結界に触れた瞬間魔物が蒸発(消滅?)したり。どうやら僕の聖魔法が強すぎて守りの結界が攻撃も出来るようになったらしい。
麻酔とかで使う快眠スリーピングを使ったらそのまま永遠の眠りについてしまったり。くそ、羨ましいなこの野郎!
結論、僕も十分規格外でした。

そんなこんなで、移動は物凄く安全だ。最初に決めた通り、僕は特定の場所に長居は絶対にしなかった。だから、街や村に入っては出て、入っては出て、国境を越えてかなり多くの地に足を運んだことになる。たった8年で。

そう、僕は18歳になった。

と言っても、16歳の時点で予想通り体の成長は止まったようなので、見た目は16歳だ。これから少なくとも300年程はこの容姿だと思うと、何だかいたたまれないので考えないでおく。……中身オッサンとかおじいさんで見た目16歳とか、軽く犯罪だと思う。もうこの時点で、地球での年も含めれば僕は44歳だ。40代だよ?普通に中年のおっさんだから。ありえん。

しかも、この従魔二人が中々曲者だ。
この二人が僕と契約を結ぶのに出した条件を覚えているだろうか?それは、僕の生気を与えること。
こいつらは夢魔だ。淫魔とも言われる。つまり、こいつらとそういうイカガワシイことをするということで。

はい、食われました。

さすがに15になるまで待ってはくれたけど、初めては死ぬかと思った。いや死ぬのは大歓迎なんだけれども、痛いんだよこれが。
ただ、それは最初だけで最近は___
……気持ちよかったり、する。
けど!そんなことは言わない。絶対。こいつら絶っ対つけ上がって夜が大変なことになるからな。
……僕はツンデレ気質ではなかったはずだが。無視するしかない。


そうそう、肝心の仕事のことだけど。あれから色んな所へ行って、まあそれなりに多くの人を治療したりしたわけだよ。で!先日やっと、特級Xランクになりました。意外と大変だったよ、うん。まあ、特級になった特典は色々あった。実はこれがかなり嬉しかったりする。


まずギルドカードについて。
カードは地球で言う名刺の一回り程大きく、薄さは然程変わらない。通常の冒険者は黒ベースで金色の文字で書かれているが、Xランクは白がベースだ。

name:レイ
job:命主
rank:X-特級

今の僕のカードはこんな感じだ。
このカードの右下に、今は赤い魔石がついている。魔石とはその名の通り魔力が籠った石で、籠った魔力の量はその色で分かる。青が一番少なく、だんだん紫になっていき、澄んだ赤が一番魔力が多い。つまり、このカードについているのは最高の魔石だ。それに職人によって結界の術式が彫られていて、何か危険が迫ったりすると自動で結界が発動する仕組みだ。これは大変重宝される。

魔石がつけられるのはXランクでは特級、通常ではA、Sランクだけだ。つまり、Xランクの特級は通常冒険者のAランクと同等の地位を持っているということ。
おかげで、ギルド内でも敬語を使われることが多くなった。見た目は16歳の子供相手に。……絵面的には微妙だ。


2つ目は服について。先日まで僕はルベジアという国の王都にいたのだが……その前にこの世界の地理についてざっくり説明しよう。

この世界には地球で言うユーラシア大陸二個分くらいの大きな大陸__ロヴェーナ大陸が真ん中にあり、その周りに小さな島々がある。
ちなみに、僕が一番最初に訪れたあの街は大陸最西端の国、ホルツのシィス。それからずっと東に向かって、ルベジアは大陸中央から若干西寄りの、海に面した国だ。今は中央のアーシェス王国に向かっている。

そのルベジア王都のギルドマスターに、特級になった祝いにと服を貰ったのだ。単なる服じゃない、とんでもなく高性能だ。
所々金の刺繍が施された白いローブに、腕にぴったりと張り付くような白い手袋。この2つだ。魔力を通さないという何やら特殊な素材で作られているらしく、魔法を跳ね返すのだ。それに、不壊の加護がかけられているので例え剣で切りかかられようと破れない。とにかく凄い代物だ。
これのおかげで若干見た目に威厳がついた……と思う。多分。16歳の体だと、冒険者に侮られたりすることも多いのだ。基本荒くれ者の集まりだし。まぁ、そういう奴は大抵治療後は気まずそうに去っていく。一応、実力だけは確かだからな。


3つ目は、金と人間関係について。
実はこれが一番心配していたのだが、案外大丈夫だった。というか、今のところ呆気ないほど上手くいっている。
最初の登録の時に言われた通り、僕の提示した治療の金額に皆驚いた。僕としては本当に気分の問題というか、そんなに大したことはしていないんだけど……まぁ、安い早い丁寧確実、アフターケアもバッチリでしかも薬まで貰えるということで、割と好評だ。
一応、元医者だし。忙しいんだよ病院って。一人の患者さんにかけられる時間って少ないから、自然と素早い治療になる。けど、あんまり適当にやると後が怖いのであくまで丁寧に、気を悪くさせないよう愛想良く。一度診た患者さんは責任を持って最後まで。医者としてこれは当然。勿論薬も出します。

しかし。どうやらこれは異世界では当然ではないらしい。僕が治療した人は何だか大袈裟過ぎる程感謝して釣りが出る程お金をくれたり、差し入れと言って仕事中の僕に何か__採ってきた薬草や魔物の素材__をくれたりする。薬草はコスト削減出来るから有難いけど、魔物の素材はいらない。というか使い道に困る。

そうして僕もだんだん有名になってきた。最初はこんな若い奴が命主?と侮られたりもしたが、最近はギルドに行ってカードを見せると、“黒の命主”とかよく分からん名で呼ばれてすぐに歓迎される。見た目が黒髪黒目なので、そこからいつの間にか呼び名がついたらしい。

そんなこんなで結構人気なので、お金もそれなりに入ってくる。たまーに噂を聞き付けたどこかの貴族さんとかが治療して欲しいと来たりして、それでまたお金がどーんと稼げたりもしたし。その結果。

現在の貯金額、約2億メル。

……とんでもないことになった。正直ここまでいくとは思っていなかったのでちょっとビビっている。たった8年、されど8年。命主凄い。


「…何か、どんどんカオスになっていくな……」
回想を終えた僕は乾いた笑みを溢した。それを拾う従魔二人。
「命主だしね」
「それ以前に神に喚ばれた異世界人だしな」
それを言うな。もう諦めるしかないとため息が尽きない今日この頃です。
「…こんな騒がしい毎日、御免だよ」
上手くはいっている。異世界ライフは至って順調だ。しかし、僕はそもそも生きることを望んでいない。そんな人間が純粋に異世界を楽しめると思う?……無理に決まってるだろう。
「でも、次のアーシェス王国には大図書館があるんだろ?ならそこで、“眠りの森”についても調べられるし」
「大図書館は王都だ。先にどこかの街に寄らないと」
そう。今向かっているアーシェス王国の王都には、大陸全土から色んな本が集められた大図書館がある。さすが大陸中央の国といったところか。“眠りの森”について書かれた本も、あるかもしれない。
眠りの森とは何か?あぁ……そういえば言ってなかったね。

僕が異世界に来て最初に言ったことを覚えているだろうか。
『…眠ることについても、調べていかないと』
詳しくは割愛するが、簡単言うと眠ったまま時を流す、ということだ。考えてみてほしい。眠っている時は、意識はないのだ。つまり、苦しみも悲しみも感じなくていい。そうして意識を閉ざしたまま時を流して、いつの間にかもうそろそろ寿命が尽きる頃です……なんて展開、最高だろう?

ということで、命主として働く傍ら眠ることについても色々調べてきたのだが、一通りその手の知識をかじった結果、一つの手段に辿り着いた。

“眠りの森”___禁忌の魔法という手段に。

禁忌とは、この世界において使用することを禁止された魔法のことだ。使って何か罰などはないが、ただ世間では禁忌と冠される魔法はどれも恐ろしい物と認識されていて、誰も手を出そうとしない。それに、禁忌に指定された魔法の情報は、国や魔法士ギルド___冒険者ギルドの魔法使い版のようなもの___によって徹底的に制限されるので、手を出したくても出せないのが現実だ。
“眠りの森”も禁忌の一つ。その理由は、もしこの魔法の発動に失敗した場合、魔法の為に溜められた魔力が爆発し、発動する術者は暴走してしまうからだ。

眠りの森を具体的に説明するとかなり時間がかかるので、とりあえずざっくり説明しよう。魔法の構造は実に単純。
まず、術者は深い森の中心に立つ。森でなくとも、植物の多いところならオーケーで、深ければ深い程良い。その森全体に大きな魔法陣を書き、中心にて魔法を発動。すると術者は眠りに落ち、魔法陣で指定した範囲の植物__森の場合は木__から魔力や栄養がゆっくり吸収されて術者に流される。指定された植物の魔力が尽きるまで、術者はひたすら眠り続け、魔力が尽きると術者は目を覚ます。そして術者が目を覚ました時、指定した植物達は全て枯れ果てているという。

成功すればまさに童話の眠りの森の美女の再現となるわけだが、失敗すると大変なことになる。
まず、この魔法には属性が闇と光の二属性が必要だ。深い森に魔法陣を書くので、かなり多くの魔力を必要とする上に二属性__しかも力の強いとされる光と闇__爆発すれは悲惨だ。
過去に失敗した例を挙げると、森一帯が闇に包まれ数十年常夜と化して、その影響で魔物が強化され近くの街に被害が出たり。ある時は術者が僕と同じ強すぎる聖の力を持っていたらしく、周辺の街、村の人間をまとめて永遠の眠りに道連れにしたとか。

術者の暴走も同じだ。魔法が連発されたり、思わず大規模な魔法が勝手に発動したり、色々。ただ、そのどれもが悲惨なことになっている。


こんな危険な魔法、確かにやってはいけないだろう。自分でも思う。しかし、散々考えてみてこれが一番良いと判断したのだ。やるからにはちゃんとやる。
今は森に描く魔法陣を調べているところだ。魔力は僕のカンストしたMPで足りるだろうが、まず魔法陣がなければ始まらない。それに、深い深い森も探さなければ。出来るだけ人里から離れた、人気のない森を。


「…今日は野宿かな」
もうすぐ日が暮れる。緑の木々が遠くの夕日を遮り、光が別れて目に入った。滲んでいても眩しいそれに目を細める。まだまだ森の景色は変わらないし、今日中に森を出るのは無理そうだ。夜に歩くのは危険……という訳でも無いが、疲れるし休憩もしたいし、夜は休むことにしている。
「ここら辺でいいか……結界バリア
大きめの木の麓を中心に、半径5メートルくらいの円を描くように結界を張る。結界はその名の通り、物の侵入を防ぐ魔法だ。魔物を倒す時に使う神聖結界ルーゼ・バリアより弱いが、それでも弱小の魔物は傷を負うレベル、そこそこ強い魔物、くらいなら普通に防げる。

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