東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-
静けさ
神秘の武具以外に金目の物はあまりなかった。
一式売れば一財産築けることになるだろうことを考えれば十分だといえるが、一行に売る気は無い。
「本当に短剣だけで良いのですか?」
「ええ、命を拾ったことを思えばこれでも十分過ぎるくらいよ」
さて…とソウザブは先程から気にかかっていたことを口にした。
「神秘の武具を手に入れた。それは喜ばしい。探索に立ち会った者として仲間の成功は嬉しいもの。…しかし、その武具は一体どんな効果があるんだ?」
全員が黙った。
/
符術にしても簡単な効果の物を幾つも組み合わせて、無理矢理に高位へと押し上げているのだ。
ソウザブの先祖返りは高位の術となると反発して使用ができない。今にして思えば権能と干渉しあっているのだろう。かつて一時を共闘した術士が先祖返りにも関わらず使用できたのは、神としての在り方の違いなのだと、思い至る。
符術自体が元々上手く噛み合わせるように素材から厳選して作り上げるものであるために、気にかけてこなかったのだ…それも無垢神との戦いで使い切ってしまったが。
ともあれ、ソウザブでは今回見つけ出した神秘の武具がどういったものか分からない。実際に使用することができないためだ。
「魔力ってどう使うんだ…」
「まずはそこからだな。新しい鍛錬の日々の始まりだ」
「それならわたくしも教えられますから頑張りましょうエツィオさん」
夢を叶えても、それを使いこなすのは中々に難しいことのようだった。
「しかし…」
「ソウ様?」
「いいや、何でもありませぬ」
本当に魔剣が存在した。つまりは古代王朝においては神秘の力を鉱物へと付与する技術が確立していたことになる。しかし見つかったのは指揮官が使用していたと思しき一式のみ。ならば量産は不可能ということなのか…?
そんな疑問をソウザブは持て余して、すぐに捨てた。万能とはいっても戦闘に関わることのみであり、流石に鍛冶冶金すら可能というわけでなく、精々が手入れ程度。
魔剣の製造技術を深く考えることは如何な敏捷神でも不可能だったのだ。今後、ソレが関わってくることにも気付けるはずはなかった。新神とて世界に住まう以上は変化から逃れることはできない。
//
「ロバの嫌な予感というものは当てにならんようだな」
「気のせい、であればそれに越したことはない…のだが今もしているのが気にかかる」
主達一行の姿を目に捉えたサライネは安堵の息を吐いた。
人数が1人増えていること、エツィオの格好が変わっていること、戦の後のような臭いを考えれば何事も無かったわけではないことは察せられた。だが再び浪人の身に戻ることを避けられた彼女の安堵は大きい。傭兵騎士として生きてきたサライネは強者であっても時に驚くほど呆気ないことを知っている。
「おかえり、師匠。上手く行ったみたいだね?」
「ただいま、弟子。万事めでたしとは行かなかったが、とりあえず目的は達した」
サフィラとその師が短い別れから再会するのをエルミーヌが微笑んで見守っていた。
そんな様子を黙って噛みしめるエルフの女性。クラソリエルにもう仲間はいない。モールマンと出会わなければ自分にもあのような光景は訪れたのかもしれない。だがそれが永遠に失われたと思えば…冒険者の宿業とはいえ虚しくなるのは避けられなかった。
クラソリエルのことが改めて一行に紹介される。
仲間を失った女性に一行は何も言えない。先程まではしゃいでいたことが今更に悔やまれた。
「クラソリエル殿。これからどうされる?良ければそれがしらと共に…」
「あら、素敵な申し出ね。そうね…正直、渡りに船って感じなんだけど、ごめんなさいね。今は遠慮しておくわ。機会があればまたその時に考えさせて」
「これは…出過ぎました。ご容赦を」
「いいのよ。どちらかと言えば私の問題なのだしね。…しばらくは1人でいることにするわ。ありがとう。助けてくれて」
金の髪が流れていく。
その足取りは確かだが一抹の寂しさも感じさせた。行きあった別の冒険者の旅路に幸福が蘇ることを願わずにはいられない光景であった。
///
「それで…エツィオが持っている剣と槍が?なんか鎧まで着てるけど…」
ポリカが水を向けた。
エツィオは手に入れた鈍い黒光りの武具一式を身に付けていた。元が軽装であったためにかなりの違和感がある。
本人も着慣れないのかふらついて…いない。
「そうだ。皆には悪いがやらねぇぞ?甲冑に関しては結構分かってきたぞ…全身鎧にしてはすげぇ軽いわコレ」
金属製全身鎧の欠点として最も分かりやすいものは重い、という点にある。
生半な騎士では一度転べば立ち上がることすら不可能と言う者もある程なのだ。最も、全身を覆うために動くためにコツがあり、掴んでしまえば容易く動ける…とはサライネの言である。
「体への合い方はどうだ?私が伝来の鎧を着る時に苦労したのはそこなのだが…」
自身も甲冑を着込む者としてサライネはやはり興味があるようだった。魔剣聖剣はおとぎ話には付き物だが、魔鎧や聖鎧はあまり出てこない。気になるところであろう。
「いや、俺っちとしては魔剣に注目して欲しいんだが…まぁ着心地も悪かねぇよ?少なくとも痛んだりはしないな」
「それは羨ましい。我が家には鎧下を上手く使う秘伝があって、それでどうにかしているのだが…」
「じゃあその魔法の鎧は滅茶苦茶軽いのが特徴?凄いけど…地味」
凄いのだがなぁ、と弁護するのは当のエツィオでなくサライネである。
世の中何事につけ派手な方が好まれるもので、守りを簡便にする効果は人には理解され難いものらしい。
エツィオ自身がどちらかと言えば女性たちに囲まれることに喜びを見出しているようなのからもそれが伺えた。
「でも…なぜでしょう?あまり高価なものとは思えませんね?」
ソウザブの横に立つエルミーヌが不思議そうに呟いた。彼女の言葉は大体が恋人へと向けられたものだ。
その言葉にソウザブは曖昧に頷かざるを得ない。美術品に対する審美眼は持ち得ていない。武具に関しては性能に対してはそれなりの見識があるが、市場価値となると真っ当な王侯育ちのエルミーヌに及ぶところではなかった。
「エル殿の見立ては確かでござろうが…そうなので?売りに出しても高くは無いと?」
「いえ、遺跡から出土した逸品ですし高くは売れるかと…ただなんと申しましょうか?どうにも印象と価値が一致しないというか、なんだか生き物に評価を下しているようで…」
ソウザブはその言葉が神秘の武具の核心を突く発言であるように感じたが、それが製造法に関わることだとはついに理解できなかったのだった。
「身につけるモノの話になると、理解できんな。嫌な予感は消えぬし…むぅ」
エツィオが魔剣の効果が分からないといい、ああだこうだと議論しあう一行。それを離れて眺めながらロバは呟いた。どうせなら軽い荷馬車のほうが良かった。
////
ロバの予感は果たして的中していた。
遺跡の内部を煽り立てた獣人の目を借りて観察していた魔人は、外に出てきた敵を直に観察している。敵手から十分に距離を取っているとはいえ、堂々とした立ち振舞であった。
「あの一行で間違いないわね。付近一帯にいる個体で一番強力なのはあの黒髪の子よ」
「…獣の方も気配は強いが?」
「そちらも神なんでしょうけれど、戦闘に向いた個体では無いのでなくて?あなたは知らないでしょうけど、作った魔獣にああいうモノが混ざって帰ってくることがあったわ。神だったのね。それにしても…なぜ今の時代にまだいるのかしら」
興味深い、と陶然とした顔を浮かべる女魔人イレバーケ。
それは研究者としての顔というわけではない。女魔人は研究に熱意を捧げている。自分達を製造した親に近付きたいと願っているのだ。
可愛い子供たちに混ざっていた獣の腑分けもこれからは熱心に行おう。だがその前に――
「討てる?」
短い問いかけにエタイロスは答えた。つまりは応。
「容易いだろう。個体としては我らを上回るかもしれぬが、群れとして見ればアレらは落第以下の問題だ。1人だけが突出して強く、足並みが全く揃っていない。集団としての能力は無いに等しい」
「そうね。強者にすがる弱者…いつになろうとも生物は変わらない。弱点を突けばあっさりと倒せる」
我々、対神兵器も含めて。思いはしたがイレバーケは口には出さなかった。
一式売れば一財産築けることになるだろうことを考えれば十分だといえるが、一行に売る気は無い。
「本当に短剣だけで良いのですか?」
「ええ、命を拾ったことを思えばこれでも十分過ぎるくらいよ」
さて…とソウザブは先程から気にかかっていたことを口にした。
「神秘の武具を手に入れた。それは喜ばしい。探索に立ち会った者として仲間の成功は嬉しいもの。…しかし、その武具は一体どんな効果があるんだ?」
全員が黙った。
/
符術にしても簡単な効果の物を幾つも組み合わせて、無理矢理に高位へと押し上げているのだ。
ソウザブの先祖返りは高位の術となると反発して使用ができない。今にして思えば権能と干渉しあっているのだろう。かつて一時を共闘した術士が先祖返りにも関わらず使用できたのは、神としての在り方の違いなのだと、思い至る。
符術自体が元々上手く噛み合わせるように素材から厳選して作り上げるものであるために、気にかけてこなかったのだ…それも無垢神との戦いで使い切ってしまったが。
ともあれ、ソウザブでは今回見つけ出した神秘の武具がどういったものか分からない。実際に使用することができないためだ。
「魔力ってどう使うんだ…」
「まずはそこからだな。新しい鍛錬の日々の始まりだ」
「それならわたくしも教えられますから頑張りましょうエツィオさん」
夢を叶えても、それを使いこなすのは中々に難しいことのようだった。
「しかし…」
「ソウ様?」
「いいや、何でもありませぬ」
本当に魔剣が存在した。つまりは古代王朝においては神秘の力を鉱物へと付与する技術が確立していたことになる。しかし見つかったのは指揮官が使用していたと思しき一式のみ。ならば量産は不可能ということなのか…?
そんな疑問をソウザブは持て余して、すぐに捨てた。万能とはいっても戦闘に関わることのみであり、流石に鍛冶冶金すら可能というわけでなく、精々が手入れ程度。
魔剣の製造技術を深く考えることは如何な敏捷神でも不可能だったのだ。今後、ソレが関わってくることにも気付けるはずはなかった。新神とて世界に住まう以上は変化から逃れることはできない。
//
「ロバの嫌な予感というものは当てにならんようだな」
「気のせい、であればそれに越したことはない…のだが今もしているのが気にかかる」
主達一行の姿を目に捉えたサライネは安堵の息を吐いた。
人数が1人増えていること、エツィオの格好が変わっていること、戦の後のような臭いを考えれば何事も無かったわけではないことは察せられた。だが再び浪人の身に戻ることを避けられた彼女の安堵は大きい。傭兵騎士として生きてきたサライネは強者であっても時に驚くほど呆気ないことを知っている。
「おかえり、師匠。上手く行ったみたいだね?」
「ただいま、弟子。万事めでたしとは行かなかったが、とりあえず目的は達した」
サフィラとその師が短い別れから再会するのをエルミーヌが微笑んで見守っていた。
そんな様子を黙って噛みしめるエルフの女性。クラソリエルにもう仲間はいない。モールマンと出会わなければ自分にもあのような光景は訪れたのかもしれない。だがそれが永遠に失われたと思えば…冒険者の宿業とはいえ虚しくなるのは避けられなかった。
クラソリエルのことが改めて一行に紹介される。
仲間を失った女性に一行は何も言えない。先程まではしゃいでいたことが今更に悔やまれた。
「クラソリエル殿。これからどうされる?良ければそれがしらと共に…」
「あら、素敵な申し出ね。そうね…正直、渡りに船って感じなんだけど、ごめんなさいね。今は遠慮しておくわ。機会があればまたその時に考えさせて」
「これは…出過ぎました。ご容赦を」
「いいのよ。どちらかと言えば私の問題なのだしね。…しばらくは1人でいることにするわ。ありがとう。助けてくれて」
金の髪が流れていく。
その足取りは確かだが一抹の寂しさも感じさせた。行きあった別の冒険者の旅路に幸福が蘇ることを願わずにはいられない光景であった。
///
「それで…エツィオが持っている剣と槍が?なんか鎧まで着てるけど…」
ポリカが水を向けた。
エツィオは手に入れた鈍い黒光りの武具一式を身に付けていた。元が軽装であったためにかなりの違和感がある。
本人も着慣れないのかふらついて…いない。
「そうだ。皆には悪いがやらねぇぞ?甲冑に関しては結構分かってきたぞ…全身鎧にしてはすげぇ軽いわコレ」
金属製全身鎧の欠点として最も分かりやすいものは重い、という点にある。
生半な騎士では一度転べば立ち上がることすら不可能と言う者もある程なのだ。最も、全身を覆うために動くためにコツがあり、掴んでしまえば容易く動ける…とはサライネの言である。
「体への合い方はどうだ?私が伝来の鎧を着る時に苦労したのはそこなのだが…」
自身も甲冑を着込む者としてサライネはやはり興味があるようだった。魔剣聖剣はおとぎ話には付き物だが、魔鎧や聖鎧はあまり出てこない。気になるところであろう。
「いや、俺っちとしては魔剣に注目して欲しいんだが…まぁ着心地も悪かねぇよ?少なくとも痛んだりはしないな」
「それは羨ましい。我が家には鎧下を上手く使う秘伝があって、それでどうにかしているのだが…」
「じゃあその魔法の鎧は滅茶苦茶軽いのが特徴?凄いけど…地味」
凄いのだがなぁ、と弁護するのは当のエツィオでなくサライネである。
世の中何事につけ派手な方が好まれるもので、守りを簡便にする効果は人には理解され難いものらしい。
エツィオ自身がどちらかと言えば女性たちに囲まれることに喜びを見出しているようなのからもそれが伺えた。
「でも…なぜでしょう?あまり高価なものとは思えませんね?」
ソウザブの横に立つエルミーヌが不思議そうに呟いた。彼女の言葉は大体が恋人へと向けられたものだ。
その言葉にソウザブは曖昧に頷かざるを得ない。美術品に対する審美眼は持ち得ていない。武具に関しては性能に対してはそれなりの見識があるが、市場価値となると真っ当な王侯育ちのエルミーヌに及ぶところではなかった。
「エル殿の見立ては確かでござろうが…そうなので?売りに出しても高くは無いと?」
「いえ、遺跡から出土した逸品ですし高くは売れるかと…ただなんと申しましょうか?どうにも印象と価値が一致しないというか、なんだか生き物に評価を下しているようで…」
ソウザブはその言葉が神秘の武具の核心を突く発言であるように感じたが、それが製造法に関わることだとはついに理解できなかったのだった。
「身につけるモノの話になると、理解できんな。嫌な予感は消えぬし…むぅ」
エツィオが魔剣の効果が分からないといい、ああだこうだと議論しあう一行。それを離れて眺めながらロバは呟いた。どうせなら軽い荷馬車のほうが良かった。
////
ロバの予感は果たして的中していた。
遺跡の内部を煽り立てた獣人の目を借りて観察していた魔人は、外に出てきた敵を直に観察している。敵手から十分に距離を取っているとはいえ、堂々とした立ち振舞であった。
「あの一行で間違いないわね。付近一帯にいる個体で一番強力なのはあの黒髪の子よ」
「…獣の方も気配は強いが?」
「そちらも神なんでしょうけれど、戦闘に向いた個体では無いのでなくて?あなたは知らないでしょうけど、作った魔獣にああいうモノが混ざって帰ってくることがあったわ。神だったのね。それにしても…なぜ今の時代にまだいるのかしら」
興味深い、と陶然とした顔を浮かべる女魔人イレバーケ。
それは研究者としての顔というわけではない。女魔人は研究に熱意を捧げている。自分達を製造した親に近付きたいと願っているのだ。
可愛い子供たちに混ざっていた獣の腑分けもこれからは熱心に行おう。だがその前に――
「討てる?」
短い問いかけにエタイロスは答えた。つまりは応。
「容易いだろう。個体としては我らを上回るかもしれぬが、群れとして見ればアレらは落第以下の問題だ。1人だけが突出して強く、足並みが全く揃っていない。集団としての能力は無いに等しい」
「そうね。強者にすがる弱者…いつになろうとも生物は変わらない。弱点を突けばあっさりと倒せる」
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