東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

最奥の武具

 目まぐるしく回る影。
 影が鉄棍を振り、唸りを上げさせる度にモールマンの頭蓋が消し飛んでいく。
 その鉄棍は親しかったドワーフが所持していたものだが、彼ではない。
 彼はあんなに速く無かった。彼はもっと背丈が小さかったし、あんなに強くも無かった。何よりも彼は既に死んでしまっていた。

 高速で動き回る人物に油断など欠片もないのか、背後からの奇襲さえも旋回させた鉄棍で後ろ手に受け止めて反撃でモールマンの血肉を泥に変えた。
 殲滅するなど不可能だと思われたモールマンの群れはあっという間に壊滅した。
 クラソリエル達が3人揃っていても逃げるほかは無かった敵を、眼前の人物は一人で鏖殺してしまったのだった。

「…立てますか?」

 差し出される腕。そこにあるのは金の輝き。
 …金級冒険者。銀と金には大きな差があるとクラソリエルも知っていた。
 しかしこれは違う。努力でたどり着ける範疇ではない。
 足を負傷して、立てる筈もないのにおかしな質問をしてくる。その顔は真面目くさったもので、なんとはなしにおかしくなってクラソリエルは微笑んで、差し出された手を取った。

「ありがと。助けが来るとは思わなかったわ」

/

 地下の広間はモールマンの遺骸で埋め尽くされている。灰色の石畳が朱に染まり、不快な泥沼を形成していた。…これを一人が行ったなどと、実際に見ていなければ信じられないだろう。

「サポールとダラダインの…死体は…?」
「一人はあちらに。ドワーフの方は途中に置いてきてしまいましたわ。変えるときに埋葬を…」

 冒険者には見えない美姫の言葉にエルフは首を振って言葉を返した。

「不要よ。死ねばそこまでなのが冒険者だから。死んだ後にまで手を借りたらかえって寝られないわ」

 そうでしょう?と誰かに語りかけるクラソリエル。
 彼女の仲間が旅立ったのは冥神の御下か、天空の空か。分からないが、どちらにせよ矜持を胸に抱いたままで行かせてあげたい。そうした思いからだ。
 弔い方は人それぞれ。死者が何も語らぬ以上は、残された仲間の意向を聞くほかはなかった。

 クラソリエルの足を血止めだけして、ソウザブは肩を貸した。
 この探索を最後まで続けることをエルフもまた望んでいたのだ。

「思い出した。あなた達、ロウタカの街で会ったわね。どうして、ここに?」
「魔剣の噂を聞きましてね。報酬というわけではござらんが、あれば譲っていただきたい」
「随分と欲の無いこと」

 クラソリエルが死んでいれば、この地に財宝があったとしてもソウザブ達が独占できたのだ。見ようによってはわざわざ損をしているようでさえあった。

 …随分と変わり者らしい。もっとも、そうした者でなければ金の位階に足をかけることはできないのかも知れなかった。そう考えたクラソリエルはそれ以上踏み込まない。

「それにしても魔剣、ね。危機が迫ると光る剣とか、巨人を倒すための剣?私の種族にも伝わってるけど、どれもおとぎ話の世界よ」
「それは言わねぇでくださいや。俺っちも、おとぎ話に出てくるような物だからこそ欲しいんで。手に持つだけで特別な力が手に入る…ってのは情けないかもしれませんが憧れる理由としちゃ十分でしょう?」

 それはエツィオだけが抱く思いではあるまい。生まれた時点からあらゆる差が生じるのが人の世だ。種族で、血筋で、富で。そして才すらも。
 ならば、それが都合よく覆せるような物があって欲しいと願うことも当然生じる。
 とはいえ、そんなものは早々転がっていない。次第に人が失っていくその都合の良い願いを、世に生きて尚、未だに持ち続けることができているのがエツィオの非凡さと言えるだろう。なぜなら、それは結局は成果が得られるか分からないことを継続できるという“努力”に他ならない。

 ヒトというのは奇妙なものである。それを改めてソウザブは感じた。
 都合の良い特別を得るために、辛い努力を重ねるのだから。

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 広間の中央から少し歩けば、最奥にすぐに行き着いた。クラソリエルの負傷も有り、少しばかり時間はかかったものの、古代王朝における都市区画の作りは図ったように同じ。その地の重要施設は広間の家屋を見下ろすような位置に立っていて、どういうことか中央ではなく端にある。それを指して最奥というのだった。

「何というか…しっかりとした作りですわ。こうしたものなのですか、ソウ様?」
「全てを知っているわけにはござらんが…今まで目にしたことのあるものよりも無骨ですな」
「そうね。私が今まで行ったことのある遺跡でも、こういう感じなのは見たことが無かったわ。…貴方達に取っては当たりかもね」

 ソウザブ達は魔剣を手に入れるために、工房や武器庫といった存在を求めていた。そして眼前の施設は装飾もなく、直線的な建造物はいかにも軍事を連想させた。
 今までに訪れた遺跡にこうした“最奥”は無かった。既に取るものは全て取られた宗教的な施設。朽ちて文字も擦り切れた紙が散乱する行政施設。…ソウザブやクラソリエルの経験にあるのはそういった遺跡ばかりだった。
 こうなれば否が応でも期待が高まると言うものだった。

「早く入りましょうや!我慢できませんぜ!」

 とりわけ夢が叶うかどうかの瀬戸際にあるエツィオの興奮は、一行の誰もが及ばない。
 この遺跡を見出したのはクラソリエル達であったが、仲間を失った後では弔いの意味合いが強くなる。
 純粋な子供のような目をした傭兵を眩しげに見つめながら、一行は目的地へと足を踏み入れることにしたのだった。

///

「ここまで来ると都合が良すぎて笑えて来ますな」

 ソウザブの言葉通り。踏み入れた建物は元は兵舎や司令所を複合させたような軍事用途の施設であったと思われた。
 ところどころに石造りのラックが置かれて武器が立てかけられている。まさに目指していた通りの…エツィオの夢である神秘の武器がある可能性の高い場所であった。

 ソウザブが錆びて濃い茶色に染まった剣を手に取る。触っただけで崩れないのは大したものではあったが、実用に耐えるようにはとても思えなかった。

 エルミーヌは数少ない調度品を眺めている。真偽に敏感な彼女ではあるが、なにもソウザブに言わないあたり価値のあるものは見当たらないのだろう。

 経年による劣化は古代の優れた技術でも防げなかったらしい。だが、諦めるにはまだ早い。外観と同じような灰色の石で作られた内部は広かった。
 一行は黙々と探索を続けた。

 武器庫だと思われる場所にもたどり着いた。防具立てにはやはり茶色の鎧が着せされ、ラックに整然と陳列された武器は全てが朽ちていた。

「まぁ…整理するなら価値のある物と無いものを混ぜるわきゃないわな…」

 次第に熱が引いていく様なエツィオの声が痛ましい。
 そして足を引きずるクラソリエルの顔が暗くなってくるのも、痛みだけが原因ではないだろう。夢見た財宝がない場所で、それを望んでいた仲間が逝ってしまったなどと思いたくはなかったのだ。

////

 一行に次第に諦めの色が濃くなってきていた。
 生まれの良さから優れたエルミーヌの目にも価値のある品物は見出だせていないとなれば、金銭的にも外れとなってしまう。妻の審美眼にソウザブは絶対の信頼を置いていた。

 とうとう辿り着く、最上階の最奥。司令官室であったと思われるそこには執務用と思われる石机と石椅子があり…その後ろにはかつて、ここの主が愛用していたと思しき武具が!

 剣、槍、短剣、そして鎧。皆一様に黒一色であり、これまでここで見た武具とは違う色合い。
 持ち主の性格を反映したのか装飾を廃した無骨な作り。その表面を眺めればざらつくような質感が分かる。

「…あえて黒錆を浮かすことで赤錆を防いでいるのか?それにしたところで古代から今まで持つとは思えぬ…」

 エツィオに悪いとは思いつつもソウザブが剣の一本を手に取る。すると…

「…ぬ?」

 叩くような音とともに剣がソウザブの手から弾かれた。

/////

「…ソウ様?どうかなさったのですか?」

 愛する人の声にもソウザブは答えない。しばらく思案した後、再び剣を取る。三人はそれを黙って見守ることにした。
 結果は同じ。音ともに剣はまたしても、床へと転がり乾いた音を奏でた。

「何ということか…エツィオ、当たりだ。これはそれがしが高位の術を使おうとした時と同じ、先祖返りに対する拒絶反応。取ってみると良い」
「…あなた先祖返りだったのね。道理で」

 今度はエツィオが剣を拾い上げる。緊張した様子が傍から見ていても分かるほどに、息は荒く、汗が滲み始めている。
 …剣は次の担い手を拒絶しなかった。弾かれていくことなく、黒い柄を握るがままにさせている。

「これが…魔剣?」
「魔剣と呼ぶかは分からんが、神秘の力を帯びている。聖剣かもしれんな」

 エツィオが感極まったように声を上げる。
 他者の手を借りただの、自分の力ではなかったと言いたければ言え。とうとう自分は夢を手にしたのだと歌い上げていた。

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