東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神-

松脂松明

凶星とは

 “星読”とやらが感知している脅威――それが決して的外れではないことをジュリオスと冥神の使徒が保証する。流石に信じ難い話ではあったものの、片方の白騎士が苦虫を噛み潰したような顔をしていることが信憑性を増していた。本当に遠方の脅威を察知できるというのなら、“星読”はガザル帝国の急速な発展の要因の1つであるだろう。

 〈千里眼〉あるいは〈運命予知〉、いずれも実は魔術として現代まできちんと残ってはいる。しかし今より優れていたという上古の魔術師達のさらに一部しか使えなかった術であり、現在においては起動に必要な魔力を用意することすら難しい。起動できても維持はさらに難しい。その結果を他者に伝えるまでに術者が生きているかはさらに、さらにさらにと実用段階までの道のりは難易度を増していく有様。どちらも符術に込めることは不可能。新たな魔術を創作した方がまだしも現実的であり単なる古代魔術の標本として伝えられているのが現状である。

 ソウザブはちらりとゼワを見た。小難しそうな話にあくびを噛み殺してはいるが聞いてはいるらしい。再生力の強化という“先祖返り”を発露した男。
 次いで狼王を思い出す。動物に多い知力を向上させ、舌や喉の構造がどうであろうと人間と同じ言語すら操れる“先祖返り”。
 彼らを考えれば遥か上古の術を行使できる存在がいないなどとは断定できない。魔力を増強する“先祖返り”なら?あるいは〈千里眼〉と結果を同じように、視力の増強や遮蔽物を超える知覚に特化した“先祖返り”。あらゆる可能性が消えないのがこの世界だった。全ては神々の血を引くが故に。

 何もかもが分からない脅威に向けての依頼は、だからこそ集った顔ぶれの興味を引いた。彼らはいずれ劣らぬ強者である。余裕が出てくれば心身を削る戦闘に冒険、そういったものを楽しむ心が顔を出すのは当然のこと。刺激を求めて、未知を求めて、己が栄光に更なる花を添えるべく、力を追いかけて――。参戦した理由は様々だが、一同が揃って今回の“脅威”を舐めてかかっていたことは後になってから分かる。
 唯一、ソウザブだけはほんのすこしだけ冷めた見方をしていた。強敵に関する興味が無いわけではないが先日“霜柱のルクレス”と戦闘をしたことで格上を見たいという欲求は満たされている。未知に対するそれは共に眺める仲間が二人欠けていることから僅かに純粋さが足りなかった。元々作業として刷り込まれた武は戦闘を楽しむことを許さない。誇りと名誉ある行為であると武辺の家の血が訴えかけてくるが、どうにも乗らない。
 曖昧な気分のまま、ソウザブは一行の端に加わっている。


 一行の他に同行者はいない。随伴する騎士も兵もいない構成だが、不足しているとは誰も考えない。一騎当千の戦士に騎士、術士、ただ歩いているだけで獣も避けて通るほどの圧に満ちている。露払いなど不要。やがてたどり着く目的の地まで何らの障害にも出くわさなかった。
 冥神の使徒は加わってはいない。どうもそれなりの地位にある人物のようで、ジュリオスが押し留めてしまったのだ。もしかすれば戦闘向きの能力を持っていないのかもしれない。彼女はあっさりと引き下がった。

「これは…古代王朝の遺跡?それにしては些か面妖な雰囲気」
「俺の根城に似てんな」

 ゼワの言葉にソウザブは嫌々頷き返した。かつて訪れたゼワの根城もまた規模は違っても同じ古代統一王朝の遺跡。即ち地下に広がる都市や集落なのだが、今回は趣が異なる。何かの像だろうか?下手な彫刻家が作り出したようなオブジェが壁に並んでいる。
 古代文明の遺跡は石材で造られている。後からここにやってきた者達が壁にこれを彫り込んだのだ。それが意味するところはこの遺跡が賊の塒などではなく、宗教的な施設として利用されていることだ。
 場所は町からさらに東。辺境と言っていい。

「結構、数いそうだぞ?ガザル帝国様はなにしてたんでしょうかねぇ」
「貴様…だが、これに関して言えば返す言葉も無い。星読が感づか無ければ気付かなかったのだからな。…なんだその顔は、私とて非を認めはする」

 意外と柔軟なジュリオスの反応にホレスの揶揄が行き場を失っている。それを尻目に一行は地下へと向かい石段を下っていく。罠は無い…何者か自身がここに潜んでいるのだから当然とも言える。
 しかしながらお出迎えは当然にあるものだ。揃って黒の長衣に身を包んだ者達が開けた場所に出た瞬間に手ぐすねを引いて待っていた。長衣を着ていようとも分かる彼らの痩せた体躯に一行は戦慄した。
 この長衣の集団は文字通り、ここで息を潜めていたのだ。食うものも食わず、ただひたすらに何かを行うために。だから帝国もまた常套の手段で察知できなかったのだ。
 常軌を逸した集団はその衰えゆえに一行の到来を察知していた。思い思いの武器を手に目を光らせながら押し寄せてくる。

「…ソウ。行け」
「承知」

 先にソウザブがジュリオスに侮られたがゆえにホレスは短く指示を出した。力を見せつけろと。
 持ち前の速度に隠形を組み合わせた歩法は見るものを惑わす。速度は些か落ちるが、ぬるりと言うような踏み込みでソウザブは十間ほどの距離を瞬く間に詰めた。
 突如として横に現れた戦士に驚く間もなく一人が首を刎ねられた。質の悪い剣で人を断ち切れるのはソウザブの技量にこそ他ならない。それでもなお敵は標的を距離が近くなったソウザブ一人へと速やかに切り替えた。歪んでいようとも、その精神は大したものではある。
 かつて戦った騎士くずれの湖賊達も精神力で人ならぬソウザブを相手に善戦したものだが、湖賊達に比べて今の敵手達は装備も技量も劣る。迫る乱刃を柳のように躱しながらすれ違うと次々と倒れ伏した。

「俺も混ぜなぁ!」

 ゼワが叫びとともに遅れて駆けつけてくる。手にはめた鉤爪が唸る。技量的な面で見れば他の面々はおろかソウザブにも大きく劣るゼワではあるが、彼もまた“先祖返り”。綺麗に断てずとも横合いから振るわれた一撃で5つの刃で強引に敵を千切り裂いた。
 あらゆる臓器が血とともにばら撒かれる様子に嫌悪を見せずにソウザブは嫌な一時の味方に言葉を送った。

「…貴殿は刃の立て方が悪い」
「生まれが悪いからなぁ!そういうあんたは剣に似合わずお上品なんだよ!」

 人型の暴威である“先祖返り”二人相手に衰えた身体の十数人程度で勝てるはずも無い。それでも最後まで怯まずに敵は死体の山と化した。かつて古代の人々が集まったであろう広場に酸鼻な光景が現れることになった。

 見守っていた一行の中でジュリオスは静かに呟いた。

「まぁ足手まといにはならんようだな」

 ソウザブ達は街中を散歩するような調子で突き進む。
 “先祖返り”の集団という、もはや天災じみた一行を前にした敵集団はよく戦ったと褒められるべきだろう。戦意を維持できるだけでも大したものである。その源泉が何らかの信仰にあるのだろうとソウザブもまた感じてはいたが、智者であるラクサスはもう少し深く感じているようだ。時折、壁に彫り込まれている像を睨みつけていた。

 サイーネはソウザブと同様に速度が増す“先祖返り”であるようだったが、その動きに力みが無い。生まれつきの先祖返りなのだろう。踊るように敵の集団の中心で舞う度に長衣達は物言わぬ死体となった。長身に見合った腕の長さから繰り出される攻撃はリーチが長く、槍のようですらある。
 ジュリオスは正攻法の怪物とも言えるべき存在だった。戦場で長く生き抜いた者ほど教科書剣術と馬鹿にする正統な動きで敵を斬り刻んでいく。ああすればこうする、そう来たらこうするという机上の理論が現実の物となればかくも脅威となりえるのかとソウザブは感動すら覚えた。相手が少しばかり決死の力で切り結んで来ようとそれすら、白騎士の掌の上なのだ。
 相棒であるホレスに関してはもはや言うことはない。つまらなさげにそのあたりの石材を打ち付ければ散弾となって相手に襲いかかる。わざわざ手の届く範囲に行く必要すら無い。
 ゼワは再生力を活かした特攻一本だ。敵の剣に毒でも塗られていたのか、かすり傷を負ってたまに倒れ伏すが、しばらく痙攣した後に再び突撃を開始する様は恐怖でしかない。

 無人の野を行くがごとく…なのは良いが、なぜこの集団が脅威になるのかが見えてこない。“先祖返り”でなくとも通常の兵や騎士で十分対応が可能である。

「おい若いの!ぼやぼやせんと急ぐぞ!」

 魔術師であるラクサスはその答えを知っているのだろうか?嫌に急ぐようせっついてきた。
 どの道急ぐに越したことはない。戦闘においても奇襲じみた効果も期待できる。もはや駆けながら一行は奥へ奥へと突き進み…とうとう最下層までたどり着いた。
 一際広い空間には石造りの家が立ち並ぶ。古代においても小都市程度の規模ではあったのだろう。長衣の集団を轢殺しつつ、彼らの現れる先へと進む。そして一際大きな建造物にたどり着く。
 固く閉じられた扉をホレスが叩き割り、中に足を踏み入れる。元は何かの講堂なのか丸い空間だった。敵集団はいない…というよりは既に死んでいた。もう見慣れた長衣が血溜まりの中に転がっている。床には円形の複雑な模様が描かれており、円の中央には少年の死体が横たわっている。

「ふむ?順当に失敗したのか…急いで損したわい。とりあえずここらの術具を壊してはおくが、ま問題無かろう。星読とやらも当てにはならんな」
「この連中の目的が何なのか分かるのかい、爺さん?」

 サイーネの問いに賢者が答える。その問いはソウザブも聞いてみたいところであった。ソウザブが使用できる、あるいは知識があるのは戦闘行動に向いた術に限られているのだ。凄惨な場ではあるがこの集団が何らかの魔術を行おうとしていたのは魔法陣めいた床の模様からも分かるが、それだけだ。

「〈神降ろし〉じゃよ。そういえば…おい銀のお若いの。お前さんの故郷では“先祖返り”のことを“祖霊降ろし”というそうだな?」
「ええ」
「上手いことを言うもんじゃわい。話が逸れたな。この儀式は肉体を失い、天や空、あるいは地下に還った正真の神を憑代に宿らせる術よ」

 ソウザブは瞠目した。それは恐るべき術なのではないか?“先祖返り”ですら天災じみた破壊力で地上を闊歩しているのだ。それを上回るとなると…いや、そんな術が残っているのならばなぜ誰も行おうとしていなかったのだ?
 疑問に思っているとラクサスがにやりと笑った。

「気付いたようじゃな。そう、この術は欠陥だらけよ。起動に莫大な魔力を必要とする上に、できることは神に訴えるだけ。祈りと何も変わらん。降りてくるかは神の気分次第じゃが、向こうからすればわざわざ下等な地上に降りてくる義理などない。第一、本来のものでない肉体に宿ってしまえば神もまたある程度の弱体化を迫られる。願いを叶えてくれたりと言った奇跡は起こせまいよ」

 賢者ゆえにか、自身の得意とする分野においてラクサスは長々と語り出し止まらない。延々と続く講義を聞き流しながら一行の緊張がやや緩んだ。脅威とやらはどうも空振りらしい、と。


「…待て。星読は既に見ている・・・・のだぞ?」

 呆然とした様子のジュリオスの声に皆が目を向けた。思えばこの中で彼のみが星読の能力を知悉しているのだ。その彼が今の説明を受けて動揺している。それが意味するところは…。
 全員が無意識に得物を構えた。それは神に近しいものの直感か。

『ああ…悲しい。哀れな少年よ。お前の無念を叶えよう』

 中央の死体が浮き上がる!身の丈に合わない大剣に木の腕輪。生贄に選ばれた少年は駆け出しの冒険者だったのか、と今更ながらに思い至る。口から紡がれるはさらに幼い声。明らかに見た目に合っていない。

「最悪、最悪じゃわい…!そうか、あの像は少年の姿をしていた!やつならば応える可能性があったのだ!まさかアレの信者が未だにいたなどと!」

 宙空に浮く少年が目を開ける。剣を握る。ただそれだけの動作で、この場に集った英雄たちが格の違いを悟る。逃げることすら不可能なほどの差。
 ラクサスが叫ぶように呼びかけた。

「“無垢神”クラヴィ!」

 今まで“先祖返り”として他者を蹂躙してきた一行が、次は自分達がなぎ倒される側に回った時だった。

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