太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜
2 ホークの正体
レオニスが目覚めたのは、太陽が中天を過ぎた頃だった。
「――っ痛て」
身体を起こそうと力を入れると傷に響いた。眠りにつく前に比べると幾分かマシになったものの、微熱はまだ続いているようだと額に手をやって確かめる。
ふと、規則正しい寝息に気付いて横をみると、隣りのベッドで眠る少女の姿が見えた。背中まである長い金髪をベッドに広げ、毛布もかぶらず熟睡しているようだ。
(ステラ――やっぱり覚えてる。僕だけが君を忘れないのは、僕がレクス神に選ばれた継承者だからなのか? 6年前、メイガス様――いや、メイガスは君に継承者にのみ効かない呪いをかけた。何のために? それに、ステラは剣を振るった時、光の刃の魔法を使っている。それはレクスの加護がある者しか使えないはずの魔法だ。つまり、父上の死んだ今、本来なら地上に僕しか使えないはずの技――)
レクス神は、何故か王になる者にしかその魔力の加護を与えないことで知られている。他の神、例えば月の女神ルナであれば、御印は代々のウルティミス公爵となる人物、例えばノクティスに授ける。しかし、だからと言ってルナ神の月の魔法を扱えるのがウルティミス公爵だけと言う訳ではない。例えばメイガス。彼もルナ神族であり、その血に月の魔力を宿している。むろん、ウルティミス公爵ほどではないにしろ、月の魔法を使うことも出来る。他の神も同様だ。だから、メイガスのように貴族でもない者が三神族の魔法を使えたりするのだ。
しかし、レクス神だけは、御印を与えた人物――例えば、父王アクイラ。あるいはレオニス――にのみ、その御力を授ける。
つまり、本来であれば、ステラがその御力を扱えるはずがないのである。
その法則を破ってステラが御力を扱っているからには、余程の絡繰があるに違いない。あるいは、それがステラにかけられた呪いだったのだろうか。
(確か、呪文の言葉は「御光よ、汝に関わる者の記憶を隠し、継承者にのみその力を与えん!」だと言ってたな。継承者――つまり、僕にその力を与える? 確かに、僕にだけ記憶は隠されないけれど、僕に力を与えてはいない。むしろ、ステラに力を与えていると言った方が正しいんじゃないか?)
ステラは確かに何らかの太陽の御力を宿している。
レオニスは、ふと父の言葉を思い出した。
「レオニスか……。よく聞け。聖剣は、死んでいる……。聖なる力が、今この剣から消えている。それを探せ。レクス神から賜った王国の守り……それがあれば、闇の女神を再び封印できる……。太陽王と呼ばれた、始祖エイウスのように……」
聖剣にあるはずの御力が消え、ないはずのステラに御力が宿っている。
(これはもしかして――ステラの中に聖剣の御力が宿っている? だとしたら、ステラが御力を使えることも、魔法陣の中で御力を振るった瞬間、死の神オルクスの封印が解けたことも頷ける……でも、まさかそんな。だとしたら、何故メイガスはステラにそんな呪いをかけたんだ? 今の彼はもはやモアの言いなり。聞くことも出来ないが――)
そこまで考えたところで、部屋にノックの音が響いた。
「レオニス、大丈夫か?」
「ああ。今やっと起きたところだよ」
返事を返すと、扉が開き、デンテとホークが入室してきた。
「おはよう。って言ってももう昼だけどな――って、お前っ! 誰だこいつっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、デンテがステラを指差す。
「おお。これはまた美少女ですねえ。レオニス様、実はお元気なのでは?」
ホークが眠るステラをしげしげと眺めながら顎を撫でた。
二人とも、一晩経ってステラのことをすっかり忘れ去ってしまったようだ。レオニスは頭を抱える。また変な勘違いをされているに違いないのだ。
すると、騒がしい二人の声に眠りを妨げられ、ステラが目をこすりこすり体を起こした。
「ふわーあ。あれ、寝ちゃってた? ああっ!」
叫ぶと、ステラはレオニスの方に身を乗り出す。そして、不安げに小首を傾げた。
「レオニス、おはよう? 昨日のこと、覚えてる?」
「昨日の」
「こと!?」
デンテは驚愕の表情、ホークは身を乗り出してステラの言葉を復唱した。
「わ――! ステラ! 君、紛らわしい言い方しないでくれる!? 誤解を招くだろ!?」
レオニスが顔を真っ赤にして怒るが、ステラはぱあっと花が咲いたように微笑んだ。
「わあ! さすがレオニス! ステラの名前覚えてくれてる! ありがとうー! だいすきだよっ!」
そして、言うなりレオニスに抱きついた。
「痛っ!」
「あ、ごめんなさい」
叫んだレオニスが怪我人だということを思い出し、ステラは慌てて離れたが、もはやレオニスとステラの艶っぽい疑惑は否定しがたい状況になっていた。
「レオニス、お前、心配して来てみたら、この非常時に女部屋に連れ込んでたなんて、見損なったぜ!」
「いや、イイじゃありませんか。英雄色を好むと言いますし、逆に頼もしいですよ」
好き勝手に言い募るデンテとホークに、レオニスは頭痛がしてきた。ステラは意味が分からず首をかしげている。
「ちっがーう! 誤解だって言ってるだろ!」
それから、レオニスが身の潔白を証明するため、ステラの事情を聞いてもらうまでには少々の時間を要した。
* * *
「なるほど。それじゃあ、ステラさんに聖剣サンクトルーメの御力が宿っている可能性が高いという訳ですね」
顎を撫でながら、ホークが言った。レオニスは頷く。ステラは慌てふためいた。
「えええ! ステラに聖剣の力が!? どうしよう!?」
「なんだよ。お前も分かってなかったのかよ。自分のことなのに」
デンテが呆れたようにステラを見やった。
「ステラ、聖剣の伝説とか魔法についてとか、全然関係なく育ったから分かる訳ないよ」
ステラは頬を膨らませてデンテを睨んだ。デンテは肩をすくめる。
「まあ、それは俺も同じだけどな。だから、俺も知りたい事がある。ホーク、昨日の話の続きだ。レオニスと一緒になら話すってお前昨日言ったよな。なんでただの使用人のお前が魔法を使えるんだ? それも、あんな距離を飛べる飛行魔法なんかを」
デンテは、腕を組んでホークを睨みつけた。
「だいたい、色々見ていたからとは言えレオニスの事情を知ってる風なのもおかしいし、そもそもレオニスには様と敬称をつけるのに、俺には呼び捨てだ。まだある。ノクティス達に捕まる前に、俺達の後をつけて来ていたことだ。考えてみたら不審過ぎる。ただの使用人なら屋敷の中で働いているはずだからな。――お前は、一体何者なんだ?」
睨みつけるが、ホークは顔に微笑を貼り付けたままだ。デンテは同室になったホークに昨夜のうちにこの件を問い詰めたらしい。しかし、微笑を貼り付けたままのらりくらりとかわされて、一晩が過ぎ、朝になっても調子が変わらずじまい。埓があかないとデンテはついに我慢できずにホークをレオニスの部屋に連れてきたらしい。
レオニスはホークを見た。ホークと目が合う。
「やはり。さすがレオニス様。私の出自にお気づきのようですね」
「ええ!? 本当か!?」
デンテが身を乗り出す。レオニスは、困惑気味に頷いた。
「ああ。昨日ホークさんは、村長に名乗るとき、『プルマ』と言ったよね。そして、昨夜の飛行魔法。風に乗って空を飛ぶ魔法は、風の神ヴェンタス様の加護がなければ使えない。それも、4人もの人をあんなに長時間、宙に浮かせて運べるとなると、相当な魔力の使い手でなければ出来ることじゃない」
レオニスは、ホークに視線を向けた。
「君は、ディベス邸の使用人ホークなんかじゃない。本当の名は、エイブス様では? エイブス・ヴェンタス・プルマ・ナブ・デ・オーム」
「オーム!?」
ステラは口元を抑えて目を見張った。
「オームって、ステラがずっと暮らしてたオーム? 南西の都市の?」
レオニスは頷く。
「待てよ。オーム侯爵って言ったら、確か事故で亡くなったってディベスの屋敷で気の弱い商人のおっちゃんが話してたろ!?」
デンテが問う。それに答えたのは、当のホークだった。
「そうです。父、ゲイルは死んだ。事故と発表されましたが、実は傀儡で身体を操られた使用人に殺されたんです。つまり、闇の女神モアに殺されたということです。そして、私エイブスは、父ゲイルの長子であり、ヴェンタスの御印を持つ正当なオーム侯爵位の継承者です」
そう言って、エイブスは袖をまくって右肘を見せた。そこには、稲妻のような形のうす茶色い印が浮き出ていた。ヴェンタス神の御印である。
「プルマは父方のファミリーネーム。レオニス様は父とは懇意のようでしたが、私とは赤ちゃんの頃に一度お会いしたきりでしたね。存じてくれていて光栄です」
着衣を整えながら微笑むホークに、レオニスは頭をかいて答える。
「いや、家系図は王家から末端の貴族に至るまで、城にいる頃嫌と言うほど叩き込まれたからね。オーム侯爵は紋章院貴族だ。オーム侯から息子さんの話も聞いていたし。忘れないよ。それよりもエイブス様、では何故あなたがディベスの屋敷なんかで使用人をしていたんですか?」
問うと、エイブスは苦笑した。
「今となっては何でそんな勘違いをしたのか心苦しいのですが……。私、アルサスさんが怪しいと思っていたんですよ。父ゲイルを何らかの魔術で殺害した真犯人はリベルタス商会のアルサスさんなんじゃないかと――」
「はあ!? お前ふざけんなよ!?」
デンテがキレてエイブスの胸ぐらを掴む。
「だから、勘違いだって言ったじゃないですか! 本当に申し訳ありません」
そして、エイブスは話し始めた。
「父の話を聞いていた私には、6年前、レオニス様が授剣の儀で起こしたという事件のことを信じられませんでした。また年齢的にもあの頃レオニス様は9歳でいらっしゃいましたし、後ろ盾もなく弑逆を謀るには幼すぎました」
エイブスは、レオニスを見て安心させるように微笑んだ。
「だから私と父は、時を同じくして台頭してきたノクティス様が怪しいのではないかと案じていたのです。そして、その不安は的中し、父は不可解な事件に巻き込まれて死にました。しかし、犯人は爪が甘かった。犯人に仕立て上げた使用人は、私が最も信頼を置いていた者だったのです。彼は、事件を苦に自害しました――」
エイブスは、沈痛な表情で俯いた。まるで思い出を振り切るかのように息を止めると、また話し始める。
「私は激情に駆られ、オームを一人飛び出しました。ノクティス様が怪しいと思う私は、彼のいるグラディウムへ飛び、情報を集めました。授剣の儀の全容を改めて知った私は、レオニス様を操った実行犯はノクティス様とは別にいると考え――そこまでは良かったのですが、そこで私は躓きました。手がかりもなく途方に暮れていた時、ある噂を耳にしたのです。
『リベルタス商会のアルサスって男は、山賊らしい。それも、王城の地下牢から抜け出した過去を持つ手練だ』
と。気になって調べてみると、アルサスさんが地下牢から逃げ果せたのと、レオニス様が事件を起こして消えたのは、同じ6年前の夏だと分かりました。事件と繋がりのありそうなレオニス様と同じ時期に同じ地下牢から姿を消した人物。手がかりの何もない私には、ただそれだけのことでも調べてみる価値のある大事な糸口に見えたのです。あるいは、レオニス様を誘拐するために、アルサスさんが事件を起こしたんじゃないかとさえ邪推しました。アルサスさんが犯人じゃないかと思ったというのは、そのことです。結果は、とんだ勘違いでしたけどね」
話し終えるとエイブスは苦笑した。
「じゃあ、ディベス邸に潜り込んで使用人になってたのは、団長を調べるため?」
レオニスが問うと、エイブスは頷いた。
「はい。まさか、当のレオニス様が晩餐会に招待されるとは思いもしませんでしたので、お見つけした時は驚いて皿を落としてしまいました」
「ああ! あの時の一皿目! そういえばお前落としてたな。俺はてっきりホークが鈍臭いんだとばっかり思ってたぜ」
デンテも思い出したのか手を叩いた。
「失礼な。練習してちゃんと運べるようになりましたよ。片手に皿三枚持つの、結構難しいんですからね」
エイブスは眉をしかめてみせる。しかし、すぐに気を取り直した。
「私の事情は話しました。もし、これ以上聞きたいことがないと言うのなら、これからのことについて話し合いたいと思うのですが、いかがですか?」
問われて、レオニス、デンテ、ステラの三人はそれぞれ頷いた。
「そうだね。僕は兄上を絶対に許せない。死の神オルクスの封印が解けてしまった以上、これからどんな酷い出来事が起こるか分からないんだ。1000年前の暗黒期の再来になるかもしれない。逃げるしか出来なかったけど。それでも、なんとかして倒さないと――」
レオニスは思いつめた表情で握り締めた拳を見つめた。
「――っ痛て」
身体を起こそうと力を入れると傷に響いた。眠りにつく前に比べると幾分かマシになったものの、微熱はまだ続いているようだと額に手をやって確かめる。
ふと、規則正しい寝息に気付いて横をみると、隣りのベッドで眠る少女の姿が見えた。背中まである長い金髪をベッドに広げ、毛布もかぶらず熟睡しているようだ。
(ステラ――やっぱり覚えてる。僕だけが君を忘れないのは、僕がレクス神に選ばれた継承者だからなのか? 6年前、メイガス様――いや、メイガスは君に継承者にのみ効かない呪いをかけた。何のために? それに、ステラは剣を振るった時、光の刃の魔法を使っている。それはレクスの加護がある者しか使えないはずの魔法だ。つまり、父上の死んだ今、本来なら地上に僕しか使えないはずの技――)
レクス神は、何故か王になる者にしかその魔力の加護を与えないことで知られている。他の神、例えば月の女神ルナであれば、御印は代々のウルティミス公爵となる人物、例えばノクティスに授ける。しかし、だからと言ってルナ神の月の魔法を扱えるのがウルティミス公爵だけと言う訳ではない。例えばメイガス。彼もルナ神族であり、その血に月の魔力を宿している。むろん、ウルティミス公爵ほどではないにしろ、月の魔法を使うことも出来る。他の神も同様だ。だから、メイガスのように貴族でもない者が三神族の魔法を使えたりするのだ。
しかし、レクス神だけは、御印を与えた人物――例えば、父王アクイラ。あるいはレオニス――にのみ、その御力を授ける。
つまり、本来であれば、ステラがその御力を扱えるはずがないのである。
その法則を破ってステラが御力を扱っているからには、余程の絡繰があるに違いない。あるいは、それがステラにかけられた呪いだったのだろうか。
(確か、呪文の言葉は「御光よ、汝に関わる者の記憶を隠し、継承者にのみその力を与えん!」だと言ってたな。継承者――つまり、僕にその力を与える? 確かに、僕にだけ記憶は隠されないけれど、僕に力を与えてはいない。むしろ、ステラに力を与えていると言った方が正しいんじゃないか?)
ステラは確かに何らかの太陽の御力を宿している。
レオニスは、ふと父の言葉を思い出した。
「レオニスか……。よく聞け。聖剣は、死んでいる……。聖なる力が、今この剣から消えている。それを探せ。レクス神から賜った王国の守り……それがあれば、闇の女神を再び封印できる……。太陽王と呼ばれた、始祖エイウスのように……」
聖剣にあるはずの御力が消え、ないはずのステラに御力が宿っている。
(これはもしかして――ステラの中に聖剣の御力が宿っている? だとしたら、ステラが御力を使えることも、魔法陣の中で御力を振るった瞬間、死の神オルクスの封印が解けたことも頷ける……でも、まさかそんな。だとしたら、何故メイガスはステラにそんな呪いをかけたんだ? 今の彼はもはやモアの言いなり。聞くことも出来ないが――)
そこまで考えたところで、部屋にノックの音が響いた。
「レオニス、大丈夫か?」
「ああ。今やっと起きたところだよ」
返事を返すと、扉が開き、デンテとホークが入室してきた。
「おはよう。って言ってももう昼だけどな――って、お前っ! 誰だこいつっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、デンテがステラを指差す。
「おお。これはまた美少女ですねえ。レオニス様、実はお元気なのでは?」
ホークが眠るステラをしげしげと眺めながら顎を撫でた。
二人とも、一晩経ってステラのことをすっかり忘れ去ってしまったようだ。レオニスは頭を抱える。また変な勘違いをされているに違いないのだ。
すると、騒がしい二人の声に眠りを妨げられ、ステラが目をこすりこすり体を起こした。
「ふわーあ。あれ、寝ちゃってた? ああっ!」
叫ぶと、ステラはレオニスの方に身を乗り出す。そして、不安げに小首を傾げた。
「レオニス、おはよう? 昨日のこと、覚えてる?」
「昨日の」
「こと!?」
デンテは驚愕の表情、ホークは身を乗り出してステラの言葉を復唱した。
「わ――! ステラ! 君、紛らわしい言い方しないでくれる!? 誤解を招くだろ!?」
レオニスが顔を真っ赤にして怒るが、ステラはぱあっと花が咲いたように微笑んだ。
「わあ! さすがレオニス! ステラの名前覚えてくれてる! ありがとうー! だいすきだよっ!」
そして、言うなりレオニスに抱きついた。
「痛っ!」
「あ、ごめんなさい」
叫んだレオニスが怪我人だということを思い出し、ステラは慌てて離れたが、もはやレオニスとステラの艶っぽい疑惑は否定しがたい状況になっていた。
「レオニス、お前、心配して来てみたら、この非常時に女部屋に連れ込んでたなんて、見損なったぜ!」
「いや、イイじゃありませんか。英雄色を好むと言いますし、逆に頼もしいですよ」
好き勝手に言い募るデンテとホークに、レオニスは頭痛がしてきた。ステラは意味が分からず首をかしげている。
「ちっがーう! 誤解だって言ってるだろ!」
それから、レオニスが身の潔白を証明するため、ステラの事情を聞いてもらうまでには少々の時間を要した。
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「なるほど。それじゃあ、ステラさんに聖剣サンクトルーメの御力が宿っている可能性が高いという訳ですね」
顎を撫でながら、ホークが言った。レオニスは頷く。ステラは慌てふためいた。
「えええ! ステラに聖剣の力が!? どうしよう!?」
「なんだよ。お前も分かってなかったのかよ。自分のことなのに」
デンテが呆れたようにステラを見やった。
「ステラ、聖剣の伝説とか魔法についてとか、全然関係なく育ったから分かる訳ないよ」
ステラは頬を膨らませてデンテを睨んだ。デンテは肩をすくめる。
「まあ、それは俺も同じだけどな。だから、俺も知りたい事がある。ホーク、昨日の話の続きだ。レオニスと一緒になら話すってお前昨日言ったよな。なんでただの使用人のお前が魔法を使えるんだ? それも、あんな距離を飛べる飛行魔法なんかを」
デンテは、腕を組んでホークを睨みつけた。
「だいたい、色々見ていたからとは言えレオニスの事情を知ってる風なのもおかしいし、そもそもレオニスには様と敬称をつけるのに、俺には呼び捨てだ。まだある。ノクティス達に捕まる前に、俺達の後をつけて来ていたことだ。考えてみたら不審過ぎる。ただの使用人なら屋敷の中で働いているはずだからな。――お前は、一体何者なんだ?」
睨みつけるが、ホークは顔に微笑を貼り付けたままだ。デンテは同室になったホークに昨夜のうちにこの件を問い詰めたらしい。しかし、微笑を貼り付けたままのらりくらりとかわされて、一晩が過ぎ、朝になっても調子が変わらずじまい。埓があかないとデンテはついに我慢できずにホークをレオニスの部屋に連れてきたらしい。
レオニスはホークを見た。ホークと目が合う。
「やはり。さすがレオニス様。私の出自にお気づきのようですね」
「ええ!? 本当か!?」
デンテが身を乗り出す。レオニスは、困惑気味に頷いた。
「ああ。昨日ホークさんは、村長に名乗るとき、『プルマ』と言ったよね。そして、昨夜の飛行魔法。風に乗って空を飛ぶ魔法は、風の神ヴェンタス様の加護がなければ使えない。それも、4人もの人をあんなに長時間、宙に浮かせて運べるとなると、相当な魔力の使い手でなければ出来ることじゃない」
レオニスは、ホークに視線を向けた。
「君は、ディベス邸の使用人ホークなんかじゃない。本当の名は、エイブス様では? エイブス・ヴェンタス・プルマ・ナブ・デ・オーム」
「オーム!?」
ステラは口元を抑えて目を見張った。
「オームって、ステラがずっと暮らしてたオーム? 南西の都市の?」
レオニスは頷く。
「待てよ。オーム侯爵って言ったら、確か事故で亡くなったってディベスの屋敷で気の弱い商人のおっちゃんが話してたろ!?」
デンテが問う。それに答えたのは、当のホークだった。
「そうです。父、ゲイルは死んだ。事故と発表されましたが、実は傀儡で身体を操られた使用人に殺されたんです。つまり、闇の女神モアに殺されたということです。そして、私エイブスは、父ゲイルの長子であり、ヴェンタスの御印を持つ正当なオーム侯爵位の継承者です」
そう言って、エイブスは袖をまくって右肘を見せた。そこには、稲妻のような形のうす茶色い印が浮き出ていた。ヴェンタス神の御印である。
「プルマは父方のファミリーネーム。レオニス様は父とは懇意のようでしたが、私とは赤ちゃんの頃に一度お会いしたきりでしたね。存じてくれていて光栄です」
着衣を整えながら微笑むホークに、レオニスは頭をかいて答える。
「いや、家系図は王家から末端の貴族に至るまで、城にいる頃嫌と言うほど叩き込まれたからね。オーム侯爵は紋章院貴族だ。オーム侯から息子さんの話も聞いていたし。忘れないよ。それよりもエイブス様、では何故あなたがディベスの屋敷なんかで使用人をしていたんですか?」
問うと、エイブスは苦笑した。
「今となっては何でそんな勘違いをしたのか心苦しいのですが……。私、アルサスさんが怪しいと思っていたんですよ。父ゲイルを何らかの魔術で殺害した真犯人はリベルタス商会のアルサスさんなんじゃないかと――」
「はあ!? お前ふざけんなよ!?」
デンテがキレてエイブスの胸ぐらを掴む。
「だから、勘違いだって言ったじゃないですか! 本当に申し訳ありません」
そして、エイブスは話し始めた。
「父の話を聞いていた私には、6年前、レオニス様が授剣の儀で起こしたという事件のことを信じられませんでした。また年齢的にもあの頃レオニス様は9歳でいらっしゃいましたし、後ろ盾もなく弑逆を謀るには幼すぎました」
エイブスは、レオニスを見て安心させるように微笑んだ。
「だから私と父は、時を同じくして台頭してきたノクティス様が怪しいのではないかと案じていたのです。そして、その不安は的中し、父は不可解な事件に巻き込まれて死にました。しかし、犯人は爪が甘かった。犯人に仕立て上げた使用人は、私が最も信頼を置いていた者だったのです。彼は、事件を苦に自害しました――」
エイブスは、沈痛な表情で俯いた。まるで思い出を振り切るかのように息を止めると、また話し始める。
「私は激情に駆られ、オームを一人飛び出しました。ノクティス様が怪しいと思う私は、彼のいるグラディウムへ飛び、情報を集めました。授剣の儀の全容を改めて知った私は、レオニス様を操った実行犯はノクティス様とは別にいると考え――そこまでは良かったのですが、そこで私は躓きました。手がかりもなく途方に暮れていた時、ある噂を耳にしたのです。
『リベルタス商会のアルサスって男は、山賊らしい。それも、王城の地下牢から抜け出した過去を持つ手練だ』
と。気になって調べてみると、アルサスさんが地下牢から逃げ果せたのと、レオニス様が事件を起こして消えたのは、同じ6年前の夏だと分かりました。事件と繋がりのありそうなレオニス様と同じ時期に同じ地下牢から姿を消した人物。手がかりの何もない私には、ただそれだけのことでも調べてみる価値のある大事な糸口に見えたのです。あるいは、レオニス様を誘拐するために、アルサスさんが事件を起こしたんじゃないかとさえ邪推しました。アルサスさんが犯人じゃないかと思ったというのは、そのことです。結果は、とんだ勘違いでしたけどね」
話し終えるとエイブスは苦笑した。
「じゃあ、ディベス邸に潜り込んで使用人になってたのは、団長を調べるため?」
レオニスが問うと、エイブスは頷いた。
「はい。まさか、当のレオニス様が晩餐会に招待されるとは思いもしませんでしたので、お見つけした時は驚いて皿を落としてしまいました」
「ああ! あの時の一皿目! そういえばお前落としてたな。俺はてっきりホークが鈍臭いんだとばっかり思ってたぜ」
デンテも思い出したのか手を叩いた。
「失礼な。練習してちゃんと運べるようになりましたよ。片手に皿三枚持つの、結構難しいんですからね」
エイブスは眉をしかめてみせる。しかし、すぐに気を取り直した。
「私の事情は話しました。もし、これ以上聞きたいことがないと言うのなら、これからのことについて話し合いたいと思うのですが、いかがですか?」
問われて、レオニス、デンテ、ステラの三人はそれぞれ頷いた。
「そうだね。僕は兄上を絶対に許せない。死の神オルクスの封印が解けてしまった以上、これからどんな酷い出来事が起こるか分からないんだ。1000年前の暗黒期の再来になるかもしれない。逃げるしか出来なかったけど。それでも、なんとかして倒さないと――」
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