太陽王の剣〜命を懸けて、君と世界を守り抜く!〜

みりん

6 森の女神シルヴァ

「シルヴァ様の御使い!?」

 エイブスも窓に駆け寄り蝶を確認する。

「シルヴァ様が呼んでる――。行こう!」
「おう!」

 レオニスは窓枠に足をかけると、外に飛び出した。デンテも後に続く。

「えー!? ちょっと待ってよう!」

 ステラも軽やかな身のこなしで窓を越えると、二人を追う。エイブスもそれに倣った。

 四人は蝶を追いかけて庭を横切り、山へ続く森の入り口まで走る。

 するとそこには、優美な六又の角を持つ大鹿が待ち構えていた。蝶は、大鹿の角にとまると、羽を休めてきらきらと輝いた。

「わー! 立派な角の鹿さんだぁ! シルヴァ様は、いつもこんなカッコイイ鹿さんをお使いに出してくれるの?」

 ステラが興奮気味に問いかけると、レオニスは首を横に振った。

「いや――初めてだ。何か訳があると思う」

 大鹿は、レオニスをじっと見つめた後、ふいに首をしゃくって背中を示した。

「――乗れって言ってるのか?」
「みたいだな」

 レオニスとデンテは頷き合うと、大鹿の背中に飛び乗った。するとそれを確認した大鹿は、勢いよく駆け出した。

「ああっ! レオニスとデンテだけずるい!」

 ステラが叫んだ時にはもう遅い。すでにレオニスとデンテを乗せた大鹿は森の奥深くに姿を消していた。

「しょうがないですね。森の女神に呼ばれたのではどうすることも出来ません。女神とは親しいようですし危険も少ないでしょう。私達は大人しく二人の帰りを待つとしますか」

 エイブスにそう言われ、ステラはしぶしぶ頷いた。

* * *

 レオニスとデンテを乗せた大鹿は、森の奥へと飛ぶように駆けた。まるで木々の方が避けていくかのように、スピードを落とすことなく進む。その勢いのまま跳躍し、渓流を飛び越えると、あっという間にそこは女神の住まう神域の森の中だった。

 女神と会うのは、いつもは神域の森の入り口だったので、レオニスはこの大鹿が自分たちをどこに連れて行くのか検討もつかない。ただ黙って大鹿の首に掴まっていた。

 どこをどうやって走ったのか、数分の後、山の最奥でふいに森が途切れ、視界が開けた場所に辿り着いた。中央に巨大な樹が生えている。樹齢千年以上と思われる大木で、その太い幹の中央には、大人の頭程もある大きな琥珀が抱え込まれていた。琥珀は淡く光を放っていて、その蜜色の中心には大きなエメラルドグリーンの蝶が内包されている。

「初めて見た――。これが、御神木か……」

 レオニスが呟いた時、琥珀が眩く光ると、蛹から蝶が孵るように、琥珀からエメラルドグリーンの長髪で純白の衣を着た絶世の美女が顕現した。

「レクスの子よ。よくぞ来た。お待ち申し上げたぞ」

「「シルヴァ様!」」

 レオニスとデンテの声が重なった。森の女神シルヴァの登場はいつも唐突で気まぐれだ。会えたことにほっとして、レオニスとデンテは大鹿から飛び降りるとシルヴァに駆け寄った。

「シルヴァ様、お会いできてよかった! 僕たち、もうどうしたら良いか……。グラディウムの封印が解かれて、死の神オルクスが地上に復活してしまいました! 闇の女神モアもです! 今は各地の結界が作用して、亡者達は街に入って来られませんが、それもいつまでもつか……」

 レオニスは、宙に浮かぶシルヴァ神を見上げて、訴える。

「おまけに僕は、レクス様の御印を斬られて、御力を使うことが出来ません。聖剣はその御力を失って、今はステラという女の子の中にその力を封じられてしまったようなのです。死の神オルクスを封じられるのは、聖剣サンクトルーメの力だけと聞いています。聖剣を扱えるのは御印を持つ僕だけとも! それなのに、魔法も使えない今の僕では、どうすることも出来ません! 僕は、僕はどうすればいいのでしょう!?」

 必死に訴えたレオニスの元に、シルヴァ神はふわりと舞い降りた。そして、その美しい顔に微笑を浮かべ、そっと手を伸ばす。そして、その手がレオニスの頬にそっと触れた。と思った次の瞬間、パンッと平手の音がした。

「なっ――!?」

 レオニスは、吹っ飛ばされ、もんどり打って倒れると、下草の生える地面に尻餅をつきながら、じんじんと痛む頬を抑えて女神を見上げた。

「黙れ、見苦しい! 汝はレクスの子。仮にも地上の王を受け継ぐ身でありながら、臣下の前で取り乱すとは何事か!」

 鋭く言い放たれた言葉に、レオニスは言葉を失ってシルヴァを見つめた。6年前に初めて会った時から今までに、シルヴァは一度もレオニスに手を上げたことなどなかった。それどころか、怒ったり気分を害す様子さえ見たことがなかったのだ。いつも上機嫌で麗しい微笑を浮かべ、レオニスが望めば望んだだけオパールをくれる、優しい女神だった。

 それが今、女神は無表情でレオニスを見下ろしている。レオニスはその急変ぶりに驚いたと同時に、言葉の意味にも衝撃を受けていた。

 ――人前で感情を顕にしてはなりません。隙が生まれ侮られるからです。

 とは、王城で教師に教わらなかったか? いつのまにか忘れていた。それどころか否定してきた。自分が王太子であるということ。この6年、王たるべき者のありようについてを問われることもなかった。

 しかし、事態は急変した。死の神オルクスが地上に復活した。

 故に自分は焦っているのだが、その焦りが何も生まないどころか、周りに悪影響しか生まないことを悟らされた。

 傀儡の力で母を手にかけさせられた。父を殺された。夜になると他の大勢の罪のない命が失われていく。自分の私利私欲のために死の神の封印を解いた兄を、レオニスは許さないと決めた。

 兄を討ち、死の神を封じる。そのためには、何をしなければいけないのかと戸惑っているばかりでは状況は改善されない。落ち着いて周りをよく観察し、出来る限りの全ての手段をひとつずつ実行していくしかない。自分は、まずその心構えすら出来ていなかった。それに気づかされた。

 甘えていた過去の自分を、捨てなければ――。

 レオニスは、立ち上がると、シルヴァ神に向かい合い、頭を下げた。

「取り乱して申し訳ありません。目が覚めました。ただひとつ反論させて頂くとすれば、デンテは、僕の臣下ではありません。親友です!」

「……レオニス!」

 デンテが感動してレオニスを見た。

 シルヴァ神はレオニスの回答を聞き、満足げに頷いた。

「うむ。そうであったな。わらわは汝のそういう甘いところは嫌いではないぞ。友を大事にするがよい」
「はい、ありがとうございます!」

 レオニスが言うと、シルヴァ神は再び表情を引き締めると、口を開いた。

「わらわは汝に頼みがあってここへ呼んだ」

「頼みですか?」

「うむ。インペデへ赴き、インペデ侯ウッドを捕えよ。ヤツはモアめに命じられ、三頭犬ケルベルスの封印を解いてしまうじゃろう。それを阻み、街を救ってほしい」

「三頭犬ケルベルスだって!?」

 伝説では冥府の番犬と呼ばれ、死の神オルクスが飼っているとされる、三つの頭を持つ黒く巨大な犬。人間を好んで食べるというその犬が地上で暴れまわったら、一体どれだけの被害が出るだろう。

「おい、インペデって言ったら、今マラとパウルがそこにいるじゃねえか!」

 デンテが青ざめた顔で言うまでもなく、レオニスも戦慄していた。インペデの封印が解かれ、三頭犬ケルベルスが復活すれば、マラとパウルの命が危ない。

「わらわ達神は、地上に関わるのに制約がある。それを破っては力の半分も出せぬのじゃ。ゆえに、わらわは、この神域の森を離れられぬ。代わりに、インペデに特別の加護を授け、モアの夜気と傀儡の力を封じよう。しかし、あまり長くはもたぬと心得てくれ」

 闇の女神の毒の夜気と身体を操られる傀儡の力を封じてもらえれば、この絶望的な状況にわずかの勝機が見いだせる。

「ありがとうございます!」

 レオニスは礼を言うが、デンテは焦った様子で女神に言い募った。

「ごめん! シルヴァ様! いつもお願いばっかで悪いんだけど、レオニス怪我してんだ! なんとか治してやれない!? ケルベルスと闘うのに、こんな傷じゃ力の半分も出ねえよ!」

 すると女神は、驚いたような表情でデンテを見た後、レオニスに顔を向けた。

「なんじゃ。怪我とな? それならそうと、早う言え。さ、癒してやるゆえ、そこへなおれ」

 言われて、レオニスはシルヴァの前に一歩進み出る。すると、レオニスの足元から蔓が伸び始めた。絡みつきながら成長し、レオニスの身体を頭まですっぽり覆うと、葉を茂らせ、みるみるうちに花まで咲かせた。薄桃色の美しい花は輝きを放った後、すぐに枯れ、それと同時に蔦も萎れる。萎れて砂のように崩れ去り、縛られていたレオニスが解放された時には、身体の異常は全て消え去り、エネルギーが漲ってくるのだった。

「すごい。本当に痛みが全部消えたし、熱もなくなったみたいだ! これなら思った通り戦えます! シルヴァ様、ありがとうございます!」

 レオニスが礼を良い、デンテに頷いてみせる。

「行こう!」

 レオニスとデンテが駆け出そうとした時、シルヴァがそれを引き止めた。

「待て。レクスの子の友よ。仲間想いの汝にこれをやろう」

 そう言って、シルヴァはきらりと光る石を投げてよこした。慌てて受け止め、それを見る。手のひら大の琥珀だった。濃い蜜色で、中に蜂が入っている。

「助けが欲しい時、それを使え」

「ええ!? 俺が!? どうやって?」

 慌てて琥珀と女神を見比べるデンテに、シルヴァはしれっとした顔で驚きの事実を告げる。

「何をたわけたことを。汝も我が神族の端くれ。扱えぬことはなかろう」

「えええ!?」

 デンテは驚愕に目を見開いた。

「俺、シルヴァ神族だったの!?   てゆか、俺貴族でもねえし魔法なんか使えねえぞ!?」

「いや、貴族じゃなくても、ごく稀に先祖返りとかで市民でも魔法を使える人はいるよ。貴族の中にも、加護の魔力が弱まって、補助具をつけてしか魔法を使えない御仁もいることだし、おかしな話じゃないと思う」

 レオニスが言うと、デンテは衝撃を受けたようにじっと手のひらに収まる琥珀を見つめた。

「そうなのか!? ――まあいいや、それじゃ遠慮なく使わせてもらうぜ!」

 元来大雑把な性格のデンテのことである。納得すると琥珀を握り締めた。

「シルヴァ様、ありがとう!」

「礼はいらぬ。帰りも大鹿を貸してやろう。日が暮れてからが危ない。急げ!」

「「はい!」」

 レオニスとデンテは、大鹿に飛び乗り、女神のいる神域の森を後にした。

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