黒猫転生〜死神と少女の物語〜

霧ヶ峰

第12話:これよりスニーキングミッションを開始する

『すまんな。シアンを運んでもらって』
「良いですよ、ヴィオラさんも忙しそうでしたし、他の人には任せられませんからね」

 クロードはそう言って自らの腕の中で寝息を立てている少女を見下ろす。
 その脳内には、自分の子供や孫を抱いた時の記憶が蘇っていた。

『ま、俺はそろそろ向かうことにするよ。起きたら適当に鍛治でも教えておいてくれや。俺がいつ戻るかもわからないしな』
「わかりました。でも良いんですか?女の子ですよ?」
『本人がやりたいって言ってるんだからやらせとけば良いさ。じゃ、あとは頼んだぞ』

 そう言ってギルドへと向かっていくナギの後ろ姿に、クロードは「あまりこの子を心配させないでくださいよ」と小さく呟くのだった。








 ナギは人に居ない薄暗い小道に入り、人の姿に変わる。[影収納]から冒険者時代の装備を引き出して装備し、その上から濃い紺色のローブを羽織る。ついでとばかりに[気配希薄化]を使って人目に付きにくくしておく。
 久しぶりに使った[気配希薄化]だが、効果は歴然で、頭の先から爪先まで真っ黒な男が歩いていても誰一人気付くことがなかった。



 そんな格好で先ほど出たばかりのギルドへと入ったのだが、シアンが帰ったことで宴会はお開きとなったようでいつもの物静かな雰囲気に戻っていた。そこら辺に転がっている酔っ払いと酒の残り香で全て台無しになっているが、見て見ぬふりをする方がいいだろう。
 とは言え、酔っ払い以外は綺麗に片付けられており、職員の大半も通常業務へ戻っているみたいだ。


 ナギはそんな中、一つのカウンターに足を運んで冒険者プレートを机の上に少なからず音が立つように置いた。

「えっ!えっ!?」と声を上げる職員。どうやらこの職員もナギのことに気付いていなかったようだ。
 半パニック状態になった職員は、奥から顔を見せたヴィオラによって下がらせられた。

「いらっしゃい。プレートを出したってことは、以来の達成報告か買収だろう?お前さん、見たところ武具以外手ぶらじゃないかい。冷やかしなら勘弁しておくれ」
「・・・おっと、そうだったな、久しぶりに来たから忘れてたよ。獲物はこいつでいいかな。あと偏屈ジジイに客が来たって伝えてくれ」
「っ!あんた・・・何者だーー」
「ーーおいおい、冒険者にとって情報はとっても大切なものなんだろ?ヴァイオレット?」

 ナギは薄く笑いながら、フードを少しだけ上げて顔をヴィオラにだけ見せるようにしてそう言う。

「なっ・・・なるほどねぇ。帰って来たのかい。いいわ、そのまんま上に上がりなさいな。あんたならアポなんて要らないでしょ?これは換金しておくから、早く行きなさい」

 ナギの顔を見て声を上げそうになったヴィオラだが、それを飲み込み、ナギと同じように笑みを浮かべそう言う。
 その言葉にヒラヒラと手を振り返して、ナギは今朝上がった階段を再び上がっていった。


 今朝とは違って階段を上った後、通路を一番奥まで進む。
 古い扉にかかっている[ギルド長事務室]という木彫りの掛札に『変わらないな』と内心笑みを浮かべつつ、ナギはその扉をノックする。
 ノックしてから少しして中から「入れ」と簡潔なマクスウェルの言葉が返って来た。

 ギギィ・・・っと、古いためか音の鳴がする扉を潜ると、マクスウェルが書類の山の中から顔を出す。



「おぉ、やっと来おったか。茶など出さんし、直ぐに出てもらうから座らんで良いぞ」
 ナギの顔を見るや否や、椅子から立って本棚をゴソゴソといじくりながらそう言うマクスウェルに、ナギは「仕事の前に座らせてことがあったか?」と嫌味を垂れる。

「やかましいわい。っと、これじゃな」
 マクスウェルが本棚の一角に何かすると、ガチャリと何かが動く音がする。
 マクスウェルは机に戻って一番下の引き出しを取り外すと、今度はダイヤルを回しているらしくカタカタという音が聞こえてくる。

「俺にそんなの見せて良いのか?」とナギが呆れていると、マクスウェルが1束の紙切れを投げつけてきた。

「それがお主にやってもらう依頼じゃ。内容は簡単、盗賊団の殲滅じゃ。今渡した紙には現在判明している団員と奴らによって受けた被害状況を書いてある。お主に与えられた依頼は殲滅じゃが、奴らの後ろについても調べてもらって構わんぞ?」
「調べて来いって事だろ?そんくらいなら依頼量なんて取らねぇさ。それにしても奇遇だな」
「奇遇?どう言うことじゃ?」
「いや、シアンが草原で狩りしてる間に俺が襲われた奴らがこいつらだったもんでな。印を付けた奴を一人逃してあるからアジトの位置もわかってるぞ」
「それはまたバカな事をしたもんじゃな。こんな死神に喧嘩を売るなんぞ、例え勇者であっても中々せんぞ」
 ナギは苦笑いをするマクスウェルに「人に向かって何を言う」と笑うと「そんじゃ、行ってくら」と言い残して部屋を出る。


 再び一人となったマクスウェルは、「四十年経っても姿が変わらん人間なんぞこの世におらんじゃろうて」と誰にも聞こえない様な小さい声で呟くのだった。






 部屋を出たナギは、早々に[気配希薄化]を使う。そのため、ギルドを出るまでにナギの存在に気付いた者は極々少数の腕利きの冒険者だけだった。

 ギルドを出た後、そのまま門へ向かうが、今は夜。当然門は閉まっている。
 門番に事情を告げて外へ出ると言う手もあるが、どこに奴らの目があるかわからないし、正直こんな黒装束の怪しさが限界突破している男を通してくれるとは思わない。

 結果、ナギは[糸操術]を使って壁を上から越える事にした。
『一日に二回も上から飛び降りるなんてな』と溜息を吐きつつも、糸を操ってアンカーの様に突き刺し登っていく。
 壁の上で少しの間空に浮かぶ満月を眺めてから、ナギは闇に溶け込む様に壁の外へ消えていくのだった。





 城門を飛び降りて音もなく着地したナギは、そそくさと夜の森に向かって足を進める。
 森に入ってしばらく歩くと、ナギは誰も付けてきていない事を確認し、とある魔術を使った。
 その魔術の名前は[シャドウストーカー]。使われた対象の影をどこまでもトレースすると言う中々危ない魔術なのだが、追跡できるのは影なので、新月の時や灯すらない洞窟の中では意味をなさないのだ。

 しかし、今夜は満月。
 僅かに雲があるけれども、強い月の光を遮るほどのものは見られない。
 ナギがニヤリと笑いながら空を見上げていると、月明かりでくっきりと浮かび上がっている自身の影から、一本の線が伸びていくようにして森の奥に向かって影が伸びる。
 その小さな影を追うようにして、大きな影が森を音もなく駆け抜けていった。


 木から木へ、影から影へ、森に住まう動物たちでさえ気が付かないほどの速さで移動するその姿は正に死神。
 紅い眼光が奇跡を残し、黒い影が森を駆け巡る。まるで草木がナギを避けて道を作っているかのような錯覚を受けるほどの速度だ。

 音もなく突き進む一陣の黒き風は、一つの木の前でその歩みを止めた。
 木の陰から覗き込むように様子を伺うと、何人もの武装した男たちが篝火の灯りを頼りにアジトと思わしき構造物の周りを徘徊していた。
 アジトそのものは崖を掘って、その周りにやぐらや木製ではあるが塀などを建てて作られたもののようで、ナギが思っていた以上に防犯が高く、アジトの最深部に行くためには崖から飛び降りるか正面衝突するしかないという意外にも面倒な造りをしている。

 ナギは少しの思考の後、『崖まで行くのが面倒くさい』という結論思考放棄に至り、一瞬面倒だからいっそのこと盗賊団全員消そうかとも思ったが、それは流石に理性がブロックを掛けた。

「潜入ミッションは好きじゃないんだがな」と誰に言うでもない愚痴を小さく溢しつつ、今出来る最高の隠密効果を自身に施してゆっくりとアジトへと侵入していく。
 気配と共に感情を殺して歩いているナギは、外で見張りをさせられている程度の奴らでは気付くことすらできない。





 誰にも気付かれることなくアジトへと侵入したナギは、数日間そのまま盗賊を監視し続けた。
 頭領らしき男の部屋に侵入して色々とマクスウェルに報告しなければならないことができたり、食料をこっそり拝借したことがバレないように小型の野生動物をアジト内に放ったりと、真面目に不真面目という言葉がぴったりなことをしていたのだが、とある出来事でそんな面倒なことも終わりを迎える。

 それはナギがアジトに侵入してから四日経った日の深夜のことだった。
 アジト内の空気の変化を感じて、夜な夜な味も匂いもほとんどしない干し肉を齧りながら入り口付近の天井近くにある横穴で監視を続けていると、明らかに盗賊ではない見てくれの男たちがぞろぞろと入ってきた。
 統一された防具に、エンブレムの刻まれた武器、そして統率のとれた動き。一目で明らかにどこかの国の軍隊あるいは巨大な組織に属していると判断できた。そして、この地域の国の者たちではないということも。

 ナギがそう判断した理由は、男たちに守られるようにしてアジトへ足を踏み込んだ一人の男。
 豪華絢爛という言葉が二本足で歩いているのではないかと思われるほどに装飾過多な服装。そしてそれをきている肥え太った人間。そして、でかでかと服に刺繡された紋章。
 それは、ナギがこの街で暮らしていた時からこの地域を統べる国に存在していない雑種。腐敗した貴族。


 それは、醜く弛んだ顎を揺らしながら盗賊の頭領に向かって色々と叫ぶように命令しており、その命令の一つに「女の旅人がいたら殺さず捕まえて自分の下に持ってこい」というものがあった。
 それを聞いて、なぜこの一味がシアンのことを狙ったのか合点が行き、それと同時にここにいる者たちの末路が決定した。

 ナギは静かに殺意を湛えて天井から降りると、アジトの外に出てたった一つの入り口を破壊する。
 入り口部分が崩落し、中にいる者たちを洞窟内へ閉じ込める。外ではそれによって軽いパニックが起こったが、騒いでいる者たち全員、数秒後には灰塵と化していた。



 騒がしい外野三下共をこの世から退場させたナギは、自分がさっき崩壊させた入り口だったものに向き直り、とある魔法をかけた。
 魔法をかけてからは何もせずにただ無言で瓦礫の向こうに耳を澄ませる。塞いだ当初は向こう側で例の貴族
 の男が喚いているのが耳を澄ませなくとも聞き取れたが、今はそれに加えて大勢の人間がこの瓦礫の山を突破しようと金属製の道具を振るったり、さまざまな魔法を放っているのが分かる。
 この数日間洞窟の中で過ごしていたナギはこの盗賊団の大きさを知っていたにもかかわらず、慌てることなくただ魔法を掛け続ける。その顔は歪んだ笑みと、静かな怒りに彩られていたことだろう。

 瓦礫をたたく音は夜が明けるまでずっと続いた。時間が経つにつれて瓦礫を叩いている音と魔法のぶつかる音が少なくなっていく。完全に夜が明けたときには洞窟内からは何も聞こえなくなっていた。
 ナギは無音になったのを確認すると、またしばらく時間を置いてからかけていた魔法を解除する。ナギが魔法を解除すると瓦礫の壁は決壊し、洞窟の入り口を顕になった。
 壁が決壊すると同時に何かが潰れる音がいくつも聞こえたが、ナギは気にも留めずに足を進める。篝火の火も消え、灯りが早朝の心もとない光だけにもかかわらずナギは迷いなく貴族の下へと歩いていく。

 冷たい眼差しでソレを見下ろす。白目を剥き、泡を吹きながら永遠に醒めることのない眠りについたソレを影収納に放り込み、ついでに取り巻きも数人放り込むと、残りはすべて灰に還える。残った武具、盗賊団の持っていた財宝をすべて回収して、ナギは誰にも見てれることなくこの場所から立ち去るのだった。

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