黒猫転生〜死神と少女の物語〜

霧ヶ峰

第8話:旅立ち

 淡い水色をした髪に窓から差し込む日の光を浴びながら、モッキュモッキュと机に並べられた品々を次々口へ運び、幸せそうな顔をして頬を膨らませている一人の少女ーーーシアンは、小さなその体には不釣り合いなほどの料理を軽々と平らげていた。いや、現在進行形でその胃袋に消えていく物が増えていっている。

「どれだけ食べるんだ?もう四日分は食べてるだろ?」
 そう言いながらも、キッチンで料理を作り続けているナギに

「んぐ・・・もうちょっとー!」
 と、口にあるものを飲み込んで、次のものを運ぶまでの間にそう返すシアン。

「食い溜め出来るってのも困りもんだな・・・」
 ナギは、その様子に大きくため息を吐くのだった。



 さて、なぜ現在このようなことになっているかというと・・・






   





 時はわずかに遡り、シアンがこのログハウスに慣れて来た頃。今よりも少しだけ日差しが強く、ログハウス中の窓を全て開け放って風を入れないと、熱中症になってしまいそうな季節だった。


 そんな中、ナギの手作りのワンピースに身を包み、大渕の麦わら帽子を被って河原に足を浸し、その冷たさに顔を緩めていたシアンは、温和な笑みを浮かべて自分の横に腰掛けながら、竿を垂らしているナギに話しかける。

「マスター・・・・・マスターってこの森から出たことあるの?」

 チャプチャプと足で水を遊びながら、のほほんとした口調でそういうシアンに、「そうだなぁ」と呟いて首を傾げるナギだったが、しばらく空を見上げて考えると、ゆっくりとシアンの方に顔を向けて「昔に一回だけ行ったことあったかなぁ」と懐かしそうに答える。

 シアンは、ナギのことを主人マスターと呼んではいるが、実際のところ二人にはそう言った関係はなく、何方かと言えば主人と従者としてのマスターよりも、師匠と弟子としての方が近いだろう。


「そっかぁ・・・じゃあ!いつか私と一緒にこの森から出てみない?」
 きっと楽しいよ!と大きく手を広げて、少女らしいキラキラとした眼差しで見つめて来るシアンに、

「良いけど、それはシアンが一人である程度戦えるようになったらだからな?俺は外では、あんまり人型になりたくないからな。まあ、ここの森で一人で一週間過ごせたら合格にしてやるよ」
 その無表情な顔を少しだけ緩めて、ナギはそう返したのだった。






 その日から、シアンの特訓が始まった。
 特訓と言っても、いつもしている訓練メニューに少し追加したものだが、その内容は大の大人も根を上げてしまうであろうほどのものだ。

 朝、日の上がる前に起き、それから約一時間のランニング。それが終わると朝食となるが、それだけで一日の必須カロリーを半分以上を軽く摂取しまうほどの物が出される。
 シアンもこの訓練を始めた頃は、それらを泣く泣く掻き込んで午前中の訓練を始めていた。

 午前中は、体を動かす訓練を重点的に行い、体力と筋力、そして技術を身につけることに専念する。
 そして軽めの昼食を挟み、午後からは休憩を兼ねた座学の時間となる。
 座学と言っても、ちょっと調合や錬金、魔獣と然獣(自然界に生息する魔獣ではない動物)の違いや生息地について、そして魔術の基礎を教えるだけ。それも、全てナギの自己流なものであるため、もっとちゃんとした知識をシアンが望むのであれば、昔人里に下りた時に聞いた学園に入学させるのも良いのかもしれないと思っている。

 座学が終わった後は、ナギの腕によりをかけた晩御飯が待っている。シアンが途中で脱落しないようにするため、シアンの好物を順次に出して機嫌を取ることも忘れてはならない。
 そして、晩御飯が終わった後は自由時間としている。ゆっくりと湯船に浸かって疲れを取るもよし、編み物や縫い物をして時間を潰すもよし。
 だが、就寝時間は決まっており、それを過ぎたらナギが魔法を使って強制的にベットへ送り込むこととなる。


 と言った感じで、シアンの訓練をしていきながら一日一日楽しく過ごしていった。

 そして、時間は流れ、冒頭に戻る。





 先日ようやく一週間のキャンプを成し遂げ、くたくたになりながらも晴れやかな笑顔で帰ってきたシアンは、ナギの労いの言葉を聞いている途中に力尽きて眠ってしまった。

 その翌日・・・正確には今朝だが、元気に起きてきたシアンに、いつ頃この森から出発するのか聞こうと話しかけるも、

「キチンと一週間の課題を達成した訳だが・・・いつ出発にーーー」
「今日!!!」
 と、元気よく遮られてしまった。

「き、今日か・・・」
「えー?ダメなのー?」と可愛く首を傾げて聞いて来るシアンに、流石にダメとは言えず、ウンウンと考えた後に、「仕方ない」と呟き、朝ご飯の準備に移るのだった。




 キッチンで料理を作りつつ、片手間に魔法を使って肉や野菜を乾燥させ、種類別に小分けにした鞄へ放り込んでいく。
 ある程度乾燥させ終わり、朝ご飯を食べようと食卓を見ると・・・

「な、なんでなくなってるんだ!?」

 乾燥させてもそれ程長持ちしない材料を使って作ったため、そこそこの量になっていたはずなのだが、それら全てがシアンの胃袋に消えていったらしい。

「あ、マスター。もっと作って!森出てからもしばらく持つように今のうちに溜めておきたいから」
 目を白黒させているナギに向かって、当然のようにそう言うシアンに、ナギの疑問はどんどんと増えていった。







「食い溜め?そんなこともできるのか・・・」
「うん!だからある程度食べるとしばらく何にも食べなくて良いんだ〜。あ、この木の実乾燥してたら美味しいんだ」

 再び料理が出来るまで、シアンに干した木の実を渡して摘ませておく。
 木の実を食べているシアンに、ナギは色々と聞いていたが、やはり・・・流石ファンタジーと言った感じだった。

 なんでも、シアンの種族[稀人族]と言うらしいのだが、その種族の特性のようなもので、食い溜めや寝溜めなどが出来るそうだ。



「よぅし!出来たぞ〜。これで材料は使い切ったからな、これ食べ終わったら出発するぞ?」
「んんーーー!!!」

 口をモゴモゴさせながら、どこで覚えてきたのかビシッと敬礼するシアンに、ナギは小さく溜息をつくと付けていたエプロンを外して席に着き、少し遅めの朝食を食べるのだった。




 もともと燃費のいいナギは、早々に食事を済ませ、持っていくものの確認を始めた。

『香辛料のストック良し・・・乾燥させた調合素材良し・・・野営道具良し・・・予備の短剣良し・・・ワイヤー良し・・・非常食諸々良し・・・最後にシアンの着替え良しっと』
「よしよし。シアン!こっちの確認は終わったからいつでも行けるぞ!」

 シアンの担ぐ荷物の中身をキチンと見直し、最重要である調合素材と、次に重要である香辛料は小分けの瓶に詰めて、割れないように鞄の奥ーー瓶の大きさて仕切りの付けてある所ーーに収納する。
 瓶を入れ終わったらその上に板を敷き、残りの持ち物を詰めてしっかりと蓋を閉じる。

「ごちそうさま〜!じゃあ、片付けしたら出発しよう!!!」
 ふぃ〜・・・と、なぜか誇らしげな表情で綺麗になった元山盛り料理の皿を運びながら、気の所為か昨夜よりもツヤツヤしているような感じがする。








 ナギの調合した石鹸を使って皿を洗い、食器棚にしまって万が一地震があった時用に色々と細工をしておく。
 裏口や窓、地下室への入り口にまで細工を施した後、ナギとシアンは、長くもあり短くもあったログハウス生活に一時別れを告げる。

「ねぇマスター。これからどこに向かうの?」
『そうだな・・・』
 黒猫の姿となってシアンの横を歩くナギは、その場に立ち止まって少しの間思考する。
 数歩進んだところで振り向くシアンに、

『先ずは、冒険者の街[ラ・クシール]だな。まだ冒険者ギルドとかに登録してないだろう?』
 と、ナギは薄っすらと笑みを浮かべてそう言うのだった。









「あ、マスターマスター。私の武器なくなっちゃたんだけどどうすれば良い?」
『・・・鞄に短剣が何本か入ってるから、それ使いな。後、街の中とかで俺に話しかけるのはやめとけよ』
「えー?なんでー?」
『変に目ー付けられそうだから・・・かな?まぁ、宿とか取ったら、その部屋の中でなら良いけどさ』

 ため息まじりにそう言うナギを傍目に、ゴソゴソと荷物を漁っていたシアンは、手頃な短剣を二本取り出して使い心地を確かめるようにクルクルと遊ぶ。

「うんうん。いつものと比べたらちっちゃ軽いけど、こんなのも結構良いかも」
『そりゃあ、俺の好きな武器だからな。使い勝手も考えて作ってるに決まってるだろ』
「え!これマスターの作ったやつなの!?」

 ビックリして短剣を取りこぼしそうになったシアンだったが、地面に落ちる前に足ですくい上げてキャッチする。









 そんなこんなで、一人と一匹の冒険が幕を開けた。
 この先、この一人と一匹に何が起こるのかは誰も知らない。

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