とある英雄達の最終兵器

世界るい

第122話 もっと速くっ――!

「格闘術が得意なんだよ」


 ローザは不敵に笑い、そう宣言すると、のらりくらりとした動きから一変し、一直線にレーベの元へ駆ける。


「……っ!?」


 その尋常ではない速度に一瞬目を見開かせるレーベ。しかし、戸惑い動けなくなれば致命傷だ。レーベがそう考えるより早く身体は緊急離脱を図っていた。


 ――そして轟音。


 レーベが先程まで立っていた位置には隕石でも落ちてきたのかと疑うばかりのクレーターが出来上がっていた。


「カカカッ。今のは挨拶だ。この程度で終わっちまったらつまらんからな。さて、これは何も死合いじゃない、言ってみればお稽古だ。後進のために一つ解説をしようじゃないか」


 クレーターの中央に立っているローザが貴様と私は決して対等ではないと言わんばかりに余裕と自信に満ち溢れた様子で喋り始める。


「先程痛みの学習の説明はしたな。当然あたしも痛みの学習機能などオールカットだ。そして、この学習には次の段階がある。損傷の学習だ。人は皆、自身のパフォーマンスを保ちながらどこまで動けるかを学習する。それはそうだ、一発殴るごとに腕が吹き飛んでしまえば二回で打ち止めになるからな、そんなバカなことはさせないよう学習が必要だ。だが、身体が損傷と認識する前に回復してしまえば?」


 そう言ってニヤリと笑うローザの身体には傷一つない。先程巨大なクレーターを作るために振るった手もご丁寧に皆の前でクルクルと回してみせ、グーパーを繰り返す。


「樹界魔法は回復魔法。そして、この青い粒子は大気のマナ、生命力を還元する光。あたしは心臓であろうが、頭であろうが再生させられる。まぁ、流石に一撃で体の70%以上を損傷すれば死ぬけどね。というわけで、あたしの攻撃は言葉通り加減を知らない。当然、できるだけ損傷しないように鍛えてもいるからな?」


(な、なんて無茶苦茶だ……。そんなのありかよ……)


 ローザの発言に戦慄を覚えるテュール。そしてそれはテュールだけではなく、観戦していた者達皆に衝撃を与えていた。なぜならここにいる者達は皆、武を極めようとすればするほど、自分の体の脆弱さに嘆くことになると知っているからだ。もし、これが不死の体であれば――そんなことを考えるのは一度や二度ではなかったはずだ。


(ま、けど、実際、死ぬ寸前まで追い込まれてルチアに回復させられてたから似たようなことはやってたっちゃあやってたか……)


 よくよく思い返せば不死身と言われてもおかしくない訓練をしていたことに気付き、げんなりするテュール。そして、そんなテュールの隣から――。


「ハハ、無茶苦茶だろう? 僕もあぁなったローザとは、戦いたくないね。言わば攻守ともに隙のない反則級の手だ。彼女はこの魔法を理からの解放オーバー・ザ・ロウと呼んでいる。そして、この状態になった彼女は――」


 そう説明したイアンは最後に溜めを作り、ぐるりと皆を見渡し、ドヤ顔で――。


「解き放――」「解き放たれた銃弾アンチェイン・バレットって呼ばれているのよ? 物騒な名前で可愛らしくないから私はあんまり好きじゃないのよね。あんなに美人で可愛らしいのに、まったく」


 皆がその声の主、エリーザへと振り返る。そして、そのまま皆は口々に――。


「くっ! ……ちょっとカッコイイなっ」


「うんうん、だよなぁ! 悔しいけど男子心をくすぐられるぜっ!」


「えぇー? そう、ボクはちょっと狙いすぎててイヤかなぁ~。アンフィスは?」


「……まぁ、悪くはないな」


「ほぅ、意外ですね。アンフィスあたりはもう少し斜に構えて、否定的かと思いましたが――」


「フ、いや案外アンフィス叔父さんは、肯定した方が大人っぽいとか考えているかも知れないぞ?」


「アンフィスおじたん、大人なのー?」


「いや、アンフィスおじたんは子供なのだ!」


「えぇー……。リリスちゃんがそれを言っちゃうのかなっ……?」


「フフ、大丈夫ですよ? アンフィスさんもリリスちゃんもちゃんと大人です」


 ワイワイ、キャッキャと感想を言い合い盛り上がった。


「…………」


 一方イアンは、人知れずそっと腰を沈め体育座りになった。


 さて、そんなリアル不死身とも言えるローザと戦っているレーベの目はしかしそれでも死んでなどいなかった。否、むしろ更に闘志を漲らせ――。


「……なら、70%以上吹き飛ばせばいい」


 尚吼えた。


「カカッ……おいチビ? いいか? 言葉に気をつけろ。てめぇの前に立ってるのはエルフ最強を冠するもんだぞ。あまりでけぇことばっか言ってると遠吠えに聞こえるから――なっ!」


 そして蒼い弾丸が飛び出し、紅い獅子と激突する。その衝撃は先程のものを更に上回る。蒼と紅の軌跡が鍛錬場を所狭しと駆け巡る。


「カカカッ殴り合いは楽しいなっ!! 血管の中が沸騰するようだっ!!」


「くっ! んっ! ――るぁぁあああ!!」


 しかし、ローザは殴り合いと言っているが、実際に行わているのは一方的な陵辱。レーベは防戦一方のまま、ピンボールのように弾かれ、地を這い、宙を舞う。そして起死回生を狙い、フェイントもクソもない純粋に飛んでくる蒼い弾丸に対してのカウンターも――。


「あくびが出ちまうぜ?」


 顔を僅かに傾げただけで避けられてしまい、逆に顔面に右手をめり込まされる。


 カウンターに対してのカウンター。レーベは無防備と言ってもいい状態でローザの拳を受け――。


 何十回転したか分からないほどに地面をゴロゴロ転がり、だだっ広い鍛錬場の壁に衝突し、ようやくその速度をゼロにする。


「カカッ。額にしておいてやったぞ。その可愛らしい顔に傷がつくとあたしが誰かにぶっ殺されかねないからな。おい、ママもういいだろ?」


「……あぁ。試合終了さね。勝者ローザだ。さて、救護――」


「はいはいはーい! 私が治しまーす!」


 こうして敗者の耳には届かないまま、勝利宣言がなされ、救護班として名乗り出たエリーザが気絶して動かないレーベの元へと駆け寄っていく。


「痛いの痛いのとんでけ~」


 そんな間の抜けた言葉をかけながらエリーザは青い光のシャワーをレーベへと降り注ぐ。その瞬間――。


 バッ!


 レーベが猫科特有のしなやかな跳躍で起き上がり、構えをとる。


「フフ、レーベちゃん惜しかったわね~。ローザがあの状態になって何発も殴るところなんて久しぶりに見たわ。でも、今回は負け。さ、ケガを見せて?」


 構えをとったまま、固まって動かないレーベに、エリーザが微笑みながら諭すように声をかける。


 スーッ。


 ゆっくりと力を抜き、両手を下げるレーベ。


「…………ししょーごめん。私、負けちゃった……。うぅ……ぐすっ」


 その言葉を聞き、皆は口を閉じたまま何も言えなくなる。果たして本気でSSSランクに勝とうと思って戦える者がこの中に何人いるだろうか。しかし、この少女は確かに悔しくて涙を流したのだ。


「フフ、よしよし。大丈夫レーベちゃんはまだまだ強くなるわよ。SSSランクになった人たちはみんな貴女みたいに強さに真摯でひたむきで、そして負けず嫌いだったわ。応援しているわね」


 そう言って、レーベを青い光で包み、抱きしめるエリーザ。その腕の中で安心したのか、気を失ってしまうレーベ。


「カカ。エリーザには敵わねぇな。結局いいとこはあいつが持ってちまったな」


「何を言ってるさね。あんたはあぁいう子の目標として強くあればいいのさ。他のことまでこなせなんて器用なことは要求しないさね。で、どうだい? うちの小さなライオンは」


「……ふぅ。あぁ、思ってたよりよっぽどよかったぜ? あたしのコレ・・に反応して、反撃までしようとしたんだ。15? 末恐ろしいよ。それにあぁいうバカは強くなるぜ? あたしは気に入った」


「ッフ。そうかい。そりゃあの子も喜ぶさね。カカカカッ」


 こうして、ローザとレーベの一度目の喧嘩は幕を閉じる。


 そして、皆が去った鍛錬場では――。


「……僕、実家に帰ろうかな」


 そんな言葉が聞こえたとか聞こえないとか。

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