とある英雄達の最終兵器

世界るい

第86話 テップの明日はどっちだ

 翌朝。


「うーし、テュール行こう! さぁ行くぞ!」


 まだ朝日が出るか出ないかの時間にそいつはやってきた。テュールの布団をひっぺがし血走った眼で喚いている。うるさい。


「は? ……テップいい加減にしろよ? 今何時だと……」


「朝日は出ている。朝だ!!」


 朝日を見ろと言わんばかりに……っていうか言っているか。カーテンを全開にするテップ。それどころか窓まで全開にしやがった。朝の空気は気持ちがいい――だが。


「……うるせー。寝る。7時半に起こせ……」


 当然付き合いきれないので布団を被ってカタツムリモードになる。手だけ出してシッシと追い払うが――。


「いーやーだー! はーやーくー! いーくーんだー!」


 布団を引っ張りながら折れない男テップ。


「……お前眠くないのか?」


「おう。興奮しすぎて一睡もできなかった!」


 ちゅ、中学生か……。


 ◆


「って、ことが今朝あったんだよ」


「そうなんだ。だからテップくん、授業中居眠りしてたんだね……」


 昼休みになり、昼食に行こうとカグヤが誘ってきたが、テップが登校してから眠りにつき全く起きないので事情を説明する。


「あぁ、さて、昼ごはん食べに行こうぜ?」


「いいの? テップ君起こさないで?」


 チラッと二人でテップの方を見る。すると丁度テップの口がむずむずと動き――。


「むにゃむにゃ……リーシャせんぱ~い。おっぱい柔らかいですぅ~」


 ……。


「…………幸せそうだからいいんじゃないか?」


「……そうだね。ほっとこっか」


 そう言ってテップを見るカグヤの目はどことなく濁っていた。


 ◆


「さーて、昼飯だ。今日は何かなっ? わーお。肉丼だーい。何の肉だろ――」


 と、テュールが目の前の肉だけ丼に夢中になっていると後ろの方から気になる話が聞こえてきた。


「そう言えば知ってるでゴザルか?」


「何がでゴザル?」


「五聖女様……と言っても今は一人でゴザルが、その聖女様がこの地を礼拝しているとの噂でゴザルよ」


「ふむ、知らんでゴザル。と言うより、我らの聖女はただ一人アイリス様だけでゴザル。まさかお主浮気する――」


「め、滅相もござらん!! ただ、そんな噂を耳にしたという世間話でゴザルよ!!」


「ふむ、まぁそれならいいでゴザルが……。浮ついた気持ちを他に持つのであればこの親衛隊からは――」


「分かってるでゴザル!!」


「……では――」


 ふむ。五聖女……。聞いたことあるな。五大宗教にはそれぞれ聖女がいる。だが、現在4つの席は空席で聖女と呼ばれている人物は一人。人族の宗教であるグリッド教の……名前は確か――。


「忘れたでゴザル」


 ……。俺も忘れているから文句は言えないな。まぁいい、聖女様とは関わる機会もあるまい。そんなことよりこの男心を鷲掴みにする肉丼を食べよう。


「いっただっきまーす」


 テップを除く9人で昼食をとる。昨日の今日とあって、周りからの視線はいつも以上で、噂話しも持ちきりだ。中にはレーベに握手を求める声もある。俺? ないよ? 男性陣からの恨みつらみの声だけだよ? ファンレター? ないよ? 話しかけたら妊娠しちゃうよ。って声が聞こえてきてからもう諦めてるよ?


「ししょー? まずい?」


「んにゃ。美味いよ。ちょっぴり考え事をしていただけだ。今日のはレーベが作ったのか?」


「ん。おじーさまに肉食えって言われたから……」


「おう。いいチョイスだ。だが、やや女性にはツライメニューじゃないか?」


 チラッと心配になりセシリア、カグヤ、レフィーを見たが、ちゃっかり自分たちだけサラダ用意しておった……。


 リリス? ほっぺにご飯粒つけながら肉丼をかっくらってるよ……。


「いや、大丈夫そうだな。よし、レーベ食うぞ!」


「ん」


 こうして、テップのいない昼食は平和に何事もなく過ぎる。


 そして、昼休みが終わり、午後になっても一人教室に取り残され、結局実技の授業も寝通したテップは、学校に来ているはずなのに欠席という扱いになった。


「さて、帰るか」


 ホームルームが終わるとテュールはそう言って席を立つ。


「え? いいの?」


 カグヤがテップをチラッと見てそんなことを言う。


「いや、だって……。寝てるし。今考えたら3-Sとか入りずらいし……」


 そんな言い訳をテュールがしているとカツカツカツとやや早いリズムで規則正しい靴音が聞こえてくる。不思議と耳に残る足音だ。


 その靴音を聞いたアンフィスが突如立ち上がる。


「俺は帰るぞ」


 などと言い始める。そして、それを聞いたヴァナルも――。


「じゃあボクも~」


 アンフィスに付き合うようで、二人はツカツカと早足で窓まで近づくと――迷うことなく飛び降りた。


 女生徒の悲鳴が上がる。そらそうだ。ここ3階だからな? 魔法が当たり前のこの世界でもそう軽々飛んでいい距離じゃねぇぞ? つーか、アンフィスのやつそろそろ何があったのか聞かなきゃな……。


 と、そんなことをテュールが考えていると、足音の主が教室の扉を開く。


「このクラスにテュールと……その、テップっていうヤツはいる?」


 おや? 振り返ると――。


「おぉー。リーシャ先輩じゃないですか。昨日はどうも。テップを探しにきてくれたんですか?」


「……違うわよ。別に探しにきたわけじゃないわ。文句を言いにきただけ。昨日はあんた達に負けて、そのテップってやつにも勝ち逃げされたからね」


 ふむ。まごうことなきツンデレ。これはかなりテップのことが気になっているな。よし、そうと分かれば――。


「おい、テップ! リーシャ先輩だぞ! リーシャ先輩がわざわざお前を探しにきてくれたんだぞ! ほら起きろ!」


「むにゃ? リーシャ先輩? リーシャ……先輩? ハッ!! リーシャ先輩!!」


「そうだ、ほら、リーシャ先輩だ! 見ろ!」


 バッと手を扉の方に向け、テップの視線をリーシャ先輩の方へ誘導する。その先には――。


 めっちゃ困惑したリーシャ先輩がいた。


「え? あれ? リーシャ先輩? なんか様子がおかしいですけどどうかしました? こちらテップになりますけど……」


 やや不穏な空気を感じながらもとりあえず所望の品であるテップを差し出す。当のテップは照れながら、テップです。リーシャ先輩のことは片時も忘れたことがありません。多分これが恋だと思います……とか呟いている。なにこの嘘つき……怖い。


「え、あ。え? このクラスにはテップって子が二人いるのかしら……?」


「え? いや、テップは一人ですけど……」


「はい、ボクがテップです!」


 なんだろう。テップの元気の良さが余計にこの空間を異質なものへと変えていく。


「……。えと、じゃあヴァナルって子出してもらえる?」


「すみません。ヴァナルは今、アンフィスと帰っちゃいま――」


「ちょっと待って、そのアンフィスって子はどういう子?」


 周りも徐々に異変に気付いたのであろう。テップに対しての目が可哀想な子を見る目に変わっていく……。


「えと、長身で黒髪のヤンキーっぽい……」


「その子よ! その子に用があるの! ック!! アンフィスぅぅ!! 偽名を使ったわねっ!! テップ君ゴメンね? 人違いだったみたい。今度来るときはそのアンフィスって子に逃げないで待っておけって言っておいてちょうだい!」


 リーシャはテップに一言謝り、テュールにそう言い残すと、来たときと同じようにやや早いリズムで規則正い足音を鳴らし遠ざかっていく。


 そして、完全に足音が聞こえなくなったのを見計らってテップを見――れない。俺には見ることができなかった。なので明後日の方向を向き、テップにそっと話しかける。


「…………テップ。その、美味いもんでも食べいくか? 俺おごるぞ?」


「…………せ」


「「「せ?」」」


 クラス一同は当然テップの動向に注目していたため、そう聞き返した。そして、当事者であるテップがその口を開く。


「青春のバカヤローーー!!」


 そう言って、窓から飛び降りていった。


 再び女生徒の悲鳴。急いでテュールは窓へと駆け寄り下を覗く。


 そこには、華麗に着地を決め、夕日に向かってひたすらに疾走る漢の背中があった。


「アンフィス……。あの野郎の挙動不審なのは全部このせいか……。今回ばかりは流石にテップが可哀想すぎるな。謝らせよう」


「そうだね……。けどテュールくんもだよ? アンフィス君のせいとは言え、結果的にテュールくんもテップ君のこと傷つけたんだから」


「あ、あぁ。そうだな。帰ったら謝ろう。つーか今日帰ってくっかな、あいつ……」


 窓の外から消え去った背中の方向を眺めてポツリと呟くテュールであった。

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