絶対守護者の学園生活記
復讐の炎
レオン君と魔族との戦いが始まりました。巻き添えをくらわないように距離を取ったのですが、互いの武器がぶつかり合う音がここまで聞こえてきます。
「シャルロットちゃん、充分気を付けてくれよ。じゃないと俺がレオンにどやされちまう」
「承知しました、お義父様」
「お義父様……なんて甘美な響き……」
そう呼ばれたのがとても嬉しかったのか、お義父様は少し涙ぐんでいます。
「……あのさあのさ? 胸糞悪いもん見せないでくれるかな~?」
「胸糞悪い? 一体どこがでしょうか?」
「愛だとか親子だとか……本当に、本っっっっっ当に反吐が出る!」
私とお義父様のやりとりを手を出さずに見ていた魔族が物凄い形相で言葉を吐き出しました。
……前にも同じようなことを言ってましたね。この魔族はやたらと『愛情』というものに嫌悪を抱いているようです。
「なぜ貴方は、そんなにも愛を嫌うのですか? 過去に何かあったのですか?」
するとピタッと魔族は動かなくなりました。
人は誰しもが過去があるからこそ今の自分があるのだと私は思っています。今の私は、呪いにかかったにも関わらず周りには支えてくれる人がいて、そして愛する人と出会えた。そんな過去の私があるから今の私がある。
なら魔族も過去に何かあったからそんなにも愛を憎むようになったのでは。そう思って聞いてみましたが、反応からして正解だったようです。
「……いいよ。話してあげる」
今までの荒々しい雰囲気とは違う、どこか優しいものを感じさせるような、なにかを諦めてしまったかのような。そんな感情が混ざり合ったかのような寂しげな表情で魔族は語り始めました。
「アタシには夫と娘が一人いてさ。それなりに幸せな生活を送ってたんだ。でもある日、魔王様が世界を征服するなんて言って各大陸に戦を仕掛けたんだ。今思えば馬鹿な話さ、何もしなければ魔族は生きながらえていれたのに。そして魔族国に敵国の騎士どもが乗り込んできた。私達家族は戦う力を持ってなかったから隠れてた。でも見つかっちまったんだ。そしたら騎士どもは何をしたと思う?」
夫と娘を捕虜として連れて行った?それとも殺された?聞いてくるということはありきたりなことではないのでしょう。
「アタシと夫の前で、娘を犯し始めたんだよ」
「えっ……」
「娘はまだ幼かったよ。そんな趣味を持った奴らだったんだろうね。こちらを卑しい笑いをして見ながら楽しそうに腰を振ってたよ。時折娘を殴ったり蹴ったりもしてたね」
そんな……
「そんな光景を何時間も見せつけられた。力を持たないアタシと夫は抑えられながら無理矢理にね。最初は助けを呼んでた娘も段々と弱っていって、全員が満足したら剣で刺し殺された」
言葉が出なかった。これは私の考えが甘いのかもしれない。でも、いくらなんでもひどすぎる。
こちらは攻められた側であり、民を守るためにも抗うのは当然だと思います。だからといって力無き者を虐げていいわけではありません。
「その後、魔族国の援軍が来て私達は助かった。もうこんなところにはいられないと思ってひたすらに逃げたよ。幸いなことに敵には見つからずに、辺境にある森の中でどうにか生き延びた。それ以来だよ、いつも優しかった夫から笑顔が消えたのは。私の胸の奥にも復讐の炎が燃え上がったさ」
「復讐……?」
「そうさ。戦争を仕掛けた魔王様はもういない。でも愛する娘を無残に殺してくれた奴らはまだこの世で平和というのを楽しんでるじゃないか。しかも愛だなんだとのたまわって。そんな奴らを、アタシ達から愛する娘を奪った奴らを絶対に許しはしない。だから――」
悔しそうに握る手からは、血が垂れていました。ギリギリと歯を食いしばっているその姿は、とても見るに堪えなくて。
「魔王様を復活させて、全てを滅ぼす。そしたらアタシ達も娘の後を追うさ。この復讐は助けられなかった娘へのせめてもの手向けさ」
「……理由は分かりました。ではなぜ以前に私を襲ったのでしょうか」
魔族の過去を知り、悲しい気持ちになりました。それでも、私は今、民の命を背負っています。だからその気持ちは抑え、少しでも情報を引き出さないと。
「魔王様の復活のためさ。復讐を成し遂げるためには魔王様にはさらなる力を手に入れてもらわないと困るからね。魂だけが残った魔王様は力を蓄えている最中。その魂に適合する依り代に最も最適だったのがあんただったから」
「私が……」
「そうさ。だからアタシ達と来てくれないかな?」
魔族は手を差し伸べてきました。
その手を私が掴めば、魔王が蘇る。少なからず被害は出てしまう。掴むわけにはいきません。
それは分かっていたのか、すぐに手を引っ込めました。
「あんた、争いの無い世界を考えたことはあるかな? 争いの無い、平和な世界で過ごす自分を」
「……考えたことは、あります」
もしも私が呪いにかからなかったら。そのまま成長し、誰かと結婚して幸せな家庭を築いて。
相手はきっとレオン君です。レオン君の村は消えることなく、冒険者になる為に王都に来て、そこで私と出会うんです。
一緒に街を歩くようになって、私は彼にどんどんと惹かれて、でも身分の違いが邪魔をして。
そして私は他の人との結婚が決まってしまうのです。その人との結婚式の時にレオン君が乱入してきて、私を連れ去ってしまいます。
私の好きな劇のタイトルにもある、駆け落ちです。
そのまま二人で逃避行をして、へんぴな土地で仲良く暮らすんです。レオン君は畑仕事で、私は子育てで。
時々目が合って、笑いあって。貧しいながらも幸せな生活でしょう。
「でもこの世界に争いは耐えることはないんだよ。『もしも』の話なんてないんだよ?」
「そうですね。私が言っていいのかは定かではありませんが、平和というのは尊い犠牲の元に成り立つものです」
「犠牲犠牲犠牲。そんなもので娘を奪われた。多くを救うためには仕方ない? 必要な犠牲? そんなのが必要になるんだったら、争いなんて無くせばいいさ。争う存在がいなければ、何も起こらないでしょ?」
必死に何かを訴えるかのように話す魔族。
そんな魔族に私は。
「私には分かりません。一切何も」
「なっ!」
「過去に囚われて生きるのはただ辛いだけです」
私は知っています。呪いによって無くしてしまった希望。それを引き摺って抜け殻のように過ごしてきた、自分を。
「そんな辛い状況から、救ってくれた人がいるんです。だから私はその人と今を、そして未来を生きていきます」
「……アタシとあんたはどうやっても相容れないみたいだね」
「ええ、残念です」
皮肉をたっぷりと乗せた言葉を、笑顔と一緒に。すると魔族はチッと舌打ちをしました。
そして鞭を強く握りしめました。
「ならもうムダ話は終わりかな。さぁ! 殺りあおうじゃないか!」
初めて会った時のように、掴めない性格へ戻りました。今思うとこれは、自身を奮い立たせるための偽りの姿なのではないかと思ってしまいます。
この魔族はただ家族と幸せに暮らしていたかっただけなのでしょう。それはきっとどの種族だって同じのはずです。その中で魔族は悲劇を経験し、今この場に確固たる決意で立っている。
私に何かしてあげられることはないのか。でも既に時は遅い。全てを失ってしまった後なのだから。
なら、私に出来るのは魔族の復讐に対して、本気で付き合ってあげること。
「シャルロット=フィル=ガルーダです。あなたの復讐、邪魔させていただきます」
「アタシの名前はシミル! やっと始まるよ! 楽しい楽しい殺し合いがね!」
「シャルロットちゃん、充分気を付けてくれよ。じゃないと俺がレオンにどやされちまう」
「承知しました、お義父様」
「お義父様……なんて甘美な響き……」
そう呼ばれたのがとても嬉しかったのか、お義父様は少し涙ぐんでいます。
「……あのさあのさ? 胸糞悪いもん見せないでくれるかな~?」
「胸糞悪い? 一体どこがでしょうか?」
「愛だとか親子だとか……本当に、本っっっっっ当に反吐が出る!」
私とお義父様のやりとりを手を出さずに見ていた魔族が物凄い形相で言葉を吐き出しました。
……前にも同じようなことを言ってましたね。この魔族はやたらと『愛情』というものに嫌悪を抱いているようです。
「なぜ貴方は、そんなにも愛を嫌うのですか? 過去に何かあったのですか?」
するとピタッと魔族は動かなくなりました。
人は誰しもが過去があるからこそ今の自分があるのだと私は思っています。今の私は、呪いにかかったにも関わらず周りには支えてくれる人がいて、そして愛する人と出会えた。そんな過去の私があるから今の私がある。
なら魔族も過去に何かあったからそんなにも愛を憎むようになったのでは。そう思って聞いてみましたが、反応からして正解だったようです。
「……いいよ。話してあげる」
今までの荒々しい雰囲気とは違う、どこか優しいものを感じさせるような、なにかを諦めてしまったかのような。そんな感情が混ざり合ったかのような寂しげな表情で魔族は語り始めました。
「アタシには夫と娘が一人いてさ。それなりに幸せな生活を送ってたんだ。でもある日、魔王様が世界を征服するなんて言って各大陸に戦を仕掛けたんだ。今思えば馬鹿な話さ、何もしなければ魔族は生きながらえていれたのに。そして魔族国に敵国の騎士どもが乗り込んできた。私達家族は戦う力を持ってなかったから隠れてた。でも見つかっちまったんだ。そしたら騎士どもは何をしたと思う?」
夫と娘を捕虜として連れて行った?それとも殺された?聞いてくるということはありきたりなことではないのでしょう。
「アタシと夫の前で、娘を犯し始めたんだよ」
「えっ……」
「娘はまだ幼かったよ。そんな趣味を持った奴らだったんだろうね。こちらを卑しい笑いをして見ながら楽しそうに腰を振ってたよ。時折娘を殴ったり蹴ったりもしてたね」
そんな……
「そんな光景を何時間も見せつけられた。力を持たないアタシと夫は抑えられながら無理矢理にね。最初は助けを呼んでた娘も段々と弱っていって、全員が満足したら剣で刺し殺された」
言葉が出なかった。これは私の考えが甘いのかもしれない。でも、いくらなんでもひどすぎる。
こちらは攻められた側であり、民を守るためにも抗うのは当然だと思います。だからといって力無き者を虐げていいわけではありません。
「その後、魔族国の援軍が来て私達は助かった。もうこんなところにはいられないと思ってひたすらに逃げたよ。幸いなことに敵には見つからずに、辺境にある森の中でどうにか生き延びた。それ以来だよ、いつも優しかった夫から笑顔が消えたのは。私の胸の奥にも復讐の炎が燃え上がったさ」
「復讐……?」
「そうさ。戦争を仕掛けた魔王様はもういない。でも愛する娘を無残に殺してくれた奴らはまだこの世で平和というのを楽しんでるじゃないか。しかも愛だなんだとのたまわって。そんな奴らを、アタシ達から愛する娘を奪った奴らを絶対に許しはしない。だから――」
悔しそうに握る手からは、血が垂れていました。ギリギリと歯を食いしばっているその姿は、とても見るに堪えなくて。
「魔王様を復活させて、全てを滅ぼす。そしたらアタシ達も娘の後を追うさ。この復讐は助けられなかった娘へのせめてもの手向けさ」
「……理由は分かりました。ではなぜ以前に私を襲ったのでしょうか」
魔族の過去を知り、悲しい気持ちになりました。それでも、私は今、民の命を背負っています。だからその気持ちは抑え、少しでも情報を引き出さないと。
「魔王様の復活のためさ。復讐を成し遂げるためには魔王様にはさらなる力を手に入れてもらわないと困るからね。魂だけが残った魔王様は力を蓄えている最中。その魂に適合する依り代に最も最適だったのがあんただったから」
「私が……」
「そうさ。だからアタシ達と来てくれないかな?」
魔族は手を差し伸べてきました。
その手を私が掴めば、魔王が蘇る。少なからず被害は出てしまう。掴むわけにはいきません。
それは分かっていたのか、すぐに手を引っ込めました。
「あんた、争いの無い世界を考えたことはあるかな? 争いの無い、平和な世界で過ごす自分を」
「……考えたことは、あります」
もしも私が呪いにかからなかったら。そのまま成長し、誰かと結婚して幸せな家庭を築いて。
相手はきっとレオン君です。レオン君の村は消えることなく、冒険者になる為に王都に来て、そこで私と出会うんです。
一緒に街を歩くようになって、私は彼にどんどんと惹かれて、でも身分の違いが邪魔をして。
そして私は他の人との結婚が決まってしまうのです。その人との結婚式の時にレオン君が乱入してきて、私を連れ去ってしまいます。
私の好きな劇のタイトルにもある、駆け落ちです。
そのまま二人で逃避行をして、へんぴな土地で仲良く暮らすんです。レオン君は畑仕事で、私は子育てで。
時々目が合って、笑いあって。貧しいながらも幸せな生活でしょう。
「でもこの世界に争いは耐えることはないんだよ。『もしも』の話なんてないんだよ?」
「そうですね。私が言っていいのかは定かではありませんが、平和というのは尊い犠牲の元に成り立つものです」
「犠牲犠牲犠牲。そんなもので娘を奪われた。多くを救うためには仕方ない? 必要な犠牲? そんなのが必要になるんだったら、争いなんて無くせばいいさ。争う存在がいなければ、何も起こらないでしょ?」
必死に何かを訴えるかのように話す魔族。
そんな魔族に私は。
「私には分かりません。一切何も」
「なっ!」
「過去に囚われて生きるのはただ辛いだけです」
私は知っています。呪いによって無くしてしまった希望。それを引き摺って抜け殻のように過ごしてきた、自分を。
「そんな辛い状況から、救ってくれた人がいるんです。だから私はその人と今を、そして未来を生きていきます」
「……アタシとあんたはどうやっても相容れないみたいだね」
「ええ、残念です」
皮肉をたっぷりと乗せた言葉を、笑顔と一緒に。すると魔族はチッと舌打ちをしました。
そして鞭を強く握りしめました。
「ならもうムダ話は終わりかな。さぁ! 殺りあおうじゃないか!」
初めて会った時のように、掴めない性格へ戻りました。今思うとこれは、自身を奮い立たせるための偽りの姿なのではないかと思ってしまいます。
この魔族はただ家族と幸せに暮らしていたかっただけなのでしょう。それはきっとどの種族だって同じのはずです。その中で魔族は悲劇を経験し、今この場に確固たる決意で立っている。
私に何かしてあげられることはないのか。でも既に時は遅い。全てを失ってしまった後なのだから。
なら、私に出来るのは魔族の復讐に対して、本気で付き合ってあげること。
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「アタシの名前はシミル! やっと始まるよ! 楽しい楽しい殺し合いがね!」
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