異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました
師匠と弟子?
怠く重たい眠気に包まれていた意識が、顔にかかる温かな風に浮かび上がる。
「……っ」
二度寝しようと訴える頭を振り、竜夜は目を開いた。
すぐそばにあったのは、整った少女の顔。赤髪が一房、火照った頬に汗で張り付いていた。
今まで顔に当たっていたのは吐息だったのかと納得しかけ、
「あああぁ!?」
叫び声を上げて仰け反る。しかも椅子に座っていたのを忘れ、バランスを崩して後ろへ転倒した。
「ぎゃああ!」
『お主は何をやっておる』
打った頭を抱えて悶える竜夜を、ベッドの上からカラスが覗き込んだ。
「いたた……」
涙を浮かべ、身を起こして部屋を見回す。
陽射しを浴びて木の匂いが満ちる室内は清潔感があり、その空間大半を占めるのは大きな棚の列だった。
ガラス張りの中には見たことのない道具が並べられていて、何度見ても好奇心が刺激される。
「あ、そっか。俺たち村の人に保護してもらったんだっけ」
『運良くな。あのまま彷徨っていたらこの女子は死んでいたかもしれぬ』
竜夜は今朝の事を思い出す。
カラスの空からの案内でーー草原で視界を遮る障害が何もないこともありーー、時間をかけず小さな村を見つけられたのだった。
病人を抱えて遠い距離を歩き、疲れ果てて倒れるように辿りついた竜夜に、村人達は驚きながらも優しく保護してくれて。
しかも偶然魔術に詳しい人が居たことでリリアナは峠を越すことができた。
そこで気が緩んだのか、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「て、俺どのぐらい寝てた?」
『丸一日だ』
「ーー嘘だろ?」
『くだらぬ嘘などつくか』
竜夜は窓の外を見た。寝過ぎた後の怠さがあるわりには、太陽の光は真上にある。
「そんな……」
『あれだけの事があったのだ、仕方あるまい。それに女子が回復するまで少々時間がかかるだろうしな』
リリアナを見下ろす。見た感じ熱はありそうだが、呼吸は安定していた。
「良かった、ようやく落ち着いたんだ」
『お主が寝ている間も女が処置していたからな。それで、これからどうするのだ?』
「どうするって」
カラスの問いに俯く。自分が居ればまた誰かを巻き込んでしまうかもしれない、いつまでも此処には居られないだろう。
と、ガチャリと扉が開く音がした。
「おや、目が覚めたんだね」
振り返ると、白いワンピースを着た妙齢の女性が立っている。
二十代半ばか、手入れのされてない藍色のざんばら髪はボサボサだ。
ーーサイズのあってない眼鏡がダサさを際立たせていた。
「……すみません、寝ちゃったみたいで」
「いいよ別に。君も無理してたんだろうし」
お椀らしき物を手に、女性はベッドへと近づいた。リリアナの額に手を置く。
「あ、あの! リリアナは大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫って語弊があるね。あれだけ魔力を使っていたんだ、大丈夫とかの問題じゃない。最低でも明日まで目覚めないと思う」
怒りの混じった声は、暗に竜夜を批難していた。もっとも事実なので何も言えないが。
女性はお椀から白い粉を摘み、リリアナの口に突っ込んだ。最初に聞いたところ、魔力の生成を助ける薬らしい。
「にしても、君達が村へ来た時は何事かと思った。今時身一つで、しかも魔力が欠乏して瀕死の子を引き連れて」
あっけらかんと言う女性に、竜夜は肩を落とした。
「申し訳ないです。迷惑かけてしまって」
「まぁ、困った時は助け合うのが人間だからね。気にする必要はないし、その発言はこの子にも失礼だよ。ーー何かあったんでしょ?」
「……詳しくは、言えないですけど」
「あぁ、言わなくていいよ。でも君は無事でこの子はこんな状態。大体は察せられるし、助けた子を全力で助けようとする君に対して、誰も迷惑なんて思わない」
女性はリリアナにかかった毛布を直し、竜夜へと顎をしゃくる。
「お腹空いてるでしょ。ご飯、用意してあるから」
そこでようやく、昨日から何も食べていないことを思い出した。
考えた途端、無性に空腹を感じてお腹を摩る。
「すみません」
「じゃ、先行ってるよ」
女性が出て行き、カラスが羨望の眼差しで見てきた。じゅるりと嘴から涎が垂れる。
『……飯、だと』
「置いてかないって。その代わり、絶対喋ったら駄目だからな」
『うむ。我は鳥、我は鳥』
肩に乗せてリリアナを一目見る。
「ちょっと行ってくる」
呟き、そっと部屋を出た。古びた廊下も壁も部屋同様小綺麗に保たれていて、家主の性格を感じさせた。
食欲を刺激するいい香りを辿って階段を下り、部屋を見回す。来る時も思ったが質素すぎて生活感がない。
奥まった場所にあるキッチンで、女性が鍋をかき混ぜていた。
「あの」
「座ってて。今温めてるから」
簡潔に言われ、おとなしく中央のテーブルに腰掛ける。
しばらくして、女性は食べ物を盛った皿を持って近づいてきた。竜夜をまじまじと観察する。
気まずさに顔を逸らすと、テーブルに皿が置かれる。色々な葉が混ざったお粥のようなものが、湯気を立てていて。
「あまり体調良くないでしょ。薬草とパンを混ぜたやつだから消化に良いよ」
「ありがとうございます。……あと申し訳ないんですが、コレにも何か食べ物とか……」
ちらりとカラスを見ると、女性が声を立てて笑った。
「分かった。同じやつでいいかな」
「お願いします」
新しく料理を持ってくる。カラスは嬉々と食べ始めた。
向かい合う場所に腰を下ろし、女性は頬杖をついてお皿を指差す。
「ほら、君も早く食べないと美味しくなくなるよ?」
「いただきます」
スプーンで料理を口に運ぶ。ピリっと舌を刺激して、後から優しい甘みが口内を満たした。
温かさが喉を通り、久しぶりの食べ物に涙が出そうだった。
「……美味しい」
「よかった。じゃんじゃん食べなね」
さらに食欲が刺激され、掻き込むように平らげる。お代わりをもらって食べきり、ようやく満たされたお腹にホッと息を吐き出した。
「すごい食べっぷり。そんなにお腹空いてたの」
言われ、今更ながら自分のマナーの悪さに俯く。
「なんかすみません」
「別に気にしてないよ。お貴族様と食事してるわけじゃないんだから」
女性が空いた皿を持って立ち上がる。手伝いを提案するが拒否され、渋々と椅子に戻った。
その後ろ姿に問いかける。
「あの。貴女は魔術に詳しい、んですよね? 魔術を使える人でしょうか」
「んー、似たようなものかもね。ウチは人を癒すような技術しかないけど。治癒術師って呼ばれてるよ」
肩を竦める女性に、リリアナの力を思い出した。
「じゃあ、転移とかは?」
「転移なんて高位の魔術師しかできないよ。皆してぽんぽん飛べたら、この世界は無法地帯になっちゃうでしょ?」
「確かに……」
魔術が使える人は僅かで、転移ができるのはもっと僅か、か。なんとなく分かってきた気がする。
と、手を拭きながら女性が戻ってきた。
「そういったら連れの子は相当力が強いね。あれぐらい強いと、どこぞの名門貴族あたりの子かな」
「ーーえ、そうなんですか?」
「なに知らないの? 知り合いでしょ」
「いや、出会ったばかりというか……」
逆に驚かれ、竜夜は急いで取り繕う。
「そっか。ま、大きな力があればそれ相応の地位をもらえる。優れていればそれだけで偉いんだから」
どこか不満げな女性は、さてと。と不敵に笑った。
「君には色々とやってもらわなきゃね。約束通り、手伝いしてもらおうかな」
「はい」
村に来た時、お金も何もない竜夜がとったのは取引だった。
(ーー力仕事でも家事手伝いでもします。どうかリリアナを助けてください!)
必死に縋る竜夜に、村人たちの中でこの女性だけが嬉しそうにしていたのを覚えてる。
今更ながら不安になってきた。
「その前に、今更ですけど名前とか……」
「ならインテレス師匠と呼んで」
「分かりました。……師匠?」
「そう、欲しかったんだ。弟子」
眼鏡を押し上げ、にまりと口角を上げた。
「よろしく」
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