異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました
始まりの朝
不気味さに顔を顰めていると、リリアナが深く溜息を吐く。
「竜夜、肩の傷を見せて」
「肩?」
言われて、ようやく斬られていたのを思い出す。ドーパミンというやつのおかげか、痛みが無くてすっかり忘れていた。
竜夜は今頃主張してくる熱と痛みに顔を顰め、リリアナが見やすいように膝をつく。
「本当に、私がしっかりしていれば……」
「いいよ。こうして、迎えに来てくれたんだし」
リリアナの手が肩に触れる。激痛が走るが、すぐさま暗闇を照らす仄かで暖かな光が肩を覆った。
嘘のように痛みが遠いてゆき、竜夜は待つ中でロンダの言葉を思い出した。
ーー誰もが魔術を使えるわけじゃない。
灯りですら魔具に頼っているのだ。こうして治癒までも行えるリリアナは、どれだけ凄い人なのだろう?
ちらりと顔を覗きこむ。夜の中で浮かぶ白い顔は、相変わらず整っていて。
まじまじと見つめていた竜夜は、リリアナの吐息に慌てて顔を逸らした。
「はい、終わり」
バレたのかと思ったが治療が終了しただけらしく、ホッと息を吐き出す。
見ると、薄く盛り上がった跡を残し、傷口は綺麗に塞がっていた。
「凄い」
痛みの失せた肩を回して感動に呟く。リリアナはよし、と頷いてふらりと立ち上がった。
「それじゃあ、とりあえず街の外まで行こう。外でリュウヤの連れが待ってるよ」
「連れ?」
首を傾げた時、ふっと重ぐるしい空気が新鮮なものに変わった。
リリアナが困ったように眉を寄せる。
「結界が消えたみたい」
「人払いの?」
「うん。術者のエクエスが消えたから」
「ってことは……」
『おーい!! お主ら無事かあぁ!?』
途端、甲高い声が空を舞った。
降下してくる黒い物体に、竜夜はやっと“連れ”に思い至って笑みを浮かべた。
「もしかしてカラスか!? 何処行ってたーーぐふっ」
勢いよく突っ込んできたカラスが鳩尾を直撃して呼吸困難に陥る。
『何処行っていただと!? 飛んでいたら赤髪の女子を見つけ、聞くとお主に似た人相の奴を探しているというから案内してやったのだ。感謝しろこの阿保!!』
「お、おま……ありがとだけど。鳩尾は……」
「リュウヤ、そろそろ移動しないと」
リリアナの言葉が終わる前に、街の人々が窓から顔を覗かせた。
そして街の惨状に気がついたのか驚きの声が次々と上がりだす。騒がしくなる街に、竜夜は唾を呑み込んだ。
「マズイ、よな?」
「すごく。予定外だけど、此処から転移で移動するしかないかな。手、繋いで?」
リリアナの細い手が差し出され、竜夜は強く握り締める。
「本当に無事で良かった。……今度こそ、絶対に離さないから」
「なんかそれ、女の子に言われるのはちょっと」
「ふふ、それもそうね」
楽しそうに笑うリリアナに、竜夜は恥ずかしさに頭を掻いた。
『こら、我も共に行くのだからな!』
「もちろん、分かってるって」
飛んでいたカラスを掴んだと同時、リリアナの唇が読み取れない詠唱を紡ぐ。
「転移」
再びの、慣れない感覚が足元から全身を迫り上がった。
近づいてくる街人が、周りの景色が歪み白く塗り潰されて分からなくなる。
ーーそれも数秒、パッと視界が鮮明な景色を映しだした。
もっとも最初に眼前を占めたのは、三十センチ程度下に広がる草むらだったのだが。
三十センチ下?
反応する前に竜夜は重力に従い落下した。顔面から草むらに突っ込む。
「べ、べっ!」
慌てて膝をつき、口の中の葉っぱを吐き出してから状況を確認する。
今度は丘の真ん中に移動したようで、北海道並みに果てしない草原が広がっていた。
随分と遠くへ来たのだろう。
ロンダとネフィは、街の人たちは大丈夫だろうか?
複雑な思考を巡らせていると、頭上を黒が旋回した。
『くく、口に葉っぱが残っておるぞ。そんなに腹が減ったか』
「そうだな……」
心此処に在らず返す竜夜に、カラスがふん、と顔を背ける。
『いつまでも意味のない事をぐちぐち考えおって』
「仕方ないだろ」
『仕方ないものか。それこそ無駄というものだ』
「……自分が一番分かってる」
ポツリと呟く竜夜に、カラスはやれやれと首を振った。
「ほら、いつまでも、言い争ってないで……?」
「あ、あぁ。ごめん」
『我は悪くないぞ』
背後からの声に振り仰ぎ、竜夜は驚きに口を開く。
「って、どうしたんだ!?」
リリアナの顔を、顎から滴るほど大量の汗が伝っていたのだ。
唇は震え、胸元を抑えて佇む足は覚束ない。やっとの様子で立っているのは誰の目にも明らかだった。
「なんでも、ない」
「なんでもないって、そんな訳ないだろ! 体調悪いならどうして……」
「わた、しの事はいいの。く、国を跨いだから今は、安全だけど……早く街へ……いかな、きゃ」
呼吸荒く言い残し、一歩踏み出した身体が傾いだ。慌てて支える。
「リリアナ!!」
呼びかけるが返事はない。身体は驚くほど熱く、閉ざされた瞼の裏で眼球がしきりに動いていた。
「どうして……いや、俺はどうすればいい!?」
『考えても仕方あるまい! とにかく、こやつを近場の人里に運ぶしかなかろう。下手したら高熱で死んでしまうかも知れぬ』
「わ、分かった。カラス、お前は空から案内してくれ!」
『任せろ。お主はあまり揺らさず女子を運ぶのだぞ』
「あぁ」
こういう時は冷静でいてくれる人?が居てありがたい。
ばさりと飛び立つカラスを見送り、竜夜はリリアナの手を握り締めた。
目覚める気配は無く、荒く繰り返される呼吸はかなり苦しそうで。
「なんで君は、そこまで無理してーー」
様々な感情を押し殺し、竜夜は華奢な身体を横抱きにして立ち上がった。
とにかく今は、このリリアナを助けるのが一番重要なことだ。
朝を迎えて空が白み始めた中を、竜夜は歩き出した。
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