異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました
己の力
《力貸す。御心のままに》
再度の声が届く。今度ははっきりと、鮮明に。
ふわりと優しく風が頬を撫で、前方で激しい風が吹き荒れた。剣を振り上げていた騎士達が一斉によろめく。
何が起きているか不明だが、此方としては好都合だ。すぐさま体制を立て直す騎士達から身を盾にして、エクエスを見据えた。
「お前が、どうしようもない屑だってことがよく分かったよ」
「だからどうした。この場を切り抜けるか?」
騎士達の輪が狭まっていく。竜夜は鼻を鳴らした。
「もちろん。なにせ“俺”は、お前らなんかに従属するな死んだ方がマシと思ってるからな」
「ほう……」
ようやく、エクエスが不愉快そうに目を細める。ーーそれを合図に、騎士達が一斉に襲いかかってきた。
影で何も見えなくなる直前、
自分の意思を離れた身体が、まるで慣れ親しんだ行為をするように勝手に動いていた。一人の騎士の腕を掴み、その身体を軸にして身体を回転させる。
その勢いで足を振り上げて剣を蹴り上げる。抜け落ちた剣を拾い、鎧の隙間めがけて突き刺した。
柔らかな肉に刺さる感覚。それに気持ち悪さを感じる暇もなく引き抜き、崩れ落ちる身体を蹴り飛ばした。
「……一体目」
背後を巻き込んで倒れた騎士から目を離し、死角から腕を振り上げていた新たな敵の足へ体当たりする。
バランスを崩したその身体を足場にして跳ね、身を捻って左右の敵に回し蹴りを食らわす。
それだけで倒れないのを見越して、よろめいた首へ着地と同時に斬りつけた。
切れた息を整えようと膝をつき、不意に肩に焼け付くような痛みが走った。
「がッ」
肩を抑えて飛び退くと、血の付いた剣を片手に佇む奴が居て。身を低くして駆け、怒りを込めて斬り倒すと空を仰いだ。
「くそ!!」
激痛に集中力が切れ視界が揺らめく。
よろめき立ち上がると、隣から放たれた拳がわき腹を殴打した。勢いよく吹っ飛ばされ、全身を襲う痛みに涙が溢れる。
グッと歯を噛みしめた。けれどまだ、止まるわけにはいかない。
「そう、だ」
身を起こして竜夜は集団を睨みつけた。さらに奥、高みの見物を決め込むエクエスを。
痛みに比例して頭がすっきりと鮮明になっていく。
笑う膝を殴って剣を構えると、目の前に騎士が立ち塞がった。
「邪魔、するな!」
駆け出し、通り過ぎざま半回転、勢いをつけて横切りで一閃する。膝裏を蹴って倒し、再びエクエスへ向き直って距離を詰めていく。
邪魔が多すぎる。そう竜夜が考えていると、嬉々とした声が返ってきた。
《任せて》
風が目に見える程の烈しさを伴い、騎士を薙ぎ払いながら突き進む。
そんな時、何処からともなく小柄なローブの人物が現れた。手ぶらで、敵との間に割って入ってくる。
立ち塞がる奴は倒す。言い聞かせると、風の激しさが一層増した。
「静まりなさい」
《あ》
凛とした声が響き渡る。
瞬間、あれだけ暴れていた風が、たった一人の言葉によって消え失せた。
残り風が深く被ったローブを靡かせ、赤い長髪が溢れ出る。竜夜は急停止して目を剥いた。
「ーーリリ、アナ?」
「うん。そうだよ」
暗がりの中でも分かるぐらい機嫌の悪さを露わに、竜夜の顔を凝視してくる。見間違うことなくリリアナの顔だった。
再会の喜びを分かち合いたかったが、エクエスの存在を思い出して剣を握り直す。
「なら、そこを退いてくれ。アイツを倒さないと」
「まだやるの?」
「まだって……」
言いかけた竜夜は辺りを見回し、絶句する。
自分を中心として、あれだけ沢山居た騎士達が全員倒れ伏していたのだ。
街の石畳は風によって砕かれ、街中の物が散乱している。
そして、ロンダとネフィが身を寄せ合って震えているのに気づいたところで、身体から力が抜け落ちた。
「そん、な」
「リュウヤの力に影響された精霊が、勝手に暴走したんだと思う」
「せいれ……なんだって?」
「精霊。風を司る精霊ーーの下級である微精霊だけど」
ね、と宙に向かって声をかけると、微かな風がリリアナの髪を揺らす。ついに精霊まで出てきたのかと、痛む頭を振った。
「でも、彼等を倒したいという意思を尊重したのは事実だよ」
「確かにそう願ったかもしれない。それでも、こんなになるなんて思わなかった……」
言い訳だと分かりながら、竜夜は瞳を伏せる。
「私が貴方とちゃんと一緒に居ればよかったの。ごめんなさい」
「リリアナは関係ない! 俺が自分の考えで行動したことだから」
「……俺?」
眉間に皺を寄せ、何故か一人称に反応するリリアナ。
と、咳払いが一つ。
「邪魔をして悪いが、いい加減無視されるのに我慢ならないな」
向くと、エクエスが腕を組んで此方を睨んでいた。
「エクエス」
「やはりリリアナか。七年ぶりになるな」
「……」
険悪なリリアナと呑気なエクエスの掛け合いに怪訝な目を向ける。
「まさか、知り合いなのか?」
「憎い敵」
「憎き敵だ」
「あぁ、だろうね」
タイミングぴったりに告げた二人が火花を散らした。
と、先に軟化したのはエクエスの方で、肩を竦める。
「まぁいい。言いたいことが沢山あると思うが、本日はお互いに引くとしようか。
だいぶ被害が出てしまったし、そちらも無駄な争いは避けたいだろう?」
「そう言って背後から襲うのが貴方達のやり口じゃない」
「いや。今回は収穫を得られて気分が良くてな、逃がしてやるぐらいの寛大さはある。この気が変わらぬうちに、早急と去ることだ」
「は? なんでお前に偉そうに言われなきゃーー」
リリアナが、グイッと腕を引っ張ってきた。強張った顔に何も言えなくなる。
「今は大人しく引こう。今の私と竜夜じゃ、捩じ伏せられてお終いだよ」
「分かった」
これ以上、巻き込むわけにもいかない。
エクエスにガンを飛ばし、竜夜はロンダ達へと駆け寄った。
「ロンダさん、怪我は……」
「来ないでくれ!」
「!!」
刺すような拒絶に、思わず立ち止まった。
「もう、放っておいてくれないかい」
疲れ果てた声。その腕の中、ネフィが怯えた目で竜夜を見上げていた。
ずきりと胸が痛む。
「リュウヤ、私が話するから」
動けないでいるとリリアナが近づいてゆく。ロンダに何かを手渡し、一言二言会話を交わした。
やがてロンダは立ち上がり、ネフィを連れて街中に消えていった。
「二人は?」
「ある程度生活できるようにお金を渡したの。この街では、もう生活できないと思うから」
「……そっか。ありがとう」
きっと竜夜と出会わなければ、小さくても幸せな生活を送っていただろうに。悔しさに唇を引き結ぶ。
それらを見ていたエクエスが、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「あんな虫、助ける必要などなかろう。リルシェイドも何か言ってやれ」
「お前!!」
「リュウヤ、相手にするだけ無駄」
詰め寄る竜夜にリリアナの手が伸ばされる。瞳は冷ややかな光を放っていた。
「貴方には永遠に分からないわ。それに彼はリルシェイドじゃない、リュウヤよ」
「今は、な?」
くつくつと笑い、二人へ背を向けた。
「さて、それではまた会おう。“竜夜”よ」
「二度と会いに来るな」
「くく。いずれ、自ら我らの元へ帰ってくるさ」
その姿が闇に紛れ、そこここで倒れていた騎士達の身体が地面へと沈むように消えていった。
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