異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました

ノベルバユーザー21100

普通の親子

竜夜は、一人で森の中を進んでいた。

 日の傾いた空は薄暗くなり、何処からか聴こえてくる獣の遠吠えが心臓に悪い。

「あの、馬鹿カラス」

 無意識に悪口が出てしまうのも仕方ないと思う。途中まで大人しくついて来ていたのだが、と先ほどの記憶が蘇えった。


『お! あれは我が愛しの実ではないか!?』

 歩くこと暫く、カラスが嬉々とした声を上げたのだ。

「んあ?」

 見上げると、道から外れた先に赤く丸みを帯びた木の実がぶら下がっていた。見た感じりんごのようだけど、似た味なのかなーー。

 なんて考えていれば、いつの間にかカラスは木へと飛び立っていて。

「ば、馬鹿! 危ないから一人で行くなよ!?」
『平気だぞ。獣に襲われる程、阿呆ではないぞ』

 その時、まるで見計らったかのように木々の隙間から獣が現れた。それは犬のような姿形で、涎を垂らしながらカラスに襲いかかる。

『なんだと!? こ、こら、離れんか!』

 空高く羽ばくが、犬としてもお腹が空いているのか諦め悪く追いかけていく。

「馬鹿! なにしてるんだよ」
『く、くそう……ええいッ! お主、また後で合流だ!!』
「は!? 何言ってーー」

 引き止めようとするが流石に手が出せず。
 そのまま、カラスと犬が遠ざかっていくのを見送ることしかできなかった。

 それからずっと、一人で歩いているのだが……。

「カラスめ、いつ合流するんだよ」

 肩を落としつつも足は止めない。この森で夜を過ごそうものなら、確実に獣の餌になるからだ。

 心細い道中を辿る竜夜の前方、不意に何かが聴こえてきた。慌てて木影に身を隠す。

 顔だけ覗かせると、二つの人影が近づいて来るのを見つけた。大きさの違う人影からは楽しそうな笑い声が放たれていて。

 だいぶ距離を詰めた頃合いに、その人影が十代前後の幼い少女と、ふくよかな中年女性だと分かった。

 質素な服を身に纏った二人の手には、バケツが握られている。滝の辺りで水でも汲むのだろう。

「……なんだ」

 そこまで確認して、竜夜は張っていた気を緩めた。向こうから来たなら街の人かもしれない。

 変人と思われないよう、さりげなく道へと戻る。顔を合わせて会話していた少女が、此方に目を向けた。

「あ、ママ。人が居るよ」
「え?」

 長い茶髪を揺らして嬉しそうに指差す少女。竜夜に気づいた女性は、胡乱げに目を細める。

「誰だいアンタ。一人で何してるんだい?」

「え、あーっと……散歩に……」
「こんな物騒な世の中で? 一人で魔道具も武器も持たず?」
「ま、魔道具?」
「魔道具すら知らないなんて、一体どんな田舎から来たんだか。……貧弱なその身体一つじゃ心許ないっていうのにねぇ」

 全身を舐め回すように見られ、悔しさにぐっと喉を鳴らす。

「ママ。確かに怪しいけど、悪い人には見えないよ?」
「って言ってもね。こんな所を意味なくウロウロするなんて訳ありだろうさ」
「確かになにも言い返せないですけど! でも僕としては早く街へ行きたくて」
「はーん。で、なんで街へ?」
「なんでって……」

 腕を組む女性に、つい焦燥を滲ませる。
 そんな時、地面を打ちつける音が耳に届いた。

「……?」
「ママ、何か聞こえるよ」
「今度はなんなんだよ!」

 顔を見合わせる親子。苛立ちに舌を鳴らし、竜夜は振り返って聞き耳をたてる。
 それが来た道から近づく沢山の足音だと判明した時、嫌な予感に胸がざわついた。

「い、いやまさか。自意識過剰ってやつだよな?」

 さっきの洞窟内にて聞いた話を思い出す。が、が、考えてみても自分が追いかけられる意味がないわけでーー
 いや。と竜夜は首を振った。襲撃された時のことは記憶に新しい。

「ねぇアンタ、まさか追われてるとか?」
「そんな訳ないって! 健全に生きてきたんだから……多分」

 曖昧な返事に疑惑を浮かべ、女性はため息をついた。

「ったく変なヤツだよ。ネフィ、そこの不審者と一緒に隠れてな。何かされそうになったら容赦なく魔術ぶっ放していいから」

「うん、分かった。お兄ちゃん隠れよ」
「ま、魔術ぶっ放す?」
「いいから!」

 少女の小さな手が、有無を言わせず草陰へ引きずり込む。
 女性が二人の隠れてる方を見て、指で丸を作った。

「うん。上手に隠れてるよってママが」
「でもさ、お母さん危ないんじゃ……」
「大丈夫! ママは強いし、きっとあの人達は街の人を傷つけないから」
「? あの人達?」
「しー! 来るみたい」

 竜夜は慌てて口を噤む。やがて遠くから現れたのは真っ赤な五.六人の集団だった。

 規則正しい歩行で歩く様は、テレビなどで見た事のある軍人とよく似ている。

 間近まで来たその集団に、ぎょっと目を剥いた。何をどうしたらそうなるのか、皆が皆して深い闇を映したような瞳をしているのだ。

 二次元で見るような赤い鎧を着込んでいるのだから、兵士だか騎士だろうか。兎に角異常な人達ではあった。
 その集団に、しかし女性は堂々とした態度で向き合う。

「どうしたんだい?」
「……ここを、黒髪の男が通らなかったか。歳は若く、異国の服を着ている」

 一人が虚ろな声音で問う。横の少女から視線を受け、さらに身を縮めた。

「いや、見てないねぇ。その男、なにかやらかしたのかい」
「……機密事項だ。見ていないなら構わない」

 問い返す女性にそう返し、あっさりと引き下がる。来た道を真っ直ぐ戻っていく集団に竜夜は安堵に胸を撫で下ろした。

 遠のいた姿が木に隠れ見えなくなってから、女性は腕組みして草むらを睨みつけた。

「出てきな」
「はーい」
「……」

 少女に引っ張られ、女性の前に突き出される。威圧を込めた視線が降り注いだ。

「ほんとに何したんだい、アンタ。あの集団に目をつけられるなんて、相当な重罪人ぐらいさ」
「そ、そんなにヤバイ奴等なんですか!? でも本当の本当に何もしてない筈です。僕だってなんで追いかけ回されてるのか……」

「はぁ。まぁこの子が言う通り、重罪を犯すような力も意思もなさそうな貧弱だからね。いいさ、ついておいで」
「へ? 何処に?」
「馬鹿かい、何処って街しかないだろうさ。確かにアンタは怪しいけど、それ以上にあいつらが気に食わないんだよ」

 鼻を鳴らす女性に、少女がにこりと笑う。

「良かったね!」
「あたしはロンダ、この子はネフィ。で、あんたは?」
「竜夜です。神崎竜夜」

 フルネームで名乗ると、ネフィはこくりと首を傾げた。

「かん、ざき、りゅーや? 難しい名前だね……」
「りゅーやでいいよ」
「分かった。りゅーやお兄ちゃん、だね」

 ニコニコと頷く少女の姿に頬が緩む。
 ーーあんな性格悪い姉貴より可愛い妹が欲しかったなぁ。
 姉の凶悪な笑みが頭に浮かび、しみじみと思う。

「ほら、詳しい話は戻ってからにしな。言っとくけど、またあいつらが来たら今度は助けないからね」
「え」

 女性がばっさりと言い捨てる。せっかく普通の人?に出会えたチャンスを逃すものかと、竜夜は背筋を伸ばした。

「よ、よろしくお願いします!」

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