異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました
異世界へ
頭から生暖かい血が流れ、脈打つ痛みに歯を噛み締める。と、ヒカリが嘲りの顔で覗き込んできた。
「偉そうなことを言って、結局何も護れない弱者じゃないか」
ジワジワといたぶるように刃に力を込めるその肩を、背後から少女が一閃した。
飛びずさって避け、鬱陶しげに溜息を吐く。
「あぁもう、しつこいなぁ。嫌われるよ」
「煩い!」
身を翻して斬撃を放ち、下方から胴を狙う剣を間一髪躱す。後方に回避した少女は、苦しげな呼吸を繰り返した。
疲労が蓄積した様に脂汗を流す。
「……手加減って、難しい……」
「おやありがたい。手加減とは随分と余裕があるようだ、ねぇ!」
「ーーくッ」
途端、少女の身体が弾かれて転がった。身を丸めて衝撃を流し、体制を立て直すとすぐさま突進していく。
その戦いを眺め、竜夜は唇を噛み締めた。
親友が傷つけられても、女の子が戦っていても動けない自分が不甲斐なくて。
『そんなことでいいのか?』
「……え?」
唐突に、そんな声が聞こえてきた。耳というよりは頭に直接響くような声は、淡々と続ける。
『大切な人達が死んでも、自分が死ぬことになっても諦めるのか』
「嫌に決まってる……自分が死ぬことより、大切な人を失いたくない」
首を振る竜夜に、声が満足げに笑った。
『よく言った。なら少し、体を借りるとしようか』
瞬間、世界が水を通したように不明瞭になった。
ーー!?
何事かと言葉を放つ。ーーつもりが口が全く動かなくて。意思に反してのそりと身体が起き上がった。
「おい、下級の魔物如きが調子乗りやがって。こっち見ろよクソッタレ」
「……あ?」
自分のものと思えない発言が勝手に飛び出した。憤怒に顔を朱に染めたヒカリを、つと指差す。
「誰が下級だって?」
「お前だよ。いいから黙って消えろ」
ざわりと空気が揺れる。
瞬間、突如として出現した白い炎がヒカリを包み込んだ。
「があああぁぁぁぁ!?」
咆哮を上げ、必死になって身体を掻き毟る。
だが白い炎は”何も燃やさずに“、その身体を包み続けていて。
力なく片膝をつき、ヒカリは竜夜を見上げた。
「……な、ぜ……だ?」
「お前のおかげかな。良い気になって時間かけるから仇になったんだよ、化け物」
「は、はは。なるほど、なぁ……」
口角を引き上げ、しかしどこか憐れみの混じった瞳で見据えてくる。
「まぁいい、俺が死んでも……次がいる。いつか後悔するだろうさ。生き残ったこと、を……な……」
その言葉を最後に、地面へ倒れ伏した。
白い炎は消え、身体から黒い靄が溢れて地面に吸い込まれていく。
「それは僕が決めることじゃないだろ」
最後まで見送り、竜夜はぽつりと呟いた。
「リュウ、ヤ?」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。所在なさげに佇ずむ少女を目視した途端、大きく目を見開いた。
「なんで、此処にいるんだ」
「……まさか、貴方はーー」
複雑な感情を露わに、此方へと手を伸ばす少女。
と、竜夜はふらりと頭を揺らした。両手で目を覆う。
「……限、界……」
「ま、待って!!」
視界は黒く染まり、やがて何も分からなくなった。
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闇の奥、誰かが佇んでいた。
『ごめんな』
「え?」
突然の謝罪に戸惑う竜夜に、それは深く深く吐息を漏らした。
『気をつけてくれ。彼女はーー』
「ーーヤ……リュウ……ヤ」
耳元で騒ぐ声に、意識が浮上していく。眉間に皺を寄せた。
「リュウヤ、起きて!」
「うるさ、い……な」
呟き、重たい目をそっと開いた。少女の顔が映り込む。
「大丈夫?」
「あ、あぁ」
頭を振って身を起こすと、そこは先程と変わらぬ屋上だった。夢であればという希望は、あっさり打ち砕かれる。
「僕は一体なにを……どうして倒れてたんだ?」
地面に頭を打ちつけてからの記憶が曖昧で、正確なことが思い出せないのだ。
「それはーー」
曖昧な反応の少女に首を傾げ、後方に視線を移す。と、横たわるヒカリと和樹を見つけて息を呑んだ。
記憶が無くなる前の事を思い出し、二人へと駆け寄る。
「ヒカリ、和樹!!」
近くで名前を呼ぶがどちらも目を覚まさない。
恐る恐る耳を近づけ、規則正しい呼吸を確認して安堵の息を吐き出した。
脱力して座り込む。
「あぁ、よかった……」
「彼女も無事だよ。もう操られてはいないから」
そう言われてみると、ヒカリの身体から先程までの重苦しい気配は感じられなかった。
「あと、簡単にだけど治癒魔術をかけておいたの。ひとまずは安心して大丈夫だと思う」
側に来て告げる少女に、目を瞬かせた。
「治癒魔術?」
「そう、治癒魔術。もう頭だって痛くないでしょ?」
言われてみてようやく気がついた。恐る恐る傷口があった辺りを触ってみるが、血が固まっているだけで痛みは全くない。
優しい笑顔を浮かべる少女に、竜夜は深く頭を下げた。
「本当にありがとう。もし君が助けてくれかったら、どうなっていたか……」
「い、いいの! 私が勝手にやったことだから。それにーー」
少女は何か言いたげに口を開く。が、結局何も言わずに赤髪を掻き上げた。
「と、とにかく、奴が居なくなったからもうすぐ結界がきれちゃうわ。そうなる前に急がないと」
ふと少女が片膝をついた。
女の子にしては硬めな手のひらが、竜夜の手を強く握り締める。
「改めて挨拶を。私の名前はリリアナ・ファルサ。貴方を捜して異世界からやって来たの」
「は、異世界?」
「そう。単刀直入に言うと、私と一緒に異世界まで来て欲しい。貴方の為に」
吸い込まれるような大きな瞳に見つめられ、慌ててその手を解いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。異世界ってなんだ?どうして僕は狙われてるんだ」
「ごめんなさい、今は説明をしてあげる暇がないの。早くしないとーー」
言いかけたリリアナの手間を、蛍のような仄かな光が横切った。途端、顔を強張らせる。
「うそ、でしょ?」
《空間ヲ開キマシタ。遂行シマス》
そんな声が聞こえたと同時、屋上が白い光に包まれた。
幾何学な魔法陣が浮かび上がり、空間が歪んでゆく。
「な、なんだこれ」
「転移魔術。でもどうしてこんなに早く……」
「えっと、リリアナ? のじゃないのか?」
「違う。私達の敵」
リリアナの緊張した声に唾を呑んだ。頭を巡らせる。
ーーと、いつの間にか眼前に人が立っていた。深紅のローブを目深に被った存在が、気配もなく。
「だめッ!!」
一瞬後に気づいたリリアナが剣を抜き放つ前に、胸元へと指が触れた。
「おかえりなさい、リルド」
ぞくりと悪夢が蘇る。自分を探していた、その声はーー
「おま、え」
瞬間、その場の全員を光の奔流が飲み込んだ。
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