異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました

ノベルバユーザー21100

異世界へ


頭から生暖かい血が流れ、脈打つ痛みに歯を噛み締める。と、ヒカリが嘲りの顔で覗き込んできた。

「偉そうなことを言って、結局何も護れない弱者じゃないか」

ジワジワといたぶるように刃に力を込めるその肩を、背後から少女が一閃した。

飛びずさって避け、鬱陶しげに溜息を吐く。

「あぁもう、しつこいなぁ。嫌われるよ」 
「煩い!」

身を翻して斬撃を放ち、下方から胴を狙う剣を間一髪躱す。後方に回避した少女は、苦しげな呼吸を繰り返した。
疲労が蓄積した様に脂汗を流す。

「……手加減って、難しい……」
「おやありがたい。手加減とは随分と余裕があるようだ、ねぇ!」
「ーーくッ」

途端、少女の身体が弾かれて転がった。身を丸めて衝撃を流し、体制を立て直すとすぐさま突進していく。

その戦いを眺め、竜夜は唇を噛み締めた。
親友が傷つけられても、女の子が戦っていても動けない自分が不甲斐なくて。

『そんなことでいいのか?』

「……え?」 

唐突に、そんな声が聞こえてきた。耳というよりは頭に直接響くような声は、淡々と続ける。

『大切な人達が死んでも、自分が死ぬことになっても諦めるのか』

「嫌に決まってる……自分が死ぬことより、大切な人を失いたくない」

首を振る竜夜に、声が満足げに笑った。

『よく言った。なら少し、体を借りるとしようか』

瞬間、世界が水を通したように不明瞭になった。

ーー!?

何事かと言葉を放つ。ーーつもりが口が全く動かなくて。意思に反してのそりと身体が起き上がった。

「おい、下級の魔物如きが調子乗りやがって。こっち見ろよクソッタレ」

「……あ?」

自分のものと思えない発言が勝手に飛び出した。憤怒に顔を朱に染めたヒカリを、つと指差す。

「誰が下級だって?」
「お前だよ。いいから黙って消えろ」

ざわりと空気が揺れる。
瞬間、突如として出現した白い炎がヒカリを包み込んだ。

「があああぁぁぁぁ!?」

咆哮を上げ、必死になって身体を掻き毟る。
だが白い炎は”何も燃やさずに“、その身体を包み続けていて。

力なく片膝をつき、ヒカリは竜夜を見上げた。

「……な、ぜ……だ?」
「お前のおかげかな。良い気になって時間かけるから仇になったんだよ、化け物」
「は、はは。なるほど、なぁ……」

口角を引き上げ、しかしどこか憐れみの混じった瞳で見据えてくる。

「まぁいい、俺が死んでも……次がいる。いつか後悔するだろうさ。生き残ったこと、を……な……」

その言葉を最後に、地面へ倒れ伏した。
白い炎は消え、身体から黒いもやが溢れて地面に吸い込まれていく。

「それは僕が決めることじゃないだろ」

最後まで見送り、竜夜はぽつりと呟いた。

「リュウ、ヤ?」

不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。所在なさげに佇ずむ少女を目視した途端、大きく目を見開いた。

「なんで、此処にいるんだ」

「……まさか、貴方はーー」

複雑な感情を露わに、此方へと手を伸ばす少女。
と、竜夜はふらりと頭を揺らした。両手で目を覆う。

「……限、界……」
「ま、待って!!」

視界は黒く染まり、やがて何も分からなくなった。

~~~


闇の奥、誰かが佇んでいた。

『ごめんな』

「え?」

突然の謝罪に戸惑う竜夜に、それは深く深く吐息を漏らした。

『気をつけてくれ。彼女はーー』


「ーーヤ……リュウ……ヤ」

耳元で騒ぐ声に、意識が浮上していく。眉間に皺を寄せた。

「リュウヤ、起きて!」
「うるさ、い……な」

呟き、重たい目をそっと開いた。少女の顔が映り込む。

「大丈夫?」
「あ、あぁ」

頭を振って身を起こすと、そこは先程と変わらぬ屋上だった。夢であればという希望は、あっさり打ち砕かれる。

「僕は一体なにを……どうして倒れてたんだ?」

地面に頭を打ちつけてからの記憶が曖昧で、正確なことが思い出せないのだ。

「それはーー」

曖昧な反応の少女に首を傾げ、後方に視線を移す。と、横たわるヒカリと和樹を見つけて息を呑んだ。
記憶が無くなる前の事を思い出し、二人へと駆け寄る。

「ヒカリ、和樹!!」

近くで名前を呼ぶがどちらも目を覚まさない。
恐る恐る耳を近づけ、規則正しい呼吸を確認して安堵の息を吐き出した。

脱力して座り込む。

「あぁ、よかった……」
「彼女も無事だよ。もう操られてはいないから」 

そう言われてみると、ヒカリの身体から先程までの重苦しい気配は感じられなかった。

「あと、簡単にだけど治癒魔術をかけておいたの。ひとまずは安心して大丈夫だと思う」

側に来て告げる少女に、目を瞬かせた。

「治癒魔術?」
「そう、治癒魔術。もう頭だって痛くないでしょ?」

言われてみてようやく気がついた。恐る恐る傷口があった辺りを触ってみるが、血が固まっているだけで痛みは全くない。

優しい笑顔を浮かべる少女に、竜夜は深く頭を下げた。

「本当にありがとう。もし君が助けてくれかったら、どうなっていたか……」
「い、いいの! 私が勝手にやったことだから。それにーー」

少女は何か言いたげに口を開く。が、結局何も言わずに赤髪を掻き上げた。

「と、とにかく、奴が居なくなったからもうすぐ結界がきれちゃうわ。そうなる前に急がないと」

ふと少女が片膝をついた。
女の子にしては硬めな手のひらが、竜夜の手を強く握り締める。

「改めて挨拶を。私の名前はリリアナ・ファルサ。貴方を捜して異世界からやって来たの」

「は、異世界?」

「そう。単刀直入に言うと、私と一緒に異世界まで来て欲しい。貴方の為に」

吸い込まれるような大きな瞳に見つめられ、慌ててその手を解いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。異世界ってなんだ?どうして僕は狙われてるんだ」

「ごめんなさい、今は説明をしてあげる暇がないの。早くしないとーー」

言いかけたリリアナの手間を、蛍のような仄かな光が横切った。途端、顔を強張らせる。

「うそ、でしょ?」

《空間ヲ開キマシタ。遂行シマス》

そんな声が聞こえたと同時、屋上が白い光に包まれた。
幾何学な魔法陣が浮かび上がり、空間が歪んでゆく。

「な、なんだこれ」
「転移魔術。でもどうしてこんなに早く……」
「えっと、リリアナ? のじゃないのか?」
「違う。私達の敵」

リリアナの緊張した声に唾を呑んだ。頭を巡らせる。

ーーと、いつの間にか眼前に人が立っていた。深紅のローブを目深に被った存在が、気配もなく。

「だめッ!!」

一瞬後に気づいたリリアナが剣を抜き放つ前に、胸元へと指が触れた。

「おかえりなさい、リルド」

ぞくりと悪夢が蘇る。自分を探していた、その声はーー

「おま、え」

瞬間、その場の全員を光の奔流が飲み込んだ。

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