異世界に呼ばれたら世界を救う守護者になりました

ノベルバユーザー21100

苦悩と侵食


「ふんふん。予想だにしてなかったが、なかなか居心地のいいカラダだ」

うん、と身体を伸ばすヒカリを、竜夜は呆然と見ることしかできない。

さも普通ですよと言いたげに佇む目の前の存在が、不気味な気持ち悪さを与えてくるのだ。

「……お前」
「どうしたの、竜夜君?」

ヒカリーーいや、ヒカリの身体を乗っ取った何者かは明るく陽気に笑った。
偽りの笑顔に、竜夜は激しい怒りに身を震わせる。

「ば、化け物がヒカリの真似をするな! なんでお前が、また……ッ」
「おやや、そんなに怒らないでくれないか。怖い怖い」

飄々ひょうひょうと肩を竦め、何者かは不敵にわらった。
両手を広げて軽やかに回転する。

「いやね、本当なら君の身体を乗っ取ってお終いだったんだ。でも思わぬ拾い物をしちゃった感じかなー」
「なにいって……」
「この身体の持ち主、君の大切な存在なんだろう? なら言いたい事分かるよねぇ」

そう言うと、ヒカリの手が首に回された。
そのまま、自分自身の首を音の出るほどめあげる。顔を赤くして此方を見た。

「りゅ、や君……助け……」
「やめろ!」

咆哮咆哮をあげ、竜夜は地面を蹴った。罠だとか考える余裕もなく、ただヒカリを救うために。

伸ばした手が身体に辿り着くその前に、

「馬鹿だねぇ、君」

呆れた声が耳に届いたかと思えば、鋭く突き出された拳が鳩尾みぞおちに食い込んだ。

衝撃に肺から息が吐き出され、苦痛に身体を曲げる。瞬間、鞭のような回し蹴りが脇腹を打った。

「が、ぁ!?」

吹き飛ばされ、焼けるような痛みに地面を転がる。
無様な姿を嘲笑あざわらう声が、頭上から降り注いだ。

「弱い、実に弱いなぁ。今の君には生きる価値すらない、自分でもそう思わないかな?」

「……うる、さい。ヒカリを、返せ……化け物ッ」
「はぁ、何度も何度も化け物だなんて心外だなぁ。そもそも、君がこの人間を巻き込んだんじゃないか」

「ぼ、僕が……?」
「そう、君が原因だとも竜夜君。だがそんな君に、二つの選択肢を与えようと思う!」

竜夜の横に膝をつき、絶望に歪む顔を瞳に映しこむ。すっと二本の指を立てた。

「このま強制的に連れていかれるか、大人しくついてくるか。大人しくすれば、この宿主は傷つけないと約束しようじゃないか。どう? 実に誠実で素晴らしい条件だと思わない?」
「そんなこと……」
「なに、認めないって? 君は現状分かってるのかなぁ」

それは竜夜を面倒くさげに見下ろし、ため息を漏らした。

「言っておくけど、助けはもう来ないよ。ここには結界を張ってあるんだ、誰も入ってこれないしね」

「そ、それじゃあ、朝の時も……」

「そういうこと。もっともあの時は邪魔されてしまったけどね。二度目はないよ」

冷ややかな声が言い、竜夜の首へと指が伸びる。
その瞬間、素早く身を起こした。驚きに仰け反る身体に全力で頭突きを食らわせる。

「おっとっと?」
「誰が、お前なんかと一緒に行くかッ」

体制を崩すヒカリに内心謝罪をして、痛む身体を鞭打って入り口へと駆ける。
今は兎に角、誰かに助けを求めなくては。

ーーでも、彼女を置いて逃げるのか。自分を助けてくれたヒカリを置いて?

そんな考えに至り、ほんの数秒足が止まる。それは致命的な遅れとなって、逃げる道を失ってしまった。

強制的に振り向かされ、ヒカリの細指が首に食い込んだ。そのまま軽々と宙に持ち上げられる。

「はい、ざんねーん。時間切れだよ」
「っあぐ」

息が出来ず、抵抗して足をばたつかせた。視界が点滅する。

「はぁ。お願いだから手間かけさせないでくれよ。そうだなぁ、手足奪っておこうかな。生きてればおっけーってことで」
「ぅ……く、そ……」
「痛みごときで死なないでねー? まぁ、死なせないけど」

首を絞めたまま、万力のような力で腕を捻りあげた。さらなる激痛に意識が飛びかける。

「ぐあぁぁぁ!?」
「あははは」

水中のように篭った耳に、笑い声だけがこだましていた。

どうして自分が、こんな目にあわないといけないのだろうか。そう考えれば考えるほど、どろりとした憎しみの感情が沸々と湧き上がってきて。

ーーそうだ、何故“俺”が苦しまなくてはいけないのだ。

「……ゆる、さない」

「なんて?」

けろりと笑う眼前の敵を、竜夜は歯を噛み締めて睨み据えた。

「殺してやる」

脱力していた片腕に力を戻し、逆に首へと指を這わせてやった。

柔らかな首が押し潰され、しかし其奴は嬉しそうに口角を引き上げる。

「……へ、ぇ。感化、されたのかな? じ、実に良い」

「黙れ」

どちらの首が先に折れるか。そんな攻防の最中、突然勢いよく扉が開け放たれた。

「この野郎、竜夜を離しやがれ!!」

怒声を響かせ、ヒカリの背中へと何者かがぶつかった。
その拍子に投げ出され、竜夜は新鮮な空気を求めて地面を這う。

「ぉえ……ゲホ、ゲホ!」
「大丈夫か竜夜!?」

咳き込む背中を大きな手が摩ってくれて。
涙で滲む視界の先、何故か親友の和樹が立っていた。

「ごほ……か、和樹? なん、でお前が」

「感ってやつだ。妙に嫌な予感がしたからずっとお前らを探してたんだぜ。っほんと、急いで良かった」

逞しく笑う和樹に、思わず泣きそうになる。鼻を啜った。

「感って、なんだよ」
「まぁいいじゃねーか。それでこいつはなんなんだ? ヒカリじゃない、よな」

倒れ伏したヒカリへ疑いの眼差しを向ける和樹に、首を振って返す。

「いや……身体はヒカリなんだ。中身は違うけど」

「くそ、この状況を見るかぎり信じるしかねぇか。……もっと戦闘映画を観ていれば!」
「和樹」

と、ヒカリがよろめきながら起き上がった。

「おかしいね。ここへは結界で入れない筈だけど。……あぁ、もしかして君達の縁が深いから、かな? 慢心まんしんしたなぁ」

途端、その顔が憤怒ふんぬに歪む。濁った瞳が竜夜達を射止め、背中を汗が流れ落ちた。

「もうさ、殺すしかないよねぇ。殺す。あぁ、殺す。調子乗りやがって、糞人間が!!」

ヒカリが片手を持ち上げると、身体からもやが溢れ出る。
意思を持っているかの如く渦を巻き、手の中で一振りの真っ黒な剣へと変じた。

和樹は引きつった笑みを漏らす。

「あ、はは……こりゃあ夢だと勘違いするわな。ホラー映画もびっくりだぜ」
「だから夢じゃないって、何度も」

威圧いあつする眼光を前に、竜夜は震える声で返す。
そんな二人に容赦なく剣を振り上げ、ふと手が止まった。

「おっと、そうだ」

何か企むような笑みを張り付け、竜夜へと目を向ける。


「最期に君にいいことを教えてあげようか」
「?」
「実はこの身体の持ち主、君に対して友人以上の感情を一欠片も持ってなかったよ」
「……は?」

好きな少女の口から吐き捨てられた言葉が、一瞬理解出来なかった。
竜夜の反応を愉しむように、ゆっくりと繰り返す。

「だから、この女は君の事なんて好きじゃなかった。本当に好きなのはそこの人間で、今日言おうとしてたのも告白についての相談! なのに君ってば必死になって護ろうとして、笑っちゃうね」

「ーー」

絶句する竜夜に代わって、和樹が怒りに顔を赤く染めた。

「こんの屑野郎!!」
「事実だよ。乗っ取った宿主の記憶を読めるんだ。ほら、死ぬ前に本心を知れて良かっただろう?」
「んなこと言ってんじゃねーんだよ! たとえ本心だとしても、テメェが言うことじゃねぇ!」

ヒカリに飛びかかろうとする。そんな親友の姿に、

「いいんだ。和樹」
「でもよ、こんな糞みたいな奴の言葉をーー」
「いいから黙っててくれ!」

怒鳴り声を上げると、和樹は悔しげに唇を噛み締めた。

「……ごめんな」

謝罪の言葉が虚しく落ちる。が、竜夜は馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「ーーで、だからどうしたんだ?」
「は?」
「竜夜?」

怪訝な顔で見てくる二人。それを無視して、ひたとヒカリの顔を凝視した。

「ヒカリが和樹を好き? そんな事を考えたことがないと思ったのか? いや、違う。それだって関係ないことだ」

緩く首を振り、続ける。

「僕がヒカリを救うことは恋愛感情とは関係ない。大切な存在だから、友達だから救おうとしているだけだ。……だからお前が言うことは何一つ、響かないよ」

「……っ」

何か言いたげな和樹に親指を立ててみせた。
期待外れな答えだったのだろう、少女の顔から感情が消え失せる。

「つまらない人間だったな」

名残もなく、あっさりと剣が振り下ろされるーーその瞬間、

「よく、持ち堪えたわね」

優しげな少女の声が聞こえたかと思えば、ふわりと暖かい風が頬を撫でて。
キン、と耳に軽やかな音が響き渡った。

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